どんなものでも記述のウソを見抜こう

 SF小説は、私が子供の頃には空想科学小説と呼ばれていました。私はこれを読み耽っていたけれど、小学6年生でも『空想』とついていることになんだか抵抗を感じていました。呼び方からして、大変バカにした感じがありました。
 今考えるとSFではない普通の小説は、実際の出来事を忠実に小説にしたものでない限り空想無科学小説と言えるのではないかと思います。
 そういう読み物は、サイエンス面にことさら焦点を当てることなく、もっともらしくストーリーを作り上げていますが、空想のかたまりのようなものです。
 人の行動・思考・生活・性癖などに関して、ウソと極論・異常な誇張・偶然の積み重ね、こんなのばっかりです。読者を引き込ませるべくこういう過剰な創作をしていなくても、とんでもない例外的事象にガーッと着目してあーだこーだと書いているのが目につきます。
 そんなものを読んだところでなんの役にも立ちません。
 自分に、現実には殆ど起こりえないような極限状況における人間の心理と行動、そんなものに作者の期待通りに引き込まれて、自分が主人公になったつもりでハラハラどきどきして読むぐらいならば、まっとうな正常の時にいかに立派に振る舞うか、着実に実績を上げるか、を勉強するほうがましです。
 ですから、私は30代までは大変よく小説を読んでいたけれど、いつのまにか、実録もの以外はあまり小説を読まなくなりました。
 もう最近は、岩波新書、中公新書、文春新書、ちくま新書、ブルーバックス、こんなシリーズばかりを読んでいます。研究や社会活動に打ち込んできた人が、10年来のライフワークを1冊の本にまとめて概説したような書物のほうがよっぽど読む価値があります。
 先入観でかたまって、まなこが澱んでいる人の著作なんて読みたくないです。作り話で読者を引き込もうとする作品なんて読むだけ無駄です。
 たとえ有名作家であろうと、自分の思い入れだけで創作したものも、読む人の心にひたすら迎合したものも眼を通したくない。そういうことです。(私が一般大衆の軽薄なところにすり寄ったテレビ番組を見たくない気持ちと同じです)
 ウソや異常な誇張、偶然の積み重ね、大衆うけを意識した安直な妥協、先入観による決めつけ、小説にはこういう不具合が充満しています。
 そうそう、池宮彰一郎氏の『本能寺』を買おうと思い、ペラペラとめくったら、「信長様がどうのこうの」なる文があったから、一発で購入意欲をなくしました。家臣が「信長様が」と言うわけがない。お館様、御大将、右府様(官位)ぐらいでしょう。

 ポルノ小説であれば、次のような不具合があります。
1.巨根願望と巨根崇拝……女の大多数は巨根がきらいです。
 大きいペニスが好きな女は必ずバギナがでかいです。しかし、そういう女は20代の出産未経験者ではあんまりいません。
 ファックなれしたソープ嬢でも、プライベートでさんざんセックスをしてきたヘルス嬢でも、20代の出産未経験者ならば、巨根はかなわないと思っているのがとても多いです。巨根の持ち主と対面している時には、「アナタ、立派ねえ」と笑みを浮かべて言っていても、心の中は別です。
 にもかかわらず、ポルノ小説は20代の女を対象にしておりながら、男の願望を徹底的に織り込みます。その結果、主人公は必ず巨根の持ち主です。
2.ピストン運動至上主義……ソープの女の大多数は長いピストン運動がきらいです。
 ソープの女だけでなく一般の女でも、長いピストン運動がきらいなことは結構あるものです。そして、長いピストン運動ができる男もそんなに大勢いるわけではありません。
 長くピストンできるAV男優は、アクション映画でスタントマンをやるような、一般人とは違う特別な人です。
 セックスの所要時間なんて、おまんφを舐めない場合は極めて短いのが普通です。それぐらいに皆ピストン運動の時間は短い。セックス好きのソープ客でも、ソープ嬢からみて手のかからない男が多い。
 念のため、私はおまんφを舐める時間はセックスの所要時間に含めますが、乳房を舐めたり、うなじに舌を這わせる時間は、所要時間には含めません。
 それなのに、私の定義によっても、エロ小説とエロビデオではセックスの所要時間がやたらと長い。
 特に、パンティを穿かせたままの愛撫が延々と続くのが現実離れしています。経済観念がまともにある女ならば、パンティの中に手を突っ込まれると、そのパンティが伸びてしまうことを心配するものでしょう。
 そして、ペニスの抽送時間が信じられないぐらいに長い。
 勿論、長いピストン運動が大好きで、それでイク女もいますよ。私は、そういう女に会ってピストンでは到底イカせられず、「豆でイカせられるばっかり……」とぼやかれ、淋しい思いをしたことがあります。
 でも、長いピストン運動が好きで、それでイク女というのは、20代では大変少ないということは事実です。私は裸で会った女の殆どに性感の取材をしていましたから。
 35歳以上の女の場合は、体験例が殆どないので多いのか少ないのかわかりません。
蛇足:
 私のように、相手が悦ぶ濃厚なプレイをすると、性感取材に対して女は本心を語ります。
 性感に関する会話は風俗遊びにおいて代表的なものになります。一番罪のない会話なのですが、ソープ嬢は、ペニスの抽送でさほど快感が得られない時に、これを話題にされるのは興が乗らないものです。
 やはり、普通の風俗遊興人にはエロい会話は避け、気取って、当たり障りのない会話をするのが多くなるし、逆に、客からセックスについて毎度ワンパターン、かつ、無神経な質問をされて苛立つことがしばしばです。
 私はもちかけかたが拙劣ではないし、性技もちょっと人が真似のできないものなので、本音の取材をしてきたと思っています。
3.入れて!主義……女の大多数は、せっかく舐められている時に、入れて!とは言いません。
 エロAVでは指やバイブでの攻めの後必ず、「もう入れてほしくなっただろう?」とくるから、そして女が「入れてほしい」とやるから喜劇そのものです。「何が欲しいの?」「どこに欲しいの?」と必ず来るから、女性軽視もいいところですね。
 女が「入れてほしい」と言うのは、おまんφを下手くそにいじくられているよりはマシだからです。勿論、男が自分の体にパコパコして果てるのが楽しいから、その観点から急かす場合もあります。
 エロAVで、めずらしくもまともにクンニリングスから始めても、チョロチョロッとしただけでこのおねだりの会話です。
 クンニリングスのシーンは見ていてそんなにおもしろくないからカットしたというのではなくて、連続シーンで「入れて!」となるから、本当にクンニリングスは付け足しの短時間です。フェラチオシーンだけはやたら長いですがね。
 私の場合、女の発言は、たっぷりクンニリングスしてイカせても、「もうちょっと舐めあっこしたかったのに、嵌めちゃうんだもの」ですねえ。
 ポルノ小説でも「入れて!」のセリフは頻度高く出現し、嵌めたら、そのピストン運動で女が必ずイクことになっています。現実とは全然違いますね。これほど徹底した嘘の世界はあんまりありません。
 2ちゃんねるの投稿でも、嵌めてから「二人ともイキました」という終わり方の文章が大変多いです。これを書かれると、創作文であることが自ずからわかります。
 女が「入れて」と言うのは、ペッティングの下手さがイヤになった時とか、「こんなやつに、おまんφいじりでイカされたくない!」と思った時とか、思わぬ昂揚が怖くなった時です。
4.凌辱願望……恥ずかしい思いをさせることや強制的なことがなぜ女にとって悦びになるんでしようか。
 性行為の最中に猥褻語を浴びせ、羞恥のポーズをとらせることが、なぜ女にとって悦びなんでしようか。
 何やら勝手な妄想が、エロ小説やエロビデオには飛び交っています。いやですねえ。出版されているセックスマニュアル本にまで『恥ずかしがらせる言葉の勧め』というのが出てくるんです。
 ただ、本当に親しくなると、凌辱的とまではいきませんが、徹底的にリードする遊びができるようになります。私は徹底的にリードしますねえ。
 女は「わたし、M的なところがあるのかしら」などと呟きます。そのうちに女のほうから極めてエロいことを積極的にするようになると、ほんとうに愉しいです。
 こっ恥ずかしいことを男が女に迫る、また、女が男に迫る、こういう相互プレイでなければ。
5.肝心なことがわかっていない……日常的に一番大事なこと、これがわかっていない。
 特殊なことばっかりに着目するんですねえ。風俗が舞台であれば、先ずAIDSです。めずらしい出来事を題材にして書いてみたい気持ちは理解するけれど、ソープ嬢に現実に病気で一番重要な問題となるものは、AIDSではなくて子宮内膜炎とか擦過傷のようなものなんです。
 ところがこういうものに全然眼を向けないんですねえ。
 現実には、たとえば皮を被ったペニスも多いのに、小説やエロビデオに出てくるペニスは『ズルムケ』ばかりです。20〜30代の日本人男性の7割は『ズルムケ』の形状をしていないそうです。
 現実には、女の前で緊張して勃起が充分にならない男も多いのに、小説に出てくるペニスは『バキンバキン』ばかりで、連続ファックが可能なケースばかりです。
 男が女のマンコの臭さに困惑し、女がチンコの滓とかキンタマのくささに閉口することが大変多いのが現実の性行為なのに、ポルノ小説ではこういう詩的でないことには殆ど目を向けません。
 直前の洗浄がなしのまま、素人の未婚の女の股ぐらに顔を寄せれば、悪臭が漂う確率は80%以上、直前に洗浄済みの素人の未婚の女の股ぐらに顔を寄せて、悪臭が漂うかマン滓がついている確率が50%以上、と考えていいでしょう。

 戦争小説であれば、次のような不具合があります。
1.肉弾相打つ接近戦が大好き
 戦というものは飛び道具で遠くから相手を叩くのが基本で、接近戦が全然ない、しまらない戦いだっていっぱいあります。
 ポルノ小説でも、女は肉弾相打つ抽送が大好きなことになっていますが、そんな女は少ないです。
 男がこれを悦ぶから協力しているだけで、腹と腹の接近よりも、豆に、小器用に動く舌や指先が接近するほうがいいと思うケースのほうが多いです。
2.武器の認識が違う……長い物で叩く、突く、これがいくさです。
 槍や鉄砲が武器であって、刀剣は武器ではありません。なお、ソープの女は、長いものでバギナの奥を突かれるのは好きではありません。
3.日本帝国軍人は本当に軍刀が命の次に大切な物か。
 旧軍隊の時代に、日本刀なんて、戦いにおいては無用の長物であり、軍人の魂などと尊重するのは馬鹿げたことだと思っていた人は沢山いた。行軍ではもう邪魔でしょうがないものです。
 女をイカせることにおけるペニスの位置づけと、ある意味ではよく似ています。
 ネットには、女をイカせることをテーマにしたサイトがたくさんあります。啓蒙的なスタンスのものでも、眺めてみると、噴飯物が多いです。
 ペニスを突いて突いて、女が白目を剥いて失神するのが最高のイキであると断定しているのもあります。誰しもがそこを目指して性技の習得に努めるべきであると説くから、とたんに愚論になります。
 男の射精だって、体を震わせて絶叫して果てる人もおれば、全く無感動的に放つ人もおり、射精感の深さなんて人それぞれです。わざわざホームページをこしらえて、女が白目を剥いて失神するぐらいに誘導できるのがセックスの達人だ、と書くような奴はアホです。
 その手の制作者はおかしなことに、女がクリトリスでイクことを認識しておりながら、また、そのようにはっきり書いておきながら、そこのところには大して筆を割かずに、結局ペニスでイカせる作戦を練っております。
 ペニスでイカせないと真のアクメではないと思っているのか、自分のペニスが寂しいのか、どちらなんでしょう。
 どう考えても、ペニスの前後運動だけでイク女は僅少です。ホンワカと気持ちいいわ──と言う程度の女は、素人の女でも玄人の女でもいくらでもおりますが、汗を流して腰を振っている男に対して、ご苦労さんの心や、不感症認定阻止の心でそう言っているだけのこともあります。そもそも、そう言わないと、男がどっ白けになります。
 ペニスでイカせることを究極の目的にしていたら、20代の女と楽しいセックスはできません。アホばかりおります。嵌めたら、自分がイケばいいんです。
4.総突撃なんて誰もしたくないということを忘れている。
 総攻撃をしたら人がたくさん死にます。
 総攻撃がよろしいのは、セックスにおける多面的攻撃の場合だけです。
 クリトリスと、バギナの前壁と、アナルとを総攻撃していると、とっても愉しいですよ。これはねえ、女が開発されないと、忌避感ばかりで、悦びが出てこない。でも、開発されてしまうと、ムッフッフッです。
 でも、バギナに指ピストンして女を失神同様にさせることを生き甲斐にしてはいけません。それはやりすぎです。

 普通の小説であれば、次のような不具合があります。
1.人間には、四六時中エロいことを考えている人もいるという現実を忘れている。
 特に、インテリほど助平だということを時として忘れている。小説では、大人の男は、天下国家のことと仕事のこと、自分の属する組織のことをいつも考え、せいぜい家族のことが頭をよぎる程度に描いている。
 ホントかいな???
 私は、自分の職場の女を見ると、下着姿と全裸のM字開脚の姿ばかりを想像していますよ。
 ハリー・ポッターの第三作を見ましたが、中心人物の三人(年若の男2人と女1人)はエロいことを全く考えてないという雰囲気です。これはオカシイ。さすが、女性の手になる作品です。
 私がポッターなら、いろんな妖怪どもの性器をもっと観察するし、ハーマイオニーのスカートの中を覗こうとするし、いろんな魔法の道具を徹底的に性的なことに使いますよ。
2.セックスが人間に大変な影響を及ぼしていることを忘れている。
 性的人間には、恋愛とかファック願望とかが極めて重要な要素なんですよねえ。
 そもそも、恋愛を書くとき性から眼を背けすぎていることがあります。これはおかしい。
 男の大部分は、恋愛とファック願望が同等等質です。女も、セックスについて結構考えているものです。
3.売春婦は皆自堕落で愚かな女としている。
 ソープ嬢やヘルス嬢には、決して自堕落ではない思慮深い女がけっこういます。それに、セックスが好きな女もゴルフが好きな女も類似嗜好です。
4.買春行為をする男は、たとえば2ちゃんねらーのように心身の腐った男だと認定している。
 買春は、心身のリフレッシュにとってもよくて、かつ、異性と親しくなるということは、人間観察が楽しめ、娯楽の中で最高のものです。
 だから、買春行為をする男は堕落していると考える必要はないと思いますが。
 なお、買春をして、対面した女のことを、源氏名つきで2ちゃんねるやKWに書き込む男は、本当に性根の腐った奴です。
5.高級役人や大企業の幹部は心が腐っていると考えすぎている。
 一般庶民の方が心が腐っている人は多い。闇の掲示板を見ればそれがよくわかる。責任ある人が心を健全に保っていないと、それが目立つし、悪影響が大きくなるというだけのことです。
 ナベツネさん!
6.年収と人生の価値とはある程度相関関係にあることを、無理に否定しようとしすぎる。
 やっぱり人生にしっかり取り組み、前向きに行動している人で、聡明な人が収入を増やす傾向にあります。それを忘れてはいけません。もっとも、新庄選手のような妙竹林なケースもありますが。
7.バカな人間はやっぱりバカであることを、無理に否定しようとしすぎる。
 バカな人というのは、力を注ぐところがいつもずれているし、時として力みすぎるし、バカ丁寧すぎるし、人を使うのが下手で、人に仕えるのが下手で、何をやっても遅くて、お喋りにも魅力がなく、学習能力も欠けていて、真剣に努力したという経験が乏しくて、文章力が乏しくて、ノーマルな思考ができずに何やらやることが変わっていて、単に人がよすぎるだけという傾向があるんです。
 そういう原因があって、貧乏するとか社会的地位が低くなるとかの結果を招いているのに、バカな人のバカたる所以に全然目を注がず、明るい人生観とか、庶民のつかの間の幸せとか、貧乏をものともしない明朗な姿勢とかを取り上げて、そのバカな人を愛でているなんて、アホです。快感なきマスターベーションだ。
8.ブスすぎる女はやっぱり人生が虚しいということを、無理に否定しようとしすぎる。
 女が、その顔面が変わりすぎている時には、達観して生きていく必要があるんです。
 たとえ、仕事人として充実した人生が送られたとしたって、異性から求愛を受けて、恋愛を愉しむ部分は必ず欠落する傾向にあるわけですから。
9.結果から、前段階の状況を勝手に推測しすぎる。
 信長が、桶狭間の直後にもう天下を取ることなんか考えてやせんてぇ。秀吉が、信長が生きているときから天下を取ることなんか考えてやせんてぇ。家康が、秀吉が生きているときから天下を取ることなんか考えてやせんてぇ。

 とにかく小説というのは何でも描き方が類型的ですねえ。
 企業の中堅層は上役にゴマをする見苦しい人間として描くし、研究者は、同業者が素晴らしい研究を先に発表すれば悶絶死する人間として描くし、エロ商売のオーナーは商品の女に手をつけまくるように描くし、嫁さんが、企業のような組織で働いている亭主の仕事の中味に口出ししているように描くし、とにかくすべてが、話が面白くなるように無理に作っています。山崎豊子然り、松本清張然り、舟橋聖一、石川達三然りです。
 私は高校生の頃、嘘ばっかり書いている小説のお陰で大企業の重役というのは皆妾を囲っているものと思っていましたが、大企業で長年働くと、そういう噂を一度も耳にしたことがありません。
 会社の交際費を使って盛んに飲み屋に出撃するのは見ていますが、性交に成功したかどうか……。おててつないでカラオケ歌っているだけではねえ。
 なお、2ちゃんねるでは、珍奇な性体験談の募集というスレッドが大変多くて、いろいろ投稿が入ってるけれど、いたずらが大変多いでしょう。投稿者は殆どが体験を倍に増幅して書き込んでいると思います。
 また、素人投稿と題して麗々しく出版されている猥褻本も、ウソと異常な誇張ばかりの性体験談だと私は見ています。素人投稿というのはうけるんです。
 大体が、そこらのお姉ちゃんやお兄ちゃんが投稿したにしては、文章がまとまりすぎです。文体に一定の癖があります。作家の予備軍で、雑文で生計を立てている人が全面的に書いたか、殆どを手直ししたかのいずれかでしょう。
 ほんと、皆さん、ウソの世界が好きなんですねえ。大人のメルヘンなのかなぁ。

 さて、人類史上最大のウソになりそうな出来事に関する本が出版されました。
    『人類の月面着陸は無かったろう論』副島隆彦著 徳間書店
 2ちゃんねるまで論戦に登場して、おもしろいです。
 宇宙学、惑星学、地質学、ロケット工学、制御技術などに関係している専門家はこの問題についてどう思っているのでしょう。本音が聞きたいですね。
 人類の月面着陸がウソだと言ったら最後、学会から抹消されるような現象があるのであれば、やっぱり怪しいです。
 そして、本日(04/7/21)は月面着陸35周年記念日ということで、新聞にもいろいろ記事が載っています。
 アポロの月面着陸がウソだとすると、そうせざるを得なかったアメリカの事情も察せられます。
 とにかくアメリカは、ソ連邦がひれ伏すようにしたかったし、ミサイルその他軍関係の予算を国民に納得させる必要があったのですね。ウソもここまでくると、あっぱれです。
 月面着陸35周年記念を報じた新聞に「今も活躍するレーザー反射鏡」の写真が載っています。縦横60cmの金属物体を、現在の高精度の望遠鏡のどれもが確認していないのは、相当おかしなことです。月のサンプルの解析というのも、どうも変なことがあります。
 私が一番疑問を感ずるのは、次です。
 (1) プロペラ構造も翼のような浮遊補助の形状もしていない、金属製の重い物体が
 (2) かなりのスピードで空間移動できて、そこから激しく減速して
 (3) 最後は垂直に降下するが如く地面に降りて、
 (4) その最終スピードは秒速0mに近く、激突とはほど遠いふんわりしたもので、
 (5) 着地位置は任意に選定できて、
 (6) ゴムまりやパラシュートのようなものがついていない
 こんな着地を、現実の映像で、この35年間私は見たことがないのです。
 だから、次の話は信じられません。
 (1) 男三人と、月面から飛び出して月が周回できるまでのロケット燃料を積んだ重い物が
 (2) 超高スピードを的確に減速して、月面の所定の場所に安全に着地した。
  しかも、その飛行体は
 (3) 月の地面から飛び立って、月の周回を実現させ、
 (4) なおかつ軌道修正を重ねて、速度も合わせて、母船と合体した。
(二つの物体は複雑な動きをしており、ねじボルトの位置がビタッと合うように両船体を制御するには、相当のエネルギーがいるはずである。船外活動をすればドッキングは、よりやりやすくなるが、地球の磁場とか大気とかの保護がない月の周回軌道で、人間の船外活動はできないと思われる。)
 ここまでウソをつく強い国家意思が、ある意味では、ソ連邦の崩壊と、ドイツ分断の壁の消滅という大事件を呼び起こしたのだと思います。

 金津園は、10年前には全くなかったと言っていい即尺が、今では当たり前のようにされているという具合に様変わりしていますが、地球以外の天体への軟着陸については、35年前に、大気のない月で実行できて、しかも、人を乗せて再度離脱するという離れ業までできたのに、今でも、大気抵抗が減速に利用できる火星や金星で、軟着陸には苦労し、再度の離脱はやっていないというように、技術の進歩の割には、実行できたことが進歩していません。
 木星や土星の衛星まで観察して、派手に宇宙探査はやっていますが、そばを通過させているだけで、安全軟着陸に再離陸という技と比べれば、雲泥の差で楽な仕事です。



追記:
 これを出してからも、私はテレビや書籍などでアポロの疑問について解明できるものがあれば見ていました。
 月面の星条旗がはためいたこと、人や物の陰が平行にならないこと、空に星が見えないこと、逆光でも撮影がうまくいっていることなどの否定説からの疑問には答が出ました。
 私はもともとこういう疑問の声を見ても、起こりえないことではないと思っていました。
 月周回衛星かぐやの撮影した月面の画像を解析した結果、「アポロの月面着陸は疑いのない事実」という断言もありました。
 その画像を見ると解像度が悪くて、アポロ15号が1971年に月面着陸した際に残したエンジンの噴射跡とは素人目には見えないです。
 しかし、これは『アポロ嘘説』の決定的理由にはなりません。
 やはり、私が物心がついてから50数年間次の光景を見たことがないのが強い根拠になります。
(1) 金属製の重い物体がロケット噴射で加速度を得る仕掛けになっている。
(2) その飛翔体はプロペラや翼のような浮遊補助の形状も保有していない。
(3) その飛翔体が加速度零なるも音速をはるかに超えるピードで空中を移動している。
(4) その飛翔体はそこからロケット噴射で減速する。
(5) 最後は垂直に降下するが如く地面に降りて、
(6) その最終スピードは秒速0mに近く、激突とはほど遠いふんわりしたもので、
(7) 着地位置は任意に選定できて、
(8) ゴムまりやパラシュートのようなものがついていない。
 それで日記に次のように書きました。
 テレビの科学番組やニュースを私はよく見ている。それで、こういう光景を一度も目にしたことがない。見たのは轟音とともにロケットが飛び出すシーンばかりで、逆がない。
 だから、やはりアポロの話が信じられない。噴射跡を確認したと言われても困惑するだけだ。
 地表なら強い重力があるから難しいけれど、月面は重力が弱いから、噴射による軟着陸が可能になるのだろうか。或いは、大気というものがなければ可能になるのだろうか。
 しかも、その飛行体は、月の地面から飛び立って、月の周回を再度果たし、母船と軌道を合わせ、速度も合わせて、見事に母船と合体した。
 ドッキングというのは相当難しい作業なのに、今から30年も前にこれができたのだろうか。
 私はアポロの月面探査があったのはウソということにこだわりたくはない。しかし、ロケット噴射の軟着陸をマンガ動画やCG作品以外で見たことがないから、どうしても信じられないのだ。
 かぐやに携わる人に「間違いありません」と言われると本当に困る。気が狂いそうになる。
 たとえ当時の足跡の写真を見せられようと、(1)〜(8)の実写動画を見ないと納得できない。
 逆噴射減速は、大気中では飛行体の回転・着陸軌道の不安定化につながるけれど、真空中では容易に可能なのだろうか。
 地面から離脱するのは飛行体の姿勢を乱すことなく一直線の飛翔でできるだろう。でも、あれは瞬時に膨大な加速度と速度を得る。真っ直ぐにしか進みようがなかろう。
 しかし、噴射による軟着陸は飛行体の姿勢を乱すことなく直線的に下降することが、空気と翼、プロペラなくして本当にできるのか。垂直離着陸機が垂直に降りるのを見ても、あれは翼があるし、ロケット噴射でなくてジェット噴射だから傍証にならない。

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