加藤鷹氏の『エリートセックス』を論評する

 加藤鷹氏著の『エリートセックス』(幻冬舎新書)という新書版が出版されています。
 この記述に対して私の意見を書いてみようと思います。加藤鷹氏の文章は青字で掲げます。
 以下では、この著書で氏のポイントらしい主張をワープロに入れ、それに対する私の考えを書き込むというやり方で進めます。

 加藤鷹氏は序章で三行目から次のように書いています。
「挿入しても射精までいかない」「ペニスが小さい」「彼女のあそこが濡れない、ゆるい」などなど、誰でもセックスに関する悩みや心配事を挙げ始めたら、きりがないだろう。僕はいろんな媒体を通して相談にのってきたけれど、本当にたくさんの声が寄せられてくるものだ。
 しかし、そんな心配事にこだわっていても、いいことはないと思う。
 例えば、そんな心配事のせいで自信を喪失し、それを補おうとテクニックに走ったとしよう。そして、自分としてはがんばって身につけた、そのテクニックに反応してくれない女性、歓んでくれない女性を(そもそも、そのテクニックが男のひとりよがりで、相手に快感をもたらしていないかもしれないのに)、逆に責めたりしてしてしまう人が、少なからずいる。こんな関係、男にとっても女にとっても不幸なことだ。そんな悪循環に陥るようなことは、もうやめようよ、と言いたい。こういう悪循環こそが、さらにセックスを難しいものにしてしまっていることに気づいて欲しい。
 これを読むと、セックスに関する悩みにこだわる→テクニックに走る→歓んでくれない女性を責める、という話の持っていき方が私はさっぱり理解できません。それはかなり特殊なケースでしょう。
 男性のセックスに関する悩みといえば、早漏、遅漏、陰萎、バギナの中でイケない、短小、デカすぎ、強度の包茎、ペニス奇形、女性恐怖症、腰を上手く動かすことができない、女性を気持ちよくさせられない、女陰が汚いものに思えてセックスに前向きになれない、ホモのほうが楽しいから困っている、こんなことだろう。
 この中に、苦悩者が何くそ!と思って「テクニックに走る」というのが一体どれだけあるのだろうか。
 そして、テクニックに走った男性の中のしかるべき割合の人は、見事テクニックを上達させて、セックス上手になるものだろう。
 そもそもテクニックに走ってもうまくいかずに、相手の女性を責める男性というのがそんなにいるのだろうか。自分の思う通りにならないと相手を責める男性というのは、いわゆるどチンピラの人とか、ゴーイングマイウェイのタイプに多いのであって、普通の男性は惚れた女性ではなく、むしろ、自分を責めて落ち込むのではないか。
 相手の女性を責めてしまう男性がいることが、「セックスは難しいものではない」という氏の一番言いたそうなこととどうつながるのか、私には理解できない。
 文中の『例えば』以降を主張点にしたいなら、「セックスに関する悩みや心配事」と大きく書かずに、「セックスで彼女が気持ちよさそうになってくれない悩み」と特定して書くべきです。
 ただ、加藤鷹氏が言うセックスとは(あとのほうを読めばわかりますが)殆どペニスpenetrate に主眼を置いているから、男が一生懸命腰を振っても、相手がよがってくれないことを想定しているのでしょうが、それが、男の悩みや心配事に果たしてなるのかという気はします。通常は愚痴、不満、興醒めの程度でしょう。
 この本を最初からしばらく読んでみると、加藤鷹氏は“セックス”をいつもペニスがバギナに入っている状態で考えている。
 だから、“セックスの悩み”のことを打ち消すたとえ話として、いきなり次に“ユルマン”を持ってきている。そして、自分は体位も3つしかしない、3つの体位で女性を満足させてきた、と語る。
 氏は、「テクニックに走る」というのを腰の動かし方を中心にしたテクニックと捉えているとしか読み取れない。
 セックステクニックには愛撫のテクニックまで含めて考えるのが、普通の人の読み方となるのに。というか、セックステクニックというものは殆ど愛撫のテクニックだろう。
 そもそも、ペニスのインサートでもって、女性が“もう、気持ち良くって、どうにかなりそう!”となることは、それほどどの女性にでもあることではない、ということを理解しておかねばならないと思います。
 ここで加藤鷹氏は、テクニックに反応してくれない女性に悩む男のことから、突然ユルマンに話を移します。前の青字の文から続きの文です。
 僕の経験からすると、いわゆる「あそこがゆるい」というような、女性のヴァギナの個人差が理由で射精できなかったことは、ただの一度もない。
 ちなみに僕は、すぐ「やりたい」と欲情するような絶倫ではない。絶倫ではないけれど、女性の性器の具合が原因で射精できないなんてことはなかった。
「でも、鷹さんはテクニックがスゴいから!」と言う人もいるかもしれない。だが、僕は、自分がスゴいなんてこと、まったく思っていない。さらに誤解のないように言っておくが、「あそこをああして、それからこうやれば、こんなふうに歓ぶだろう」などと手順にのっとって、計算しながらセックスしたことだって、一度もない。
 僕のビデオをご覧いただいたことのある方はおわかりだろうが、バリエーションに富んだ体位をするわけでもない。せいぜい、正常位と後背位と騎乗位、その程度だ。「セックスが上手い人は、いろんな体位ができて、それを一度のセックスの中にふんだんに盛り込むものだ」と思っている人がいたら、その考えは捨てたほうがいい。僕は、ほぼこの3つの体位で、十分満足できるし、女性も満足させてきた。
 じゃあ、いったい僕は何をしてここまで来たのか、と不思議に思われるかもしれない。実際、ひとりのAV男優として、一時代を築いてきたわけだ。仕事でもプライベートでも、いろんな場面で、出会った男性たちから、「僕は、鷹さんのビデオで育ちました」なんてことを言われる。それは嬉しい限りだ。
 そんな僕ではあるが、してきたことはいたってシンプル。
 ただひとつ、「相手の女性をどうすれば気持ちよくすることができるか、歓んでもらうことができるか」、それだけを常に“意識”していた。ひと言で言えば、これに尽きる。テクニックやら、手順やら、そんなものは関係ない。
 僕の「セックス快感」の絶対理論は、そういう“意識”で、6000人の女性とセックスしてきた経験から、身をもって得た統計学なのだ。自分の欲求はさておき、6000人の女性を満たすために、努力してきた結果ということになる。
 論をなすに当たって序論というのは大切です。どういうスタンスで何を目的として何を書くのか、これを披露するのが序論です。
 そう思って読むと、加藤鷹氏が書いていることには疑問ばかりが浮かびます。
 ユルマンで射精ができないのを、どうして男性のテクニックの上手・下手と結びつけて検討するのか。
 ユルマンでも男性を射精に至らしめるのは、男性のテクニックが上手いことよりは、女性の魅力とか女性にテクニックがあることだろう。(女性が魅力的すぎて勃たないというようなことはあるけれど)
 加藤鷹氏は、自分が通常の精力であってもユルマンで不発に終わったことはないと言っているが、相手のユルマンが原因でイケずに終わる男性というのは、明らかに遅漏の男性だとか、日頃ペニスの幹のところを三本の指で強く圧迫してガーッとこすりたてるオナニーになれてしまった男性だと思う。
 すると、ご自分が「絶倫ではない」というのは、まさか氏が幹オナニーになれてしまったペニスの持ち主だとは思えないから、自分は遅漏ではない、と主張しているのだろうか。
 しかし、私は加藤鷹氏の出演したビデオをかなり見ているが、彼はAV男優として超一流だけに、私から見れば相当持続できる人=遅漏の人だ。そもそも、AV男優というのは、遅漏で勃起の持続が抜群の男性しか就職できない。
 遅漏には二種類あって、(1) 真性遅漏 (2) 自分の意思でとことん射精を我慢できる、の二つだが、どちらでもAV男優として合格だと思う。氏が(2) のタイプなら、自慢にはならない。
 ご本人が自分のテクニックがすごいと思っていなかろうが、加藤鷹氏は一流のAV男優だけあって、ものすごいテクニックの持ち主だから、そんな謙遜な言葉を書いて、かつ、テクニックなんて関係ないと言われたって、かなり違和感を感ずる。
 まあ、氏の本書での“セックス”の使い方(=ペニスがバギナの中に入っている状態という狭い定義)からすれば、確かに、抽送にあんまりテクニックは関係ないとも言えるのだが。
 しかし、愛撫にはかなり技術が必要なことは間違いない。テクニックは関係ないと強調する氏は、あくまでペニス挿入が勝負と思っているのだろうか。
 なお、体位をころころ変えないほうが射精に持ち込みやすいのは当たり前のことだ。
 加藤鷹氏のテクニシャンなところ(素地の素晴らしいことも含め)は次の通り。
 ペニスのサイズと形が実に素晴らしい。ピストン持続力が素晴らしい。女性への言葉のかけ方が上手。指使いも舌使いも大変上手。言葉が丁寧。見た目の風貌がよい。長身で筋肉質の体型が素晴らしい。体も柔軟そうだ。おそらくは息も大変さわやかなことだろう。
 いずれにしても冒頭に書き出した「悩み」というものが、序章でもう取り上げられていないのが疑問である。何のための冒頭の書き出しなのか。
「じゃあ、いったい僕は何をしてここまで来たのか、と不思議に思われるかもしれない」という文章も、前から全然つながっていない。何なんだろうと思う。
 加藤鷹氏が“意識”として訴えていることは正しい。大切なことだ。
 序章で、次に加藤鷹氏は「相手の女性に合わせたセックス」を説いています。すると、この本は男性向けに書かれたものだとわかります。でも、「相手の女性に合わせたセックス」とは具体的にどういうことなのかさっぱりわかりません。
 更に、氏は、心の「読解力」が質の高いセックスに直結する、セックスには観察力が必要だ、と説きます。この辺は私の主張と同じです。
 これで、加藤鷹氏が序章にて言いたいことは終わりです。要するに加藤鷹氏は“意識”を訴えています。
 ここで“意識”とは「相手の女性をどうすれば気持ちよくすることができるか、歓んでもらうことができるか」、と加藤鷹氏は書いている。
 ということは、加藤鷹氏は、早漏、遅漏、陰萎、バギナの中でイケない、短小、デカすぎ、強度の包茎、ペニス奇形、女性恐怖症、腰を上手く動かすことができない、女陰が汚いものに思えてセックスに前向きになれない、ホモのほうが楽しいから困っている、というような悩みがあんまりないことを前提にして、要するに、性的健常者のセックス論を展開するようだ、と判断できる。
 男性の2割から3割ぐらいがこういうのに該当すると私は思っているのですがねえ。
 序章を読むと、加藤鷹氏の思考の向け先がかなり限定的なようで、しかも、論理の飛躍が目立ちます。

 次は第一章です。
 上質なセックスをするには、最低限、今の自分のセックスレベルをきちんと把握しておくことが大切だ。ちょっと厳しいことを言わせてもらうと、「俺は上手いから大丈夫」「どんな女も必ずイカせている」「大きくて長いのが自慢だ」なんて思っている男ほど、実は下手くそが多い。
 そういう傲慢さは、相手をしっかり見ていないことを証明しているようなものだ。セックスなんて、十人十色。すべての女性が、感じ方も性感帯も違う。女性が優しさで「感じているフリ」をしているかもしれないことに気づかず、ひとり悦に入っている男って、結構多いのである。あなたもそのひとりかもしれない、ということをまず考えてみて欲しい。
 加藤鷹氏が言いたいことはわかります。でも、いかに性的健常者についてのセックス論にしても、話の持っていき方が不充分です。
「俺は上手いから大丈夫」「どんな女も必ずイカせている」と思っている男性の中には、確かにその通りの人が、そういう考えを持っていない人(自信のない男性)よりもはるかに多いことでしょう。
 ここは、チンコピストンだけで事足りると思っている男性に、そういうのは本当のセックスではないし、自分だけの快楽追求で思いやりがないことの証明だし、「あなたは相手をちゃんと見ていますか」と問いかけるべきだと思います。
 いくらチンコピストン力があっても、ちゃんとした事前活動と、女性側にチンコによる長いバギナマッサージを受け入れる気持ちがなければ、立派な抽送も女性が堪え忍ぶ時間となる、という論旨です。
 セックスにしてもアナルセックスにしても、女性が堪え忍んでいる表情や声を快感反応だと男性が誤認するケースが非常に多いのです。
 男が毛むくじゃらの股間を女性の柔肌の股間に勢いよくぶつければ、しかも、いつも入れていない変なものが、微妙な箇所から体の中に押し込まれておれば、それだけで女性は平静たる顔をしていられません。
 それを、男性は勝手によがり顔だと思ってしまうのです。よがり顔も違和感や苦痛に歪む顔も似たようなものですから。
 そもそもこの手の本を読みたがる男性は、自分のセックスレベルが低いのではないかと思っている人、特に、チンコピストン力の乏しいことを自覚している男性が多そうに思われるのだから、話の切り出し方が変だと思います。
 それに、上質なセックスをするために一番必要なことは、自分のセックスレベルを理解することよりも、『素敵なエッチがしたい』『貴女に、なんとしても気持ち良くなってほしい』という熱意でしょう。
 男の熱意と心に打たれて、女性は燃えます。そういう熱意と心があってこそ、『より楽しいセックス』ができるようになります。
 その熱意=工夫の心が女性に伝わっていれば、もしも、男性のやり方が女性から見てよろしからざるものであると、女性のほうが「これこれのようにしてくれたほうが私はいいの」と言いますよ。男性が、自分のセックスレベルをきちんと把握していなくても、愛しあっている二人は、おさまるところにおさまります。
 上手なセックスは(二人ともが気持ちよくなりたい)という強い意識と(ペニスピストンだけではだめだ)という悟りが男性にあるときにのみ成立します。その後に、自分のセックスレベルの認識(反省)とか、相手の受け入れ度合いや感じ度合いの観察の問題が出てくるべきでしょう。二の次です。
 セックスと女性の生理や心理について疎い人がこの手の本を読むのだから、「相手の観察」以前に「真剣に相手を気持ち良くしたい」という心と、その願望に素直に従った、要するに、自分の快感追求を一旦抑えた愛撫の動作やペニスの動きが大切なんです。私ならそのように話を持っていきます。
 なお、氏が「相手の観察」が必要だと説く例示として、女性が実は痛がっている愛撫、フェイクにその気になっている、の二つを挙げています。
 いちばんやっかいなのは、そういう男に限ってプライドが高いということ。相手の女性も彼のプライドを傷つけるのが恐くて、「気持ち良くない」「それはやらないで」とは言えないのだ。我慢して感じているフリをしたりしてしまう。先ほども言ったが、これは完全に女性の優しさ、気遣いからきている。こういう女性の優しさに気づかずに、「気持ちいい」という“言葉だけ”を鵜呑みにする男が、最もやっかいであり、最も「セックスが上達しない」と言っていいだろう。
 大変結構な指摘だと思います。デカマラ自慢(で実はセックスが下手な男)、ピストン力自慢(で実はセックスが下手な男)、クリトリスしいたげ男、乳首拷問男というのがこのケースです。
 ならば、こんな抽象的に書かずに、男根のサイズや抽送力に自信のある男性ほど問題のあるセックスをしていることが多い、とはっきりわかりやすく書けばいいのです。私の『上手なセックスを考える』のハウツーセックスなどではそういうことをはっきり書いています。
 そもそも自分のセックスのやり方について自信がある男性や、いつもクリトリスをかきむしっていてそれが適切な愛撫だと思っているような男はこの手の本を読みはしません。
 性的パワーに全く自信のない男性や、チンボの大きさ・硬さには自信があるけれども、相手の女性を本当によがらせたことがあるだろうかと考えるような謙虚な人が、本屋の本棚からこれを取り上げるのです。
 だから、第一章で最初にセックス自慢をしたがる男性を大きく取り上げるような進め方はちょっと疑問に思います。AV業界で生きてきた加藤鷹氏の交友関係にはこういう男性が多いということなんでしょうかねえ。
 次に加藤鷹氏は書いています。
 AV女優さんでもそうだけれど、「感じなきぁ」「イカなくちゃ」と思い込んでいる女性は、世の中にものすごくたくさんいる。
 実は、そういう女性って、僕から見ると、根が真面目なファザコンであることが多い。父親に対して、なんとか気に入られようとか、いい子にしなきゃいけないと意識して育ってきた女の子たちは思っている以上に多くて、本人が気づいていないケースもたくさんある。
 もし、あなたの好きな女性の背景に、そういった家庭環境があるとわかれば、男性に気に入られようとして、感じている演技をしてしまう、というのが理解できるだろう。(中略)
 そんな女性に対して、男がまず最初にすべきことは、自分の思い込みや過信を捨てること。そして、相手の女性への思いやりを持ちながら、“本当に”感じているのかどうかをしっかり見極めてあげることなのだ。
 今の若い女性がフェイクまでするのは、家庭環境なんかではなく、嘘でかためようとするAVのせいだろうと思いますね。あと、ちっとも気持ちよくなることをしていないのに、「気持ちいいかい?」としつこく聞く男性の存在ですね。
 AVでは上手くよがれることが女優の条件。上手くよがれない女優に対しては、セックスしている最中に、監督やリードする男優から「もっと声を出して! カメラを見て!」なんて声がかかりますよ。
 AV男優の加藤鷹氏がどうしてこんなふうに書くのか、私は理解できません。
 なお、女性がフェイクするのは、「男性に気に入られようとして」ではなく、自分をいい女に見せたいからです。氏は考え方があくまで自分の視点なんですね。また、AV女優がフェイクするのは、そのほうが立派な女優だと認められて、次の作品の声がかかるからです。
 まあ、AV業界の人間として必要なうそを書いているのかもしれないけれど。
 加藤鷹氏が対戦した女性たちというのは、なにしろAVにまで出ようとする人たちだから、フェイクする女性が多いだろうけれど、世間一般の女性は、特に男遊びが好きな女性を除き、そんなにフェイクする比率が高いはずがなかろう。
 うがった見方もできる。
 モーゼが生きていた時代のモーゼに接した民、その民のモーゼに対する心、それが、加藤鷹氏が対戦した女性たちの氏に対する心なのだ。
 氏が、彼女たちのAV出演を成功裡におさめるための師に当たる。
 その師に対して、「気持ち良くない」「それはやらないで」「アナルに指なんか入れないで」「ピストンが速すぎる」「そんなにのろのろと腰を送らないで」「暑いから体を重ね餅にしないで」「AV用のエッチの最中にキザな言葉なんか言わないで」「息をかけなんで」「汗を胸に落とさないで」「私は仕事でこれをやっているのだから、私の顔をそんなに見つめないで」とは言いにくいのだ。
 加藤鷹氏が、ファック中の女性をよく観察し、本当の心を見抜かねばならないのは当たり前だろう。
 現在の一般の女性はとにかく現代っ子、むしろ、「気持ち良くない」「それはやらないで」「アナルに指なんか入れないで」(以下略)、というのはあっさり口に出すことが多い。
 そこからしばらく、私が賛同できることが書いてあります。
 もし、あなたに愛情を感じている女性が、心底気持ち良くなれば、男性と一体になろうとする無意識が働いて、枕やシーツのほうへ両手が泳いでいったり、バンザイをしたりせず、自然と、あなたの腕や背中など体のどこかをしっかりとつかんだり、引き寄せたり、まさぐってくるはずなのだ。
 また、目をつむったまま、視線を合わせずに行為をすることも、僕はまだまだ未熟なセックスだと思っている。(中略)
 基本的に、僕の経験上、目を見てセックスするほうが、確実に女性は、感じる。
 加藤鷹氏がセックスをもっぱら抽送(チンコピストン)で捉えているというのが明確になってきました。
 ピストンの最中に女性の目を見つめる効用は、相手が前向きの気持ちでセックスを受け入れている時に確かに私も感じます。
 でも、これは女性の上体と男性の上体がLの形の時にはあんまり関係ありません。二人の顔が接近しているとき、要するに、上体が重ね餅の時に言えることです。(両手を女性の肩の近くについて、両腕を突っ張っている体勢を含む)
 ということは重ね餅のファックを女性が嫌がるときは、或いは、重ね餅でするとペニスの角度が面白くないと思う女性の時には、かえって逆効果になることがあります。ファック中に顔を見つめられるのは、ひたすら観察されているみたいで気分が乗らない、と思う女性だっています。
 そもそも、セックスする男性のおそらく半分以上は強い口臭があると思いますが、自分の口臭に自信があって性格がまともな男性は重ね餅のファックを遠慮します。
 ここまで(33ページ)読んで、私は思う。
 加藤鷹氏は、あきらかに、ずーっとペニスがバギナに入った状態でのセックスを捉えて書いている。例外は女性が痛がるような愛撫に言及した一箇所だけ。
 ということは、氏が出演したビデオ(モザイクなしのもの5本以上、モザイクありのもの15本以上)を私が見ると、氏は愛撫が上手そうなのだけれど、ご本人はピストン運動至上主義者なのではないかと。
 私は、加藤鷹氏が実に見事な形をした立派なサイズのペニスの持ち主であるだけに、ペニスピストンは本戯でなく後戯であるという説が出てくるのを期待したのだけれど、やはりそうではなかった。
 AV愛好者やAV出演者の中には、氏を大変評価する人もおれば、氏を好かん!と思っている人もいる。
 嫌い派は、氏が女性と重なっている時に、誇るように、また、観察するように、女性の目を見続け、何ともキザなささやきをすることに拒否感を感じていることが多い。そう思うのは、男性も女性もだ。
 氏は、6000人の女性を相手したと言っているが、若い時にAV業界入りしただけに、いくら長身のいい男でも業界入りの前に相手した女性の数は多分0.1〜1%(6人〜60人)ぐらいではなかろうか。
 氏は、AV嬢、AVに出ても良いと思っている女性、及び、氏のAVを見ていて胸をときめかした女性からあこがれの的で、氏と一緒にビデオに出て、氏に抱かれると思っただけで舞い上がる女性がいたぐらいだ。それぐらいにカリスマ性があった。
 氏が相手した6000人の女性の中の多くはそういう女性。うがった見方をすれば、既にセックスに対してすっごく開放的な上に、加藤鷹氏とセックスすることに大変前向きな女性。平たくいえば(少なくとも氏とのセックスにおいては)淫乱系と言って過言ではない。
 有名人の氏に憧れを抱いていた女性なら、重ね餅で目を見つめられ、背中が痒くなるような言葉をかけられるのが、マン汁を呼ぶことは間違いない。氏が特に上手な愛撫をやらなくても、相手の女優がマン汁を流す可能性が高いということも間違いない。
 そういう目で氏の著作を読むべきだと思う。
 もう一つ。
 本のカバーに氏の履歴が書いてあった。要約すると
「1962年生まれ、(堅気の職業に就いた後)1988年に撮影スタッフからAV男優に転向。以来、共演女優は約6000人を超え……」(ということは、26歳までのセックス相手はそんなにいないということか!)
 仮に、加藤鷹氏がAV男優の仕事を5年した頃から彼独自のセックス感を作りはじめたとすると(最初の頃は余裕があるはずがないし、汁男優的な仕事が多かろう)、その時の年齢は31歳、AV男優として歓迎されなくなる年齢、本人がその職をやっておれば哀しくなりそうな年齢を仮に41歳としよう。二つの歳の中間値が36歳。
 その間、共演女優の平均年齢は、どれだけ高めに見ても22歳程度だろう。14歳の開きがある。
 氏を憧憬していた女優は当然として、共演するときにカリスマの加藤鷹氏のことを全く知らなかった女優であっても、この年齢差なら、セックスの最中に氏に対してやり方の不満をぶっつけることはなかろうし、なるべく肯定的表現をしてあげたくなるものだ。
 ゆえに、加藤鷹氏がファックの相手をファックの最中に一生懸命観察するのは当たり前の儀礼だ。それに、観察して状況判断をきちんとしないと撮影が快調に進まない。AVにおいて男優はプロジューサーの役割が求められる。
 なお、私は氏の6000人に対し、僅か200人の対戦。この差には完敗だけれども、この200人の殆どは、性風俗で稼ぐことが目的であっても、男に抱かれたくって性風俗業界に入った女性ではない。
 かつ、加藤鷹氏と違って、私は最初から女性に憧憬されていることは金輪際ない。風貌が全然違う。また、200人の中に淫乱系は滅多にいない。そして、私は粗チンの持ち主。
 従って、私のハウツーセックス論のほうが、一般の人々にとってはるかに有用であると確信している。
 勿論、ピストン中に女性の目を見つめることの効用を否定するものではないが、女性が快感で目がうつろになっているときに、男に見つめられていることに気づいたとたんに、たとえ恋人でも、うつろである気持ちが現実に戻されることがある場合もあることに留意したい。
 よがっているのをまともに観察されるというのは内心嫌だと思う女性が存外いるものだ。
 僕が今まで経験してきた女優さんの中でも、本当に素晴らしい女優さんというのは、気持ち良くなると、僕の目を見つめながら、手が腰に回って、「来て」という体勢になる。別に言葉でそう言ってるわけじゃない。けれど、そういう心の声が、一挙手一投足のあらゆるところから伝わってくるのだ。
 それで、じっと見つめられて、ぐっと腰を引き寄せられたら、もうあとは女優さんのペース。なかには、挿入してからこちらが腰を動かせなくなるくらい、しっかりつかんでくる女優さんもいる。それはおそらく、感覚的に「もう動かさなくてもいい」というくらい、気持ちがいい状態なんだと思う(ちなみに、挿入後、ヘタにガンガン腰を動かすより、動かさない時間や、動かしたとしてもゆっくりとした動きにする時間を長く継続したほうが、その後に訪れる快感が大きい、というルールは本当である。詳しくは第五章で)。
 そういう状態になったとき、僕自身、相手の目を見ることを心がけているのに、一瞬それを忘れていたことにハッと気づかされるほど、女優さんから真剣なまなざしで見つめられることがある。
 後から本人に聞いてみると、そんなときというのは、ペニスだけでなく男の体のすべてを自分の中に受け入れている感覚になるのだそうだ。
 といっても、そんな感性を持った女優さんには、数年に一人くらいの割合でしか出会うことはない。しかし、その女優さんは、必ずといっていいほど、トップ女優に成長する。
 6000人対戦した加藤鷹氏が数年に一人と言い、しかも、母集団はAV女優。
 ならば、我々一般人にはめったにお目にかかれない体質の女性です。そんなことを一般向けのマニュアルに書いたってしょうがないでしょう。まあ、マニュアルではなくエッセイだと思えば良いのかもしれないけれど。
 また、ピストン運動中に男性を見つめる女性というのは、意識してそれをやっているケースが多いと思います。それが自分の魅力の発揮なんです。杉本彩さんや叶姉妹などはバンバンそれをするでしょう。
 金津園の一流店のナンバーワンのソープ嬢は、ファック中に男の目を見つめる女性が多い。男の腰をぐっと引き寄せる仕草もみせてくれる。ファック中にしきりにキスを求めてくる。
 よきテクニックだとわかって私はやっている。わかって、こちらも楽しんでいる。自分が惚れられているとも、彼女のマンコが感極まった状態になっているとも思わない。少なくとも、好意的に自分が受け入れられ、多少は私のチンコピストンが気持ちよいのだろう、と謙虚な気持ちで私は腰を振っている。
 なお、加藤鷹氏は「ガンガン腰を動かすより」と書いているけれど、これには大変異論があります。
 超一流のAV男優であるだけに、加藤鷹氏の肉体は、世の中の平均的な男性の肉体レベルよりもかなりお強いのです。しかも、画面に出てくる氏の抽送の姿は、もっこもっこの動きもあれば、だんだんだんの動きもあり、要は、立派な腰使い。深い挿入はあんまりしていない。
 そして、結構多くの男性が、適切な速度でカリをバギナにこすりつけていないと、萎えてしまうのです。
 勃起力の強さを前提にした指導では、どうしようもありません。
「大きいのがいい、長いのがいい」というのは、明らかに男性側の発想だ。実は、男が誇りに思うほど、女性はそこまでいいことだとは思っていない。中には、本当の快感を知りたいあまりに、「大きくて長ければイケるんじゃないか」と思いこんでいる女性はいるかもしれないが。
 大きくて立派なペニスを持っていて、自信満々で「やってやる」という態度の男と、たとえペニスのサイズが小さくても、優しく愛情を持って丁寧なセックスをしてくれる男。女性がどちらを選ぶかと言えば、間違いなく後者だ。
(中略)
 よく覚えておいて欲しい。大きい、もしくは長いペニスの男性ほど、実は、挿入してから相手の女性にうんとやさしく配慮してあげなくてはいけない。
 もしあなたが、深く挿入して、子宮口をつくようなピストン運動をしていたとしたら、それは多くの女性にとって、苦痛でしかない。「やっているうちに気持ちよくなる」なんてのは、男の幻想だ。
 まだ摩擦の痛みであれば、ローション等を使うことで軽くすることができるけれど、奥まで突く痛みは、女性にとって別物。絶対にやってはいけない。
 もし、女性が「奥まで来て」と言っても、彼女が感じている「奥」というのは、Gスポットのこと。Gスポットというのは、入り口から約5センチあたりの上部(腹部側)の少し膨らんでいる部分にあたるので、子宮よりずっと手前ということになる。
 大きかったり長すぎるペニスの場合は、横から挿入してみたり、女性の両足を閉じた状態にしたあげて、ピストン運動で奥まで突かないように気をつけ、女性の気持ちよさを優先してあげること。あらぬ過信から、自分の優越感や満足感を満たすことに走っていた人は、今一度反省してもらいたいと思う。
 書いてあることは、私の意見と同じです。(「子宮口をついてやらないと女は感じないぜ」などと思っているバカがいるから、大変結構な意見です)
 でも、うーん?と思います。
 加藤鷹氏はここ(38ページ)に至ってもペニスピストンに話を終始させています。女性の大多数の本当の願望、クリトリスなどに対する適切な愛撫について筆を走らせていません。
 そりゃあ、AV男優の氏ならばそうなるのも当然だ。
 クリトリスなどに対して本当に適切な愛撫というものは、他人が観賞して亢奮できる、よき映像になるものは少ない。だから、AVにおいては、もし適切な愛撫(女性が真に感ずるオーラル)をやったとしても、殆どが編集でカットされるだろう。とにかく“適切な愛撫”というものは、見た目地味で時間を要する。
 AVでは、女性に対して、蹂躙的で、男性本位で、征服欲をそそって、ただひたすら淫らなだけで、女性はさほど気持ちのよくない愛撫だけが、映像としては、見栄えがするものだ。
 なお、決して太くないペニスの持ち主の男性のために補足します。
 カリでGスポットを攻略することが大切なのですが、太いペニスでは身動きがとれなくて、縦横無尽にバギナの中をあっちこっち突くことができません。一番感じるところをカリ首でこすり立てることができません。女性はバギナの膨満感だけ。
 太すぎなくて堅いペニスがバギナには大変結構なのです。
 次に加藤鷹氏は「種を蒔く」という言葉で、“いいセックス”をするために男性が女性にいろんなことをしてみることを表現しています。
 10の種を蒔けば、相手の女性も好きなものを選んでくる。もし何も選んでくれなかったら(反応がなかったら)、さらに50の種を蒔いて、それでもダメなら100を蒔く。まさかそこまで、と思うかもしれないが、僕がやってきたのは、そうやって、ただひたすらたくさんの種を蒔きながら、相手から選んでもらうようにすること。その繰り返しだった。
 もちろん、男優になりたての頃は、蒔く種が少なくて、ひたすら、ああでもないか、こうでもないか、と試行錯誤を繰り返した。そうやっていくうちに、次第に蒔く種が増えていくことが、自分の成長の証でもあった。
 でも、多くの男性の場合、ひとつかふたつ蒔いただけで、「これ、気持ちいい?」「これ、感じる?」って質問を始めてしまう。その時点で、男には、言葉で確認を取って手法を決めようという計算が働いているし、相手の女性も「いいって言わなくちゃ」という計算が入ってしまう。
 セックスにおいて、「誘導」はよくても「質問」はタブー。言葉で質問をしてしまうから、感性で応えられない状況をつくりだしてしまっているのだということを、頭にしっかり置いて欲しい。
 やっている最中に女性にごちゃごちゃ質問するな、無用な言葉をかけるな、というのは私も書いています。いろいろ相手に合わせて工夫せよ、というのも書いています。
 私と加藤鷹氏との違いは、私が本戯中だけでなく前戯中も意識して書いているのに対して、加藤鷹氏はペニスピストンの最中だけを意識して書いているようです。
 そうはっきり書いていなくても、それまでの文章の流れから言ってそう解釈せざるを得ません。何しろこの文が出てくる42ページまで、加藤鷹氏は前戯とかオーラルプレイについては、痛い愛撫を非難する文章以外では全く触れてはいません。こんなものがハウツーセックスになるのでしょうか。
 しかも、上の青字の文に続く文章は下の青字のものですが、ここで中イキを論じています。となると「種を蒔く」というのは、ペニスのインサート時に女性に感じてもらうための工夫だと考えざるを得ません。
 しかし、ペニスの抽送行為において、そんなに蒔く種があるのでしょうか。
 抽送角度、抽送速度、陰阜の押しつけ方、体位、入れたペニスを回すように動かすかどうか、こんなことをどれがいいかなと男性が工夫する程度のことです。(実際のところ、女性から見れば、どのようにやっても大した違いはない、というのが大部分でしょう。男性の自己満悦の工夫なんです)
 一般に女性は、ペニスがバギナに嵌って動くことにそれほどの執着心を持っていません。好きな人に好きなことをやらせてあげる悦びに浸り、二人が結合していることに幸せ感を感じ、ついでに、穴の中がちょっと気持ちいいかな、という程度でしょう。ペニスピストンをされて吠えるようによがり狂う女性は、20代なら5%もいないのではないでしょうか。
 加藤鷹氏はAV女優という、バギナの中をペニスが動き回るのが大好きな度合いが一般の女性よりもはるかに高そうな一群を相手にしているが故の感想である可能性があります。
 はるかに高いというのは、自分が全裸で見知らぬ男にチンコを嵌められてよがっている姿がビデオに収められて、それを見た多くの男にペニスを自分でこすらせることを購買意欲の源とさせて、それが世間に出回り、多数の人間に自分の顔と全裸の肉体を観賞されるという恐ろしいことを承知してやっていることで、想像できます。
 次に加藤鷹氏はなぜか突然女性をイカせることの難しさを自己の経験から説きます。
 そもそも、すべての人が、「イク」ということにこだわりすぎているという気がする。「女をイカせて男もイク」という、それがセックスのすべてだと思い込んでいる。だからなのか、ほとんどの女性が「イク」ことにこだわりが強く、「イカなくちゃ」と自分自身を縛り付けているケースがかなり多い。
「男だから絶対にこうしなきゃ」とか、「女をイカせなくちゃ」という発想は、相手を歓ばせることでも何でもなく、すべて俗説や既存の情報による刷り込みだし、単に男のエゴ。ダメ男の象徴でしかない。僕はそう思う。
 終わってすぐ、男が女性に「イッた?」という質問をする。それに対し、女性は「イッたって言わなくちゃ」とプレッシャーを感じる。そのプレッシャーをお互いが感じながらセックスするなんておかしいとは思わないか?
 僕が今まで女性に聞いた感触では、「イッたことがない」と言う女性が7割、自分で「イッたと思っている」女性が3割。その中でも、イッたと思い込んでいるケースが9割で、残りの1割だけが、本当にイッたことのある女性だと思っている。
 僕自身、20年間、6000人とセックスした中で、女性と一緒にイッたと感じられたのは、たぶん全体の1パーセントくらいじゃないかと思う。これを逆に言うと、女性が本当のオーガズムを感じて「イク」ということは、そんなに生易しい簡単なものではない、ということなのだ。
 僕は、「女性をイカせられる」なんてことは、一度も思ったことがない。
「女性を簡単にイカせることなんてできないんだ」ってことがわかると、とても気が楽になる。
 ここまで読むと、加藤鷹氏は「イク」をバギナ中イキで定義していることがわかります。(中イキ未経験を表明した女性が)『7割』という数値はそうとしか考えられません。男性の愛撫によるクリイキも含めても、「イッたことがない」という女性なら3割ぐらいにまで落ちるでしょう。
 中イキで議論するなら、加藤鷹氏の考えはほとんど正しいです。クリイキをなぜ放っておくの?という疑問は残りますが。
 そして、加藤鷹氏が正直に書いていることがわかります。何せ中イキする女性を「1%」と言い切っているのですから。さらに、氏がペニス挿入至上主義者であることが断定できます。あんな素晴らしいクリイキというものをすっ飛ばしているのだから。
 20代の女性で考えれば(どうしてこんな前提をたてるかというと、氏も私も、セックスした女性の殆どが20代だから)、中イキする女性が「1%」ということは、ペニスピストンをされて吠えるようによがり狂う女性が3%、その3分の1ぐらいが中イキに至るというふうに見ればよいのでしょうか。
 ここで加藤鷹氏の奇妙な言い回しに注目して欲しい。
 最初は、単に女性の中イキで検討している。ところが次には「女性と一緒にイッたと感じられた」と書いている。
 それは、(たとえ自分は顔射で終えても)中イキに至った女性を「1%」と見るのか、文字通り同時に中イキまで持ち込んだ女性を「1%」と言っているのか。
(女性の中イキに対して多少の時間前後だけでバギナ内での射精を果たしたのが1%ということなのか、それとも、中出しできるのがAVの制作の都合で少なくて、顔射などで終えるケースが多いから、わざわざ「一緒に」と言葉を添えて、レアーケースになってしまったと言いたいのか。氏が『同時に』と入れていることで、記述のキタナラシサを私は激しく感ずる)
 後の文章を読めば、中イキする女性が「1%」としていると思うけれど、このように“同時中イキ”を匂わされると、氏が、ペニスピストンで気をやる女性が少ないという、男にとってポエムの乏しい現実を頭から捨て去ろうという意識が氏に働いているのではないかと思ってしまう。
 素晴らしいイケメンで、素晴らしい業物をお持ちで、抽送力抜群の加藤鷹氏にして「1%」というデータを納得しているのだから、私は、中イキの追求はあんまり頑張るものではないとあらためて思います。
 加藤鷹氏の対戦した女性はかなり特殊層の可能性があると書いた。
 AV女優およびその予備軍的存在の女性、そして、既にスター化していた加藤鷹氏と一戦を交えたいと心から思っている女性、そういう、加藤鷹氏が、相手に情感を高めさせてエッチができる好条件の女性たちだ。勿論、世間一般の女性よりも、歳の若さと出産未経験の割には、肉体が熟れていることは間違いない。世間によくある性交痛に悩む女性は皆無だ。
 だからなのか、「イッたと思っている」女性が3割とハイレベルの数値になっている。
 私が、金津園のソープ嬢や名古屋のヘルス嬢や飲み屋のおねえさんたちから収集したベースでは、「中イキができる」と表明した女性は絶対に1割もない。多く見ても5%。一般の女性よりも性的に活性化していると思われる女性でもその程度。(名古屋のヘルス嬢や飲み屋のおねえさんだと、やはり性交痛に言及する女性が何人かいた)
 その中で、Yesと答えておかなければ客である質問者(私)に具合が悪かろうとか、女として完成度が低いと思われるのがイヤだから中イキしたことがあることにしておこう、というのがかなり多いようだと私は想像している。
 加藤鷹氏が一戦を交えた相手6000人のかなり多くが、出産未経験の20代の女性だろう。ならば、私の200人と女性と同じだ。すると、中イキ経験有りの表明率(3割)がいくらなんでも高すぎる。フェイクが体質化しているAV女優たちが相手だからこその比率なのだろうか。
 どう考えても、(私のかなりの数に上る20数年間のヒアリングの結果では)「中イキができる」と表明する20代の女性は、絶対に5%が上限だ。
 この中には、勘違い(大変気持ちよかったセックスをイッてもいないのにイッたと誤認)、フェイク(嘘)がかなりあるはずだから、ヒアリング対象の風俗嬢でも、せいぜい3%ぐらいしか本当の中イキを経験していないと思われる。
 となると、世間一般の20代の女性では、中イキ経験率が1%でも不思議ではない。
 それにしても、加藤鷹氏がクリイキを全く放ったらかしにしているのが不思議です。
 クリイキまで至るとき、女性はあれほどまでに濡らし、悦び、満足して、男性への愛撫にも目を瞠るほど積極的になるのに全然言及しません。
 オナニーをする女性の多くはクリイキが大好きです。オナニーする女性もしない女性も、男とセックスする時にクリイキを果たすのは大歓迎です。加藤鷹氏の論述はかなりへんてこです。
 それで、次の文章が出てきて、私は嗤ってしまった。加藤鷹氏がクリイキを全く放ったらかしにしているわけがわかった。
 それでも「俺は絶対にイカせている」と言い張る人がいるだろう。そういう人は、もしかしたら、クリトリスでイカせてるだけで、「俺は女をイカせている」と思ってるのではないだろうか?
 クリトリスは男性のペニスと同じで、クリトリスをいじったり舐めることで得る快感は、単なる興奮、つまり「エクスタシー」だけ。ペニスをこすって物理的に射精させることと同じだ。女性にとってクリトリスの「エクスタシー」は、尿をしたあとのすっきり感程度と言ってもいいかもしれない。
 女性のさらなる快感、本当の快感である「オーガズム」は、ヴァギナへの挿入で感じる、もっとも奥深いものだ。
 だから、「クリトリスでイクタイプ」とか「挿入でイクタイプ」とか、そういう分類もあり得ない。だって、まったく違うものだから。
(中略)
 でも、男に唯一ないのが子宮。
 だからこそ、女性の子宮は最も聖なる価値あるもので、つまり、子宮が感じてくれなければ意味がない。
 僕に言わせれば、クリトリスで女性をイカせた気になっているとしたら。それはまるで論外なのだ。
 ここまで読むと、加藤鷹氏はいわゆるペニスピストン至上主義者だということがよくわかります。藤田徳人氏の『Hのかがく』やアダム徳永氏の『スローセックス実践入門』と全く同じスタンスです。
 クリイキをまともな快感として認めていないのです。そして、ペニスピストンで女性をオーガズムに至らせたいという男の願望を目一杯温めていることがわかります。全くお笑いです。
 それにしても、「尿をしたあとのすっきり感程度」とは、何というお考えなんでしょう。この人たちは女性が「私はクリイキで充分気持ちいいわ」と言うと、「キミは本当のオーガズムを知らないだけだ」と冷やかすのでしょうねえ。
 エロビデオで、陰裂が愛液でジュクジュクのダラダラのヌラヌラのグジュグジュのヌトヌトの、そしてシーツにあきれるほどの丸いシミができたものを、素人カップルの流出もの以外では見たことがないから、加藤鷹氏がそう思うのは当然かな。
 AV男優なんて女性に何も亢奮現象を起こしていないですよ。
「イク」はイクのであって世間一般にクリイキも立派にアクメとして認められているのに、これを加藤鷹氏が真っ向から否定するなら、それなりの論拠が必要だろう。
 女性の快感の違いが、女性になったことのない加藤鷹氏にわかるのか。
 クリイキと中イキとはまったく違うものだと、“間違いなく中イキできる”女性が言っているのか。
 仮に、1%の“中イキできる”女性がそう言ったとしても、殆どの女性には関係のない話で、当然その手の女性と対戦できなかった男性にも関係のない話になり、ハウツーセックスの指導書に書く意味が乏しいのではないか。
 そもそも、その悦びの深さが男性にわかるのか。肉体の神経系がつながっているわけではないし、事例も1%と大変少ないし。
 白川英樹氏や野依良治氏や田中耕一氏がノーベル化学賞を受賞した喜びの大きさや質を我々庶民が論議したってしょうがない。ただ祝福し、日本の化学レベルの高いことに満足するだけだ。
 この四人の方よりも能力が貧困な一般人が、勤め先から永年勤続表彰をもらったとか、人命救助による県知事賞をもらったときの名誉を、ノーベル化学賞受賞の名誉と比較して小馬鹿にするのも愚かな発想だ。
 だいたいが、女は子宮で感じるというのは、叙情的だか、文学的だか、要するにそう表現しているだけで、胎児を保護し育てる子宮に快感能力なんてない!
 男女のセックスの問題の殆どは、男性が、女性が亢奮できるように愛撫することができないこと、わかりやすく言うと、簡単にクリイキができる、もしくは、クリイキができない女性でも、クリトリス愛撫でしっかり陶酔できるのに、かなりの多くの男性がそのように女性を導けないことに問題があるというのに、何をくだらないことをごちゃごちゃ下手な文章で書いているのか。
 そもそも、中イキ率1%(氏の、AV嬢を主体とした聴取範囲では、表明3割×推定の実質分1割=3%)と言っておきながら、クリイキをくだらぬものとし、中イキを目指せというのは、日本人の成人男子全員に冬季のエベレストを登頂しようと呼びかけているようなものだ。
 中イキ率だけが真に価値があると言いたいなら、ご自分の対戦した女性の中イキ率がせめて30%になるようにしろ、と私は言いたい。
「女性と一緒にイッたと感じられたのは、たぶん全体の1パーセントくらいじゃないかと思う」と、変に逃げた書き方をするな。
 ここに至って、この『エリートセックス』は、全く読む価値のないものだとわかる。
 なお、中イキは、一般にクリイキとは少し違うものであることは確かだ。クリイキは、浅い、鋭利な刃物で切られた感じ、と表現されるのに対して、中イキは、深い、鈍器で殴られた感じ、と表現される。
 中イキは、黒目がどこかへ行き、足腰がおぼつかなくなる感じとも言われる。
 でも、クリイキを連続で数回させれば、同じ結果が得られるとも言える。
 しかし、この二つのイキの『質の違い』を強調するよりも、到達の難易度の桁違いの差のほうに目を向けるべきだろう。中イキできるというのは、そういう恵まれた体質なのだ。そして、中イキどころか、クリイキさえもわからない女性も存外に多いことに着目すべきだ。
 それにしても、中イキというのは男性の憧れなんですね。
 チンコが多分14cm以上あると、中イキに持ち込みたくってしょうがない。ペニスに強力な、摩訶不思議な力を持ってもらいたいのですね。石でペニスの形を作って崇拝する原始人と同じだ。
 ペニスというのは、生物学的には精子を受胎可能地域まで届ける役目を持った道具でしかすぎないのに。
 クリトリスへの愛撫で、ペニスの奮闘に関係なく女性がイッてしまったら、もうペニスが恥ずかしいのでしょうか。ペニスの動きにつれて、女性が、どうにかなってしまいそう!という状態に至らなかったら、寂しくてしょうがない、ファックをやった気がしない、という全身ペニスのような男性なんですね。
 女性は、あえて言えば、全身がクリトリスのような存在なのに。決して女性は、全身がバギナのような存在ではありません。
「私は、中に入れられて動かれていると、とっても気持ちいいわよー」と言う女性だって、よく話を聞いてみると、ペニスの動きが気持ちいいというよりは、男性の陰阜や陰毛が陰核茎部に当たって、その刺激でおまんこがポワーッとなっているというケースがよくあります。
 私は、このような文章を読むとあらためて思います。クリトリス愛撫って素晴らしいものです。あれは間違いなく女の宝石です。
 私のセックスは性風俗でするものだから、相手に惚れられてするものではありません。
 そこで女性を快感に浸らせるというのはかなり難しいことだと思います。それでも私は初対面の女性からよく言われます。
 クリイキをたっぷり味わってもらってから、その女性から、熱烈にして陶酔のオーラル愛撫を繰り出していただきます。その嬢の職業的サービスを超えた能動的で奔放な動きによって、ペニスのヒイヒイ状態をたっぷり楽しみ、そして、ペニスピストンに頑張り、見事中出しした後のお言葉です。
 ああ、気持ちよかった。
 こんな気持ちのよいエッチをしたのは初めてだわ。
 なかなかこのようにしてくれる人、いないのよ。
 ああ、驚いた。びっくりした。
 こんなに濡れたの、初めてよ。
 皆がこうしてくれたなら、いいのに。
 これまで何人の女の人をなかせてきたの。
 男性が女性の心に飛び込むのが上手で、かつ、オーラルプレイをうまくやれば、女性は濡れに濡れます。
 勿論なかなか濡れない女性が1割から2割程度はいますが、残りは、ズルズルの、ヌラヌラの、ギトギトの、グッショグショの、ダラダラの、ネッチョネッチョの、ベッチョベチョ状態になります。見事にシーツに地図ができます。
 初対面の男とベッドをともにして、クリイキできる女性は、20代で考えれば、最低7割はいるのではないかと思います。(勿論、親密化の時間を二人に与えた上で、かつ、男が<私程度に>上手に愛撫できるのが前提としてです)
 クリトリスでエクスタシーまで到達できる女性の1割から2割程度は、イッたことを男性が察知できないぐらいにあっさりアクメりますが、残りは、痙攣などを見せ、極まった声を出し、表情が動きます。麗しいです。
 そして、クリイキすれば、満足します。満足した証拠に、初対面でもとたんに笑顔が多くなったり、後の会話が極めて活性化したり、積極的にペニスのインサートを求めたり、熱意のこもったオーラルプレイを返したり、と良いことばかりが生まれます。
 女性にとって本来さほど快感を呼ぶものでもないペニスの前後運動まで、なかなか気持ちの良いものになってきます。
 名前も、何をしているのかも、何町に住んでいるのかも、年齢も、どれくらい教養があるのかも、学歴も、その男について何も知らなくても、金銭を対価とする虚しいセックスであるはずなのに、女性はそれを感じさせずに、親密に、或いは、淫乱に相手をしてくれます。当然、ペニスピストン中には、私の胴や足や肩や手に、女性は麗しのお手を伸ばしてくれます。
 こんな素晴らしい効果があるのに、クリトリスをオーラル愛撫してイカせることを、そんなのは本当の快感ではない、本当のエッチではないと主張するのは、全く馬鹿げています。
 その後、加藤鷹氏は、日本人のセックス回数の少ないことを挙げ、問題提起して第一章が終わります。
 ふーぅ、あきれた。
 要するに、加藤鷹氏は、セックス=ペニスピストン と大体は限定使用しているのです。

 第二章で加藤鷹氏が書いていることを要約してみます。
(1) AVのセックスは参考にならない。挿入前は簡単に描かれている。
(2) セックスの前の準備が大切だ。
 と書き出しましたが、第二章(52〜63ページ)には加藤鷹氏の個人的体験が並べてあるだけで、特に主張らしいものは書いてなかったです。ですから具体的引用は省略します。
 この調子じゃあ、大したことが書いてないだろうと思い、とりあえず第三章については見出しだけ掲げます。見出しだけでも、加藤鷹氏の言いたいことはわかります。
(1) 男も女も完璧じゃないから愛し合える
(2) 「もうイッちゃったの?」と言われる前に(イキそうだよ、と言え、と書いてあります)
(3) コンプレックスが男を成長させる
(4) 「オヤジ」と言われず、楽しいセックスができるようになるために
(5) カッコよりお金より、女性を惹きつけるもの
 以上なんですが、中身はそれほどのことが書かれていないように思います。どちらかというと、精神論。引用する値打ちがありません。
 第三章を眺めて思うのですが、加藤鷹氏はオナニーをしたことがない、と書いています。変わった人ですね。オナニーをしない人が性豪になるのも不思議です。
 オナニーしなくても、若いときから、毎週セックスできる相手が現れて、性的不満はなかったのだろうから、私から見たら、まるで人種が違うみたいです。別世界の人です。
 加藤鷹氏の身長は180cmあるということなので、その点でも、女性との親密化の成就において、私と人種が違う異次元の存在になるし、住む世界が違うということです。
 男性社会では、私と加藤鷹氏は住む世界を共有しているけれど(AV業界と堅気のサラリーマン世界とは住む世界が違っていたとも言えますが……)、対女性交流だけに焦点を当てた世界では、この身長差は空気を共有できません。何と言ったって、私は154cm、女性からは蔑視の小男です。

 次は第四章です。見出し毎に論評します。
(1) 神秘のオーガズム・メカニズム
  特にコメントなし。
(2) 「本当はイクのが怖い」という女性の本心。溶かすためには手を握れ
  多くの女性がイクのが怖いと思っているから、手を握れ、と加藤鷹氏は書いています。
 加藤鷹氏は、相変わらずペニスがバギナに突入している状態でもって記述している。見事なこだわりようだ。
 それで、「非常に多くの女性がイクことに不安を持っている」という趣旨のことを書いている。
 中イキする女性は1%しかいないと指摘し、そのように素晴らしく正しいことを書いているのに、中イキの経験がない、99%と多くの女性が「イク」こと「イカされる」ことに不安を感じると、言ってよいのだろうか。これは明らかにおかしい。ザペニスマンのまるっきり願望だろう。
 ペニスがバギナに入っているときは、女性は気持ちいいのだから、手でも握ってやって、気分を高めるのも、相手を燃えさせる一つの方法だよ、というぐらいに書いているなら、話はわかる。
 それを「イク不安」と言われてもハァーン?と思う。該当する女性はいるだろうが、割合は極めて少ないと思う。何しろ、中イキしてしまう女性が1%なんだから。
 要するに、加藤鷹氏が巨根の遅漏で、ファックした相手が性交痛に近い《参った感》により気持が沈んでいる状態を多々経験したのではないかと疑われる。
(3) 抱かれ下手な女性のトラウマを見抜け
 ここで「僕は、セックスのときにイケないという女性たちのメカニズムを解明するには……」とあります。
 加藤鷹氏は、99%の中イキさせられなかった女性があるというのに、こんな論理を展開し、解決方法は「女性のトラウマを見抜くことだ」と言っている。
 これが、女性を真によがらせるためには、という前提ならすんなり読むことができるけれど、イッていただくためには、という前提なら、手術の成功例が1%しかない脳外科医が、脳外科学会で脳の手術について自信たっぷりに講演するようなものだ。馬鹿馬鹿しい。
 これだから、ペニスピストン至上主義者はダメだ。馬鹿すぎる。脳みそまで海綿体か。
(4) 7人の女性とセックス三昧した日々
  羨ましいだけです。
(5) 二股は女性にバレずに完結できるか
  どうでもいい話です。
  以下「女は男の嘘を見抜く天才である」「求められたら素直にセックスすべし」とあるが、同様。

 第五章に至って加藤鷹氏は前戯の必要性を説きます。なのに第五章のタイトルは『キスでイカせてキスで終わる』ととぼけたものです。高踏的と言って良いのかな。
 そこで、加藤鷹氏は「実は僕自身は、もう長年、セックスは前戯だけでもいいし、射精できなくても別にかまわないと思っている」と書いています。
 ハァーン?と思いますね。最初からここまでの一貫した中イキ尊重主義、ペニスピストン至上主義はどこへ行ったの?と思います。
 更に、良き前戯についていろいろ書いています。ペニスのインサートなしに「イク」女性のことも書いています。肯定的にです。これ以降氏が書いた「イキ」「イク」は完全に「クリイキ」を含めて使っています。
 前に「クリイキ」なんてクソでもないことのように罵倒していたのはどこへ行ったのかと思ってしまいます。とんでもないほど不節操です。第四章までの記述と比べるにおいて、このあまりにも馬鹿馬鹿しい第五章を全文掲げたいぐらいです。
 女性の体のいろんなツボをマッサージすることも説きます。全身をくまなく舐めることも説いています。馬鹿馬鹿しい。
 氏のやり方をしていたら、女性は、なかなかズルズルの、ヌラヌラの、ギトギトの、グッショグショの、ダラダラの、ネッチョネッチョの、ベッチョベチョ状態になりませんよ。
 だから、氏は、女性が濡れにぞ濡れしという状態になることについて全く書いていません。そんな経験がないのでしょう。氏が出演しているビデオを見ても、オヤッと思うようなクンニリングスをしていません。私に言わせれば、ペニスと容姿が立派なだけで、三流のセックスマンです。
 まだこの本は話が続きますが、もういい加減馬鹿馬鹿しくなったから、私はこの本を読みたくなくなりました。私は、買った本は完読主義者なのだけれど、『エリートセックス』についてはそれを放棄します。あまりにもひどすぎます。
 パラパラとめくって、一つだけ指摘したいことがあります。
 加藤鷹氏はアナルセックスについてもかなりの量の文章を書いています。
 でも、加藤鷹氏はアナルセックスのためにローション液を使うことを書いています。それは正しいことだけれど、本当の達人ならば、アナルセックスにローションなんて不要です。
 女性の体質として例外的に愛液が流れない人もいるけれど、普通は、男性が女性に気持ちの上で充分受け入れられておれば、オーラルの前戯でもって、(この前戯を本戯と思って熱心にすれば)女性が快感でヒーヒー状態になります。
 こうなれば女性は素晴らしい潤滑液をご自分で用意してくれます。割れ目も会陰もずぶ濡れ状態になります。
 私は、基本的に、アナルセックスは、これを経験したことのない女性とだけしています。
 それで、ペニスをアナルに突入させるに当たっては、ローションを使ったことは殆どありません。ずぶ濡れ状態にならしめた天然物の潤滑剤を使っています。
 アナルセックスの初実行から、誰に教えられなくても、そうしています。天然物が一番なんです。
 陰裂から愛液を会陰にすくいだし、それをさらに3センチほど運んでやるだけです。その搬送作業が楽しい。私の指はミクロのマテハンロボットです。
 69をしておれば、情熱溢れるクンニリングスによってとんどん愛液は補充されるし、ペニスは、これも熱烈なフェラチオによって突入のための硬さを維持できます。
 アナルに指を入れて拡張する準備作業も、これは時間がかかるし、ある意味つまらない仕事だし、女性から見ても屈辱的な感じがするものなんですが、69の最中にしておれば、すべての問題が解決できます。
 アナルのほぐし作業が、クリトリスをしゃぶられている最中にされれば、女性は不快感や違和感など消し飛びます。快感に浸っているから、アナルを守る筋肉が自然に緩みがちになります。
 女性が自分の股間の快感に浸りながら、口でペニスを咥えているから、アナルを指で広げられているなんてことにさほど意識が行きません。恥ずかしい!、イヤだーっ!、いたそーぅ!、こわいーっ!、ウンコが出ないかな!、という心が沈静化します。
 AV撮影では、(1) カメラが回っている (2) 男優が本格的なオーラル愛撫をすることがない───の二点から、女優が自分の愛液だけでズルズルのダラダラ状態になることは金輪際ないので、ローションを使わざるを得ないです。女優が気の毒です。
 加藤鷹氏よりも私のほうがアナルセックスについては圧倒的に達人です。回数が少なくても絶対にこれは言えます。そもそも、女性に愛液を流させてから、それを利用してアナルセックスをしなさい、という私のマニュアルのほうが「優れた内容」だと思います。ローションは愛液が足りないときに使えば良いのです。
 まあ、「お前のペニスが加藤鷹氏のペニスよりも細いから、できるのだ!」と言われれば、返しようがないですが。
 ただ、ビデオを見た感じでは、加藤鷹氏のペニスは長めではあるけれど、そんなにど太くはなかったと記憶しています。
 また、加藤鷹氏はアナルセックスに当たっては、ゴムをつけよ、と主張し、その理由に大便が付着することがあることを挙げています。
 私に言わせれば馬鹿げています。生のほうが、互いに“より”気持ちがいい。それに、ペニスにくそがついてしまうほどの長いピストン運動をアナルにはすべきではありません。適度の早漏で結構なんです。バギナと比べるとこちらのほうは雲泥の差で弱々しい粘膜なんです。20分間ものパコパコは感心しません。
 それに、愛しい女の大便がペニスにつくなら、大いに結構、と思わねば。なんたるだらしなさ。
 要するにアナルセックスで一番着眼しなければならないのは、女性側の痛みと肛門部の損傷。すると、キーワードは、用意周到なアナル拡張準備、潤滑剤(できるだけ天然もの)の確保、長々とピストンしないこと、指二本がアナルの中で回せなかったら撤収すること(同じ女性でも日によってアナルの閉じ方は随分違う)、この四つです。
 それにしても、世の中のハウツーセックス物はどうしてこんなにペニスピストン至上主義の作品が多いのでしょうか。チンボをパカンパカンとさせて、女性が「うんぎゃ、うんぎゃ」と言わないと亢奮しない男性が多いから、それに迎合して書くのだろうけれど、絶対に間違っています。
 多数の傾向で言えば、女性はペニスの摩擦でバギナの中がほんのりほんわか気持ちよければそれでよいのです。基本的には、愛する男に抱かれている楽しさ、愛する男が悦ぶことの嬉しさです。
 ペニスの挿入と運動は、あくまで射精のための手段であって、女性がそれなりに気持ち良くなることはあっても、女性のイキのための手段も、女性の猛烈な快感のための手段にもならないことのほうが圧倒的に多いという事実を忘れてはいけません。
 女性はクリイキして体がホワーッとなっているところで、またGスポットをペニスで刺激されて、割れ目の上を男のペニスの根元で叩かれて、満足できるのです。
 もし、Gスポット快感が得られないようでしたら、積極的な女性は、女上位で跨って、陰阜を男性の陰阜にこすりつけ、再度のクリイキを目指します。
 これでもって本当にイクことがあります。男は、中でイカせられた!と大層満足しますが、間違いです。結合したまま、クリイキを果たさせることができたわい!と歓ぶべきです。
 AVでは盛んに女性が女上位で上下動し、ペニスが出入りしているところ、陰裂が押し開かれている猥褻光景がよく見えますが、あれは、男性のビデオ購入者の亢奮を誘うための動作です。女性は運動量を要求されただけで、「運動するさわやかさ」を与えたということです。
 男が、女性に長いストロークの上下動を欲求せず、ペニスが長すぎず、もしローションなんかがあれば、女性は股ぐらの前側を密着させて、腰を前後に動かしたくなります。クリトリスが気持ちよくなりますから。
 こうされても、ペニスのほうは揺さぶられるだけであんまり快感が得られないし、男性は押しつけられ感が違和感になるかもしれませんが。女性から見た本当の女上位はこれなんです。
 くれぐれもこれは傾向としての話ですよ。人間の体はさまざまだから、女上位で上下動して充分に快感を感じる女性もいます。見事に中イキしてしまう女性も、少数ではあるけれど必ずいます。
 ここまで加藤鷹氏はセックスの具体的なテクニックを殆ど述べずに、自分の体験談を書いています。
 一応書いてもいるけれど、大局的なもの、精神的なもの、当たり前の常識、その手のものばかりです。
女性の目を見つめろ────全く見つめないのはよくないけれど、氏のように過度にやるのは色事師然としていて、まともな女性からすれば感じが悪いことだろう。
全身をマッサージしろ───したければすればいい。でも、もっと省エネの、相手にとっても楽なやり方がある。そんな苦行をするよりも、クンニリングスのほうが雲泥の差で相手に対して効果的だ。するほうから見ても、クンニリングスのほうが多角的に感触と観察を楽しめて、面白い。
ペニスを入れて静止しろ──「このセックスはいつ終わるのだろうか」と思いながら、男の抱きつきとキス攻めを鬱陶しく感じる女性が半分以上いるのではないか。
ペニスを雌の生殖孔に入れたら、雄は腰を動かすのが動物界の常識だ。

 加藤鷹氏は、終わりの第七章の最後の小見出しを「脳みその芯まで感じるセックスをしよう」としています。
 でも、それについての自分の特殊な経験談(「真っ白になる快感を味わった」経験)を書いているだけで、脳みその芯まで感じるセックスをするためにはどうしたら良いかについては何も書いていません。
 加藤鷹氏が具体的なハウツーをちっとも書いていないだけに、私は「その近道は69だ」と声を大にして言いたいです。自分が脳みその芯まで感じるセックスをするには、相手を脳みその芯まで感じさせれば良いのです。
 プロの女性(ソープ嬢とヘルス嬢)は相手が上手にクンニリングスをしてくれるとわかると、その相手に心の距離感をなくしてさえおれば、皆素晴らしいフェラチオを繰り出します。
 超熱烈なオーラルプレイがいつまでも続けられます。女性が69で、ちっとも苦にすることなく開脚し続け、性器の露出を維持して、時には性器を男の口に押しつけるようにし、喘ぎ声を時々洩らしながら、一心不乱に文字通りむさぼるようにペニスをほおばります。
 そうなると、初対面でも、例えばピストン運動中に女性の目を見つめて、「僕の唾を飲んでくれる?」と聞けば、私が身長154cm、60歳前後のジジイ、加藤鷹氏に対してひょっとしたら4cmも足りなさそうなチン長でも、上気した顔でカクンと首を縦に振ってくれます。脳みその芯まで感じているからこそのことです。
 加藤鷹氏が『エリートセックス』と言うなら、私は『インテリセックス』を提唱します。
 そもそもAV撮影のためのセックスなんて、制約が多くてものすごく限界があります。例えば、割れ目が男優の顔で隠れてしまうようなオーラルプレイはできません。女性は、よくなくても「いーぃ!」「いくーぅ!」と呻かなければなりません。『エリートセックス』の生まれた土壌はそういうもの。
 チンボがエリートクラスである加藤鷹氏にチンボでは勝てないから、また、やった女の数がエリートクラスである加藤鷹氏に数で勝てないから、僻んで、自分が対抗できる“インテリ”を前面に出すのではありません。
 具体的なことを何も書かずに精神論ばかりの氏の著作に対抗するかのごとく、私はセックスについて具体的で露骨なことをこれでもかとばかりに書き、主張していることは、ペニスの挿入前に、女性のイン部にテリを出させろ!です。唾液とか、強制潮吹き、バギナ保全が目的で開発された潤滑剤以外のものでです。
 私の『インテリセックス』の骨子は次です。
『上手なセックス』『楽しいエッチ』『快感に痺れるセックス』を完遂し、女性の燃えるような能動性を引き出すためには次が要件です。
 (1) 互いの心のうちとけ
 (2) 二人がともに気持ちよくなりたいという熱意
 (3) 相手を気持ちよくさせたいという熱意
 (4) 奉仕してあげたいという気持ち
 (5) イクところを見たいという気持ち
 (6) 徹底的にオーラルしてあげたいという気持ち
 (7) オーラル行為の正しいやり方のマスター
 (8) 相手の状況を確認できる余裕、確認しようという心
 (9) (女性)くさみの排除、多毛の解決 (男性)くさみの排除、強度の包茎でないこと
 (10)(女性)股を開けることやアナルを見られることに抵抗感をなくすこと
 (11)真っ暗にしてエッチをしないこと(真っ暗では相手の状況が確認しにくいし、視覚は亢奮のための重要な要素)
 たとえ、金銭を対価とする、ある意味、虚しくて切なくて気持ちが乗りにくいような、買春初対面のエッチでさえも、男性の誘導の仕方によっては「脳みその芯まで感じるセックス」が成立することがあります。
 なお、オーラルプレイの技術的な観点から私が一番言いたいことは次です。
 人は、アスリートでない限り、一定の速度で走っていられる時間はあきれるほど短い範囲で有限である。
 例えば、私などはもう5分間も走れない。例えば、45歳の人で何らのトレーニングをしていない人ならば、20分間一定の速度で走れる人はかなり少ないと思う。
 クリトリスを舐めて、吸って、揺らし続けるというのも、そんなに長く続けられるものではない。
 毎日のトレーニングでランニングは強化できるが、クンニリングス力を毎日の実践で強化することは不可能に近い。
 従って、クンニリングス力はランニング力や懸垂パワーほどには、人による差が乏しい。
 あなたも朝原宣治も末續慎吾も為末大も室伏広治も、そのオーラル力にそんなに違いはなかろう。
(肺と心臓の強さ、口腔全体の健全さ、基礎的耐久力の違いが少し出るかもしれない)
 クンニリングスは、一定の吸引力、リズミカルな舌の振動力、丹念な唇のすりつけが必要で、こうなると唇と舌の体力、唇と舌を使い続ける根気、これが、かなり短い時間で有限の量なのだ。連続20分間というのはかなりきつい。(思い出したように時々舐める程度なら、男は4時間でも女の股ぐらに顔をつき合わせておくことが可能だろう。あくまで持続が前提だ)
 クンニリングスをするにあたって、連続・持続・長時間の動作が必要ならば、そのオーラル力を、先に乳房や乳首や脇腹や背筋や尻たぶや内腿やラビアや大陰唇や会陰やアナルなどに向けて消費しまくるのは、馬鹿馬鹿しいことだ。
 なぜならば、陰核茎部とその他のところでは、女性の快感がまったく違うからだ。
 それを──先ず乳首をチロチロやって、それから反対側の乳首をチロチロして、次は乳房を大きく含んで口で揉んで、更に、唇の位置を少し引いて、乳首を挾み、揉むようにして、反対側の乳首は忘れずに指先ではじき、次は舌先で乳房の付け根を徘徊し、そのまま脇腹に舌先を這わせ、時には、皮膚を唇で摘んで引っ張り、背中に回って、唇を丸く押し当てて、真空ポンプのように背中の肌を吸引し、更に焦らすように太腿まで唇を這わせ、指先は鼠蹊部をそろそろとかまい、足の指の股も舐めようか、後どれぐらいで内腿に取りかかろうか……──なんてやっていたら、有限のオーラル力をどんどん失ってしまう。
 クンニリングスってなかなか疲れるのだ。陰核茎部以外へのオーラル行為はほんの挨拶でやればいい。陰核茎部に直撃で充分だ。私はいつも陰核茎部直撃でやっている。
 くれぐれも、マンコを舐めるのではない。クリトリスとマンコとは同一猥褻物ではないのだ。
 そして、クリトリス(陰核茎部)は、基本的には、指や器具で攻略するものではない。指やローターを使うのは、ご本人の女性が独りで楽しんでおればいいことだ。
 なお、クリトリス(陰核茎部)直撃でオーラル攻撃を成功させるためには、それをやっても女性の気持ちが退かないようなエロい雰囲気作りが必要だ。
(この人に股を開いて、おまんこに顔を寄せられるのもいいかな)とか(むちゃくちゃ恥ずかしいけれど、されてみよう)と思わせる会話が大切だ。
 笑顔、エロくて無邪気な会話、思いやりと優しさのにじみ出、気恥ずかしさを飛ばす熱意、まかせてみようかなという誘導感──これが望ましい。

 相手も本当に気持ちよくなってほしい、という熱意のもとに、親密な心の交流があることを前提として、男性が巧みに、かつ、情熱的に助平行為をしておれば、女性がその男性にさほど慕情を抱いてなくても、羞恥忘却・官能惑溺・淫猥没頭・熱烈接吻・吸茎奮闘・開脚熱中・陰核悶絶・秘部発酵・淫汁繚乱・陰裂異相・会陰洪水・快感沸騰・非意痙攣・陰門開放・茎入欲求・抱擁悦楽・忘我淫楽・日常忘却・快楽安穏・洗浄閑却に至ります。

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(千戸拾倍 著)
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