スケベエッセイ 3

 昔の駄文
 2ちゃんねるでは存分にけなされながらも、良性記は2002年6月でアクセス数が15万件になりました。
 いろんな掲示板で千戸拾倍が話題になればなるほど、この名前と良性記の知名度が上がり、掲示板でしか自分の考えを述べられない未熟人間たちにもセックスにおけるクンニリングスの大切さが認識されるとなれば、私は大変結構なことだと思います。
 考えてみれば、あの金津園ワールド質問コーナーも、1年前は現在の投稿数の精々6割ぐらいだったような記憶です。ある意味では、私の投稿をきっかけにして、あちらもこちらもアクセス数が増えているのかもしれません。
 しかし、良性記は、エロさが全くなしに、たとえば堅い話だけでエッセイをまとめておれば、少々個性的な意見であっても、アクセス数は2千件にも達してはいないでしょう。だから、セックスをテーマにしたものというのは人が集まるものだとつくづく思います。
 さて、2ちゃんねるを訴えた人に、損害賠償として4百万円が認められたという判決が出たそうで、私は結構なことやと考えます。私も2百万円ぐらい請求しようかと思いますが、何しろ面倒なことがきらいで二の足を踏みますねえ。
 しかし、2ちゃんねるの制作者よりは、そこの金津園関係の掲示板に巣くう男たちの、尾張弁で言えば「どクソだわけ」ぶりには怒れてきますよ。どクソだわけというのは最高の罵倒の言葉で、私の亡父が時々発声しておりました。これは毒素だらけに通じますね。
 たわけというのは、小学校5年の時に担任の先生から説明を聞きました。
 たとえば男子が3人いる時に、狭い田を分割相続させて、次子と末子にも分けてやる行為をしておれば、いずれ家はつぶれるから、決して田を分けてはいけない。次子や末子は他家の養子になるか、長男の使用人になって人生を送ればいい。親の愛情を優先する田分けは、家をつぶす馬鹿な行為だ。
 そういう説明でした。
 江戸時代の、貧乏農家の次男坊以下は、嫁も取れずに、兄嫁が厠に行けば小便が落ちる音を耳を澄ませて聞いてその出口を妄想し、満月の日には兄嫁のファックをこっそり覗き、これを思い出してはセンズリをかいていたのですねえ。まるで2ちゃんねらーのようです。兄が急死して、その嫁をもらうことになれば、弟は妄想が現実化して、もう歓喜でしょう。
 私はオモロイ話と受けた屈辱はなかなか忘却しないという人間です。
 このところ2ちゃんねるに巣くう男の愚かしいところを熱心にぶっ叩いていますが、大勢の方からやんややんやの喝采のメールを頂いて、日本は捨てたものではないなぁと嬉しくなります。
 ああいう若者が自分の愚かな言動に早く気づくといいんですがねえ。
 とにかくあの連中は、仲間同士の私的な会話とインターネット上の投稿による会話とを同一視しているから良くないです。全国公開の欠席裁判にすぐになってしまう後者というものは、当然制約がたっぷりあると理解すべきですよ。これは言論の自由とは別の次元の問題です。
 それに、賀茂真淵という人を批判するときに、過藻麻縁と漢字を変えれば免責だとする根性がよろしくないです。真性包茎がサックを被せたって臭く感じるのと同じです。
 中田氏がやたら出てくるから、どういう重要な人物なんだろうと思っていたら、中出し願望なんだからいやになります。中出しとゴム出しの違いを云々できるほどのセックスをしておらず、そして、女に好感を抱かせる、人間の魅力というものが全く備わっていないのに、願望だけ一人前。で、多田万とか氏ねとか、もうそういう神経がイヤ。
 私はS戸に変身します。どう言い換えようと、公の場で特定の人を名指しで賞賛していることにはかわりありません。
 2ちゃんねるでアホロートルにけなされたら、これはもう賞賛です。馬鹿に理解ができないのだから、むちゃくちゃな馬鹿か、すごい傑物かどちらかです。なお、アホロートルを知らない人は是非ネットで検索してください。実物の写真が出てきます。幼形のまま成体になったおかしな生き物です。

 さて、一文字変えるとすごい言葉になるものがあります。千戸がS戸になるよりも華麗な変身です。
 柳生一族の陰謀〜「ぼ」を「も」に変えると、何せ一族だから、すごい量になりますねえ。
 抱負の乏しい女〜新入社員研修を打ち上げて、新人に抱負を語らせると、ろくすっぽ表現できないお嬢さんがいます。「ふ」を「ひ」に変えると、滓がたまりにくくていいですねえ。
 品格のいい女〜「ひ」を「い」に変えると、ラブプレイがとっても愉しくなります。
 仲立ちの成功事例〜「ち」を「し」に変えて、これが知りたい。
 匂いのあるお新香ほどおいしい〜「し」を「ま」に変えて、なるほど〜。
 幹部を集めて釘をさしておこう〜「か」を「い」に変えると、大量猟奇殺人です。
 言葉の遊びって面白いです。
「へんなおんなのこがせんろのうえでいんぶがかゆいのでまたをひろげてかいていました」
 これは、私が平成5年にWINDOWSパソコンを使いだしてから、漢字変換の変換力をチェックするときに入力するおふざけの言葉です。全部いっぺんに打ち込みます。これで、MS−IMEとATOKの変換センスをチェックします。
 貴社の記者は汽車で帰社した、なんていうのは出来すぎてつまらないです。
「言語の神聖より発し、言葉の高揚においてその頂点に達し、魂の叫びに終わる。これが真の雄弁であります」
 これは、大昔に弁論部という組織に入っていたときによく口ずさんでいた文句です。誰の言葉だったか憶えていませんが、尾崎顎堂だったかギリシャの哲人だったか。
「性愛の神聖より発し、淫汁の高揚においてその頂点に達し、肉体の叫びに終わる。これが真のアクメであります」とするとオモロイですね。
 通勤途中は、こんなバカなことでも考えていないと、人生がつまらないです。
 美しい景色
 私は修学旅行や親に伴われた旅行以外の旅行は、中学3年の時、友人と二人での信州美ヶ原へ行ったものが最初でした。
 当時ですと、名古屋から松本まで殆ど4時間ぐらいかかったですかねえ。子供にとってはとてつもない旅をした気分でした。
 ユースホステルで知り合った大学生の姉さんたちと愉しくお喋りができ、高原の風景にもすっかり感動して、それからは、木曽御嶽山とか燕岳〜槍ヶ岳の縦走とか、いろいろ愉しむようになりました。山登りは、運動の満足感というよりは、めずらしい景色に憧れて熱中したようです。
 私が感動した美しい景色を紹介します。
 美しい景色の筆頭は山と水面のコンビネーションです。
 充血したクリトリスに淫肉の稜線、汁まみれの谷間、これは最高の景色です。この魅惑的な、匂いつきの景色はこれまで何度も描いているから、説明は省略します。
 羅臼岳山頂から見る知床連山とオホーツクの海、絶景です。稜線が次第に低くなり海に突入する、この光景が羅臼岳山頂から見えるんですねえ。これはクリトリスから出た稜線が次第に沈み、膣口あたりで沈下する景色に似ています。
 摩周湖のぐるりと円を描いた火口性絶壁と凍りついた湖面、これも絶景です。陰裂が短くて小陰唇の張り出しが立派なおまんφを指で開いているのを連想させます。
 後立山の稜線から見る黒部第4ダム湖の遠景もきれいです。海岸に隣接したおむすびのような開聞岳のたたずまい、鹿児島から見る桜島、利尻島の遠景、皆たまんないです。
 奇岩の絶壁に滴る水流、これも見とれる景色です。
 恥骨が張り出し、陰阜が突きだしていて、その結果大陰唇の下半分が絶壁になっていて、枯れ草のようにうっすらと細い毛が生え、その真ん中の窪地から小便が飛び出している光景には目を奪われっ放しになります。
 襟裳岬に向かう黄金道路、陸側の断崖も海側の断崖も十一月から三月にかけては見事につららの林となり、冷たい烈風と白泡立てる厳しい波が伴えば何とも絶景です。
 常陸の袋田の滝は岩が黒くてぶつぶつしていて、黒人女の大陰唇の肌を思わせ、その岩壁の間を滔々と奔流が落ちるから何やらぎょっとします。
 三陸海岸の絶壁、東尋坊の絶壁、皆良いですねえ。特に、新婚旅行で見た秋の三陸海岸は思い出深いです。
 二つの稜線というのは絵になります。
 と書けば、皆さんにんまりするでしょう。そうです。クリトリスから出る二つの稜線がたまりません。
 この二つの稜線がどういうふうに分岐しているか、人類のメス属ははっきり個体差があります。これはよく観察し、女に批評してあげる必要があります。
 クリトリスから分かれたとたん、一旦は低くなって、それからせり上がるのもあれば、高低差なく肉の尾根が続くのもあります。前者は南アルプスの連山のようで、後者は北アルブスの山並みです。
 クリトリスからの分かれ方も、複雑な幾筋もの太い襞を重ねて小陰唇になるものがあれば、シンプルな二つのナイフエッジの稜線もあります。
 二つのナイフエッジの稜線が左右に広がると、槍ヶ岳の東鎌尾根と西鎌尾根です。燕岳から見る三ツ俣蓮華岳の稜線、後立山から見る立山の稜線、荒川岳から見る赤牛岳・塩見岳の山塊、甲斐駒ヶ岳から見る北岳、皆素晴らしいです。
 スリットの数を競う景色といえば、やっぱり、襞の間に雪渓を抱いた穂高と剣岳ですねえ。山肌の荒々しさがたまりません。稜線が凸凹していて皺がいっぱい入っている小陰唇を連想します。
 鳥海山や御在所岳のようにごつごつした峻烈な景色も良いけれど、十勝岳のなだらかなスロープもいいし、柔らかい起伏も良いです。
 柔らかい起伏と言えば、栗駒山、月山、八幡平、秋田駒ヶ岳、蔵王、皆青春の想い出の景色です。
 火山性光景の地獄谷というやつ、ごてごてしていやらしい景色です。
 女の割れ目の中というのは、ピンク色の肉壁がすっきりして、真ん中にポツンと小便の穴があいている形のものもあれば、ごてごてと起伏があって、開口部がギザギザしている奇妙な景色のものもあります。この、処女膜の残骸に愛液がまつわりついていると、とってもいやらしいんですよねえ。
 後者は、たとえば磐梯山の山頂から見る裏磐梯の光景です。秋田駒ヶ岳の山麓にも奇妙な景色がありました。田沢湖の奥、玉川温泉でしたか。恐山、別府の地獄谷、類似の景色はいっぱいありますねえ。
 日本には素晴らしい景色がいっぱいあります。これを殆ど見ていない人がアメリカやヨーロッパへ行きたがるのが私は許せません。そして、明るいところでおまんφを鑑賞してクリトリスに吸いつこうとしない人は、お馬鹿さんです。前者の人も後者の人も大変多いのです。
 まあ、ネットの掲示板を丹念に見て、珍奇なことを探すのを日課にするぐらいなら、旅をして、心を洗うことをお奨めします。
 私がすっかり感動した景色をいくつかあげます。
1.渡航する船から見た利尻島〜7月でしたが、随分威張って見えましたねえ。亢奮してズルムケになったクリトリスみたいです。
2.凍結した摩周湖〜一面の銀世界でも、何せ断崖絶壁だから真っ白な中に所々黒い岩肌が見え、清冽なことこの上なし。湖面は白く輝き、本当に幻想的でした。ガバッと円形に開いた陰裂に小麦粉をまぶしたみたいな景色で、三月の摩周湖は一押しです。
3.流氷の海岸〜流氷の上を散策するのは、一度はやってみたいです。
4.安達太良山の山頂からの眺め〜比較的登るのが楽で、五月あたりは一番だと思います。
5.吾妻山〜死火山の景色ってやっぱりいいです。
6.仙人池から見る剣岳〜これは日本の景色の中で文句なしにナンバーワンです。
7.穂高〜説明の要なし。
8.上高地〜上高地に行かずして景色を語る資格なしです。
9.南アルプスの原生林〜ああいうところで野外ファックをしてみたいものです。
10.錦江湾と桜島〜やっぱり名古屋あたりに住んでいる者は鹿児島には行かなければいけないです。日光を見ずしてけっこうというなかれと言いますが、鹿児島に行かずにハワイだとかグアムだとか行きたがるのも大変よろしくないと思います。
 旅行について想うこと
 私の父は旅が好きだったから、私は幼児の頃からいろんなところへ行っていて、記憶に残っているので一番古いのは、隅田川の花火大会を見たことです。多分小学3年生だったと思います。
 その時都内のデパートに入り、初めて下りのエスカレーターに乗って大変驚いた想い出があります。
 次にはっきり記憶があるのは中学校の修学旅行ですが、行き先は、名古屋の中学の修学旅行としてはめずらしく、四国でした。
 で、二つのことが大変思い出深いです。
 一つは、バスの車窓から見える民家の屋根にまともな瓦葺きのものが殆どなくて(昭和35年です)、テレビのアンテナが立っている家も少なくて、そのことを指摘したら、バスガイドさんが泣き出したことです。
 都会の生意気な中学生が、四国を貧乏な地域だとバカにしないでよということで、このことは後々まで胸に痛みを覚えるできごとになりました。
 もう一つは、金比羅さんで土産物を買おうとした時のことです。木彫りの置物を見ながら買おうかどうか迷っていたら、18歳ぐらいのきれいなお姉さんの店員が出てきて、「ねえ、これ、いいわよ。買ったら」と言いました。
 その彫り物は、大黒様か何かで、頭巾を被った頭が丁度亀頭の形になっていました。尿道口のスリットが入っていないことを除けば全く同じ形をしています。
 きれいな店員は、その頭を二本の指で丁度オナニーをするようにこすり、グワーンと張ったカリのエラのところを人差し指で思わせぶりに撫でながら、私に肩を寄せ、私の眼を覗き込みました。
 多分意識的にやっていたと思いますが、上体を折り、ブラウスの中を上から覗けるようにして、顔面に漂う化粧品の匂いも嗅がせ、それだけでなく、顔を寄せて喋りかけることによって、あまい口の匂いまでを私に嗅がせました。
 今振り返れば、その店員は色仕掛けで売る算段をしつつ、初な中学生の私を完全にからかっていました。
 私はむちゃくちゃ恥ずかしくて、心臓は早鐘をうち、買わなければいけないと思って買ってしまいました。女って助平だと思った初の体験です。
 テントを張ったズボンの前を突き出すぐらいの度胸があったらよかったのにねえ。
 そんなことがあって、私は見知らぬ土地へ出かけることが好きになりました。
 旅でも登山でも単独行が一番いいと思います。好きなように思索に埋没できます。混浴風呂にも入りやすいです。(私が20代の頃、北海道や東北の温泉では混浴風呂が多かったです)
 複数のメンバーで出かける時は、私は基本的にはプランナーになります。行程と宿を決め、時刻表をめくるのが愉しいです。時刻表とパンティは自分でめくらねばなりません。
 人は、旅において行程を決めたがる人とただついていく人と2種類にわかれます。前者の人間の方が会話をして愉しい人が多いです。後者の人は会話においてもうなづき型でおもしろくありません。男なら、ソープへ行っても当然マグロでしょう。
 私が金津園で愉しく遊んだ女も、やっぱり前者の女が多いようです。
 旅はおもしろいです。随分長い年数一人旅をしてませんが、また一人旅がしたいと思っています。北海道と九州は何度も行っているので、中国・四国方面にしようかと思っています。
「美しい景色」では、山の景色ばかり取り上げましたが、たとえば、石巻港の眺めも、牡鹿半島の突端の金華山も、岐阜金華山からの眺望も、柳川の水郷も、高山の町並みも素晴らしいです。
 鎌倉の古寺と江ノ島、日南海岸の青島、奥会津湯野上温泉の塔のへつり、雄大な阿蘇、富士の樹海、車窓から見る飛騨川も、英虞湾の景色も、若狭の海岸も、白糸の滝も、日常の生活を忘れさせてくれます。
 私は電車に乗ると、磐越西線でも、中央東線でも、長崎本線でも、いつも車窓から景色を眺めています。景色を眺めずして、仲間同士喋ってばかりしていたり漫画を読みふけったりしている旅行者の心が解せません。
 2月に富山から高山線に乗ると、富山と飛騨とでは民家も景色も積雪の量もいろいろ違いがあります。こういうのは見ていて飽きません。
 せっかくジェット機の窓側の席に座っても、窓の外を殆ど見ない人がいます。いささか好奇心が乏しすぎます。こういう人は女の割れ目を一心不乱にのぞき込むことはしないのでしょう。
 たとえば、シアトルやシカゴの空港に着くまで、飛行機がカナダの大地の上を通ったとします。私は一心不乱に地表を見つめます。谷筋、開墾状況、集落、道路の通し方などを目で追っていると、意外なことに気づきます。そこら中に非火山性のクレーターが発見できるのです。
 多分中国大陸ではなかなかクレーターが発見できないでしょう。黄土に覆われるからです。カナダの大地を見ていると、地球創世の一端を見た気分になります。
 しかし、旅も女遊びも、とにかくお金がかかりますねえ。
 口臭について
 金津園ワールドを見ていると、ソープ嬢から客の口臭の話がよく出てきます。
 女の気持ちもわかるけれど、男というのは20歳を過ぎれば、殆ど誰でもが口臭を発散するから、私としては、我慢してほしいと思います。
 現実に職場で仲間と間近に喋れば、皆すごいにおいを出しています。規定整備、業務改善、意識改革、合理化、事業構造改革、人員削減、基本の実践、挨拶の励行、目標達成、経費事前伺出、残業カット、セクハラ禁止、PCの私的利用禁止、代金完全回収、官官接待禁止、自己研鑽の推進、倫理遵法、報・連・相……と、口やかましくて厳しい職場は皆そうなります。
 お役所なんかで働いている人は、皆あまり口臭がしないことでしょう。
 一方、金津園の女と会っていて、口臭を感じることがほとんどありません。手入れがいいのか、もともと若い女はそういうものなのか、たいして仕事がきつくないからなのか、よくわかりません。
 私は、若い女と会話とかFUCKとかしているとき、要するに顔が近接しているとき、よく女にこう言います。
「ねえ、ハァーして! 僕の顔に、君の素晴らしい息をかけて!」
 女の反応は、(1) 恥ずかしがって、やらない (2) 躊躇いながらも、実行する (3) 当然のように堂々と実行する の三つのケースです。
 大方の印象は、女は面白がっているということです。更に、芳香には素晴らしいものがありました。FUCK中の湿気を帯びた息は最高です。
 私はこうやって親密なプレイを愉しんでいるのに、ある時ガッカリしました。
 テレビのCMで、神田うのが同じことをしているのです。神田うのが大きく口を開け、男が鼻を突っ込んで口の中のにおいを嗅いでいます。
 私は、「まねすんな!」と罵りました。(このCMは平成14年になると流されなくなったようです。あまりにもどぎついからでしょう)
 性的人間
 私は男を次の二種類にわけられると思っています。
 一つは、射精の快感が深くて、性交が好きで、エロ話に抵抗を感じない人(Aタイプ)、もう一つは、射精感がそんなに強くなくて、そのため性交をそんなに欲せず、オナニーの回数も少なくて、エロ話なんかには不快感を感じる人(Bタイプ)です。
 勿論中間の人がいます。性感が深くても、セックスに不浄感を抱いて、それほどセックスに興味を持たない人とか、射精感が鈍くても、女性に強いあこがれを抱く人です。
 でも、最大公約数で考えれば、そのように簡潔に分類できます。
 この区分けは、精力の大小に関係しますが、私のようにさほど精力がなくても、射精が大好きな人間もいるから、精力が強いか弱いかよりは、射精感が強いか弱いかに着目した方がいいと思います。
 Aタイプの人は、20代から40代の結婚生活で妻と平均月五回以上の性交を行うと考えていいと思います。
 一方、Bタイプの人は、20代から40代の時期に妻と平均月四回以下の性交回数で終わることが多いのではないかと考えます。(そうなってしまうほど、セックスするって面倒なことです)
 更に、Aタイプの人は、40代になってもオナニーをよくする人が多くなり、60代になっても、たとえばソープランドなんかに行きたがるのではないでしょうか。
 私がこんなことを考えるのは、これまで私が会った人は、私が猥談をすると、愉快がる人と不快がる人と二つにはっきりわかれたからです。
 で、不快がった人を思い浮かべれば、所謂まじめな人で、思考が職業のことばかりで、どう考えても性交回数が少なそうで、しかも、性交の停止時期が早いという傾向があります。
 猥談が好きな人は、いい歳になっても、韓国や中国へ行ってまでして、女と遊びたがります。いろいろ話を聞いていると、新婚時代は奥さんとやりまくっていたようです。気持ちいいことが大好きなんです。
 というわけで、男はAタイプBタイプとにわけられます。

 セックスじゃない、射精感じゃない、異性へのあこがれの強さだと言いたい人もいると思います。
 でも、私は、異性へのあこがれそのものがセックス願望だと言いたいです。女の心をとらえれば、必ずベッドにいざなうからです。
 女が傍にいてほのぼのとした喜びを感じる、それも、確かに真実ですが、頑強にセックスを拒まれれば、必ず男の心は女から離れます。
 で、射精感の強さが、人のセックス願望に大きな差をもたらすと私は考えます。新婚時代に毎晩のように奥さんの身体を求める男は、性欲が強い人という言い方をするよりは、性感が深くて射精するのが愉しくてならない人です。
 また、いい歳をしてエロ動画を見たがる人は、他人のファックを見たいというよりは、エロ動画を見てペニスをこするのが好きな人です。
 40代50代の男性で、奥さんとセックスして、ソープにも行って、更に、オナニーをする人がいます。精力絶倫かというと、必ずしもそうでなくて、ソープで若い女を相手にしても射精は一回という人がいます。一回どころか、時々不調に終わることもあります。
 こういう人は、絶対にAタイプです。射精願望が強い人と言えます。
 結婚したての頃は普通に奥さんとセックスしていて、40代になると、奥さんとせず、ソープにも行かず、浮気もしない、オナニーもしない、それで仕事一途な人は、完全にBタイプの、要するに、射精に肉体的感動の薄い人だと認定します。
 とにかく、AタイプBタイプと、30歳以上の男は区分けがはっきりしてきます。
 こう私が論述しても、男が女を求むるはセックスのみならず、と目くじら立てる人もいるでしょう。
 私は別に、男が女を求むるはセックスのみだと言っているつもりはさらさらないのですが、どうしてもそのように受け取る人があると思います。
 たいていの男は、男女の交際にポエムを求めます。私なんかは、自分でいうのもおかしいですが、恋愛小説の膨大な読書量からしたら、全身ポエムだらけです。
 女に対する慕情は皆誰しも同じようにあるとして、エクスタシー願望の強さで、人は存外色分けできると指摘しているのです。
 わかりやすい例として、金津園の女に会いに行くのは心の癒しが目的でセックスは副次的なものだと投稿する人がいるので、これをどのタイプに当てはめるか検討してみましょう。
 (善し悪しを云々するつもりはないですよ)
1.お喋りするだけで、服も脱がない人、或いは風呂に入るだけの人  Bタイプ
2.心の癒しが目的でセックスは副次的だと考える人で、フェラチオを
 求めず、クンニリングスをせず、性交を一回する人
 Bタイプ
3.その他の人
 (性交が複数回、または、1回の射精でも性技を伴う)
 Aタイプ

 私は、3の御仁はAタイプだと思うから、ならば、心の癒しとセックスを同格に見るべきだと言いたいのですが。
 1の人は、たとえ女から気持ち悪がられているにせよ、私は、性交渉をせずに談笑だけすることにそこまで意義を見いだすなら、立派だと思うし、2の人は、女が「お前、何言っているんだよ、やること、やっておいて」と言いたい気持ちに同調したいです。
 でも、これは、女がBタイプの場合には、それなりに好感を持たれることでしょうねえ。

 AタイプBタイプの区分については女でもあてはまります。
 エクスタシー快感の強い女は、何れオナニーをおぼえます。弱い女はオナニーを発見することが少なくなります。ただ、女は前者の場合でも、なかなかエロ話をしないだけです。
 でも、AタイプBタイプとの分化は必ず発生します。
 大昔の宮中は、天皇の家庭の領域ではそれこそ女ばかりでした。10代前半の皇子は、女官たちに性教育を受けました。若くして、皆やりっぱなしでした。
 やらない、やりたい、やる、やれば、やろう、ラ行五段活用の最初の言葉が服喪中にしかない世界です。
 歴史の本では、乳母が性教育をして、その皇子よりも10歳も年上の女が最初の子を産んだとか、貴族の娘で、有力な皇子の傍にいる女が何とか子供を産んで、妃となるべき事実をこしらえ、勢力を得ようとしたとか書いてありますが、本当にそれだけでしょうか。
 先に子供を作ってしまおうという打算もあっただろうけれど、一般に若い人間は純真です(投稿でののしってばかりいるあほ人間もいるけれど)。必ずしも計略があったとは限りません。
 それよりは、Aタイプの女の性的好奇心が高じて、手近な唯一とも言える男性のペニスに手を伸ばしたと考える方が順当かもしれません。
 女同士で、皇子のちんちんの皮の初剥きをいつしてやろうかなどと相談していたとしたら、愉しいじゃないですか。
 大体が、お医者さんごっこは、年上の女が年下の男を誘うケースが多いようです。男も女も性器には興味津々であります。
 女だけの世界では、女は安心してエロになれます。金津園の女の控え室の雰囲気です。
 江戸の将軍様の閨は、複数の女に監視されていました。受胎した時の血統の確認です。
 その夜将軍様におまんφをさせる女は、第三者チェックでおまんφの中まで洗われ、マン滓完全除去の上、布団の上に横たわりました。
 マン滓の存在すら知らない将軍様もいただろうと思うと、とっても愉快です。
 で、FUCKの一部始終を別の女に見られ、種が何回入ったかまで記録されます。やってる二人は自分たちのFUCKを、帷の外に控える女に見せつけるという快感を味わうことができます。
 好き者の将軍様は、布団をいざけたまま、バックも帆掛け船もしたことでしょう。きっと、クリ舐めをしながら指ピストンをした男もいるに違いありません。
 そんなものを見たら、部屋に戻ってオナること間違いなしです。
 実際、江戸城大奥では、レスビアンも張り型使用も多かったらしいです。
 将軍様も平安時代の帝も、毎日が金津園にいるようなものです。
 20人〜50人の子供をこしらえたこの連中は、そうとう大勢の女と純生でFUCKしたに違いないから、いくら何でも女を歓ばせて楽しもうと思う心が生じた男性もいたはずです。高貴な家では、奈良の時代からセックスマニュアルの本が備えられていました。
 歓喜のさなかに、バギナの中がうごめき、緊縮するのを体感して、マン汁が自分の陰毛に絡んでにんまりしていた奴がいただろうから、羨ましい。
 現代でも、農協とか小売りの奥さんたちがアメリカへ団体旅行をすると、男のストリップを見たり、白黒ショーを見たり、20cmに近いペニスを見て触って驚いたり、それで、日本に帰ると、もう死ぬまでその想い出話が出てきます。
 女もAタイプともなれば、本当に助平なのがいます。快感が深いと、身体が要求してならないものです。
 だから、掲載したエロ小説に登場するような淫乱な女もいるにちがいありません。なかなかお目にかかることが少ないのがとっても残念です。


 AタイプBタイプの分布度については、イメージとして次の感触です。単なる私の感触です。座興として見てください。

 
    一  般  金津園に
 通う男
 金津園で
 働く女
  男   女
Aタイプ  70%  60%  95%  85%
Bタイプ  30%  40%   5%  15%

 それにしても、私は、射精にそれほど感動しないBタイプの男と、オーガズムを知らないBタイプの女は苦手です。
 この世の中がBタイプの人間だけになれば、ソープランドもヘルスの店も叩きつぶされ、エロ小説もエロ動画もすべて燃やされてしまいます。
 Aタイプの人はBタイプの人が上司だと苦労すると思います。仕事にセックスは関係ないけれど、人間の体質が違うからです。

 以上を良性記で出した後次の本を買いました。
 参考:江戸の閨房術  渡辺信一郎 著  新潮選書 より
 江戸の庶民ではなく殿様と奥女中の性生活をうかがい知るために『秘事作法』という書が参考になる。著者は秀麗尼という女性である。時代は江戸初期の承応期(一六五二頃)と推定される。秀麗尼は、備州岡山藩の池田侯の奥御殿に仕え、殿のお手つきとなり、子供を産まなかったために、御殿を出て剃髪したものと思われる。
(中略)
 彼女は、尼になってから、自己の体験を綴るとともに、奥に起居する御殿女中たちに秘伝を指南するために、『秘事作法』を書いたのである。
(中略)
 まず、上の巻は、御殿女中たちが、幼少の殿の性器を鍛える方法を述べている。
「その一」では、幼少君は五歳で割礼し、七歳で包皮を剥く。十歳になったら、会陰の按摩を丹念に行ない、男根を布で固く巻いて鍛える。これは、すべて奥女中の作法で、幼少君に施す。
「その二」では、十二歳になった殿の男根を、指で擦るだけでなく、「時にありて、宝茎を深く口に含みて、宝頭をのど奥に入れ、宝茎を強く吸う。続いて、宝首を舌にて撫で、強大とならば、舌にて宝眼を押さえ、宝首を締めゆるめして、片指にて宝丸を伸ばし、揉む。騒水出でなば、直ちに止め、強く宝茎を握り、片指にて下腹より宝茎根元に、上下に揉む也」とある。御殿女中が殿の宝茎を口に含んで吸い、喉の奥まで入れ、先走りの淫水が出たら、すぐに止めて根元を揉む法、次いで乳の間に挟んで揉む法、さらに梅汁をしみ込ませた布で男根を巻く法を説く。
「その三」では、十三歳になった殿は、精水が出るようになるので、御殿女中の性器に挿入させ、精水を止める方法を施す。殿は一切、身体を動かさず、女だけが奉仕する。女の口の津液(しんえき)は、殿の五臓の滋養となるので、殿に吸わせる。
「その四」では、御殿女中たちは日課として、殿に奉仕する。殿は一日に一回、奥方と交合し精を洩らす。殿が射精するのは、奥方のみで、濃い精水が出るように御殿女中たちは奉仕する。御殿女中と殿の交合はよいが、殿の射精を受けてはならない。殿の男根が役に立たない場合は、女が数人がかりで強大にさせ、女の精水を口で吸わせることは、殿の五体の補益のためによいと説く。
「その五」では、殿と交合する奥方を助け、手伝う方法を述べる。殿の濃い精液が出るように助け、奥方が強制を出すのはよいが、御殿女中たちはけっして声を発してはいけない。殿が奥方に射精したら、御殿女中たちは、その双方の性器を口で拭って清める。殿と奥方の交合が成就することを「蓮華至徳の解脱」という。
 以上が「上の巻」で、ここで一貫しているのは、殿と奥方に対する奉仕の作法の伝授であり、体液である唾液や性器から浸出する愛液は滋養になるので、体液に戻すという行法である。



 すごいでしょ。テレビの時代劇で大名が出てきたら、五歳の頃から奥方を迎えた後まで殿様が御殿女中と何をしているのか想像してください。これは昔の皇室も同じでしょう。
 いやらしいですねえ。御殿女中がやっていることは、私が金津園の嬢にやらせていることと同じものがいっばいあります。殿の接して洩らさずも私と同じです。
「殿は一切、身体を動かさず、女だけが奉仕する」というのは、“やってちゃん”の客と同じです。
 それにしても、女がいっぱいいて、段違いに高貴な男が一人という状況はやっぱり桃源郷のようです。
 今で言えば中学生になった頃から御殿女中にフェラチオされ、御殿女中の唾をすすれるというのが羨ましいし、何と言っても、殿と奥方がセックスした後御殿女中が口で性器を清めるというのは凄い。後舐め・後吸い・吸い出しというのは高貴な家ではあったんですねえ。
 奥方も、殿にファックされるのよりも、その後で御殿女中に性器を舐められるほうが楽しかったんでしょうねえ。御殿女中は張り型の使い方も上手だけれど、レスビアンプレイも達者だったからねえ。
 御殿女中はAタイプの女でないと務まりませんな。
 生まれ変わるなら、大名の嫡子か親王さま、これ、決まり。
 名古屋城の本丸御殿を再建するなら、こういう『奥』の日常も我々にわかるように動画で、無修正で再現して、紹介して貰えるといいね。
 岡山藩でこれなら、尾張藩ではもっとエロいと思うよ。格がうーんと上だし、養子が続いて藩祖義直候の血筋も途絶えそうで、皆が大変心配していたから、殿が濃い精液を奥方にたくさん注げるように、御殿女中は殿のタマキンを揉んだりアナルを舐めたり大股開きの御開帳の三人並びなどしていたかもしれない。

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