梓 2

 梓が迎賓閣から姿を消したのは、私には青天の霹靂とも言うべき大事件だった。眼もうつろにうろたえ、悄然とした。
 ソープをやめたと店の男から聞き、信じられなかった。そんな気配は全くなかったから、裏切られたようで腹も立った。しかし、梓が金津園の仕事をやめる筈がない、そのうちにどこか別の店に現れるに違いない、と私はすがる想いだった。
 梓はソープで働くことに日頃それなりの美意識を持ち、「固定客の多い店が好きだわ」とか、「料金が五万円を超えるような超高級店は、一回だけの客が多いだろうから、私には性に合わない」と言った。
 だから、一見の客が多い表通りではなく、奥まったところにある店で、迎賓閣と同程度の料金の高級店にいるに違いない、と私は考えた。
 金津園で料金が三万五千円から四万五千円の間で、表通りに面していなくて、梓が出ていそうな店は三十軒ぐらいが考えられた。梓は雑誌に顔出ししないから、私は可能性のある店に入って当たるよりしょうがなかった。
 金津園の店が女の写真を客に見せるようになったのは、名古屋のヘルス店がガラス越しに顔見せをするようになってからで、当時はそんなことをする店がなかった。雑誌に顔出しする女しか容貌を知るすべがないので、調査効率が悪かった。
 なるべくベテランの女を選んで入浴し、梓らしき女がいないか尋ねるという探索方法で、梓がいないと判定するまで何人かの女に入浴する必要があった。
 幾つかの店に入って当たった。だが、どの店に行っても梓は見つからず、何らの消息も得られなかった。梓がいなくなったことで絶望の淵に沈む自分を嘲りながら溜息ばかりついていた。
 ソープ情報誌を開いては、次はどの店を調べようかと選び、捜索に向かった。
 気に入った女に通い続けるのが私の遊び方でも、その頃は探索優先で、馴染みのない店に入ることが多くなった。その度に無愛想で可愛げのない相方に当たってがっかりした。私は手痛い失費を続けた。
 それまで通い続けた女は六人ほどいた。でも、梓ほど惚れ込んだ女はいないから、二年経っても梓とのベッドシーンを思い出しては、浅黒い躯と妖艶な深みのある瞳を偲んだ。
 梓が移りそうな店を一通り探しても全く行方がつかめず、堅気になったのかしらと想像してすっかり意気消沈していた。
 執念が薄らいだ頃、ある時たまたま恵里亜を調べる気になった。恵里亜は迎賓閣よりも通り一本だけ表通りに近く、JRの線路沿いの表通りから二本目の道筋に面していた。
 人気の店で、ソープ情報誌に若い美人の写真を数多く出して、宣伝が派手だった。それとは対照的に宣伝が地味な迎賓閣で梓が働いていて、本人も雑誌に写真を出さないから、私は何となく、梓が恵里亜を選ぶことはないような気がして、それまで入ったことがなかった。
 二年探索した私の執念は恵里亜に入ってとうとう実を結んだ。梓がいた。
 初会の女との味気ない遊びが終了した後に案内された休憩室で、壁一面に掲げたソープ嬢の紹介写真を眺めると、梓のポートレートがあった。
 集客の笑顔のキャビネ版を意外なところで、諦めた頃に見つけたので驚喜した。
「馬鹿、こんなところにいやがって!」
 にんまりと呟いた。
 梓の写真の顔は少し大人っぽくなっていた。近くの店は何軒も当たったけれど、恵里亜は全く盲点だった。梓は自分よりも若い女がたくさんいる人気の店を選んだのだ。
 迎賓閣にいた時梓の眉毛は密度があったが、久しぶりに逢うと眉毛を細くしていた。歳は二十六になっても、スラブ系の女のような豪快に縦長の腰と、栄養失調のような先のしなびた垂れ乳と、肌の浅黒さは昔と変わりがなかった。
 私は探索を懸命にした苦労話を気負い込んで語った。とにかく真剣に探したのだから、再会を喜ぶ梓の耳には心地良いことだろう。
 しかし、梓に迎賓閣から突然姿をくらませたわけを訊いても、梓ははっきりと説明しなかった。それがとても腹立たしかったけれど、「××さんでも言いたくないことだってあるわよ!」の強い言葉で追及を諦めた。
 マットプレイが迎賓閣の頃より一段と濃厚になった。亀頭の指攻めと睾丸マッサージが昔より断然に厳しいのだ。
 梓は、懐かしいペニスがとても可愛い、というような調子で肉棒を握った。
「××さんは、グイグイと手で揉み続けても、決して簡単にはイカないのが不思議だったわ」
 顔を妖艶にほころばせて大声で冷やかし、すぐ射精しないのを確認するように、ローションを駆使して厳しくカリ首を手掻きした。同時に、金的を口でマッサージしながら、アナルに深々と指を差し込むマルチ愛撫が以前にまして過激になった。
 私は、梓の悪戯っぽい眼差しを浴びて、カリ首のエラを目一杯気張らせた。梓の手練のマルチ愛撫に脂汗を流し、よがり声を上げてマットの上で身をよじっていた。

 私は梓と再会して、迎賓閣の時と同様毎月一度は必ず通った。迎賓閣の料金が四万円を少し超えていたのに対して、恵里亜の料金が三万円台の後半で済むのがとてもありがたかった。
 再会の日、梓は私が常用している煙草のバージニアスリムを用意していなかったけれど、翌月からは必ず籠に常備するようになった。
 私はマットプレイでは梓の苛烈なペニスマッサージの快感に身悶えし、ベッドでは熱烈なオーラルプレイで梓を必ずオーガズムまで導いて快感にひたらせることに熱中した。
 梓は二つ歳を加え、ますます妖艶になった。肉体が開花し、アクメに到達するとまるで毒物中毒の苦悶のような深い反応を見せた。
 オーラルセックスが長いのと比べると、私の交合の時間は短かった。
 世の官能小説には、四、五十回抜き差しして、濡れてきたところで少し体位を変えて、また四、五十回抜き差しし、女の目がうつろになって獣のようにほえるようになると、胸を合わせて、また四、五十回忙しく腰を振って、それでようやく射精するような凄まじい性交描写が出てくるものがある。
 私のピストン運動は、三こすり半ほどの早漏ではないけれど、時としてやたらと早く暴発することもあり、長持ちするときでも、腰痛の持病があるから射精をこらえる努力をあまりしなかった。
 マットに寝そべって女に手揉みされる時は、延々と勃起させたまま射精の気配を見せず、誰でも驚くぐらい耐久力があった。しかし、合体して自分で腰を振ると射精に向かって全開状態になる習性がついていた。
 馴染みのソープ嬢が皆、客の大半はかなり早く射精し、それこそ差し込んだとたん気をやってしまうような早漏さんが多いと言うから、私は、普通に保てば所要時間は中くらいだろうと思った。でも、あっけない時もあったから自慢できる持続ではない。
 マットプレイで厳しく手揉みをされてもどの女も感心するほど持続できるのに、何故インサートした時には早いのかと考えると、射精に向かって気持ちが全開状態になっていることの他に、もう一つ理由が考えられた。
 それは長いクンニリングスのせいだった。
 男が女の躯を愛撫することに没頭している時は、ペニスが雄々しくなっていないことが多い。そのことはベテランのソープ嬢に確認すれば否定されることはない。
 私も、梓のクリトリスに吸いつこうとする時は勃起させていても、長々とオーラルセックスをしているとそのうちにペニスの亢奮が退いてしまう。
 梓がよがり汁を垂らして気をやったところでいざ交わろうとすると、よだれを流して休息していたペニスはそれまでほったらかしにされていただけにすぐに完全な状態にはならない。どうしても中間勃起のまま嵌め入れることが多くなる。
 それで、ピストン運動をして充血を待つと、どういうわけかペニスが目覚めて完全起立したとたんに、射精の機運が否応なしに腰の奥に盛り上がってしまった。
「今日は腰の調子が良いから、頑張るぜ!」
 腰痛がないことを梓に宣言して嵌め入れても、中間勃起のものが完全になったのを感覚して、リズミカルに腰を振りだしたとたんに、「イキそう!」とうなることになった。
 結局、惚れた女の肉孔のほてりと、接触した下腹の温もりを感じ、梓の顔を見て気分が盛り上がると、待ちぼうけだったペニスに、すぐに何かがせり上がってくるという繰り返しだった。
 インサートする前に、梓にペッティングかフェラチオでもさせて、ペニスが完全な戦闘状態になっておれば、ピストン運動が長持ちすることは間違いない。でも、気をやってボーっとしている梓によけいなことをさせにくかった。
 梓にフェラチオを求めても、梓は「私、イカされてメロメロになったら何もしたくないわ。そういうこと、して欲しいなら、××さん、私をイカせないでよ」と言った。
 私も、半勃起の状態でも即座に躯を合わせたいという気持ちのほうが強かった。
 というわけで、私が気をやった後に梓が「××ちゃん、今日は早かったわねえ」と言うことがよくあった。
「××さんとエッチしても、私、孔でイクことはできないわ」
 そう冷やかしたこともあった。
 でも、梓は抽送が長く続かないことが不満というよりは、私の射精感が深かったかどうかを気にかけた。私が大声を上げ、苦悶するような形相でイクと、快感が深いことは間違いないから嬉しがった。
 早く吐精した時は、長く抽送が続いた時よりも射精時の快感が浅くなり、精を放つ瞬間のうなり声に迫力がなくなる。私が「うっ!」と声を洩らした程度で気をやってしまうと、梓は物足りない気持ちになった。
「今日は長くもったわねえ」
 ニタッと笑って言うその言葉は、(だから、今日は貴方、イク時に、いつもより気持ちよかったのでしょう? とっても声が大きかったわよ)という心が背後にあった。
「××ちゃんはどうしてそんなにセックスをしたがるの?」
 そう梓が問いかけたこともあった。
 女と関係することがとても好きで、若い異性と親しくなることが愉しくてしょうがない、そういう精神的な満足感が当然最大の誘因だろう。その他に肉体的なものも考えられた。
 私は、四十代半ばの同年代で、射精の回数が月に三回以下の男は多いだろうと思った。それに対して私は決して精力絶倫ではないのにいつも六回以上は発射した。
 何故かと考えると、セックスの回数が少ない男、例えば、二十代の新婚時代でも月に一二回しかセックスしないような淡泊な男は、射精時のエクスタシーが浅くて、セックスを遂行する労力が苦にならないほどの魅力を感じていないに違いない。
 一方、私は、気をやるときの快感が極めて深いから日を置かず性交を欲するのではないか、ペニスの先走り液がとても多いし、快感反応は平均的な男のよがり方よりもかなり激しいに違いないと思っていた。
 私が気をやる時、吠えてうなって身震いして、派手なよがり方をするから、相手の女が時には笑いこけるほど面白がった。
 射精で深い快感が得られない男は、十代の時でも自慰の回数が少なく、女を抱くことが面倒になったりする。私は自慰の数と継続年数には自信がある。結婚後もポルノ本を読みながらしばしば自慰をしていた。
 射精の快感が他の人よりも深いのではないかと梓に聞くと、それは絶対に正しい、と膝を叩いて喜んだ。
 私は、交合しているときも世間話をしているときも、神経をとぎすまして、梓の語りかけと仕草から私にどれぐらい好感を抱いているのか探って楽しんだ。時には場違いな求愛の甘い言葉も囁いて梓の反応を確かめた。
 そんな私をはぐらかすように、梓は、店の気だての良さそうな女を勧めた。特徴のある良い女はいるかと尋ねるから梓もそれに答えるのだが、訊かれるままに名前を挙げ、どんな性格なのか、日頃観察したことを詳しく説明しそそのかすので、そんな態度が不満だった。
 迎賓閣の時でも梓は店の女を勧めることがたまにあった。恵里亜ではそれが多くなった。
 店のため商売っ気を出しているなら、恋い焦がれるのを小馬鹿にした仕打ちだし、好意でしているのなら、惚れて熱心に通っているのをはぐらかされているようで、これも気に入らない。
 どこの店にも、器量や親しげな会話だけで勝負して、ペニスを愛撫するのは女の名折れ、勃起しないのは客が悪い、というソープ嬢がいる。梓はその手の女とおぼしきは推薦しなかった。
 だが、親切心で面白そうな女を推薦しているのだと思っても、梓に勝る女にお目にかかったことがなかった。
 梓が熱っぽく勧めたから平成三年に由美初めての月4回入浴に登場)と夏美に入浴したが、全く愛想の悪い女だった。
 平成四年のユカリにしても、何しろ若いから梓以上の売れっ子で、顔は梓と同じようにエキゾチックな風貌の美人だけれども、梓のような大人っぽさとエロチシズムがなく、会話が平坦だった。
 私は、梓が自分の魅力を際立たせるため、しょうもない女に会わせているのかと勘ぐりもした。会った女のどういうところが気に入らなかったかを報告すると、梓は楽しそうに聞いていた。
(もし、お前が顔は笑っていても、心の中では私が満足しなかったことを残念に思っているなら、そんな、他人とのセックスを推薦するようなお前の心が、私は淋しいのだよ)
 馬鹿な放蕩をしながらそんな勝手なことを私は考えていた。

 そうこうしているうちに、エイズ問題が些か深すぎる憂慮のもとに議論されるようになった。平成四年の春、金津園の店は安全対策をすることにし、女達にコンドームを使わせると決めた。
 ある日マットプレイが済んだ後、梓がとうとう、私の懸念していたことを申し出た。
「××さんはもう事情を知っているでしょうけど、今日からは必ずコンドームを使って下さいね」
 私は亀頭が膣の壁にぐいぐいとこすれる感触が大好きだ。とにかくコンドームが大嫌いで、それをつけるとペニスが力まなくなる習性がついていたから、梓に純生を続けるよう強く求めた。
 それは、快感の違いによるものだけでなく、梓に特別扱いをされたいという願望だった。
 私の懇願に梓は真剣に抵抗した。昔看護婦をしていたから、細菌とかウィルスの問題には人一倍敏感だった。とにかく仲間に性病の見分け方を講義しているぐらいで、陰部の洗浄も徹底していた。
 だから、梓がそのように要請するのはしょうがないと考えたけれども、それまで通りの抱擁を望んだことに対して、のらりくらりした柳に風の受け流しか、ユーモラスな言い廻しの拒絶ならばともかく、言葉を選びながら折伏するという口調なので、そのことが納得できなかった。
 大体「……して下さいね」などという丁寧な語尾の言い方は、初対面の日は別としてそれまで梓から聞いたことがなかった。それが心外で、いっそのこともう会うのはよそうかと思いもした。
 長い付き合いだけに、梓には「お店と金津園全体の方針なのよ」とか、「店の子は全てそのようにしている」とかの、店が指導した言葉より先に、「私は××ちゃんが好きだから、××ちゃんも私が好きならば、私の願いを聞いて」などと言って欲しい、と手前勝手なことを考えていた。
 マットプレイの後に生を認めよと言い争いをしたのはともかくも、ベッドでの抱擁となって、梓をいつものように口唇愛撫でびしょぬれにさせ、オーガズムまでよがらせると、私は梓が折れるのではないかと期待した。
 でも、純生でさせる気配はなかった。
「ねえ、いいだろっ」
「だめっ!」
「サックをつけるぐらいなら手でして!」
 結局梓が純生を承伏しなかったのが業腹で、私は梓に手淫を求めた。私の開き直りの声を聞くと、梓は硬い表情でベッドから立ち上がった。
 たった今、梓は熱烈な愛撫にどうにもたまらず「イクーっ!」と叫んで熱く燃焼したのに、一息ついたら平静な表情に戻り、手淫用のローション液を手にするために風呂場に向かった。まるで所定の作業を遂行するかのような事務的な動きに思えて、その横顔が私は憎らしかった。
 梓はローション液を塗りつけると、最前のマットプレイと同様に、私のペニスに腹立たしいほど見事な愛撫をした。
 カリ首の溝から、尿道口、張りつめた冠全体を右手でゆらゆらと揉み、左手で睾丸を包むという、心憎いほどのマルチ手技を駆使し、すべてを霧散させる快感世界へ私を追い込んだ。終始無言のままだった。赤黒い膨らみをじっと見つめる、うつむき加減の頬に髪がかっている。美しい顔だけに何やら底意地悪く見えた。
 私は前立腺の緊張を感じ、低い声を上げた。梓が一段と指の圧迫を強め、ネチョネチョと卑猥な音が出る。
 私が身をよじっても、梓は両手を離さず、宇宙に響くような快感で一気に爆発した。
 途中で梓が「可哀相だから中に入れたげる!」と言って微笑むことを期待したけれど、それはなかった。私は梓と随分性交渉をしていても、手淫で気をやったのは初めてだった。
 ベッドプレイが終わった後、私は僅かばかりのいたずらをした。私が湯に浸かって、ペニスについたローションを洗っていると、梓も入ってきた。ざぁーっと湯が溢れ出たその時、尿意を感じたからそのまま実行した。
 梓がタオルを湯にひたし、気持ち良さそうに顔を拭うのを見て、私は溜飲を下げた。
 水圧の中で排尿するのは多少は力が必要なのだと感心しながら、梓は湯の中に何が入っているのか知ったなら絶叫するに違いないから、おかしくてしょうがなかった。
 かなり後になってから私が梓にその時の気持ちを訊くと、梓は、私に指と掌で始末をつけた以上、もう来ないんじゃないかと思っていた。
 私は純生の要求が理不尽なんだと考え、それから梓を相手にしての吐精は手淫によることにした。
 長年通って親しく付き合ってきたのに、梓が杓子定規な扱いをするのがとにかく腹立たしかった。でも、コンドームをつけてインサートすることは意地でもしたくなかった。梓の指技には目を見張るものがあったし、とにかく梓と逢って喋っているのが楽しかった。
 私の心は憤怒と恋慕の間を往復していた。

 梓は話術と視線の運び方にぬきんでた魅力があった。業界のことや男女のことに話題が豊富で、いつも婀娜っぽく笑みを浮かべて語った。
 口を閉じている時のぷっくりした唇と、高笑いをしている時の大きく伸びて開いた唇との落差が激しく、それがまた魅惑だった。
 二十七になった梓はもう小娘のようなところがなくなり、女の魅力が繚乱と開花していた。私は梓の話を聞きながらロックのブランデーを傾けるのが何とも楽しかった。
 ペニスを挿入しなくなったことを除けば、二人の痴態ぶりは以前と変わらなかった。
 梓が束ねていた髪を解き、浅黒い大柄な肉体をベッドに横たえて愛撫を待ち受けると、締まったウエストに続く大きなヒップの曲線、筋肉が張らずに脂肪が落ちてたるんだ腿や脹ら脛にかすかに浮かぶ筋状のくぼみ、浅黒い股ぐらの奥の淫靡な色合いの変色地帯、そんな肉体の造形が眼に入る。
 すると、私は梓とどれだけつきあいが長くても、毎度新鮮な感動を覚え、情欲をかき立てた。
 梓ほど猥褻な女陰の持ち主は滅多にいなかった。
 陰裂は縦長で、茶褐色の小陰唇は卑猥にうねって妙に存在感があり、クリトリスの包皮の深さが悩ましい。割れ目の中の肉壁はかなりくすんだ色合いの紅色で、動物の内臓を幾重にも敷きつめたような複雑な景観だ。尿道口がどこだか確認しにくい。
 いつでも私は、梓の両膝を立てた股間に顔を埋め、昂揚した内股の温もりに包まれて汗だくになりながら、深い陰核包皮を引っ張り上げてクリトリスを愛撫することに没頭した。
 梓は到達するのになかなか時間がかかるけれども、それだからこそ、気のやらせ甲斐があった。クンニリングスに強弱をつけ、時にはじらしたり、また、時々中指一本で肉豆をゆすったり、包皮に隠れたままの全体を唇に挟んで揉んだりした。
 愛撫の進行とともに梓が表情と下半身の姿勢と手のポーズと喘ぎ声を少しずつ変化させるのを、性科学者のように観察して愉しむこともあった。
 昂揚して愛液をたたえた陰部の人間臭さが何とも香しかった。出産経験が梓の女性器を何とも大人っぽくしていた。ソープ嬢は殆どが子を産んだことがないだけに、そういう女の性器を見馴れた私には、梓の、幼いときに出産して、いわば変形した女陰が何とも郷愁をそそった。
 クンニリングスをしながら上目遣いで眺めると、春毛の向こうに見える梓の眼はいつも閉じている。無念無想の顔だ。
 その手前に見える乳房は、乳首のまわりに小皺を浮かべて張りもなく寝ている。板の上に平べったく伏せる水銀の滴のようだ。中央で乳首が重みで沈んでいるのがおかしい。
 乳首を摘んで引っ張り上げると、乳房は地面に拡げたテントの頂点を持ち上げたように懸垂線を描き、何ともしまらない形になる。頬ばっても肉塊が力なく崩れ落ちそうで、含んでいる感触が極めて頼りない。
 それに比べればクリトリスは存在感があった。包皮が先端では薄いけれども中ほどは結構ぶ厚くて、ふくよかな肉芽にしっかりと被っていた。クリトリスの左右に脂肪がのってふっくらしているので、包皮を唇で押さえ込むだけではなかなか剥き出し続けるのが難しい。どうしても二本の指で下腹のほうへ牽引する必要がある。
 私は存分に肉塊が弄べるように指先で包皮を押さえてめくっているけれども、そのうちに指がつらくなって離し、クリトリスを包む皮ごと小突起を優しく吸って、薄皮の中で転がすように唇で愛撫する。
 梓はそれでは物足りなくて、「クリちゃん、剥いてぇ!」と要求した。
 再び指で深い包皮を目一杯押し下げ、紅いルビーを舌で精一杯舐め上げれば、大概は、微妙な震えの前兆の後ガクンと落ちた。
 それでも、時には気をやる感覚が遠いこともあり、そんな時、梓は私の唇を押しのけ、自ら左手で陰阜の辺りを引き上げ、右手は、内側の指三本ばかりを揃えてまっすぐ伸ばしたままで、茎を揉んだ。
 反らした中指の腹を当てるので、手首のところで掌を内側に曲げている。
(男の自慰の露骨な動作と比べれば、女は何と優美に指を動かすのだろう!)
 梓が進んでするオナニーショーに、私は感嘆してその揺れる指を見ていた。
 しかたなく女芯攻めを諦め、肉壷に指を挿入して協力する。梓の指に邪魔にならないように舌を突き出して、膣前庭の辺りの湿ったところがどんな味がするのか確かめる。わくわくするほど濃厚な女の味がした。
 頃合を見て私の唇を疎外していた指をどかし、充血の女芯を激しく吸い立てると、梓はすぐに妙なる淫声を上げた。
 梓のオーガズムは、絞るような声で「イキそー!」と喘ぎ、その合図で私に、より激しい持続的な口唇愛撫を求めてスタートした。
 一段と呼気が深くなり、下腹部から内腿のあたりに力がこもって微妙な痙攣が走ると、両脚を閉じ気味にし、無念無想の表情に苦悶のような影が走る。
 そして、酸素不足のような息遣いを見せて、「あーっ」か「イクーぅ」の一声でアクメに至った。親しい間柄だから、乱れ方に羞恥や抑制というものがない。頂点に至った時の身悶えとほとばしる声は、その時の快感の状態に応じて様々な形で現れ、私はそれを感知することが何よりも愉しかった。
 梓が到達して、それ以上の刺激を拒絶するように躯を折ると、その頃には私の舌と唇は長時間のクンニリングスでへとへとになった。顔だけが汗をかくことはあるもんだと思っていた。
 梓はいつも深くアクメに達して、直後は朦朧としているのに、その後ベッドに横になったまま私に抱きつくなどして、快感が静まるのを待つとか余韻を楽しむとかの女らしい風情が残念ながら全くなかった。
 直ちに起き上がって風呂場へ行く。指技を施すためローションを少しばかりたらいに仕込むと、それを掌に溜めて、ニタッと笑みを浮かべてベッドに戻ってくる。
 梓がいつもそれをてきぱきとやるので、やっぱり男ぽい性格なのだと思った。
 寝そべった私の股間に生温かいローションを塗りつけると、梓は掌と指先を手加減なくカリの穂先に這わせ、同時に金的もさすり、粘着性豊かな絶妙のフィンガーマッサージをした。
 いきり勃ったカリ首を私の腹のほうから見たり、股間のほうからカリの裏筋と尿道口を眺めたりして、至福の悦楽で最硬度に達した肉棒の張り具合を楽しんでいた。
 そのときの表情が面白い。あるときは妖艶な成熟した女に見え、また、何か手仕事をしている小娘のような神妙な顔つきのこともあった。
 梓が私に手淫をすると、遊び心があって、しかもねちっこい。幹のほうはしごかず、私の好みに合わせ、亀頭だけをできるだけ掌の接触面積を大きくしてこすり続けた。先の割れているところを強めに掃いたり、笠のところを削ぐように引き上げたり、カリ首全体を握って揉んだり、とにかく工夫が込められている。
 ネチネチグイグイと複雑なローリングでこすられて私が充分堪能した頃、梓はペニスの先を見据えて単調で強引な往復に動きを変える。一気にザーメンを抜いてやるという気合いが良い。
 放出の段階に至っても動きをゆるめることがなく、美貌とはどうにも不釣り合いな指さばきの巧みさに、私は梓の太腿を鷲掴みしたまま、毎度のたうち回るようなスパイラル的射精感を得ることができた。
 私がうなって果てると、梓は必ず何か解説しながら後片づけをした。
「今日は、××さん、沢山出したわ、掌べっとりよ」
「えらく飛んだわ、乳房の間に一直線よ。ピストルの弾みたい」
「最初の雫が出たときは何も声を上げなかったから、一瞬、あれっ、どうしたんか?と思ったけど、間を置いて次が出て来たときは、××さん、激しく『うぉー』とうなったわねえ。二回目は団体さんで、どべっと出て来たわ。固まって出たわよ」
「××さんがいつもあんまり大きな声を出すから、私、今日は顔の上にのって私のお股を押しつけて口をふさいだのに、それでも、××さん、うるさかったわねえ」
 私を落とすのが愉しくてならないという梓の気持ちが嬉しい。萎えたペニスにローションがこびりついているのを、梓がシャワーをかけながら、指でしごいてこすり落とすのが気持ちよかった。

 平成五年が半ば過ぎて、梓は二十八になった。梓の昔からの同輩は既にかなりの数の女が業界から上がった。梓にはそんな気配が全くなく、泰然自若と射精稼業にいそしんでいた。恵里亜ですっかり大姉御ぶりを発揮していた。
 私は相変わらず梓の手業で気をやっていた。たまには口内射精をさせないかと頼んでも、梓は頑として認めなかった。
 梓は、睾丸を唇に挾んでマッサージしたり、アナルに指を差し込んだりと、とても猥褻なサービスをした。しかし、性的好奇心が旺盛な割に、口内射精はもちろん、私が梓のアナルに指を入れることや、私に排尿を見せることは許さなかった。
 私が求めて梓が認めた性的行為は少なくても、私は梓のようなもはや風格がにじみ出る風俗嬢とふざけ合って談笑するのが愉しくてならなかった。
 迎賓閣でも恵里亜でも、梓は「公出の梓」と呼ばれた。非番日の出勤協力が甚だしいから仲間が呆れた。
 何故そんなに休日出勤をするのかというと、岐阜市内に住んでいて店が呼び出しやすい、固定客が多いから休まれると店が困る、の二つの理由が挙げられるが、最大の理由は、梓がお金が好きだから、また、仲間と語り合うのが好きだからだ、と私は想像した。
 コンドームを使用することになってゴム摺れで悩み、平成三年までと比べれば着実に休みを取るようになった女が多い中で、公出をして、数多くの客を続けて取っても痛まない頑強な商売道具を誇っていた。だから、仲間が「鉄マンの梓」とも冷やかした。
 更に梓は「早上がりの梓」と渾名をつけられていた。男が吐精したらさっさと躯を流し、雑談もあまりせずに服を着させて部屋から出すというやり方だった。
 だが、たとえ早上がりの梓でも、そうはさせないのが私の楽しみ方だ。大体、私はたっぷりと攻撃的愛撫をするので、いつも入浴時間をぎりぎりまで使った。
 そもそも初会の女に時間を忘れさせるのが私の望みだ。いつも冷静に男を眺め、作業のように男を射精まで誘導しているソープ嬢やヘルスの女に我を忘れさせることを無上の愉しみとしていた。
 そういう私の振る舞い方を梓が感心して言った。
「××さんが来ると、いつも充分お喋りして、マットプレイもしっかり時間を使って、ベッドプレイに時間が足りるかしら?と思っても、いざベッドに上がると貴方に厳しく攻められ、感じが良くなったなと思ったら、もうあっという間にイカされちゃう。それで、インサートしたら適度な回数の動きで発射され、時間を確かめると丁度終了時刻。たまたま私が気が入らなくて、マットをあっさり終わっちゃったときなんかは、躯の調子が良くないから今日はイカなくてもいい、と思っていても、ベッドで××さんにものすごくじっくりと攻められ、無理矢理イカされちゃって、全てが終わるとやっぱり丁度終了時刻なんだから、××さんは躯に時計を内蔵しているみたい。もう、ほんと、いつもぴったり終わるんだもん。すごいわよ。迎賓閣の時でも、私、貴方は本当に遊び慣れていると思ったわ」
 私は、普段、時計をつけていなくて、時刻のことはあまり気を回さない質だし、眼鏡を取ると、もう時刻は確かめられないから、言われてみると梓の指摘の通りだと納得した。
 梓が大仰な表情で語るのを聞き、私は梓が二十六の頃までは梓を抱きしめて抽送し、温かな柔らかい体腔で吐精していたことを振り返り、感慨に耽った。

 当時金津園は毎月第三月曜日を全店とも休みにしていた。
 その月曜日に私は東京へ出かける用事があって、朝JRの名古屋駅へ行くと、上りのプラットホームに梓を含めて恵里亜の六人の女がカジュアルな服装で列車待ちをしていた。
 梓の発案で東京ディズニーランドへ行くところで、梓グループの女ばかりだった。梓の他には、由美、夏美、ミーナ、リリー、リサがいて、ミーナとリサには入浴したことがなかった。
 リリーは四ヶ月前に入浴していた。なかなかの美人でも躯の肉付きが良過ぎたし、ソープの仕事に馴れきった感じがするのが気に入らなくて裏を返さなかった。
 夏美は一昨年に会っており、まるで無愛想で愛撫らしい愛撫を全くせず、不愉快な遊びに終わった女だ。
 もう一人の由美は、一昨年の初対面の時にはあまり魅力を感じなかったが、七ヶ月前に再び入浴したら大層気に入ってしまい、それ以来通っていた。
 梓は上から下まで黒一色で統一して、六人の中で服装が断然洗練されていた。腰の括れの位置が高い体型だから、細いスラックスは脚がとても長く見え、胸のところがレースで飾ってある、丈の短い上着がよく似合った。
 残りの五人の誰よりも梓は段違いに別嬪だ。いつもは裸の姿か恵里亜のユニフォーム姿を見ていたから、シックに着飾った姿が実に鮮烈だった。制服のベージュやピンクの色調のものは梓にふさわしくない。そのときの黒ずくめの装いは裸よりもセクシーに見えた。
「××さん、どこへ行くの?」
「東京へ出張だよ」
「そぉ。会社の人と一緒じゃないの?」
「うん。ひとりだよ」
 梓はよけいな配慮の不要なことを確認した後、私を冷やかした。
「貴方もこんな朝早くから大変ねえ。ここにいる人、殆どサラリーマンみたいだもんねえ。驚いたわ」
「下りのホームは行楽客もちらほらいるけれど、朝の上りのホームは紺や灰色の背広を着た出張するサラリーマンばかりだよ」
「全員だもんねえ。……ねえ、ちょっと××さん、切符、見せなさいよぉ」
 私の乗る列車が一本後であることを確かめると、梓の顔にほっとした表情が浮かんだような気がした。
「××さん、列車の時間、変更したんじゃないの?」
「馬鹿! 変更するなら、同じ列車にするだろう。最初からこの列車なの」
「××さん、私等を見て東京に行くまでおちんちん勃たせていたらあかんよ」
 私は由美と梓からその行楽計画を前に聞いていたので、ホームで梓達に会うことを予期していた。ホームにいるのは中年の男ばかりで女が殆どいないから、若い女六人はたいそう目立った。
 仲間の女が不快げな顔をしていたけれども、浮き浮きしてしばらく梓と由美の二人と立ち話をした。でも、年長で古馴染みの梓に遠慮して、由美とも談笑したくても梓にばかり声をかけていた。
 列車の入線が近づくと、私は惜しい気持ちで二人と離れた。
 しかし、その日の夜、東京駅のホームでまた梓の一行に出会ったから驚いた。いつもは朝の遅い生活をしているのに出発がとても早かった。だから、帰りは多分夕方の新幹線だろうと想像したけれど、遅い時刻だった。
 すっかり闇に包まれた東京駅のホームの人混みの中でばったり会うと、梓の第一声は、「あらっ、××さん、ずーっとここで私達を待ち伏せしていたんじゃないでしょうねえ」だった。
 再会した梓達の荷物は、遊ぶお金に不自由しないだけあって、行きの三倍にはなっていた。指定した帰りの列車が偶然にも同じだった。
 その邂逅があった日のちょっと前に、私が恵里亜で由美に逢っていた時のことだ。
 梓が突然我々二人の部屋をノックして入って来た。
「ちょっとお風呂を使わせて。いいでしょ」
 そう言うと、いきなりユニフォームを脱ぎ始めた。私の肌着や由美の下着を入れたかごを引き寄せ、脱いだものをたたんで入れるから、由美は目を丸くしたし、私も驚いた。
(梓は何故ここに来たのだろう? 私が、このところ由美にしばしば入っているのが癪にさわって、牽制しているのだろうか。それとも、単に冷やかしに来たのだろうか? 焼き餅でも焼いたなら嬉しいが、そんなことはないだろう)
 不審に思いながらも嬉しがって冗談を言い合っていると、梓はそれほどお喋りもせずに素裸になった。無料で梓の裸を見るのは初めてだ。
「××さーん。私、お風呂に入るだけだから、何もサービスしないわよ。それとも二輪車に切り替える?」
 浴槽からそんな言葉をかけたりして、梓はあっと言う間に入浴を済ませた。そして、すぐに衣服を小脇に抱えて、バスタオルを巻いただけの猫背の格好で小走りに部屋を出て行った。
 私は由美と二人で、「何なんだ、今のは?」と、顔を見合わせた。
 しかし、梓は間もなくまた戻って来て、ドアーを半開きにしてバスタオル巻きの姿で覗き込んだ。
 何かと思ったら、悪戯っぽい目つきで裸の私と由美を手招きした。
「ちょっとこっちに来てよ、二人とも。……バスタオルをつけるだけでいいから、早くぅ!」
 梓は私の手首をつかんでぐいぐいと引っ張り、同じ階の別の部屋に案内した。
 私は梓にペニスを掴まれるのは毎度経験しているけれど、手首を握られるのはあまり記憶にないから、掌の温かさに妙に亢奮を感じた。
 それで、怪訝に思って中に入ると、女が四人もいるから驚いた。
 風呂に入っているのもおれば、シャワーを使っているのもいる。バスタオルを巻いただけの姿でベッドに座って髪をとかしている女もいる。プロポーションの悪いのは一人もいない。それで、裸体だから、皆、眼もくらむ美人に見えた。
 女達が戸惑っているのか面白がっているのか確かめたくても、眼鏡を取る間もなく来たので表情がよくわからない。
 私は気を落ちつけて女の顔を確認した。一人は、去年三回入ったユカリだったので、まずい!と思った。残りの三人は会ったことがないけれど、写真では見ている。
 無料で梓の裸を見るどころか、恵里亜の、指名が上位クラスの女の裸体をまとめて愉しむことになった。皆ロングヘアーをたくし上げてタオルで包んだ艶めかしい姿だ。
「××さん、バスタオルを取ってみんなに見せてあげてなさいよ。ちょっとみんな、この人が××さんよ。おちんちん使い込んで黒いでしょ」
 と梓は仲間に紹介し、ぼけっと突っ立っていた私のペニスへ手を伸ばして、カリ首を摘んで大仰な仕草でこすった。
 皆何やら騒がしくはしゃいでいる。金津園のソープの広い部屋も、女六人と男一人がおれば狭く感じる。裸の女大勢に貧弱な裸姿を囲まれると、女湯に間違えて闖入したようで、参ったなぁ!と萎縮した。
 梓がマットを敷くように声をかけ、ユカリが壁に立ててあったマットを下ろした。
 私は成りゆきに驚きながら、梓の勧めるまま仰向けになった。それから、梓が剽軽な仕草で半勃起のペニスを揉みはじめ、風呂場にいた女達も私を囲んだ。
「××さん、女六人に囲まれて、こんな幸せな気持ちって経験ないでしょ?」
 梓がにたーっと顔を崩す。
 マットに仰向けで大の字の私のまわりで梓達がきゃっきゃと騒いでいる。タイル張りの風呂場だから声がよく反響する。蒸気で霞んでいる中で、シャワーのノズルから出る湯が激しく私の躯を叩き、ユカリが乳首に触れ、誰かが脚を撫でた。
(こんな時はこの女達が馬鹿になってふざけやすいように何かジョークを言えば良いのだ)
 そう思っても、突然のことで機知に富んだ言葉が思い浮かばない。
「ちょっとー、ユカリちゃん、××さんはねえ、貴女に間違えて何回も入ってしまったと言っていたわよ」
「こらっ、何を言うんだ!」
 由美はどうしているのだろうと思い、顎を持ち上げて上目遣いに姿を探すと、一人だけ躯にバスタオルを巻いたままで、マットから離れたところにつっ立っている逆さまの像が見えた。梓が引き起こした珍事に戸惑っているようだ。
 全く非日常的で非小市民的?なハーレム体験にひたすら驚いた。梓にペニスを指マッサージされても勃たせられぬまま、どうなっちゃうのだろう?と思いながら、なされるがままに楽しんでいた。
 誰かが私の顔の上にしゃがみ、股間を押しつけてクンニリングスをせがんで、もう一人がカリ首を咥え、更に別の一人が金的をねぶるシーンが展開するかと期待したが、そこまではなかった。
 ポルノ小説と現実とは残念ながらちょっと違う。でも、妙齢の裸の女の嬌声に包まれて退廃の気分を満喫させる、梓らしい強烈なサービスだ。
 そして梓は、客を取られて困った顔をしている由美のもとへ私を解放した。
 後から考えると、その日私が由美とエレベーターに乗り込んだときに、由美が「今、客がついているのは私だけよ。皆『何、今日は?』とぼやいていたわ」と言った。ゴム着になってからどの店もかなり客が減ったのだ。
 そんな暇なときに、仲間が集まり入浴しているなら、梓は必ず一緒に行動するに違いない。むしろ、皆で一緒に自棄風呂に入ろうよと、梓から言い出すことだろう。だから、きっと初めから誘い出すのが目的で、躯を流したいというのを口実にして由美の部屋に来たのだと私は想像した。
 梓のいたずら心とサービス精神に心から感謝した。
 で、ハーレム体験が済んで由美の部屋に戻った後、私は由美から、皆でとても楽しみにしている東京行の時刻を聞き、自分の乗る列車のほうが二十分ぐらい発車が遅いことがわかったので残念だった。
 女達がディズニーランドへ行くことは、駅で会ったその日より一ヶ月前に梓が私に教えていた。
(私が東京の会議に出る日と同じ日だな。夜の遅い連中だから、私のような早朝の列車ではないだろう)
 楽しそうに計画を語る梓の顔を見ながらそう思っていて、予定の日早朝の名古屋駅のサラリーマンしかいない上りのホームで、私は、店とは全く雰囲気の違う、極く普通の女の子風の梓や由美の姿を観賞した。
 残りの四人、リリーと夏美と、入浴したことのない二人の女は、いずれもハーレム体験の時にはいなかった。美人のリリーを除けば、いずれも人気の乏しい女だ。
 後日由美からその時の写真を貰った。
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 リリー、由美、リサ







 梓、夏美、ミーナ

 その日、私は思いがけず、東京からの帰りまでが梓の一行と一緒の列車になって喜んだ。しかし、梓や由美がその帰りの列車の中で、私にちょっかいを出しに来ることは全くなかった。
 梓達は私が乗った車両の前の車両にいて、しかも座席が近いから、乗客の移動で通路のドアが開く度に、梓の奔放な高笑いがこちらまで届いた。
 同じ列車に乗っているのに全く無視されて、私の分身は、冬の北アルプスの稜線上で、猛吹雪の中で小用を足しているときのように極限まで縮んでいた。これも、ポルノ小説と現実とは残念ながら違っていた。
 後で由美に会ったときに、私は、梓には言いにくい嫌みを言った。
「君等、二時間もの車中で常連の純情なお客を全く無視するなんて、ちょっとばかり冷たいんじゃない?」
 すると、由美は「ごめんなさい! 私、疲れていたもん」と答えた。
 その話を由美から聞いた梓は「『どうして、ごめんなさい!なのよ』と、私、由美ちゃんに言ってやったわ」と声高に言って、私を睨んだ。
 それにしても皆、梓と仲の良い友達だったのだろう。日々、かなり歳の違う異性を相手に壮烈な稼業をしていて、接客していないときには同性同士ふざけ合っていなきゃ、やってられない。
 梓の立場になって、私は同情した。

 梓は控え室で、服飾、客の話、ソープ嬢批評、巨根・短小・包茎・セックス・女陰の形などの猥談の中心になっていた。
 気の合った同士で股を開いて女陰の形状を比べ合う卑猥な光景もあった。梓がしなやかな指で完熟の陰裂を開き、クリトリスの皮をひん剥いたり、ラビアを引っ張ったりして若い女同士で論評し合っている光景を覗いてみたいものだと私は思った。
「あら、××ちゃん、お尻の穴のほうまでまっ黒な毛が生えているのねえ。すごいわ!」
「××ちゃんのクリちゃん、外から全然見えないのね。まるで子供のおまんφよ。私と由美ちゃんのを見てよ。ほら、ちゃんと表から先っちょがよく見えるでしょ。剥くとこれぐらい出てくるのよ。……ほら、ご覧なさい、由美ちゃんのも同じでしょ。大人の女のおまんφはこういうふうでなきゃ。あんたのそれ、真性完全包茎よ。すぐ医者に行きなさい。滓が溜まって発酵して毒素を出して、クリトリスがんになるわ」
「××さんのびらびらは形も色も本当にいいわね。お客さんが綺麗だと言うでしょ、羨ましいなぁ。私のは片一方がねじれているし、××さんのは鶏のとさかみたいにでこぼこしてるわ」
 私は、梓がそんな過激な会話を交わしていると梓本人からも由美からも聞いた。
 梓は二十ほど歳の違う私を「××ちゃん」と呼び、仲間うちで話題にしていた。
 随分歳が違うのに「ちゃん」付けで呼ぶのは、梓の強烈な手淫のテクニックで、それも、同時にアナルに指を差し込み、更に睾丸を唇で揉み上げる華麗なマルチ愛撫に、私がよがってうなりながら歪ませる顔の表情がとても可愛く見えたからだ。夢中になってクリトリスを吸う姿も梓にとっては可愛いに違いない。
「××ちゃんって、イクときの表情がとっても可愛いの」とか、
「××ちゃんのあれは、大きくはないけど、かちんかちんなんよ。膨張率がいいのよー」とか、
「××ちゃんのナメナメはとってもしつこいんよ」
 などと梓が言っているのを私は妄想した。
 迎賓閣でも恵里亜でも、梓は私が好みそうな同僚を推薦した。
 私がその女に入って後日感想を語ると、梓は性格判定から技のレベル、喘ぎ方、濡れ方、女性器の印象まで、なかなか詳しい説明を喜色満面たる表情で聞きだした。そして、後でその女と一緒に私の批評をした。
 そんな他人を勧めるようなことをせずに、梓は貴方が大好きなんだから同じ店の女に浮気をしないで、という態度の一つも見せて欲しい、と私は梓にぼやいた。
 すると、「だって、貴方にいろいろな助平をさせて話が聞きたいもの」と返答した。
 そうは言いながらも梓は非難めいた言い方をした。
「××さんみたいに下の話ばかりするお客はいないわよ。本当に変人、おかしな人。貴方は偏屈よ」
「馬鹿! 俺はお前に合わせているんだ。天下国家の問題、会社はいかに経営すべきか、徳川幕府形成の過程、嫁・舅の問題から源氏物語にいたるまで、大概のテーマで講演をすることができる教養があるんだよ」
「××さんはそうだろうと思うわ。だから、貴方は偏屈なのよ。でも、面白い人!」
 梓とは大変長い付き合いになった。二年ばかり行方不明になった期間もあっただけに、小娘から熟女となる変化が私にはよく窺えた。
 梓も「××ちゃんのおちんちん、昔より大きくなったみたいよ」などと私を冷やかした。
 梓は自分が生んだ子供を別れた男に取られたのが、心の傷になっているのではないかと思い、その話題には触れないようにしていたが、ある日思い切って尋ねてみた。
 すると、その返事が意外だった。
「あいつ、子供さえ持っていれば私が戻って来ると思っているのよ。誰があんな奴によりを戻すもんか。私と復縁したくって、もうこの近くに戻ってきているのよ。運転手を辞めてやくざになって」
 そもそも梓が迎賓閣から突然姿を消したのはその男の追跡から逃れるためのようだった。
 好き合った男女が親に引き離されたのかと思っていたが、そうではなかったのか、それとも、当初はそうだったがその後心が離れたのか、どういうことなのか確かめたかったが、質問は慎んだ。
 こんな私の姿勢を感じ取ってか、梓が私を褒めたことがある。
「××さんって、本当に律儀だわ。よく飽きないで私のところへ来るわねえ。本当に長い付き合いよ。それで、感心するのは、どうしてここで働くことになったのかとか、恋人がいるかとか、どれだけ稼いでいるかとか、私のことをあれこれと全く尋ねないことよ。誰でも絶対にそういうことを訊きたがるのよ。えらいなぁ、全く一度もないんだもの。……自分の仕事のことや家庭のことを、私達にはどうでもいいことをあれやこれやと話したがるつまらない男も大勢いるけど、貴方はそういうこともしないし。それで、話すことは、最初から最後まで猥談ばかり。こんな人、他にはいないよ。よくそれだけ下ネタが続くわねえ。本当にあきれるわよ」
「俺だってそういうこと、君のことを訊きたくてしょうがないんだよ。でも、じっと我慢しているんだよ。君が自分から話そうとしない限り」
「ねえ、今日はどういう助平話をするの? そうだ、私と他の女の子とで、××さん、どういうふうにあそこの舐め方を変えているのか教えてよ」
 私が女の好みに合わせてどのようにクンニリングスに工夫を凝らしているのか、女のよがり方の違いや性器に現れる反応の違いも含めて露骨に解説すると、梓は顔をくしゃくしゃにして喜んだ。
「××ちゃんは舐めがいいのよねえ。ほんとに、あれが良いんだわぁ」
 梓は看護婦出身のせいか衛生観念がしっかりし過ぎて、エイズがまだ騒がれていなかった迎賓閣の頃とは違い、恵里亜ではもうディープキスをしなかった。ムーディな雰囲気でソフトキスに応えることも全くなかった。
 私がその不満を言うと、梓は軽くあしらった。
「口内が炎症を起こしやすい質だから駄目。そんなにキスがしたいなら、××ちゃんは私のところに来るのをやめて、キスをしてくれる女に入ればいいのよ」
 私の背中の真ん中に、毛穴から入った雑菌で脂肪が半ば化膿して、ふくれ上がって痛がったことがあった。
 梓は皮膚科の医院で働いたことがあるので要領がわかっていて、背中の脹らみを親指二つで押して排出した。
 私が「いてえ!」と叫んでも、容赦なく圧迫してしぼり出した、変色した脂肪の塊を爪に乗せて示した。
「随分出たわ、茶色いのが。やっぱり少しくさいわねえ。××さん、躯の中心線上のおできは気をつけなければいけないのよ。これが緑っぽかったら要注意よ」
 迎賓閣の時のそんなシーンも懐かしい。
 一般に、ピンクキャバレーやファッションヘルスで働く女は、ソープ嬢を、不特定男性に躯を許すという、最もけしからぬ商売を行う連中と見ている。しかし、ソープ嬢のほうはこれらを、無茶苦茶に非衛生で、ただ口や手で射精させるだけの虚しい仕事と考える。ソープランドのほうが、客と、より人間的な会話ができるから良いと思う。
 以前にファッションヘルスの店にいたことがあるソープ嬢が歎いて私に語った。
「ファッションの客は皆、金太郎飴よ。どの顔もどの顔も全部同じに見える。何度も来る客でも、裸になっておちんちんの形を見て、ああ、この人だったのかとわかるなんて、とっても虚しいわ」
 ソープでは会話に時間が取れるので、客の内面が窺え、顔が識別できるようになるということだろう。実際、一度入った客をソープの女は存外と憶えている。
 そんな中で「お前、何故ここへ身売りしたのだ?」と、会うなり江戸吉原の昔のように思って尋ねる客がいると寂しいだろう。大抵は、自分の意思で来ている。それでも、特殊な稼ぎなだけに皆事情があるのだろう。
 梓はこんなことを私に洩らした。
「××さんは何故そんなに私のところに来るの。××さんが梓について知っていることだけが私ではないのよ」
 また別のときに
「こんな仕事、好きでやってる子なんて誰もいないわよ。皆、何か複雑な事情があるんよ」
 テーブルのガラスの面を指先でなぞりながら、ぽつりと呟くエキゾチックな横顔は寂しげで、跳ねた睫毛が印象的だった。

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