スケベエッセイ 8
 洗濯物干し
 左のようなハンガーに洗濯物をつり下げる時、ご厄介になっているヘルパーさんも、嫁も、片側の重さのせいで水平になってないことを平気でやっている。
 私はこれを見ると我慢がならない。
 (1) ズボンのような重い物は単独で下げる。
 (2) 中心寄りにタオルのような重い物を下げる。
 (3) ショーツ、布巾のような軽い物は外側に下げる。
 (4) 吊り下げるのは内側から順次行う。
 ∴ ハンガーは傾かぬようバランスを保つ。
 私はこのようにし、更に、奥方のショーツが道路から丸見えにならないように、他の吊り物で妨害する。嫁もヘルパーさんも(2)〜(4)をやっているようには見えない。ハンガーの上の枠の面が水平から45°傾いてもへいちゃらとは、一体どういう神経をしているのだろうといつも不思議でならない。
 とにかくこの手のハンガーの端にタオルを吊してハンガーを傾けさせる女がソープ嬢になれば、客のキンタマの横とアナルは先ず拭かないだろう。紐ショーツを着用すると、股間を渡る紐の端がセンターラインを外れて歪んでいても無頓着だろう。
 年金生活者になってからは──洗濯機から洗い終えた物を取り出して一時収納の籠に入れる、物干し竿とハンガーを利用して干す、乾いた物を取り込む──この3つの作業を私が担当している。だから、もう9年ほどやっている。
 なお、ワイフは、よれて絡んだ衣類を外し、すぐ干せるように拡げて籠に入れ、ズボンや上着などを単体のハンガーにセットするのが役割分担だ。身障者につき、そこまでしかできない。単体のハンガーにかけた上着の衿のところが形を崩さないように一番上のボタンをかけるのは私の役目となる。
 ワイフは、よれて絡んだ洗濯物をほぐして、一つ一つ一時収納の籠に入れなおす。その際タオルが先に収められ、上に下着や靴下や布巾が置かれる(その作業をしている者にとってはそうしたほうが落ち着きが良い)。私はこれを写真のハンガーにかけるとき、一時収納の籠の底を探ってタオルを取り出し、それを先に吊す。
 8年間そうしてきたが、常々苛ついていることに先日はたと気がつき、ワイフに言った。
「ねえ、僕は一番でかいタオルからハンガーに吊り下げ、靴下のような小物は最後に端に吊すのだから、この籠に洗濯物をしまう時も、その順番を意識して入れてよ。籠の底にあるタオルを取り出す時、上にある靴下を地面に落としてしまう。だから、タオルがここの一番上!」
「はい」
 めずらしく気持ち良い返事だった。

 多分「ソレダメ! 〜あなたの常識は非常識!?〜」というテレビ番組だったと思うけれど、私のやり方を『ダメ』と説いていた。
 洗濯物がハンガーにつり下がった形を思い描いて欲しい。長いタオルを内側にするやり方(以下∪方式という)と長いタオルを外側にするやり方(以下∩方式という)とでは吊した洗濯物の乾き方が全然違い、∩方式のほうが∩の中を風が舞うことにより乾きが1時間早いと力説していた。
 ∪方式の吊り下げ方は非常識だそうだ。そんな馬鹿な。風が舞う? 1時間の差?
 まあ多少乾きが早くなるにしても、私は∪方式のほうが落ち着くし、吊しやすい。そして、水平が維持しやすい。乾きの早さよりも水平にすることと吊しやすさのほうが大切だ。
 乳房の愛撫
  (2016年03月05日 記)
 私は巨根巨乳考で次を書いた。
 女のスタイルの中で重要なのは、お尻の張りとふくらみ、ウエストの括れであり、乳房は審美的にそれほど重要ではない。機能的に見ても、セックス相手に備わるべき資質としては、おまんφが素晴らしいことが一番大切で、これに比べれば乳房は全く無用と言っていいものである。乳房はあくまで乳児のためのものであって、男のためのものではない。
 女の善し悪しを考えるに当たって乳房を重要視するのは、大の大人が上寿司やビフテキよりもお子さまランチを食べたがるようなものだ。
 だから、女性を悦ばせるセックスマニュアル2では──『オーラル行為』とは、唇で乳房や脇腹などを攻めることではなく、唇と舌で性器を刺激することと考えるべきです──と主張している。
 私がソープ嬢に何度か本指名をかけると、相方の多くが言うのは「お乳を全然攻めないのですねえ」だ。その後に、乳房をかまいたがる客が多くて鬱陶しいという趣旨の話が続く。
 日本人男性とオッパイに関して興味深い論を見たので紹介しよう。
  性のタブーのない日本 橋本 治 著  集英社新書 より
 古代ギリシアの女神像以来、西洋はオッパイ文化です。女性の衣装でも胸を誇示します。しかし、日本の彫刻の中心は仏像で、仏様は女ではないのでオッパイがありません。(中略)
 江戸時代の日本は春画の全盛期で、(中略)全裸のからみ合いというのはそれほどありません。浮世絵が肉体表現を獲得した後では、ほとんどと言っていいほど、着物を着てやっています。(中略)性交中の女のオッパイが見えるのはそんなにないということです。
 我々はセックスの最中に男が女のオッパイを揉んだりオッパイを吸ったりするのを当たり前のように思っていますが、意外なことに江戸の浮世絵春画にそういうシーンはほとんどありません。
(中略)あぶな絵の恰好のモデルになるのは、オッパイ丸出しの紅い腰巻一つで海に潜る海女ですね。
 そういうあぶな絵があるのだから、江戸時代の男達がオッパイに関心を持ってなかったわけでもないし、(中略)オッパイは「見る刺激」ではあっても、しゃぶったり揉んだりして楽しむ性愛の具ではないようです。(後略)
 更にオッパイについての話が続くが、筆者は日本の性文化があまりオッパイに積極的な意味を与えない理由として──性交というのが凹部に凸部を嵌める行為だから──としている。これは、私が乳房の愛撫なんてせんでもええとしている理由と同じだ。
 日本人のセックスのあまりの変化に少しは驚こう
 時が経てば何でも変わっていくものだけれど、セックス関連の多大な変化に少しは驚いて欲しい。
 金津園ソープでの行為にそれは端的に表れている。
 昭和の頃、40年代までフェラチオは少なかった。2回射精させる嬢も部屋が明るいままで性交させる嬢もそんなにはなかった。正上位で客にキスをさせながらチンコピストンを受ける嬢も少なかった。平成の初期まで即尺はなかなかなかった。
 平成20年代になると、アナルセックスや写真撮影や精液ゴックンを売りにする嬢が現れたし、次の行為を初会でもする嬢がかなり増えた。
  (1) 後吸い
  (2) キンタマを頬張りながら棹を刺激
  (3) 棹を刺激しながらアナル舐め
 このような進展は、過激なファック動画を誰でも容易に観られるようになったことと大いに関係があるだろう。
 当然素人の女性にも同様の傾向があり、性技を知っていて実行できる女性と知らない女性とで、また、女性が積極的になった時とそうではない時とでは、性交時にやれる行動に絶大なる差が出てくる。
 前者の女性と性的な絡みをする男性は、性的誘導ができる人とできない人とではセックスの態様が相当違うことになる。この手の女性は素人でも恥毛除去についてここまで考えるだろう。
 童貞の男性にはなかなか大変な時代になったと言わざるを得ない。だからこそソープのようなものが必要だと思う。
 日本人のセックスの変化で、この他取り上げるべきは、若い世代の性交意欲の低下(→結婚時期の遅れ・未婚率の上昇)だろう。
 妻の浮気率の変化、これについては経年的に変化しているかどうか知らない。検索してももっともらしい統計が見当たらない。ただ、私の人生での大半の印象・判定から比べて、60代になってから知ったことは、世の中浮気だらけの印象がある。
 いろいろ考える
 通い嬢に「終活してね」と言われた。「終活って何だ?」と聞くとハメ撮りした画像のハードディスクのファイルと印刷した写真の始末だ。当然手抜かりなきようにする旨答えた。まあ私の死後に家族が愕然とするようなものはなくしておくつもりだ。(ただ、サイトをどうするかは悩ましい)
 思い返せば、最後の勤務が終わる時、私は会社のパソコンのハードディスクについて、‘ドキュメント’の中身を全てDeleteした後、断片化の是正処理をして(要するに、ファイル痕跡壊し)から、エロ動画の大きなファイルをコピーしてディスクを埋め、それをDeleteしてからシステムの基幹ファイルを消して立ち上げ不能にまでした。それぐらいに慎重な性格だ。
 ドキュメントには人事考課、給与、財務諸表、訴訟関連などの機密データとサイトの原稿が入っていた。
 70年近く生きてきてつくづく思う。
 微笑むけれど残念なこと────脇毛を処理した若い女のアナル毛
 にんまりすること───────色白美女のどどめ色ベロンベロン具マンコ
 毎度最高の光景と思うこと───中出しの垂れを見せるM字開脚
 激しく感激したこと──────レビトラの効き目のすごさ
 一番楽しいこと────────口に吸い付いたまま射精の昂揚を相手に感じさせながらイクこと
   (於:性交中、手コキ中)
 一番人間を掌握した気になる時─排泄孔と生殖孔に指を2本差ししながらキスやクンニをする時
 不思議でならないこと─────多くの女性が私の前でウンコしたこと
 とにかくぶったまげたこと───女が私の前でアナル中イキしたこと
 一番嬉しかったこと──────アナルセックスができた時
 振り返る度に信じられないこと─サイトを見た女性が3人も私を誘ったこと
 人生の成功を最も感じた時───女性が私のチンコピストンで中イキした時
 むちゃくちゃ亢奮できること──イチジク浣腸をしてマットの上で正上位ファックすること
 その日2度目の浣腸で、すんなり出るものが少なくて苦悶の様が激しい。
 2度目だから、マットを汚す度合いが低い。
 とても参考になる文章
 私は性行為するに当たって段差を活用するよう説いている。これに関連した記述を見つけたので、ここに掲げよう。(完全引用につきクリック不要)
 江戸時代は段差を使った体位が少ない?(江戸の性 第24回:永井 義男 著)
前回、性交の体位について述べた。その続きである。伝統的な体位が「四十八手」もあることから、わが国の性愛文化は高度に発達していたかのように自画自賛した本が少なくない。はたしてそうだろうか。
江戸時代に性愛文化が高度に発達していたのは否定しないが、少なくとも体位に関するかぎり、わが国は諸外国にくらべて限定されており、不自由だった。というのは、江戸時代はベッドがなかったので、段差が利用できなかったからである。
AVなどで現代のわが国、あるいは欧米のセックスの模様を観ると、ベッドや椅子を利用して高低差を作り、奔放な行為をしている。ところが、畳の上にじかに布団を敷く住環境では、これらの性行為は不可能だった。不可能ではなくとも、極度に困難といえよう。
しかし、人間はそれなりにくふうをする。「必要は発明の母」はセックスについてもあてはまる。『縁結出雲杉』(葛飾北斎、文政6年)に、敷布団を幾重にもかさねた上に女を座らせ、男が舐陰(しいん/クンニリングスのこと)をしている図がある。布団を重ねることで女の位置を高くすることができた。男のほうは動きに自由がきくし、姿勢も楽である。現代で言えば、ベッドの端や椅子に女を座らせてするクンニリングスであろう。
『婦男愛添寐』(丘亭春信)には、階段で男と女が情交している図がある。階段の途中に女を座らせ、男は立ったままという体位である。ベッドのある生活ならごく普通に実行できる体位だが、畳と布団の生活ではむずかしい。階段の段差を利用してようやく実現できた。ただし、春画には誇張がある。実際には階段の利用はかなり危険である。というのも、江戸時代の階段はかなりの急勾配だった。うっかり春画の真似をすると、ふたりとも途中で転落する恐れがあった。転落しないように注意しながらでは集中できまい。それとも、スリルのあるところが妙味なのだろうか。
『正写相生源氏』(歌川国貞、嘉永4年)では、地蔵堂のなかで、女を賽銭箱の上に坐らせ、男が立った姿勢で交わっている図がある。高低差を作るくふうであろうが、なんとも罰当たりな行為と言えよう。
そのほか、縁側に女を座らせ、男は庭に立ったままでする情交の図もある。これなども、ベッドや椅子がない生活をおぎなうくふうといえよう。ともあれ、いざとなれば男と女はくふうするものである。
そう考えると、ベッドや椅子がない住環境を創意工夫で克服して、江戸の男女は性を享楽していたといえるかもしれない。

 男が立って、女が相対的に高いところに寝て両脚を上げる(または拡げる)体位は、男からは女体俯瞰の楽しみに加え、結合部の視姦を伴い、前後運動が自在で、実に野性味があって、まことに痛快だ。段差を利用したセックスは至高のものだろう。
 私がマルチェロ・マストロヤンニ式体位と命名している‘女が両足をVの字に上げ、その両足首を掴んで腰を前後させる体位’ソープ道入門 6を参照)がなかなか結構だ。
 ニーナと逢うのは、僕はセックスよりもむしろブランデーを飲みながらの会話が楽しみだったとも言えるぐらいだったけれど、ニーナとの情交にも記憶に残るものがあったよ。
 ある時、ベッドの端からニーナの尻が少し出るぐらいにし、膝を伸ばしたまま両脚を高く上げさせ、僕は床に下りて立ち位で挿入した。ニーナの太股の裏側が僕の脇腹につくんだ。
 ベッドが高ければ腰を使いやすいその体位は、昔学生時代に見たイタリア映画で、マルチェロ・マストロヤンニが演じた金持ちの男が、脚の長い女中に着衣のまま行っているのを見たんだ。
 黒いハイヒールを履いた足が男の肩の横から突き出て、濃紺のベルベットのスカートが腰まで捲れ、白いむっちりとしたお尻が揺れるのが、残像として残っていたよ。
 ラ・カルチェ(今のロランジュ)のベッドは床が高く、ニーナの脚が長いので、僕はふとそれを思い出してやってみた。
 大柄なニーナの肉壷は、僕にはゆとりがあり過ぎた。だから、その体位は、腰を多角的に、或いは激しく使うことにより、挿入感と摩擦感を高めるのに丁度良かった。
 しかも、二人の躯が離れているから暑くならない。突き上げた長い脚が何とも魅力で、更に、結合部や、ニーナの姿態と顔が充分鑑賞できるという利点があるんだよね。ニーナの幅広の尻たぶに脇腹や腿が当たるのが良かった。
 ニーナは、この、ベッドの端で脚をVの字に跳ね上げる体位がすっかり気に入った。初めて経験する格好だったんだよ。ピストン運動でオーガズムに達したことはないけれど、そのやり方で突かれると、イク寸前のような、かなり気持ちの良い状態になると言って悦び、それから、僕にこの体位を誘うようになった。
「田倉さん、今日もいつものあれでしてね。激しく、激しくね。絶対によ」
 面長の美人のニーナが小首を傾げてこんなことを囁くと、僕はすっかりその気になって、僕の足よりかなりサイズの大きい足の裏や足の爪の真っ赤なマニキュアを横目で見ながら、懸命に腰を前後に振ったよ。
 亀頭が割れ目から飛び出るぐらいまで引いて、勢いよく恥骨のふくらみを当てる、大腰の抽送を繰り返していた。
 君は百八十センチに近いから、百七十センチの女を抱いてもどうってことはないだろうけれど、僕にはとっても大女だから、ニーナの立ち姿自体が現実離れしたような荘厳な魅力だったし、天井に突き上げているような長い脚を小脇に抱えて、柔らかい尻たぶの間に向かってパコパコと腰の運動をするのは何とも言えないほど爽快だった。
 判るだろう?……いや、大男にはその実感が絶対に想像できないだろうねえ。

 マルチェロ・マストロヤンニ式体位はいろんな初めて(2)の『13.教え癖発揮の初めて』にも書いた。
 それにしても、仁科良ほど明瞭で激しい絶頂の悦びを表す女はなかなかいない。
 私は学生の時に見たイタリア映画で、マルチェロ・マストロヤンニの扮する主人公が女中と交合するシーンが印象に残っていた。
 女はスカートもブラウスも着たまま尻をベッドの端に置いて、黒のハイヒールを履いた両足を垂直に上げ、男が足首を掴んで立位で挑んでいた。白いブラウスから乳房がはみ出て、濃紺のスカートがまくれ上がり、女の白い腿に男が激しく腰を打ちつける映像が迫力に満ちていた。
 そのファックシーンの想い出話をすると、仁科良は若いのに似合わず50歳ぐらい年上のマストロヤンニを知っていて、好きな俳優だと言った。
 ベッドを利用して立位を実演したら、それから仁科良は巻き舌の声で「マルチェロ・マストロヤンニのでしてぇ」とねだるようになった。
 仁科良のGスポットにその体位は合ったのだろう。
 私はいつも、ベッドの端に移動させた仁科良の腰の下に枕を宛てがって抽送した。痩せた股間だから出入りする棹と食いつく女陰がよく鑑賞できた
 マルチェロ式で私の吐精を受けた後、仁科良はいつもは寝そべったまま、下腹に力を入れて原液を押し出して割れ目を拭いた。

 マルチェロ・マストロヤンニ式体位やマルチェロ式体位という言葉を私はしばしば使ったが、サイト名を陶酔記から良性記に戻した時に床上床下男上前位性交体位についてを参照)という言い方で統一した。
 段差を利用してこのようにファックすることと首を楽にしてクンニすることをしっかり記述したものは、紹介したサイト以外で見た記憶がない。だから全文コピーで掲げた。
 その他参考 江戸の男は女の陰部を見慣れていた
 即尺せずにNS応対する
 金津園の店サイトにアクセスする時、これを別窓で開くリンク集ページで、コンパクトなものが欲しいと思ったので、『金津園遊びの手引き』に金津園全店リンクをUPした。(2016年07月16日)
 リンクの誤りなきを確かめていて、ヴィーナスのサイトが以前と少し記載が変わったから、NS応対嬢を確認しようとしてじっくり眺めた。すると、ここの嬢紹介ページによれば、即尺はせずにNS応対をする子がいるようだ。
嬢紹介に次を要素としたグラフがある。新人は埋められていない。
 (1) 即々サービス
 (2) 高級サービス
 (3) イメージプレイ
 (4) バイブ・ローター
 (5) コスプレ
 (6) オナニー鑑賞
即々サービスがなくて、高級サービスがある嬢がいる。
それにしても、(4)以降は載せるものかねえ。客の腕だろう。
特別な料金について書いていない。面白いことがあるんかねえ。
 私は平成12年以降両方をする嬢に100%入浴してきたから、こういうのを見つけると驚く。でも、よ〜く考えると、とても結構な考えだ。洗い方が不適切なチンボとマンコは実に汚い。
 考えてみれば、金津園のNS店は、廉価の店でも即尺を拒む嬢がまずいない。私は、安い店のNS嬢では上玉にありつけないから避けたいと書いているが、即尺が嫌な上玉がNS店を敬遠し、混在店(要するに中級店──廉価NS店よりも廉価!)でNS応対をしているかもしれない。混在店も調べねばと思った。
 ただ、即尺ができない子はエロ精神希薄につき、やっぱり止めたほうが良いかな。女は、放胆に後舐めができ、チン滓を舐めとれて、糞便臭の尻穴も舐められて、唾液交換ができて、チン汁をすすり込み、場合によっては飲尿ができ、尻穴に生の指を突っ込めて、マン滓蓄え依頼に応ずるようなのが良い。
 金津園ソープ店の組合
 岐阜特殊浴場防犯組合のサイトはやり方が何やら奇妙だから、私は“自称公式サイト”とからかった。
 そのサイトがたぶん平成28年3月に内容を改め、トップページで“公式サイト”という言い方をしていないことに気がついた。(『組合の活動』のページでこの表現をしている)
 内容を一新しても、相変わらずあきれるほど発想がとろい。
1.動作が重い。
2.参加店によけいな作業を強いているのは相変わらずだ。
 情報のメンテは大変だから、店は自分のサイトで情報提供すれば充分で、他はそこへ誘導するツールとして役立てば良いだろう。しかるに、店サイトの中身をそのまま流用するような手立てが講じられなくて、ここへの入力作業が必要になる。
3.店サイトにさっさと入れない作り方をさせている。
4.金津園の店全てを代表しているのではないのに“公式サイト”という言う。
 3と4は大変姑息だ。検索『金津園』で1位紹介とならないのは不快だろうから、各店にあれこれ情報を入れさせたがるのはしかたがないが、店サイトの紹介が目立たないようにしてあるのはとってもとろいセンスとしか言いようがない。
 参加・不参加の店については金津園の店さまざまを参照。
5.前はあった全店一覧の地図を止めた。
 艶グループなど不参加店の宣伝などしたくないという姑息な心がにじみ出ている。要するに、見苦しい。A店はB店の隣でC店の向かいだな、とわかるのが有用なのに、姑息な思考でどうしようもない。どの組合に入っていようが、共存共栄、千陰茎万来だろう。
 だから、全面改定後数ヶ月経ってもメインコンテンツの『加盟店を探す』のページを見ると、入力がいい加減な、まともに参加していない店が散見される。
 とにかくこのページで店サイトが紹介されず、金津園の総合地図を掲げないのが馬鹿げた発想だ。
 だから、ここにまじめに入力している店がだめな店に思えてならない。
 ハメ撮り画像にクレーム
 迷惑メールに自動的に分けられていたので気がつかなかったが、激写の嬢の写真を消すように依頼があった。消すべき写真が特定されていないし、誰か被写体の嬢に関係する人とは思えなかったから、返事は出さなかった。
 Yahoo!で迷惑メールに分けられたのが怪しいし、文面に(面識のない他人に発信する文書としての)品格がないし、第一しっぽり情を交わした被写体の嬢に、写真を消して欲しいと思うのがいるはずがない。
 迷惑がっている嬢の固有名詞があって、嬢の気持ちをうかがえる具体的な説明があり、かつ、削除を希望するに当たって、それなりの自己紹介・礼節と、依頼文に人品を感じさせるものがあれば、(たとえ第三者の依頼でも)人間、気持ちが変わることもあると思って、要請について検討することもあろう。
 歓迎して撮影に応じている嬢の気持ちを想像できない、やっかみ男が発信したものだろう。世の中に馬鹿と阿呆と偏った思い込みの人は浜の真砂ほどいる。
 で、ここまで書いてから、どうして迷惑メールにされたのかなと思い、発信元を確かめた。
 そのiusbpp@00mails.comの“00mails.com”でググると、直接サイトが開かれた。見ると、『ワンタイムメール』とある。──本サービスを使用して、悪質な嫌がらせ、誹謗中傷メールを送る事案が発生しています──という説明が目についた。
 メールの詳細ヘッダーを見ると、外部の SMTP サーバを利用してメールを送信するためのライブラリのPHPMailer を利用し(Googleも経由しているようだ)、手の込んだことをしている。
 まともな人間がきちんとした意見表明をしたいなら、発信元を隠すことなどせず、挨拶の言葉も、必要な自己紹介もして、礼儀をわきまえたメールをよこす。良性記のトップに掲げたメルアドに来る受信の多くはそうなっている。
 しかるに、この御仁は…。
 嬢のことを書いて、それを良性記に発表し、更にその後時が経過して作品の中の店の名前を仮名から本当のものに変えた時、それは当該店から嬢が出た後だ。
 写真が出るのは更にその後で、源氏名は仮名のまま。ということは、当該店の中で、当該嬢が仲間の目を気にして困惑することは金輪際あり得ない。メールでは、当該店でその嬢が働き続け、迷惑しているような書き方をしていて、ねつ造の指摘であることは明かだ。
 ぼろを出さぬようにしているから(または、知性が低いから)文面が短いのでわかりにくいが、当該嬢がいなくなっても、当該店の他の嬢が察知して不愉快がっているという指摘なのかも知れない。そういうことだとしたら、あほくさいとしかいいようがない。
 嬢はひたすら敬服するよ。その男は店の名を出して、××店の嬢が迷惑がっているなどと書いていた。その××店で何人もハメ撮りして、何人も初アナルを頂き、何人も浣腸したというのは、そういうのが女の間で伝わって(すごいお客さんだ!)と関心を持たれたからこそのことだ。この御仁はそういうことが想像できない。
 嬢は、こんな本指名客がついたらありがたいな、面白そうな人だな、と思う。私も写真を撮らせてあげようかと思うのもいるだろうし、絶対にそれは不可だけれど、アナルを経験させてもらえないかなと思うのもいるだろうし、絶対に両方とも嫌だけれど、来て貰いたいなと思うのもいるだろう。それだけ嬢は毎日平凡でつまらない客ばかりに応対している。
 どの写真を消せという特定がないのが嫌がらせということだ。
 ワンタイムメールで発信するのが、この男はどうも初めてではない感じだ。Yahoo!が迷惑メールとするような発信をするこんなゲスな野郎にもおまたを開けねばならないソープ嬢が哀れだ。
 読者からのメール
 読者からのメールは消さずにいたが、2016年春にごっそり整理した。その後次の2人から届いた。
金津園の利用 メールの主旨 気になったこと
A.50代男性
金津園利用者 金津園出撃意欲を高められたという話 良性記 ときに更新していただけませんか──と書いてあった。
B.30代女性   − エロティックな事柄についてたいへん勉強になりましたとのこと 第2信に返信後途絶えた。
 昔と比べると(迷惑メールに自動的に振り分けられるものを除けば)メールが実に来なくなった。69歳ともなると、多くの人からすれば異次元の存在だ。メールしたいとは思いにくい。
 件数がそれほどなくても、罵倒メールが憂鬱だから開けるまでは心が騒ぐので、まあ、心を乱されることがなくなったとも言える。
 受信メールの第一弾では
  自己紹介充分50%、少し不充分20%、全く自己紹介なし30% ぐらいの分布だと思う。
 私はサイトで自分のことをくまなく書いている。本名や住所や勤め先が書いてないだけで、それ以外は何もかも書いている。特に自分の思考は完全開示だ。もう家族や親戚、近所に住む人が全く知らないことのオンパレードになっている。
 だから、メールの1発目か2発目で発信者の人物像が殆どわからないと、もうかなり腹が立つ。自己紹介もせずして面識のない他人にメールをするなんてねえ。
 Aは、要するに、一箇所だけ心外だった。
 更新は最低月1回きちんとしている。そして、日記は充分に更新頻度がある。小説と論述の作品はどれも全角文字数が1万から2万という長文で、そこらのサイトが平均の全角文字数をいくつにしているのかは知らないが、それより恐らくは50倍にもなろうかという大作だ。
 制作の労力と情報収集のコストは膨大なもので、端座して読まれるべきだと思っている。更新どうのこうのと言われるのは心外だ。
 Bは、第2信に──貴方様の綴る文章を読むと あっと言う間に濡れてしまいます。穴の奥の方がきゅんきゅんして 湧き出た淫汁を掻き出して頂きたくなってしまいます──とあったから、根がまじめな私は本当に女性が書いたのだろうかと思って、軽く返事を返した。そのせいか、第3信がない。
 女性からのメールで、この1つ前に来たのも(上のと同じで、きわどい表現はあるもののご本人のことについての書き込みがなくて)文面があっさりしていて、本当に女性が書いたのか判断できないから、サイトを見ていただく謝辞程度の軽い返事(第2信への返し)を返した。すると、返事(第3信)が来なかった。
 それでメールのやりとりが進まないなら、それだけのことだ。
 男性からのメールは(この人は本当に男なのかな?)と考える必要がない。文面に応じて素直に返しておれば良い。年齢、居住地、職業、思考形態、学歴、結婚経験、嗜好、こういうもののいくつかが大まかにわかるように書いてあれば、それに応じた返事をする。
 しかし、女性からのメールは(この人は本当に女なのかな?)と慎重になる。自己紹介のないものはどうしても50文字以内の返事になる。
 この心が乱れるようなメールがあって、それに心を乱した自分にカリッときたことがきっかけで、読者からのメールを全て消すという発作を起こした。今となっては残念だ。
 女性と自称するメールは8人以上から来たと記憶している(それだけ印象的だ)。うち4人のメールが文字数も多く、内容も、ご本人のことについてのうちあけが多かった。
 この4人は全部お会いしている。とても楽しかった。会った時の年齢では、多分40代1人、30代2人、20代1人だ。昔の受信メールは全部消したと思っていたら、1人だけ別保存してあった。
こんにちは。
はじめまして。
とあることから陶酔記(この頃良性記は陶酔記だった)を見つけ、すっかり育野さんのファンになりました。
陶酔記を読んでいるのですが、エロビデオとかは好きじゃありません。ちゃんと観たこともありません。昔観たものが、どうも女が馬鹿にされているような気がして不愉快でした。それに女の人の喘ぎ声が気恥ずかしくて。。
育野さんには女の人に対して優しさが感じられます。
どエロ編を読んで、育野さんに興味を持ち、まじめ編(どエロ編とまじめ編が良性記のえろえろ考察に当たる)を読みました。
それですっかりファンになりました。
わたしは頭のいい男の人が好きです。何かに熱中できる人を尊敬します。
新婚の思い出話を読んで涙が出ました。
(中略)初浮気です。
主人しか知らず結婚してしまったので、すっかりのめり込んでしまいました。でも10ヵ月で終わってしまいました。彼は今まで200人以上の女の人と遊んできたそうで、あたしのこともあっさり振ってくれました。寂しいやら、悔しいやら。でも好きで…。
毎日彼のことで頭がいっぱいだったところ、陶酔記を見つけ、この歳にして初めて知るいろいろな事を物珍しく読んでいます。
今は彼のことを考える時間よりも、陶酔記を読んで思い巡らす時間のほうが多くなったかもしれません。 主婦が何してるのやら、と思いつつ。。
ところで育野さんは今でも奥様とセックスしていますか?
女はいつまで女なんでしょうね。
夜の営みに不満を感じつつ、育野さんに恋心(?)を抱きながら陶酔記を楽しみにしている主婦でした。

 これぐらい書いていただくと、間違いなく女の人のようだと思う。

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(千戸拾倍 著)
タリビット点耳薬