自己紹介、というか若き日への郷愁

 男と女が真に愛の交歓を愉しむことによって、収斂と紅潮で応える女の心をこよなく愛する男です。年金生活者になっても、女性に興味をかき立てる気持ちは衰えていません。ただ肉体と熱情の減衰はいかんともしがたいものがあります。
 名古屋生まれの名古屋育ちで、高校生の時からストリップ劇場通いをして、女性の美しい身体と形状が何とも奇っ怪なおまんφには並々ならぬ憧れを抱いていました。今の高校生はパソコンなどでいくらでも女性の全裸姿や開いたおまんφの映像が見られるから本当に結構です。
 風俗遊びを始めたのは存外遅くて、三十代半ばを過ぎてからです。それまではストリップの本番生板ショーに出るだけでした。
 初めて岐阜金津園のソープランドに入ったときの感動は今でも忘れられない思い出です。以来、そこで働く女の喜怒哀楽と群がる男達の生態には興味を持って接してきました。それが良性記を創る原動力になりました。
 人は老境に入っても子供の頃の意識と体験が仄かに残っていて、それは静かな化学反応で発光するもののようで、胸の奥に熾として熱を放っています。その輝きを蘇らせて、若き日の想い出を真に懐かしめるのはやはり老後でしょう。
 どんな人でも10代では純真です。その純真さと闇雲の懊悩を懐かしみたいです。
 以下の項目別の想い出探りで、60有余年の人生を振り返ってセンチメンタル・ジャーニーします。

好きな街(訪問回数)
 札幌(3)、岐阜(多数)、京都(4)、近江八幡(2)、大垣(2)、盛岡(2)、長崎(2)、奈良(3)
 鎌倉(4)、高山(3)、鹿児島(2)、広島(1)、知多(多数)、仙台(過去に居住)、名古屋(居住)
 勤務先の業務などで行った数は含めていない。
 独りでぶらーっと行くことが存外多い。街はただ歩くのがよい。岡崎も沼津も岡山も高岡も、ただふらりと街を歩くだけで何らかの感興が生まれる。
 ハイキング、登山、観光の類いではなくただぶらっと街の散策に出かけた最初は、高校生の時の近江八幡だろう。
 街の光景を眺めながらも、自分は何のために生きているのか、大人になったら何をするのだろうか、などと考えていたと思う。
 それにしても、奈良!
 子供の頃に修学旅行で行ったきりだったが、平成25年に3回足を運び、感動しきりになれた。法隆寺、東大寺、興福寺、新薬師寺、薬師寺、長谷寺、素晴らしい。

大嫌いな都会
 東京、大阪
 人間だらけのところは嫌だ。

昔好きだった山(登山回数)
 安達太良山(4)、剣岳<立山連峰>(3)、金華山<岐阜>(4)、御在所岳(20程度)、白馬岳(2)
 会津磐梯山(2)、月山(2)、御嶽山(2)、甲斐駒ヶ岳(1)、羅臼岳(1)、秋田駒ヶ岳(1)
 ここに挙げたのは殆どが20代前半までのものだ。
 60歳過ぎて登ったのは、金華山、久能山、鳳来寺山、弥山<宮島>ぐらいで、家庭の事情と自分の体力の無さでこうなるのが口惜しい。

昔好きだったスキー場(訪問回数)
 蔵王スキー場<山形側>(多数)、秋田駒ヶ岳スキー場(2)

好きな歌手
 小林旭、石川さゆり、由紀さおり、西田佐知子
 なお、この10年で考えればテレビの歌謡番組は全く観ていない。

好きな歌曲(毛唐系)
 30歳になってまもなく右耳がアウトになり、それからは自宅でまともに音楽を聴いたことがない。
 それまでレコードをかけた数が多いのは次だ。10代では日本人歌手が吹き込んだものは西田佐知子以外は持っていなかったと思う。
黒い傷痕のブルース  サム・テーラーのものが掲げられないのが残念。
夜霧のしのび逢い  好きだったなぁ。映画は観てない。
太陽はひとりぼっち  このレコードジャケットが懐かしい。
シャレード  好きだった。何とも切なくなる。
カチューシャ  アル・カイオラ楽団だなんて懐かしすぎる。
 黒い傷痕のブルースは一番初めはファウスト・パペッティのアルトサックスのを聴いていた。その後、サム・テーラーの演奏のレコードを買った。とにかく歌なしの曲では聴いた数が一番多いと思う。私はこれを聴くととにかく切なくなった。
 太陽はひとりぼっちは映画を観たが、曲のほうにより惹かれた。
 シャレードは高校2年の時映画を観るまで恐らく曲のほうは知らなかっただろう。オープニングのこの曲を聴いて衝撃を受けたと思う。ヘンリー・マンシーニだね。
 アル・カイオラ楽団カチューシャのレコードジャケットが懐かしい。昭和38年から聴いていたようだ。ドラム入りにエレキの響きの『カチューシャ』に驚いた。
危険な関係のブルース  アート・ブレイキーが好きだった。
モーニン  アート・ブレイキーのこれも良かった。
真夜中のブルース  本当に好きだった。ベルト・ケンプフェルト楽団だ。
死刑台のエレベーター  マイルス・デビスの演奏で楽しんだ。
ハーレムノクターン  サムテーラーのレコードをよくかけた。
グリスビーのブルース  誰の演奏のを聴いていたかな。
黒いオルフェ  サム・テーラー?の演奏で痺れまくっていた。
Go Kart Twist  中学3年の頃聴きまくっていた。
 真夜中のブルース はベルト・ケンプフェルト楽団のを実によく聴いた。
 Go Kart Twist は「太陽の下の18歳」の挿入歌で、主演は17歳のカトリーヌ・スパーク。彼女の体くねくねに痺れていた。嗚呼、青春だ。
 3年前だが、呪文のように記憶していた「エジレジレバ エノフィナレバ メティティ カスカナサルディナ エバエバイゴゴ ゴーゴカート」をほぼ40年ぶりに聴いた。
【Go Kart Twist】
 E gira e gira e vai
 E non fermarti mai
 E gira e gira e vai
 E non fermarti mai

 Mettiti il casco e salta sul go-kart
 E vai e vai col go go go-kart
 E ballerai il twist del go-kart
 Twist go-kart and twist go-kart
悲しき片想い  唄入りでは当時一番よく聴いた曲だろう。
死ぬほど愛して  条件反射で目が潤む。唄入りでは2番目によく聴いた。
片目のジャック  唄入りでは3番目によく聴いた。痺れていたね。
終身犯  映画は観てない。ハイウェイメンの歌が大好きだった。
テイク・ファイブ  Dave Brubeck のこの曲はよく聴いた。
THE END OF THE WORLD  実によく聴いた。ブレンダ・リーだ。
暗い港のブルース  モダン・プレイボーイズでよく聴いた。
ハンガリー舞曲5  ポール・モーリアは結構だ。
 悲しき片思いは3年ほど前に40数年ぶりにヘレン・ シャピロの歌声を聴いて、涙が出た。まだ両耳で音が聞こえた時期だった。この題が好きだったのかなぁ。よく口ずさんでいた。
 死ぬほど愛してのアリダ・ケッリの懐かしい声には、今でも涙ぐむ。青春の歌だなぁ。映画『刑事』は観てない。(参考:今陽子が唄う
Amore, amore, amore, amore mio
in braccio a te, me scordo ogni dolore
vojo resta co'te sinno me moro
vojo resta co'te sinno me moro
vojo resta co'te sinno me moro.
Nun piagne amore, nun piagne, amore mio
nun piagne, state zitto su sto core,
ma si te fa soffri dimmelo pure
quello che m'hai da di', dimmelo pure
quello che m'hai da di', dimmelo pure.
 片目のジャックはレコードジャケットが懐かしい。前奏がたまらない。
 終身犯も良い曲だ。3年ほど前に40数年ぶりにこの曲が聴けて、実に嬉しかったし、超絶的に懐かしかった。当然涙を流した。この映画は観ていない。
 この曲は多分ラジオのポピュラー音楽番組で知ってすぐにレコード屋に行った。終身犯悲しき片思いのレコードを所持したくて親にステレオ機器をねだったと思う。
 再生すると画面に懐かしいものが出てきた。50年前に見たレコードジャケットだ。気絶したくなるほど懐かしかった。これに載っているいとしのシンディがたまらなく好きだった。悲しき片思いは当時日本人の歌手も歌っていたが、終身犯のほうはテレビで聴くなんてことはなかったはずだ。
 暗い港のブルースはレコードジャケットが懐かしい。中年になってから藤圭子が唄うのを聴いて痺れた。
 ここに挙げたものはレコードが傷み、就職する際にステレオを仙台まで持って行けないこともあって処分した。歌入りの曲として挙げたものはその後殆ど耳にしたことがない。だから、これらの洋物の曲を頭に浮かべたことは滅多にない。
 なのに、3年ほど前に、要するに還暦も3年過ぎて突然このような歌入りの曲を思い出した。すごい記憶を蘇らせた感じがして、いろいろ検索した。不思議な記憶の復活だ。サラリーマンの悪戦苦闘が私の青春を木っ端みじんに破壊していた。だから忘れかけていた。題名や歌手、歌詞など検索の手立てとなるものを思い出すのに苦労した。
 それにしても、当時の東海中学や東海高校でこれだけ音楽を楽しんだ生徒はそんなにはいなかったと思う。
 大学生の頃はステレオ装置の電源を入れると、黒い傷痕のブルースを先ず聴いて、西田佐知子の歌などを数曲かけ、最後は危険な関係のブルース黒いオルフェ黒い傷痕のブルースと流してスイッチを切るというのがパターンだった。

好きな歌曲(日本人歌手)
 10代の頃は、日本人歌手では西田佐知子一筋だった。織井茂子の『君の名は』やフランク永井、森進一も好きだったが、レコードを買ったのは西田佐知子だけだったと思う。
さすらいのルンバ  見つからず
風立ちぬ  見つからず
ポプラ並木に星はまたゝく  カラオケにはなかった。
女の意地  カラオケで必ず歌った。
 西田佐知子の女の意地を見つけた(再認識)のはカラオケで歌える曲を探していた30代だったが、その他の3曲は10代の頃西田佐知子の歌で最も好きなものだった。ただ、この3つは全然流行らないから私は大いに腹を立てていた。
 世の中には私のように西田佐知子のさほど流行らなかった歌が好きな人がいると見えて、さすらいのルンバポプラ並木に星はまたゝくはかろうじてYou Tubeに曲があった。見つかるとは思っていなかったからとても嬉しかったが、数ヶ月後に残念ながら消されてしまった。
 この3曲は今でも空で歌える。高校を卒業してから46年後初めて高校の同窓会に出るともう校歌なんてまともに歌えないのだから、この3曲がいかに好きだったかわかる。風立ちぬは次のような歌詞だった。
風立ちぬ 2人の恋に あきらめて 独り生きよか
枝さしかわす サンザシの 花も揺れつつ 口づけ交わす
ああ幸せと わく涙 愛の終わりは 甘くはかなく
 ポプラ並木に星はまたゝくの1番は次だ。
日は落ちて ポプラの枝に 星は瞬く
雪も燃える 別れの口づけ
何もかも捨てておいでと あの時貴方が言ってくれたなら
あああ 青葉の木陰で泣くまいものを
 本当にセンチな高校生だった。

 30代も半ばを過ぎると接待や被接待でカラオケに参加せねばならなくなり、日本人歌手のレコードを買って歌を覚え、不調法がないようにした。
 テレビの歌番組は見なかったが、カラオケで私が歌えそうな曲にはしっかり耳を傾けた。小林旭の歌が好きだった。私は車を運転しないので、運転しながらテープをかけてマスターすることができなかった。
あざみ白書  一番好きな歌だけれどカラオケに入っていない。
女房きどり  小林旭の歌で2番目に好きだ。
黒い傷痕のブルース
純子
 この4つとさすらい、もう一度一から出なおしますが好きな曲だけれど、断トツ1番があざみ白書。しかし、これはレーザーカラオケに採録されていないからとっても残念だ。
 私は昔は小林旭と石原裕次郎が嫌いだった。私より雲泥の差で恰好良いから腹が立って、この2人の映画は全くと言っていいほど見なかった。私の青春時代は、裕次郎・旭・小百合の全盛時代だったのに、何しろ天の邪鬼だから、この3人の映画とか歌にはそっぽを向いていた。
 ところが、私は30歳を過ぎた頃から、何故だか小林旭の歌に惹かれるようになった。自分が結婚して何年も経つと、美空ひばりと結婚して別れてしまった小林旭に何となく同情した。チンピラ映画に出ていたチンピラのイメージが失せた。
 すると、彼が『自動車ショー歌』のような面白い歌や『ダイナマイトが百五十屯』のような景気のいい歌を歌っているとともに、私の好きな『黒い傷痕のブルース』『北帰行』『ダンチョネ節』『ズンドコ節』『ゴンドラの唄』『北上夜曲』『惜別の唄』などをレコードに吹き込んでいることに好感を覚えるようになった。
 女房きどり
あなたは着物が好きだから 着物にしたのという女 そんなに呑んではダメですと 女房きどりで
 あざみ白書
十九の春には れんげ草 はたち過ぎには 夕顔に 花に涙の露おいて 今はあざみのトゲを持つ
 純子
遊び上手なやつに だまされていると聞いた 噂だけだね 純子 純子たよりをおくれ
 どの詩にも痺れた。
 特にあざみ白書の歌詞が素晴らしい。この感性には唸らざるを得ない。
☆十九の春には れんげ草 はたち過ぎには 夕顔に
 花に涙の露おいて 今はあざみの トゲを持つ
 水割りの 氷カタリと音立てて 今日が明日に 変わる真夜中
☆男を突き刺す トゲならば あっていいとも 思うけど
 なぜか自分の心だけ 刺して痛がる トゲばかり
 爪切りは 日暮れ仕事と思いつつ たったひとりの 夜の楽しみ
☆ふとした弾みの 人生で 選びそこねた 分かれ道
 秋が深まり冬になり 冬の向こうに 春がある
 土砂降りで ふと思い出す誕生日 二十いくつの炎かざして
 すごいなぁ。二十いくつの炎かざして──だって。思い浮かばないよ、こんな表現。
 選びそこねた分かれ道──皆誰でもこの通りなのかねえ。私も思いっきり選びそこねた。
 この歌に出会った時一発でひきこまれた。私は東京勤務の昭和53年〜57年の頃もう一度一から出なおします女房きどりをカラオケでさかんに歌っていた。しかし、一番歌いたいあざみ白書が用意されているところは殆どなかったのが腹立たしかった。
 私が35歳で東京の本社経理部から名古屋に転勤する時に六本木のハイクラスの店で送別会の2次会があって、若い長身の女のピアノ伴奏であざみ白書を歌ったのが想い出だ。
 これがヒットしなかったから、私は(大衆は馬鹿だ)とつくづく思い、衆愚という言葉が染みついた。
雨に咲く花  カラオケで歌った回数は一番多い。
ざんげの値打ちもない  北原ミレイのこれが大好きだった。歌った回数3番目。
圭子の夢は夜ひらく  本当に痺れていた。
カスバの女  これもよく歌った。
加茂川ブルース  フランク永井、よく歌った。
サーカスの唄  よく口ずさんだ歌を森昌子で聴く。
 北原ミレイのざんげの値打ちもないには、テレビでは避けられる『幻の四番』が入っているから痺れる。すごい詞だ。阿久悠氏は本当に切れる。
 あれは何月、風の夜
 とうに二十歳も過ぎた頃
 鉄の格子の空を見て
 月の姿がさみしくて
 愛と云うのじゃないけれど
 私は誰かがほしかった
 画面に昭和45年と出ている。私が就職し、現実社会に囚われとなった年だ。
 圭子の夢は夜ひらくもものすごい詞だ。ガツンと来るよ。
 サーカスの唄をカラオケで歌うようになったのは遅くて、40代半ばからだ。今でもこのメロディが頭から離れなくて、スーパーに買い物に行く時購入品の覚えとして瞬時に構築し
 ♪ 旅のつばくろ 寂しか ないか ♪
→♪ 鶏の細切れ  ジュースに 卵 ♪
と口ずさむ。
この世の花  島倉千代子
緑の地平線  石川さゆりのが好きだ。
好きだった  鶴田浩二
湯の町エレジー  石川さゆりのが好きだ。
 この4曲は音域が合わなくて私はうまく歌えない。聴いて楽しんだだけだが、よく聴いた。
 私は天の邪鬼で、島倉千代子や美空ひばりのような大銘柄には(そんなの、好きじゃねえ)という態度を続けていたが、どういうわけか40歳過ぎてから(いいなぁ!)と思うようになった。
 特にこの世の花には聴き惚れて、聴いていると時には涙ぐむほどだった。
想うひとには 嫁がれず
想わぬひとの 言うまま気まま
悲しさこらえ 笑顔を見せて
散るもいじらし 初恋の花
 この詞には参ったね。
 好きだったは声が出せるフレーズをよく口ずさんでいた。
 石川さゆりの緑の地平線はレコードを持っていてよくかけていた。もうたまらない曲だ。30代の頃だった。
 更に、好きだった歌曲を挙げよう。
 鶴田浩二の夜霧のブルース赤と黒のブルース、松尾和子の再会、田端義夫のかえり船
 40歳超えてからちあきなおみ(私の1学年下/Wikipediaの説明が素晴らしい)が好きになった。次のような歌だ。──緑の地平線別れの一本杉
 思い返せば、西田佐知子、モダン・プレイボーイズ、ベルト・ケンプフェルト楽団、全部、ポリドール・レコードではないか。持っていたレコードはポリドールばかりと言っても良い。コロンビア、ビクターなどの最大手には目もくれず、二番手で一点集中主義という行動は現在に至るまで私の常道パターンだ。
 好きな歌手然り、そして、後述の東千代之介も千代の山も二番手、ドラゴンズも二番手、就職先の選定も業界二番手の会社、登山が好きでも富士山には興味なく、映画は仲間が「観ろ、観ろ」という『エデンの東』や『ウエストサイド物語』や『タイタニック』等は観ずに、金津園遊びも二番手の女に入り浸ることが多い。金津園のRグループを批判し、ルーブルと艶グループを応援する。更に、金津園遊びでは店についても嬢についても終始見事な一点集中。性癖と精神構造は変わらない。
 なお、好きだった歌のエロ替え歌をソープ遊びエロ替え歌に載せている。

昔好きだった俳優さん
 東千代之介、千原しのぶ、岩下志麻、アンマーグレット、シルバコシナ、シャーリーマックレーン
 東千代之介さんは私が小学高学年から高校生の頃の古い俳優だ。私は大好きで、彼が出ている映画は3流映画であろうと映画館に足を運んだ。
 特に、新諸国物語の『笛吹童子』と『紅孔雀』や『みだれ黒髪』『曽我兄弟 富士の夜襲』『鞍馬天狗』が懐かしい。
 東千代之介が好きだから、大相撲は千代の山を応援した。
 千原しのぶさんは東千代之介と大川橋蔵の相手役をよくやった。面長の端整な顔立ちで大好きだった。Wikipediaの『東千代之介』に彼女の写真(昭和29年)が出ている。小学生の私はこの顔に惚れ込んでいた。
 東映の時代劇に熱中した次には、東宝の森繁久彌が主演する映画をかなり観た。当時若者に圧倒的な人気があった日活映画を全く観なかったのが私らしい。
 共演することが多かった淡路恵子さんや淡島千景さんに大いに興味を寄せていた。

TVの画面に出てくると見つめてしまう女性
 中山美穂、千堂あきほ、藤あや子、内田有紀、沢口靖子、松たか子、眞鍋かをり(ちょっと古い時点で)
 橘ゆりか、渡辺真理、坂下千里子、深田恭子、浅田舞、荒川静香、石川佳純、三浦奈保子、長岡望悠、菜々緒(最近の時点で)

今好きな俳優(観た映画)
 ブルース・ウィリス
(ダイ・ハード・シリーズ、RED/レッド、隣のヒットマン、ティアーズ・オブ・ザ・サン、コップ・アウト、16ブロック)
 マット・デイモン
(プライベート・ライアン、オーシャンズ11、ボーン・シリーズ、ブラザーズ・グリム、ディパーテッド)
 ジョニー・デップ
(パイレーツ・オブ・カリビアン・シリーズ、チャーリーとチョコレート工場、Dr.パルナサスの鏡、
 スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師、アリス・イン・ワンダーランド、ダーク・シャドウ)
 アラン・リックマン
(ダイ・ハード1、ハリー・ポッター・シリーズ、スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師)
 エマ・ワトソン  (ハリー・ポッター・シリーズ)
 ヘレナ・ボナム=カーター
(ハリー・ポッター・シリーズ、スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師、アリス・イン・ワンダーランド、
 チャーリーとチョコレート工場、英国王のスピーチ、ダーク・シャドウ)
 ナタリー・ポートマン
(スター・ウォーズ・シリーズ、Vフォー・ヴェンデッタ、ブーリン家の姉妹)
 食わず嫌いというか天の邪鬼というか観る気にならなかったのが、トム・クルーズ、シルヴェスター・スタローン、キャメロン・ディアスが出ている作品だ。

好きな映画(鑑賞回数)
 風と共に去りぬ(2)、ナバロンの要塞(3)、スターウォーズ全作品(平均3)、砂の惑星(3)
 トリプルクロス(2)、ベンハー(2)、シャレード(2)、マトリックス・シリーズ(3)、青い体験(3)
 ダイ・ハード・シリーズ(2)、エイリアン2(2)、アーノルドシュワルツネッカー主演作品(多数)
 ハリー・ポッター・シリーズ(3)、ボーン・シリーズ(3)
 切腹(4)、砂の器(3)、飢餓海峡(2)
 七人の侍(5)、蜘蛛之巣城(3)、用心棒(4)、椿三十郎(4)、影武者(2)、隠し砦の三悪人(2)

 60歳過ぎてから観た映画で特上と思うもの(上に出ている作品を除く)は次だ。
 英国王のスピーチ、エリザベス:ゴールデン・エイジ、サブウェイ123 激突、
 プライベート・ライアン、ディパーテッド、シャッターアイランド、
 アリス・イン・ワンダーランド、Men in Black・シリーズ
 映画館のシーンがぼんやりと思い出せる映画で最も古いもの(小学3年以前)は次だろう。
  ゴジラ、キングコング、ディズニーの作品、松島トモ子が出ていた何かの作品
 私が映画でエロ心を高めて女の裸体に目を留めた最初は伊吹友木子さんだ。ネットで調べると昭和31年制作の『続二等兵物語 南方孤島の巻』(主演:伴淳三郎、花菱アチャコ)で、見たのは恐らく小学4年ぐらいだ。当時邦画に女のセミヌード姿が出ることは滅多になかった。私は伊吹友木子さんの腰の括れたセミヌード姿に仰天した。

 10代から30代で観た映画で思い出の作品と言えるものを挙げる。(40代で観た映画が1作入っている)
 ( )内は
日本公開年度/私が観た時期を示す。私は映画館で封切りを観ることが多い。
  洋画  記憶に残る出演者 邦画  記憶に残る出演者
目を見開いて面白がった作品 ナバロンの要塞
(1961年/中学)
グレゴリー・ペック、
アンソニー・クイン
用心棒
(1961年/中学)
加東大介、山茶花究
何を面白がったのか 要塞の光景、ドイツ軍の様子・軍律 仲代達也が演じた度肝を抜かれるような男
知的好奇心が揺さぶられた作品 ヘンリー八世の私生活
(1933年/中学)
チャールス・ロートン 明治天皇と日露大戦争
(1957年/中学)
嵐寛寿郎
何が興味津々だったのか 中世英国の宮廷光景・風俗 日本海海戦と明治宮廷の様
しみじみと楽しんだ作品 冬のライオン
(1970年/就職初年)
ピーター・オトゥール、
キャサリン・ヘップバーン
飢餓海峡
(1965年/大学1年)
三國連太郎、伴淳三郎
何にしみじみとしたのか オトゥールとヘップバーンの重厚な演技合戦 左さち子の演ずる娼婦の哀れさ、伴淳三郎の喜劇俳優から様変わりの演技
ほろりとした作品 招かれざる客
(1968年/高校)
シドニー・ボアチエ、
キャサリン・ヘップバーン
砂の器
(1974年/就職4年)
加藤剛、加藤嘉
何にほろりとしたのか 人種差別問題 全部だ  父との別れのシーンは特に
驚嘆の思いで眺めた作品 ベン・ハー
(1960年/中学)
チャールトン・ヘストン 七人の侍
(1954年/高校)
志村喬、藤原鎌足、
左ト全
何に驚嘆したのか やっぱり戦車競争だろう。そして、ライ病患者の村 全部だ。菊千代が死ぬシーンは特に
やっぱりこれだ!という作品 風と共に去りぬ
(1952年/中学)
ビビアン・リー、
クラーク・ゲーブル
切腹
(1962年/高校)
仲代達矢、三國連太郎
何が「これだ!」なのか 特にラストシーンが良かった。米国南部の光景、結構だった 井伊家に乗り込むシーン。そして、その後の家老との対話のシーン
心から楽しめる娯楽作品 青い体験
(1974年/就職4年)
ラウラ・アントネッリ 隠し砦の三悪人
(1958年/30代?)
三船敏郎、上原美佐
何が楽しめるのか エロさ抜群、ものすごくパンツが濡れた 脚本のひねりが素晴らしい
参りましたと言いたくなる作品 砂の惑星
(1985年/壮年期)
カイル・マクラクラン 椿三十郎
(1962年/高校)
三船敏郎、仲代達矢
何に参るのか 異星人の姿についての素晴らしい発想 剣の達人ぶり。そして、最後の決闘
対話に聞き入ってしまう作品 エリザベス
(1999年/40代)
ケイト・ブランシェット 羅生門
(1950年/高校)
三船敏郎、森雅之、
京マチ子
どんな対話なのか 見ればわかる 見ればわかる
これは名前を挙げておきたいという作品 シャレード
トリプルクロス
サイコ
十戒
ローマの休日
太陽がいっぱい
ゴッドファーザー
夕陽のガンマン
アパートの鍵貸します
わが命つきるとも
E・T
夏の嵐
 +
マカロニウエスタン
 真昼の用心棒
 荒野の1ドル金貨
 夕陽の用心棒
 荒野の用心棒

夜の大捜査線
激突
八十日間世界一周
めまい
エイリアン
プレデター
蜘蛛巣城
ゴジラ
赤ひげ
座頭市物語
悪名
眠狂四郎
男はつらいよ
姿三四郎
二十四の瞳
忍びの者
上意討ち
兵隊やくざ
 +
三等重役
宮本武蔵
マルサの女
影武者
タンポポ
鳳城の花嫁
陸軍中野学校
二等兵物語
十一人の侍
大番
五辨の椿

ヘンリー八世の私生活……6人の女性と次々に結婚・離婚を繰り返したという史上最大の個性的王様を描いた作品(チャールズ・ロートン主演)
わが命つきるとも……ヘンリー8世とトーマス・モアとの葛藤を描いた作品(ポール・スコフィールド主演)
冬のライオン……ヘンリー2世一族の複雑な家族関係を通して人間の権力欲、色あせた愛、陰謀などを描いた、舞台劇の映画化。ピーター・オトゥール、キャサリン・ヘップバーンの重厚な演技合戦に痺れた。
エリザベス……言わずとしれたエリザベス1世の前半生を描いた作品(ケイト・ブランシェット主演)、2007年の続編(エリザベス:ゴールデン・エイジ)も良かった。
 こういう中世ヨーロッパの史劇を題材にした映画が中学生の時から大好きで、よく観賞した。
 この手の作品にはキリスト教への信仰というものが随分出てくるが、自分の周りにこういう信仰らしい信仰がないから、キリスト教信仰にかかわるシーンも興味深く眺めていた。
 私はイギリスの勉強嫌いの中学生よりはイギリス中世史に詳しかったから、この手の史劇の歴史的な背景はよく理解していて、映画のパンフレットに書いてある説明書き程度のことはわかっていた。
 壮年や初老になっても『エリザベス』シリーズや『ブーリン家の姉妹』のような映画には飛びついた。『ブーリン家の姉妹』ではナタリー・ポートマン(『スター・ウォーズ』のパドメ役)がアン・ブーリン(エリザベス1世の母)を演じた。
 古い邦画については主演者を紹介する。
   三等重役(1952)…森繁久彌、原作:源氏鶏太   宮本武蔵(1961)…中村錦之助
   マルサの女(1987)…宮本信子   タンポポ(1986)…宮本信子
   陸軍中野学校(1966)…市川雷蔵  二等兵物語…伴淳三郎、花菱アチャコ
   十一人の侍(1967)…夏八木勲   五辮の椿(1964)…岩下志麻、原作:山本周五郎
 鳳城の花嫁は、大友柳太朗さんの主演で、1957年の作品。邦画のワイドスクリーンの最初の作品で、大画面のカラー映像に小学4年の私はすっかり驚嘆し、とても喜んだ。
 大番は獅子文六氏の同名の小説を映画化したもので、珍しく加東大介さんが主演を勤めた。1957年の作品。私はたぶん小説を読んでから映画を観た。となると観たのは高校3年だろう。
 1964年五辨の椿、17歳の岩下志麻さんには本当に痺れた。釘付けになった。私は高校3年だ。

 東海高校の時当初の席次は東大現役合格ラインの25番以内にいた。しかし、とにかく関心事が多く、音楽鑑賞、映画、ストリップ、パチンコ、麻雀、ビリヤード、登山、読書と深く填まっていて、それでは席次を落とすのも宜なるかなだ。
 3年生半ばでは名大合格ラインを下回る 120番まで降下させ、本当に青ざめた。自殺も考えたが、まあそこからは受験勉強に励んで席次をぐんぐん盛り返した。
 しかし、高3の夏休みを過ぎてからの追い込みで無事名大に合格しても、勉強よりも他事に目が行く体質は全く変わらずだから已んぬるかなだ。天の邪鬼の私が一番勉強したのは結婚直後の経理の独学だった。

見所と思うところ
 国内をまともに旅行せずに海外旅行をしたがる人が多いが、私は次の7割以上の箇所を観光した人が海外旅行をするなら、許せる。北から順に掲げる。行ってない箇所は挙げない。
3月の摩周湖、3月の襟裳岬、オホーツクの流氷、春の弘前城、八幡平、冬の山形蔵王、陸中海岸、
宮城金華山、松島、磐梯吾妻スカイライン、日光東照宮と華厳滝、富士五湖、鎌倉市の各名所、
松本城、白糸の滝、上高地、黒四ダム、京都市の各名所、奈良市の各名所、法隆寺、
伊勢神宮、鳥羽、桜の彦根城、東尋坊、冬の永平寺、 小豆島、宮島、岡山後楽園、姫路城、
日南海岸、鹿児島(市内の名所から見る錦江湾と桜島/春)と開聞岳周辺、長崎、雲仙、別府

不得手なこと
 スポーツ、泳ぎ、素人の女と喋ること

好きな言葉
 好奇心・向上心・嫉妬心
 フーマンチュー・マンコーシェン・オマンタレブー
(困ったときなんかによく呟く、意味のない言葉……フーマンチュー〜昔アメリカ映画に登場した中国系怪人の名前、マンコーシェン〜谷啓か誰かがよく口にした言葉、オマンタレブー〜仏語コマンタレブーがマンコーシェンのマンコに引きずられて変形)

その著作のかなりの数を読んだ作家・著述家
 ガモフ、バルザック、スタンダール、ショーロホフ、トルストイ、ツルゲーネフ、トーマスマン
 ヘッセ、コナンドイル、シェイクスピア、アガサクリスティ
 芥川龍之介、夏目漱石、森鴎外、谷崎潤一郎、松本清張、池波正太郎、井上靖、北杜夫、梅原猛
 山本周五郎、司馬遼太郎、阿川弘之、津本陽、江戸川乱歩、石坂洋次郎、井伏鱒二、開高健、山本有三
ここ10年ばかり小説は殆ど読んでいない。ノンフィクション専門だ。

ノンフィクションで大好きな分野の読み物
 性体験、性科学、人類学、生物進化、宇宙、地球科学、物理全般、化学全般
 日本史、戦史、探検、文化比較

ノンフィクションで大嫌いな分野の読み物
 哲学、倫理、経済学、占い、血液型判定、ビジネスマン向けハウツーもの、人生論

若い頃(10〜20代)の趣味
 A:読書、ストリップ鑑賞、登山、系図調べ(皇室を含め各国の王室、藤原氏・源氏等)
 B:パチンコ、麻雀、映画鑑賞、音楽鑑賞、スキー、カメラ撮影
  (注)Aの方は、一般的な愛好家よりはかなりハイレベルな領域にまで達していた
    Bの方は、一般的な愛好家の程度だったと思われる(技量と使用時間において)

 異国参照して、衣装偉大なれど、病(ヤマイ)多彩多彩……。
 こんな文句を今でも憶えている。まるで、美川憲一か小林幸子が病弱になったみたいだが、これは
  伊、黒、山、松(して)、伊、松、伊、大(なれど)、山、伊、太、西、太、西……と置き換える。
 何かというと、藤博文、田清隆、県有朋、方正義、藤博文、方正義、藤博文、隈重信、県有朋、藤博文、桂郎、西園寺公望、桂郎、西園寺公望、桂太郎、山本権兵衛……。
 ということで、歴代の総理大臣を表す。この呪文は自分で考えた。西園寺公望が何代目の総理大臣かのような設問は東大入試でも出ないだろうが、とにかく憶えることを楽しんだ。こんなことでも明治の政治史が頭に入る手立てになる。
 勿論英国王室、皇室(100代まで)、藤原氏、清和源氏、北条氏、足利氏、徳川将軍家など歴代の主要人物の名前はすらすらと言えた。宇宙のことも地誌も博物誌も知識が豊富だった。
 今テレビ番組で高校生クイズとして、名だたる受験校の生徒が難問に答えているが、私が通った東海高校もそういうクイズ番組に生徒が出せるレベルで、私が高校生の頃は学校の成績が良いだけでなく、多読家で映画や歌曲についても知識が豊富だったから、クイズ番組には相当の回答力があったと思う。

現在の趣味
 ウェブサイト作り、パチンコ、性風俗遊び、孫と戯れること、IN閲覧、デジカメ撮影

これまで購入したデジカメ
 富士フイルムDS-7 33万画素→オリンパス 130万画素→オリンパス C-3040ZOOM 300万画素→
   カシオEXILIM EX-Z200 1000万画素→キャノンEOS M 1800万画素
 1996年に買った33万画素のデジカメはデジカメが市場に出た当初のものでとにかく高かった。
 640 X 480 pixel のみすぼらしい画像だから残した画像は数枚しかなくて、平成9年に撮った開きマンコの写真が2つ残してある。某有名嬢と恵里亜のNo.1嬢のユウのだ。
 1998年に買った 130万画素のデジカメは格段に性能が良くなり、ハメ撮りに大いに意欲を燃やすことになった。
 2001年のオリンパスCAMEDIA C-3040ZOOMは高かったがとにかく女の裸を綺麗に撮りたくて奮発した。良いカメラだった。
 2008年にカシオ EX-Z200に替えたが、安いカメラはすぐに満足できなくなった。
 2013年にキャノンに買い換えた。3万円のカメラよりは5万円のカメラのほうがやっぱり良い。

これまでのパソコン購入台数
 10台
 (DOS以前2台、Windowsノート4台、SE液晶Desktop2台、XPDesktop本体1台、Windows7 Desktop本体1台)
 購入の新しいPCから順に5台について掲げる。
(1) 販社GoodWillのオリジナルパソコン ¥49,980(office抜き) 2013年5月購入
   ────Windows7 動作はきわめて良好
(2) 販社GoodWillのオリジナルパソコン ¥69,980(office2007 \20,000含む) 2008年5月購入
   ────Windows XP 故障らしい故障はなかった。
(3) HPのdx2000 ST 2005年4月購入(モニターも別途調達)
   ────僅か1年ぐらいでファンの音が相当やかましくなり、かつ、動作が遅くなった
(4) 日立製(画面一体型)
   ────僅か2年ぐらいで画面にスジがいくつも入り、画像がはっきり悪くなった
(5) NECの98ノートPC (PC-LC500J34DR)───今でも捨てていない
 私はDOS以前からPCを使っているので(1985年頃のPCは高くて70万円ほどした)、どの職場でもPCの利用方法を最も知っている人間になった。
 いつも会社業務のIT化の旗振り役を務めた。EXCELが出てくる前、BASICプログラムを組んで業務用ソフト(部門別損益表など)を作ったりもした。

サイト制作ツール
 HTML エディター(TeraPad)───フリーソフト
 画像処理ソフト (JTrim)────フリーソフト
 表示確認ブラウザ────────IE11、Firefox
 アクセス解析──────────www.colossal.jp→www.web-kaiseki.net→ace-analyzer
 FFFTP ─────────────フリーソフト
 2001年2月、BIGLOBE の無料サーバーに登録し、使い方の説明書を印刷すると8ページぐらいあって、わからないことばかりで困ったのが想い出だ。サイトにするhtmlファイルはそんなに苦労せずに拵えたけれど、アップロードには悩んだ。
 フリーソフトのFFFTP を落とすのに大変まごつき、インストールもすんなりやれず、ファイルのアップロードもなかなかうまくできず、周りに相談できる人もいない状況で、とにかく悪戦苦闘した。
 サーバーにhtmlファイルを置けた時は本当に嬉しかった。混乱の主原因はBIGLOBEとFFFTPとで説明の用語が違っていたからだった。

良性記の置き場
 BIGLOBE → FC2 → TOK2 → YAHOO → oroti他1件 → 有料サーバー・独自ドメイン
 2001年のサイト開設からずーっと無料サーバーだったが、2012/10/26から有料サーバーを用いた。
 移転理由は次の通り。
 * oroti 他1件の2回──────サーバートラブルで嫌になった。
 * BIGLOBE、FC2、TOK2の計3回──猥褻画像を理由とするDELETE。
 * YAHOO!ジオシティーズ─────陶酔記への誘導を理由とするDELETE。
 YAHOO!ジオシティーズが陶酔記への誘導を理由にしてDELETEしたのはとても不可解だった。別の理由を隠したのかもしれない。そもそも誘導ではなくただのリンクだ。
 猥褻画像を理由とするDELETEは、画像に然るべき修正を入れていたからとても腹が立った。
 とにかく抹消は不愉快だけど、『無料』のユーザーであるからには何とも抗議のしようがない。
 今でも当時でも我が国では、例えばxvideos.com/や東熱サイトのサンプルなどで好きなように猥褻作品が見られる。にもかかわらず、我が国の無料サーバー提供元には当局から次の指導が入っているとしか思えない。
 * ファック中を思わせる写真は不可。
 * 性器にぼかしが入っていてもサムネールでぼかしがわかりにくい写真は不可。
 * 性器にぼかしが入っていても当該写真に卑猥さが濃厚なのは不可。

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