アダム徳永氏の『スローセックス実践入門』を論評する(後編)

 アダム徳永氏の『スローセックス実践入門』における文章は青字で掲げています。

 アダム徳永氏はじらしを強調しています。これが私は嫌いです。これは女性の嘲弄みたいなものです。
 前戯で女性がイケるならあっさりイカせてあげればいいのです。さっさとイカせて2回目のイキを狙えばいい。勿論私だってじらすことはあります。でも、いつもこれをやっていたら、私も疲れてしまいます。
 だから、氏が「「ウッ」程度の快感ではなく、「アギャー!」という絶叫を伴う爆発現象」を声高らかに言うのはおかしいです。
 第一、女性にはいろんな人がいて、あっさりイッてしまう人もおれば、深くイク人もおれば、イキという、体の奥の筋肉の収縮現象がない人だっているのです。
 男性だって、射精感のものすごく深い人、浅めの人、殆どない人、いろいろいて、一部の人は、勃起が可能でも摩擦快感と射精時の快感が全然得られないことにより、性交意欲が殆ど消えています。
 イキという終着がないのに、気持ちよさはちゃんとあるから、これを求めてオナニーに励む女性もたくさんいます。
 人それぞれの快感現象なのに、爆発的快感を素晴らしいものと言い、これを目指せと説くのは、女性の一人一人の天成の体質の違いを無視した暴言です。
 この本は、マッサージ技術を売る人間の広告宣伝にしかすぎません。それも、独りよがりの、悪逆非道の広告宣伝です。
 では、クリトリスの正しい愛撫方法の基本編をご説明します。
 まず、一般の男性にはあまり知られていませんが、クリトリスを愛撫する時、単なる興奮、最初にしなければならないのは、“クリトリスの皮を剥く”ことです。
(中略)
 次に指での愛撫法です。
 ここでも、アダム徳永氏は指攻めです。オーラル愛撫にはフィンガー愛撫に勝る素晴らしい効果があるというのに、あきれるほど意図的に忘却しています。たいしたマッサージ野郎です。
 一般の男性の多くは、まず指使いの“超ソフトに”がやれません。だから、いきなりクリトリスの包皮を剥くなんて説くハウツーセックスはダメです。氏の対戦した千人の中には、オナニー歴30数年の40代の女性が多かったのでしょうか。
 これを書くなら、「あなたがこれこれの程度まで“超ソフト”な指技の愛撫がやれて、相手の女性から『素晴らしかったわ』と言われるようになったら、クリトリスの包皮を剥いてみましょう」と呼びかける、ぐらいでなければ。
 アダム徳永氏はここで、女性の愛液を使えとか、ローションを使えとか、唾を使えとか、一切前提を入れぬまま、「指先がちゃんとクリトリスの先端をピンポイントで捉えているかどうかを、自分の目で確認しながら行ってください」と、恐ろしいことを書いています。
 アダム徳永氏は超ソフトにやれるから良い。きっと、ソフトコンタクトレンズの凸面の上で、中指一本で仁丹の粒を30分間急速で転がして、仁丹の粒を壊さず、落とさず、レンズ面にも傷をつけないことができるのでしょう。強靱な腕と中指の持ち主であるはずです。
 そんなことは無理な相談である一般の男性にこれをやらせてはいけません。
 なお、潤滑剤ですが、ぺぺローションの類、これはいかにも「今からお前のクリトリスを揉んでやるぞー」という雰囲気で、これは感じが悪いと思うような純な女性も多い。
 指攻めのために唾を陰部に垂らすというのも、女性が、自分は下等動物扱いされている、と思うことだってあり得る。
 一方、オーラルされて、嬉しくて、女性がダラダラ愛液を流し、殆どイキかけたところで、その愛液を利用して陰核茎部を指で揉まれるというのは、自分の濡れを活用されていることが気持ちを昂まらせ、これでもって女性は一発で快感がヒートすることがあり得る。まあ、最後までオーラルに徹したほうが良いとは思うけれど。
 オーラルこそが最強の愛撫なのだ。

 男性がセックスの前戯として女性に両手の指を使って本格的にマッサージをするのは、もう一つ極めて重大な問題があります。
 そもそも女性の全身を真剣にマッサージしている時に、相手の女性にフェラチオを求めるのは、そのマッサージの目的からしたら、大変よくありません。
 アダム徳永氏も、ここ(36ページ)までたっぷりマッサージすることばかり書いていて、その最中に女性から性技をふるってもらうことは一切書いていません。
 二人とも裸なのに、長い時間、女性から愛撫をしてもらえない一方的前戯時間なんて、そんなのはお互いにとってもつまらないです。
 氏の推奨するように、男性が長時間真剣に女性の体をマッサージしていたら、ペニスはどうなりますか。おそらく縮んだままの男性が多いだろうと思います。それを見て女性はどう思いますか。
「この人は、私の体をいじっていて喜んでいるかもしれないけれど、心と体は性的には亢奮していない!」と白けるでしょう。
 勿論、「私はただ寝ているだけで暇だわ。この人のペニスを勃たせたい」と思う女性もいることでしょう。
 女性は、ペニスが勃って、嵌めて、それでセックスが終了すると思っているから、生勃ちのまま乳房や女性器をいじっている男性に対しては、不興気分か、勃たせてやりたいか、このどちらの思考が浮かぶことが大いに考えられます。
 今時の女性はその男性を愛しておれば、ペニスを咥えて大きくさせたくなるでしょう。女性の愛は、自分が気持ちよくなりたいという心と同等に、目の前の男性に満足してもらいたい、という心を生みます。女性は、男性ほどのギラギラした性欲がありません。
 だから、氏の勧めに従って熱心にマッサージしている男性は、勃っていないペニスを女性に見られないようにする必要があります。裸の女性に前戯しているのにペニスが勃っていないなんて、本当に格好悪い。
 しかし、女性の股ぐらに顔を埋めておれば、女性に勃っていないペニスを見られることはありません。
 男はペニスを勃たせていなければなりません。ペニスが女性の視野に入る時とか、そろそろ挿入のタイミングが近づいている時とかです。
 挿入する前に「フェラして勃たせてよ」と言えばよいというものではありません。自力勃起状態であらねばならないのです。でなければ、交尾する資格がありません。
 となると、オーラルには相互オーラルという重宝なものがあります。セックス意欲がある男性なら69をすればたいがいは勃つでしょう。
 だから、69をすれば良い。これは、相互マッサージと違って、男性が、女性を気持ちよくさせっ放しにすることがはるかに容易なんです。
 こうやって考えれば、『スローセックス実践入門』がいかにまやかしの愚書であるか、よくわかりますね。

 アダム徳永氏は次を書いています。
 AVの弊害も指摘しないわけにはいきません。AV女優に潮を吹かせるという演出が、ブームを超えて、今や定番化しています。女性は誰もが潮を吹くという錯覚を覚えるほどです。けれども、実際にセックスで潮を吹く、真性の潮吹き体質の女性は、私の体験上、多くて一〇〇人中二〜三人にすぎないのです。真性の女性にしても、毎回必ず潮を吹くということはありません。その日の体調や、男性のテクニックに大きく左右されるのです。そして、潮を吹くという現象と、それが快感であるかどうかは、別問題です。「なんか漏らしちゃったって感じがするだけ」という女性がほとんどです。私自身、何人かのAV女優に話を聞いたことがありますが、気持ちいいどころか、潮吹きのシーンで、苦痛を味わいながらも、「仕事だから我慢するしかないんです」と、陰で泣いている女性は少なくありません。(中略)ショーにしかすぎないAVを見よう見まねで、興味本位に彼女や奥さんに潮を吹かせようとする行為は、絶対に慎んでください。私にいわせれば、そんな男性はセックスする資格もありません。
【私の附記】
 ここでアダム徳永氏が「真性の潮吹き」と表現しているものがどのようなものなのかがよくわからない。
 私の解するところでは、偽の潮吹きとは、女性が故意に小便を洩らすものか、女性が小便を出さないように筋肉を働かせるのを意識的にやめた上での、指ピストンによる強制排尿誘導と言えるものだ。
 AVに潮吹きがとてもよく出てくるけれど、確かに95%以上は偽の潮吹きのようだと私は見ている。
 真性の潮吹きは、体が痙攣の上、通常の排尿とは違う筋肉の動き方でもって、膀胱の中の液が激しい勢いで排出されるものであって、そのようなものはAVではあまり見ない。
 私はどれだけソープ嬢と親しくなっても、例の指ピストンで潮吹きを狙ったことは一度もありません。
 いいことが書いてありますが、一つ気になります。
 アダム徳永氏はいかに潮吹きを達成したのでしょう。
 氏のこれまでの論調から考えたら、興味本位の膣内での指先こねこねではなく、チンコピストンの力強くて長いので潮まで吹かれてしまった、と書いてもらわねばなりません。いつも肝心なところで具体性がないのですね。この本は。

 次に、アダム徳永氏は「セックスは汚い行為」とする考えを否定し、さらに名器幻想を否定し、その次に、ペニスを挿入するタイミングについて書いています。
 では、どうやってペニスを挿入のタイミングを計るかというと、これはもう、女性が今どれくらいの官能レベルにあるのかを、確認するしかありません。一番わかりやすいのは、女性が「お願い、もう入れてッ」と挿入を懇願してきた時です。
 女性が合体を請求するというのは、男性の愛撫がもう結構という気持ちになった時です。
 それは、端的にわかりやすく中間的なものを省いて説明すれば、
  (1) 愛撫させられる(≒フェラチオ)のが鬱陶しくなった時
  (2) 愛撫されている(≒指踊り、指入れ)のが鬱陶しくなった時
  (3) クリイキを得て満足した時
この三つです。
 しかし、考えようによっては、全部同じようなものです。女性にペニスの挿入を欲求する心は付随的です。女は男と違うからです。《女性が「お願い、もう入れてッ」と》なるのは氏のような凡俗の男性の願望でしょう。
 先の丸い円筒形の温かいものをバギナに入れたくなったからではありません。もしそういう女性が大多数ならば、ペニス型バイブを女性が競って買い、バイブ製作業界は巨大なマーケットを得ることでしょう。限りなく本物に近いペニス型バイブが開発されることと思います。
 しかし、現実には、ちっとも本物に近くない、くねくねと動くまがまがしいペニス型バイブを男が買って、見事な前戯も見事な抽送もせずに、女に使っているだけです。
 ペニス型バイブを製作・販売する会社が優良企業になった国は一つもないはずです。このことが、私が男性の願望と断ずる所以です。
 従って、氏の説明は、疑問を感じます。私なら、
「オーラル前戯でアクメらせた直後にペニスを挿入しなさい。生勃ちなら、自分でペニスをしごいて、さっと勃たせて、ズボッと嵌めなさい。しごいても勃たない自信があるなら、69をしなさい」
 と書きます。
 大体、氏の「挿入を懇願」の書き方に、ペニス挿入至上主義・女性冷徹観察者を感じてしまいます。氏はクリイキを邪道のものと考えている節があります。
 次に、挿入してすぐの激しいピストン運動についてですが、多くの女性が口にするのは、「動かないで、じっとしていて」というものです。膣は伸縮自在の構造になっています。そして、膣はペニスを受け入れると、そのペニスの大きさや形が立体的にフィットするように、形状を変化させ、そのペニスの大きさや形を形状記憶させるのです。膣が感じるための準備なのですが、この作業は、ペニスが静止した状態のほうがスムーズに行えます。それが、入れた途端にピストン運動が始まると、膣の中が掻き回されたような感覚になり、膣も女性の心理状態が安定しないのです。要するに、“感じにくい”ということです。
 つまり、女性を膣でイカせるためのテクニックは、激しいピストン運動ではなく、その逆の“ペニスを静止させる”ことなのです。
 膣口の形状記憶はAVで中出し液の排出時などによく見ますが、バギナの奥のほうの形状記憶なんていうのは初めて聞きました。へーぇ、ですね。
 それと、クリイキしたところですぐに嵌めると、女性は動きを求めると思いますが……。静止論とはねえ。女性には「膣の中が掻き回されたような感覚」を大いに悦ぶ人もいますよ。
 ここまで来ると、私には良否の判断がしにくいです。いつも嵌めたらしゃかりきですから。
 一つ言えることは、多くの男性は(恐らくは半分以上)ペニスを動かしていないと、ペニスが萎えるか固さが弱まってしまうということです。勃起が弱まれば男性は大変面白くないし、女性も(この人は私への愛情が薄らいだのかしら)と思ってしまいます。
 さて、ここに至って、アダム徳永氏の描くセックスとは、女性を中イキさせることであり、中イキなきセックスは低レベルのものとする、という考えが歴然となりました。
 多くの学者が「女性の中イキは、あくまで男性の願望であり、それが可能な女性もいるけれど、可能とならない女性が圧倒的に多い。ペニスのインサートでは、そんなに気持ちよくならない、とする女性も多い」と言っているのに、どうしてこれだけ極端な論が書けるのか。
「ペニスの静止がよい」と書いた本を見たことがないし、そうしてもらうのが良いと私に言った女性もいない。
 氏が、中イキは少ない、と一般論として書いておきながら、
(1) 中イキをとっても価値あるものとし
(2) 中イキさせるテクニックを述べ
(3) そのテクニックが世の中の常識と少しベクトルが違っていて
(4) 女性を中イキさせられない男性をああまで侮辱するなら
ここで自分の対戦での中イキ達成率を書くべきだろう。(後で出てくるかもしれないが、ここで示すべきだ)
 氏が千人の女性と対戦したと認めることにしよう。じゃあ、その千人の中で見事中イキさせたのは何人なのか。「絶叫を伴う爆発現象」に導いたのは何人なのか。仮に1割の100人いたとしよう。
  ※ 1割程度では、これまでの氏の傲慢な論調からするとお話にならないが…
 ならば、その女性はどのような連中なのか。
 氏のマッサージに興味を覚え、積極的に飛びついてきた、しかも、現に彼氏や伴侶がいる女性が多いだろう。それで、氏と一戦を交えることを願い、性感判定を受ける女性なんて、私に言わせれば、初めから強烈なおまんこ女だ。要するに、助平だ。それも、尋常ならざるど助平だ。
 中には、40代50代の女性で、旦那の承諾を得て、若い氏に強いチンボを嵌めてもらえることに喜び、サカリに狂った女性もいるだろう。当然対面した女性の中には中イキが比較的達成しやすい経産婦も多いだろう。
 バギナ自体に性感機能はあんまりない、というのが定説だ。
 男にイキがなければ、人類が滅亡する。女にイキがなくても、人類は滅亡しない。生物学的に見ても、少なくとも、多くの女が中イキの能力を持っていなければならない必然性がない。
 さらに言おう。膣の中でペニスを静止させていたら、男性のかなり多くは、ペニスに張りを失う。
 氏の論は、自分のペニス勃起の頑強さを誇っているだけのことだ。まして、そういう時間も含めて、2時間ベッドの上で絡みあっているのが本当に正しいセックスだ、と主張するのは、すぐ近くに夫の親が寝ているとか、自分の子どもが寝ているとか、明日もいつもの通り早く起きなければならないとか、そういう一般の日本人の生活を無視した提言だ。
 愚論すぎる。ひどすぎる。それにしても、氏のマッサージを受けに来て、話を聞いて、それでその気になって、お金を払ってセックスまで持ち込ませるど助平な女が千人もいるということが本当に不思議だ。
 私は女にお金を受け取ってもらって、それでセックスしたのが二百人だ。彼我の差は、エリザベス女王の王冠のダイヤモンドと亀田史郎の歯石の違いのようものだ。
 次に、アダム徳永氏は早漏にメスを入れます。
 氏の理論では、早漏なんてのはセックスする資格がないようなものです。ならば、中折れにもメスを入れてもらいたいです。日本人成人男性(70歳以下で考えます)の半分くらいはED乃至EDもどきと私は見ているから。(例えば、20代前半で2回連続のオナニー射精ができなかった男性はEDもどきと私は考えます)
 それから、膣は性感帯である、男性はたっぷりと愛撫を受けよう、というのが続きます。

 次は第二章です。
 見出しは『本当の性的悦びを知らない女性たち』『蔓延する性感処女』『不感症で悩む九五%は正常』と続きます。
 面白いことに、アダム徳永氏は「九九%の女性が、本当の女としての悦びを知らず」と書いています。氏の考えでは【女としての悦び=中イキ】ですから、加藤鷹氏が『エリートセックス』で、中イキできる女性は1%と書いているのと同じです。
 九九%の女性が、本当の悦びを知らない、というと、「イッたことのある女性が、たったの一%ということはないだろう」という反論があるかもしれません。もちろんそうです。イクという現象だけなら、もっと多くの女性が経験しているでしょう。けれども、私がいう「本当の悦び」や「本当の快感」とは、単にクリトリスを指やピンクローターなどで刺激されて、ものの数分で到達するような低レベルのオーガズムのことではないのです。
 ここでアダム徳永氏が「本当の快感」と言っているのは
(1) 中イキ
(2) 全身マッサージのあとのクリイキで、マッサージによる全身快感と長い愛撫が増幅させた凄まじい快感
 のどちらを言っているのかわかりません。
 本の全体の流れから、私は中イキと解釈したのですが、(2) でも殆ど同じです。中イキと言い切っていないところが、氏のイヤらしい論理です。ぼかした表現がきたない。
 そもそも、99%の女性が知らないようなものは、知らない女性にとっても、また、そういうことを体で、実演でわからせたことのない男性にとっても、もう無縁の世界のことだと私は思います。スカンジナビア半島に住んでいる本当に僅かなモンゴロイド系先住民族がどういう暮らしをしているか、なんて多くの日本人には関係ない話だ、ということと同じです。
 ここでも(きちんと当該文を引用するとよいけれど、腹が立つから省略)、クリイキという、あんな気持ちのよさそうなものを男のオナニーと同じだとして、認めていません。女性が独りで悦びに浸ることと、ペニスが無用の長物になってしまうのが、腹が立ってしょうがないのですね。
 男のオナニー射精=女のクリイキ<<<女の中イキ→→女の真の性感は男には考えられないような凄いもの
 この論理は、似非性愛論者によく見られるものです。同じ人類で、♂と♀とでそんなに違う生理反応は存在しません。
 女の中イキは見事な痙攣と気絶もどきを伴うけれど、男のイキと女のクリイキにはそこまではないと主張する人がいるようですが、そんなのは体機能の違いです。
 それだけ凄くて追い求めてやまないものなら、中イキできる女性は定期のパートナーのペニスが具合悪くなれば、次の中イキを求めてジャンジャン男漁りして、そんな女は、いずれ私の耳に入ってくるでしょう。
 でも、私は60年間生きていてそんなのを耳にしたことがありません。あまりにも馬鹿げています。
    (1)               (2)
  男のオナニーによる射精    =女のクリイキ
  男の前立腺マッサージによる射精=女の中イキ
 (1) のほうが快感が鋭くて、(2) のほうは快感が鈍い、と思う人もおれば
 (1) のほうが快感が浅くて、(2) のほうは快感が深い、と思う人もいます。人の快感は様々です。
 氏が、もしも
「クリイキは素晴らしいのに、クリイキさえも上手に導けないという男性が世の中には大変多くて、男性の何らかの動作で、セックスの際にクリイキまで味わわせてもらった女性が、推定10%しかいないから、これは問題だ。せめて、クリイキができるまで、男性は前戯に励みましょう。その上で、実は、中イキというのがもっと素晴らしいから、男性はそれに向けて、努力しましょう。ちなみに、私は、中イキまで持ち込めた女性が、千人の対戦の中で35人もいました。その女性の年齢は、下は32歳から上は52歳までです」
 と書くなら、私はここまで“マッサージ野郎!”とは罵りません。初対面同様の、恋愛関係にも至っていない女性を1人でも中イキに至らしめただけでも充分に凄いことですから。
 ただひたすら、アダム徳永氏を師と仰ぐことでしよう。

 次は第四章です。ここに注目したい文章が出ています。
 あなたは、セックスの時に、というと、指と口(舌)のどちらを多く使っていますか? ほとんどの男性が、「口派」と答えるのではないでしょうか。目の前に乳首があると条件反射的に吸いついてしまうというのは、男性の動物的習性ともいえますし、既存のセックス指南書などで、口や舌を使った様々なテクニックが紹介されている現状を考えれば、世の男性がオーラルセックスに走ってしまうのも仕方のないことなのかもしれません。けれども、女性を感じさせることを第一に考えた唯一絶対のメソッドとは、「的確なポイントに適切な刺激を継続して与えること」なのです。その場合、指と口のどちらが有利でしょうか? 比較するまでもなく答えは明らかですよね。“器用さ”という観点から、指に勝る武器はないのです。(中略)
 誤解のないように断っておきますが、オーラルセックスがダメというわけではありません。フェラチオやクンニリングスには、物理的刺激の他にも、視覚的に興奮する要素があり、これはこれで巧みな舌使いが要求される素晴らしい愛撫方法です。また、愛情を表現、演出するのに最高の器官です。しかし、舌先は男性が思っている以上にザラザラしていて粗いため、乱暴で緩慢な愛撫にしかなりません。
 私は全くこの考えに反対です。先ず口派の男性はそんなにはおりません。女性器に口を寄せるなんてとんでもないと考える男女がかなり多いからです。オーラルする男性も、その殆どがフィンガーペッティングの前座として、まるで女性器に唾液をつけるためにしているだけのようなちゃちな行為しかしていません。
 更に、氏が後で説くリズミカルな振動に、舌先は指先以上に有効です。ただ触れているだけでも、指先より舌は優しいです。温かくて、軟らかくて、濡れているから。そして、女性器が間近で見つめられて、そこに男性の息がかかるのを感じるから、女性は心が熱くなります。
 氏は、ご自分の実業の観点から意地でもオーラル愛撫を評価できないだけです。要するに、単なるマッサージ師です。

 私が加藤鷹氏の『エリートセックス』を論評するに書いたことをもう一度ここに掲げます。
 セックスについて具体的で露骨なことをこれでもかとばかりに書き、主張していることは、ペニスの挿入前に、女性のイン部にテリを出させろ!です。唾液とか保全の潤滑剤以外のものでです。
 私の『インテリセックス』の骨子は次です。
『上手なセックス』『楽しいエッチ』『快感に痺れるセックス』を完遂し、女性の燃えるような能動性を引き出すためには次が要件です。
  (1) 互いの心のうちとけ
  (2) 二人がともに気持ちよくなりたいという熱意
  (3) 相手を気持ちよくさせたいという熱意
  (4) 奉仕してあげたいという気持ち
  (5) イクところを見たいという気持ち
  (6) 徹底的にオーラルしてあげたいという気持ち
  (7) オーラル行為の正しいやり方のマスター
  (8) 相手の状況を確認できる余裕、確認しようという心
  (9) (女性)くさみの排除、多毛の解決 (男性)くさみの排除、強度の包茎でないこと
  (10)(女性)股を開けることやアナルを見られることに抵抗感をなくすこと
  (11)真っ暗にしてエッチをしないこと
  (真っ暗では相手の状況が確認しにくいし、視覚は亢奮のための重要な要素)

 たとえ、金銭を対価とする、ある意味、虚しくて切なくて気持ちが乗りにくいような、買春初対面のエッチでさえも、男性の誘導の仕方によっては「脳みその芯まで感じるセックス」が成立することがあります。


 次は、以前に『スローセックス実践入門』を流し読みして良性記に書いた論評を掲げます。
 ある日の本屋で、スローセックスの文字が目につきました。それで、立ち読みして驚きました。
 著者の主張するメイン部分を除いた周辺の論述は、セックスについて幼稚な人間を罵るところから大いに私の書いていることと同じなんです。テクニックの説明にしても私の説明と似たところもありました。
 で、メインの主張部分は私の上を行っています。そりゃそうでしょう。職業としてセックスの指導をしていて、対戦した女性の数も千人を超えるというのだから。
 でも、賛成しかねる部分もありますね。狙いが高度すぎだし、セックスには2時間をかけるべしと言われても、忙しい人にはそんなに時間をかけていられません。育児、子供の夜更かし、多忙な仕事、どうしても見たいテレビ番組、親との同居、セックスの妨害となるものはいくらでもありますから。
 それに、ゆっくりペニスを使おうと言われたって、ゆっくり動かしていたらペニスの堅さが抜けてくるような勃起力の弱い人にはこれはできません。
 単に私の想像ですが、25歳以上の男性が、既に対戦したことのある女性のバギナに挿入したとして、その場合にもしペニスをゆっくり動かしていたら、半分以上の男性がペニスの堅さを維持できないのではないですか。
 女が絶叫するように凄まじい快感を与えなければダメです、と徳永氏に言われたって、人には様々なレベルの到達可能な性感があると思います。
 私はいつも思うのですが、何故女性にだけ『白目を剥いて、狂乱状態になって、非自律的な筋肉の凄まじい痙攣状態を見せる』ほど快感を感じることがあるとし、女性は男性とはまるでエクスタシーが違うと考えるのでしょうねえ。
 そういう幸せな肉体の女性はいるかもしれないけれど、「上手にやれば、女性は皆そうなる」と説かれたって、苦笑するだけです。男でそれほどのエクスタシーに乱れるのを一人でも見かければ、少しは信じても良いのですが。男と女は同じホモサピエンスですよ。
 そして、女は感じなくても(懐妊ができれば)生物学的に生命体として有効だけれど、男は感じ(て射精でき)なければ生命体として有効ではありません。となれば、生物進化学的に見て、女性のほうが男性よりも性感が発達するということが起きるはずがありません。
 著者の説く指で性器以外の部位を刺激することの勧めにしたって、そんな悠長なことはやってられないと思う人も多いのではなかろうかと思います。私がその典型的な人間です。
 まあ、性論というのは古代史論と同じで、百人説く人があれば百の論があるということでしょうか。私のセックス論のほうが、アダム徳永氏のものよりも万人向けだと思っています。大多数の平凡人のセックス作法の1ランクアップを狙っているだけですから。

 私は、この文を書いた時には、アダム徳永氏が頻繁に使う『愛撫』という言葉が、実質的にはオーラルを含んでおらず、指攻めだけだ、ということに気がついていなかったし、氏の毒舌ぶりに惚れ惚れしていたから、批判の心もレベル3ぐらいで、レベル5には至っていなかったです。
 しかし、今回熟読すると、『愛撫』という言葉のインチキ使用と『絶叫』の乱舞のおかしさと、『スローセックス実践入門』が氏の実業のための宣伝本であることに気づき、もうアホらしくなりました。
 この本が出た時、マスコミはどれもかなり好意的に書評を書きました。どのマスコミも大変アホです。
 さてこの後、アダム徳永氏は指攻めと合体についてかなり具体的にテクニックを書いています。
 マッサージ野郎の自慢として読んでもいいし、自分がやれそうなテクニックを頭にたたき込んで、腕を磨くことを考えてもいいです。
 一つ頭に入れるべきことは、嵌めは射精を目的として生物的に、また、生理的にできあがったものです。
 要するに、男が気持ちいい=精液を奥まで飛ばす、これが目的です。女性は、破瓜するのがあれほどまでに痛かったペニスの挿入が苦痛を感じない程度に、最低限ほんのり気持ちよければいいのです。生物学的にはそれ以上のものを求められてはいません。
 中イキという難しいもの・理想の偶像、女性の絶叫などを求めて、無理なことをしてはいけません。中イキはほとんどの男性と極めて僅かな女性にとって、憧れというだけのことです。
 だからといって、女性は男性のために、AVのように中イキのフェイクをしてはなりません。クリイキは、男性のやることが痛ければ、さっさとやめさせるためにフェイクしても良いです。ただ、やはり痛い愛撫をさせないように、自分の心を強く持って男性を導いてやることが大切です。
「あそこを舐めてほしいの!」と甘えることでしょう。
 女性は、男性の前で見事クリイキを見せ、その後も楽しく合体ができれば、要するに99%の女性は大満足なんです。残りの1%の、中イキの能力に恵まれた体質で、中イキなかりせばセックスしたことにはならないと考える女性と結婚しようとする男性は、
(1) 早漏であればプロポーズは許諾されない。
(2) 自分が(精力が落ちた)40歳を超えたら、中イキ熱烈願望の女性から捨てられる恐れがある。
(3) 3回戦ぐらいは40歳までお勤め可能なように体力維持に努力しなければならない。
(4) 中折れするようになったら、相手の浮気に目を光らせなければならない。
 を留意する必要があります。チャタレー夫人はきっと中イキ能力があるから浮気したのでしょう。
 それと、愛液なんてなかなか流出させられない、陰裂や陰核茎部へのフィンガーマッサージなんて極力してはなりません。(オーラルでは刺激が弱すぎてクリイキすることができない等の理由により)指技をやりたければ、陰核茎部にオーラルして、愛液が出た後でするなら、いろんな意味で結構なことになります。
 愛液は、指技を振るうに当たって最高の潤滑剤です。
 その愛液は、長い時間指を女性の身体全体に使って、苦労して流出させるよりは、クンニリングスのごく僅かな時間でたっぷり流出させるほうが、男も女も疲れません。
 そもそも性的昂揚というのは、長い時間をかけてじっくり醸成されるよりも、情熱的な振る舞いによって短時間で飽和状態にさせられるほうが、快感と感動が深いと思います。
 そして、女性も、局部をオーラルされるならば愛液の流し甲斐があります。指とは雲泥の差です。
 加藤鷹氏もアダム徳永氏も、女性の局部が見事に愛液にまみれることついてまともに取り上げていない。
 取り上げないどころか、この手の論者は、強姦でも女性のバギナは防御反応で濡れることがあるとか、体質であって、ショーツを脱いだだけで愛液が出てくる女性だっているとか、を指摘して、愛液が出ることは女性の快感とは関係がないことがある、と小馬鹿にした言い方をすることがある。
 そりゃあ、少量の濡れとか、とにかくいつでもやたら濡れまくるということなら、快感とか亢奮度の測定材料にはならないだろう。
 それは例示とするようなものではなくて、オーラル愛撫でもって、女性がそんじょそこらの量でない愛液を流すことに、全然着眼していない。
 両人とも、そういうふうに女性を導いたことがないのではないかと疑いたくなる。
 アダム徳永氏はフィンガーマッサージが命の男、加藤鷹氏はペニスの形と長さとピストン動作に自己陶酔しているのではなかろうかと想像できる男。よって、まともにクンニリングスをやらないだろうから、女性を愛液まみれにできるはずがないと思う。
 私はオーラル愛撫は陰核茎部だけにするぐらいでよい、と主張しています。
 マッサージ野郎の妄説よりは、私の「クンニ最強説」──インテリセックス論のほうがはるかに実践的で、誰にでも実行しやすいやり方です。
(1) 精力が落ちても勃起支援が可能──よき69とはどういうものであるかを説明し、69を強力に推奨している。その通りに実行すれば、勃起不全はかなり解決できる。
(2) 早漏でも女性に対して問題なし──先ず、女性をクンニリングスでクリイキさせるから、女性は、1%の特別な肉体の持ち主(中イキ可)でない限り、それほど不満を持たない。
(3) 女性が3回のクリイキを願う場合でも、クンニリングスで楽に対応が可能である。
(4) 中折れしても、クンニリングスでクリイキさえ与えておれば、相手は満足することが多い。
(5) 体力と気力が落ちても無関係───延々とやるマッサージなんて勧めていないから、セックスなんて面倒だ、という気持ちにはさせない。マッサージしているうちにペニスが萎えきる、という恐れもない。
(6) クンニリングスによって、ネチャネチャでベトベトの女陰という、大変麗しいものが見られる。
(7) オーラル行為は、女性に大変感動を呼ぶ。一方、フィンガー攻めは女性に『もてあそばれ感』がある。
(8) クリトリスに指+乳房(または口)に口よりも、クリトリスに口+バギナ(またはアナル)に指、クリトリスに口+バギナに指+アナルに指のほうが男女ともに感動が大きい。
特に、女性はM字開脚で、男性から陰裂を正面から見られると、気持ちが昂まることがある。
(9) 舐めては嵌め、嵌めては舐める、という淫ら尽くしのイチャイチャは、男女ともに大変楽しい。
 女性の絶叫なんていうものは求めなくて良いのです。絶叫願望は、女性をおもちゃ扱い。
 2時間かけて渾身のセックスをして、男女ともにくたくたになるセックスは、セックスしかすることがない男女がしておればいいです。知力のない人間の多くが、MPUとモニターを使ったゲームや踊りやスロットや携帯電話の操作に多くの時間を費やすように、2時間かけて異性の体に戯れておればいい。何がスローセックスだ。
 男も女も、あっさりイケるように進めるのが最善です。あっさりイキたくない時は、本人がイキを我慢します。イクことはある程度は我慢できますから。
 アダム徳永氏は10キロマラソンのような時間とエネルギーを要するセックスを説いていますが、そんなオリンピックに出られるようなセックスなんて目指さなくてよいから、女性が「あー、気持ちよかった」の声で終わるようなセックスを狙いましょう。
 そのためには、きたないところを舐めたり、舌で揺さぶったりすればいいのです。ただひたすら根気よく。それでクリイキを何度もさせているうちに、いつしか中イキが可能になることもあります。
 年数は、ペニスピストン3分の持続をいつしか8分の持続に変え、また、女性がその男性のペニスピストンで本当に体の底から気持ちよくなりたいという心を強めます。
 相手も本当に気持ちよくなってほしい、という熱意のもとに、親密な心の交流があることを前提として、男性が巧みに、かつ、情熱的に助平行為をしておれば、アダム徳永氏が説くような渾身のマッサージなんてやらなくても、また、女性がその男性にさほど慕情を抱いてなくても───羞恥忘却・官能惑溺・淫猥没頭・熱烈接吻・吸茎奮闘・開脚熱中・陰核悶絶・秘部発酵・淫汁繚乱・陰裂異相・会陰洪水・快感沸騰・非意痙攣・陰門開放・茎入欲求・抱擁悦楽・忘我淫楽・日常忘却・快楽安穏・洗浄閑却───に至ります。それで良いのです。
 スーパーマンのセックスよ、さようなら。凡人の中で最善の、合理的なセックスを目指しましょう。
 それにしても、『スローセックス実践入門』を称揚するマスコミは馬鹿すぎます。(了)
 これを2007年08月に書き終えました。
 9月に入って週刊文春9月13日号にアダム徳永氏に関する記事が載りました。そこには次のような文がありました。
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 昨秋に発行された『スローセックス実践入門』や今年七月に出た『スローセックス完全マニュアル』(ともに講談社刊)は合わせて約三十六万部という大ベストセラーとなっている。
(中略)
「アダムタッチというアダム徳永が開発した愛撫法のマッサージを受けてみたかったんです」
 こう語るのは冒頭の女性。
「オイルを使いながら背中からはじまり、全身を触られましたが、特になんとも感じなかった。それでも身を任せて体位を変えていくうちに、アダムは黒い下着を脱ぎ捨てて挿入してくるところでした。最初からそういうコトだとわかっていればもう少し熟考したし、しかもまるでスローセックスじゃなかった。全部で三十分ぐらい、挿入してからはたぶん三分くらいで終わっちゃいました。私は全然感じなかった(笑)。期待ハズレでした」
(中略)
 しかし、(中略)アダム氏らしからぬ行為の告発はまだある。
「事前のカウンセリングで、アナルセックスとかにも興味があるとは言いました。感じやすい体質だ、とも。ぜひアダムさんのテクを体験したかった」
 そう語るのは三十代の女性。彼女の旺盛な好奇心がスクールの門を叩かせた。
「うつ伏せに寝かせられて、お尻のあたりにオイルを塗られたかと思ったら、いきなりお尻に指を突っ込まれました。ナニコレって思いましたよ。全然感じないから声も出さずにいたら、あちこち触りながら『あれ?』とか言ってました(苦笑)」
 焦ったのかアダム氏はやはり黒い下着を脱いでコンドームを装着。
「本数増やしながら指を性器にガンガン入れてきて、そのあと頑張って挿入しようとしてきたのですが、哀しいかな勃たなかったんです。自分でシゴいたり正常位で腰を動かしていましたが、無理でした。最後は私から『もう、いいです』って言いました。
 さらに別の女性の証言。
「アダムタッチはいままで味わったことのないものでした。それで気を緩めていたら、入れられる寸前。急に醒めて『それは困ります』と言いました」
(以下略)

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 とても興味深いですね。
 私は『スローセックス実践入門』を読んでみて
  オイルを使ってマッサージしていること
  女性が1人でスクールの門を叩くこと
 の二点には全然着目していなかった。そういうことは書いてなかったと思います。もしそうならば、アダム氏は意識的に書いていないのでしょうね。
 私は人の不作為に注目し、その人がやらないこと・口にしないことに注目するようにしていて、本稿でもその観点の言及をしているけれど、上の二つは考えていなかった。
 女性が1人でこのようなところに行くはずがないという道徳心というか倫理観というか真面目を信ずる心ですね。間違っていました。女はやっぱり男と同じように助平です。
 それにしても、アダム氏がアナルセックスのためにした、下手くそで思いやりのない事前準備行為も、言っていることとやっていることが違うことも、下手くそな対女性接近力も、私がソープ嬢からよく聞く『お粗末な客』と同じですね。
 これだけの悪事をやるなら、どんなブスな女性もどんなうば桜の女性も、おだててノセて、後で告発されないように、渾身の愛撫と語りかけでもってしっかりと気持ちを掴んでおかないとねえ。
 どんなにみぐるしい顔の女性でもどんなうば桜の女性でも、おまんこは皆妖しい形をしていて、おいしいものですから、努力を払っておく価値はあります。
 金を払ってセックスするのではなく、なんと金を払わせてセックスするのだから、しかも、危ういことをしているのに、客の気持ちの掴み方が下手です。要するに、アダム氏は技に溺れていて、心を重視していない。会話にもっと手間をかけなきゃ。驕っているのでしょう。
 三流のセックスマンです。

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