初めての金津園

 私は昭和57年に初めてヘルスの店に入った。35歳でエロ風俗を初体験したのだ。
 それまでストリップ劇場のまな板ショーで射精したことはあったけれど、女と一対一の遊びというのはそれが初めてみたいなものだった。
 名古屋のヘルスの店を経験したのが、暴力団とのトラブルや性病感染に対する恐怖を押しやって買春する勇気を生んだ。そして、私は低俗週刊誌で金津園の存在を知った。
 昭和58年2月、私は金津園に初めて足を運んだ。
 コンチネンタル男爵という店(現在は館)が愛想のいい呼び込みをしていたから入った。
 入浴料を払った後、店の男がどんな女が好みかと訊くので、容姿はまかせるからベテランがいいと答えた。
 私は、こういうところでは、容姿の好みで注文してもしょうがないだろうと直感していた。
「はい、判りました。しばらくお待ち下さい。中の料金は××円となっておりますが」
 明確に説明されて、総支払額が予算内に収まると判り安心した。(3万円ぐらいではなかったか)
 そのまま不安な気持ちで長く待った。当時は、今のように先に女の写真を見せなかった。勿論上がり部屋で写真を見せることもなかった。女の写真を載せたソープ情報誌もなかった。相方は店の男が決めたのに従うだけだ。
 待ちくたびれた頃、男が現れた。
「お客様、秋がご案内いたします」という声に安堵して、なるほど、案内と言うのか!と納得していた。
 ボーイの背後にいた秋は、丸顔で中背の、肩幅が狭い体つきをしていた。思いの外若いようだと認め、私の胸は早鐘を打ったが、女が平然としているのを見て、臆する心を抑えた。
 部屋に入り明るいところで眺めると、ショートパーマの秋が、ブラウン系の地味な色合いの、極く普通のワンピースを着ていた。ヘルスの女のように露出した服装ではないから、そのことに好感を抱いた。
 秋が優しい眼をして愛想よく話しかけたので、(あばずれ女が現れなかったことに)ほっとした。
 ソープについて何も知らないからどう振る舞ったらいいのか作法が全く判らなかった。秋に服を脱ぐように求められ、肌着姿になってから途方に暮れた。更に脱ぐべきかそれとも他のことをするのか、脱ぐとしてもシャツからかパンツからか靴下からなのか、それともパンツだけは残すのか、困った。
 ヘルスでは女が下着姿同然で、先に裸になった。私が服を脱いでいると、女は髪を束ねるとかしていて、視線を浴びていなかった。秋は服を着たまま正座して、脱いだものを受け取るつもりのようだと思うと、そのまま最後まで脱げば良さそうだと思いはしたが、これでは決まりが悪かった。
 私はペニスが縮み上がっているのを知覚して、そんな見苦しいものをさらけ出すのが羞恥の極みだ。ベッドに腰掛けた私の手が届くところに秋の眼があるから、パンツを下ろすのが実に恥ずかしかった。
 パンツを下ろすと、ペニスが緊張のあまり目一杯縮み、幾重にも横皺を集めて茂みの中に隠れていた。あきれるほど細く短く、どす黒く退化していた。その小田原提灯が恥ずかしいので、秋が背を向けたときにカリ首を摘んで引っ張って伸ばした。ついでに包皮を引いて剥きあげるとともに、滓がないことを確かめた。
 でも、すぐに小田原提灯になってめり込んでしまうから、いい歳をしてどれだけ緊張しているのだ、と自分を嗤っていた。
 部屋はホテルの一室のようで、風呂場が広いことに驚いた。暗くて狭いヘルスよりはまるで雰囲気がいい。
 秋が裸になるのを見ていると実に堂々と脱いでいて、肌は浅黒く、胸も小さくて、平凡な体型なので、これくらいなら緊張なんかするな、男なら怖じ気づくな、と自分に言い聞かせた。
 しかし、部屋が広くて煌々と明るいから、浅黒い肌がやけに眩しく見えた。秋が下穿きを脱ぐ頃には、私は妙に鼓動が激しくなった。自分の動揺がいぶかしくてならなかった。
 流し場に案内されて妙な形の椅子に座ると、秋に体を丁寧に洗われた。秋がペニスの先を摘んで引っ張ったり、睾丸をたくし上げたりして大胆に手を動かすので、私は圧倒された。丁寧さと完璧さの点で、ヘルスの女とは洗い方が全く違っていた。
 ごしごしされてもシャキッと勃起しないから、六十歳のお爺さんみたいだ、と秋が内心軽蔑しているのではないか?、と心配した。裸の女が眼の前にいて、視線はどこに投げるのが正しいのだろうかと悩みながら、会話が途絶えるのを恐れるように何かを喋っていた。
 私は、床の敷物や壁の材質や照明器具などを見て、それほど安っぽいものではないから意外だった。浴室にはふんだんにタイルが張ってあり、清潔そうで、ヘルスとは随分違うものだと感心した。
「マット、しますか?」
「うん」
 週刊誌で読んだマットプレイというものが始まるのか、と心が躍った。部屋に入ったとき、壁に立てかけた灰色のマットの、空気を満たした厚さと幅の広さが目についていた。
 秋のマットプレイにも驚嘆した。週刊誌で多少の知識があっても、石鹸液を塗って秋が躯の上を滑る動作にびっくりした。やけに堅い毛で、陰毛をたわし代わりにしているぞ、と思った。
 後から振り返ると、背中や尻に乳房や恥毛を押しつけて縦に横に躯を揺り動かす、全く普通のマットプレイだけれども、なにせ初体験だから、秋が踏ん張っているつま先がキュッキュッと音を立てる滑り遊びに、こんなサービスが!と感心するばかりだった。
 マットプレイの後、私は、子供の頃から性というものに深く興味を抱いてきても、女房以外には殆ど性体験がないという話を、ユーモアを交えて純真そうに語った。
 秋は興味があるとも思えない私の自己紹介話を相槌豊かに聞き入った。
「最初から貴方は落ち着いていて、こういうところが初めてとは、とても思えないわ」
 秋がそう言うと、(パンツを脱ぐところから始まって、これだけ心が動揺しているのに、それが判らないのか。いや、私を平常心にさせようとしてそう言っているのか?)などと思っていた。
 その後、どのような時間配分で何が進行するのか見当がつかないから、話がはずむと、このまま会話だけで殆どの時間が過ぎてしまうのではないかと心配した。
「さあ、ベッドに行きましょうか」
 突然の声に、私はその瞬間心臓がどきどきして貧血を起こした。立ち上がって、ベッドの方に歩む秋の後ろ姿と部屋の光景が多重の同心円となって放散していた。
 嘔吐感もあるようで、大事なところで変調をきたして情けない!と自分に腹が立った。
 私は、足が痺れたふりをして、ゆっくりとベッドに向かった。
「あのぉ、最初に僕がさわってもいい?」
「いいわよ」
 思い切って尋ねると、秋は先にベッドに横になった。
 仰向けの躯は、女らしい起伏が乏しく、肩が怒り肩で、肌が浅黒いのがもの足りない。でも、体型がスリムで、「いいわよ」の声の柔らかいイントネーションが好ましかった。
 秋のへそがかなり大きく、形も奇妙なことに気がついた。そのことを婉曲に指摘したら、「生まれたとき、本当にへその尾の切り方が下手だったのよねえ。嫌になっちゃうー」と返ってきた。
 乳首をいじりながら秘所に目をやると、陰裂が短かくて恥毛が太短い。指先をクリトリスに這わせた掌に当たる毛が堅かった。その毛先が何だかチクチクし、茂みの端の鼠蹊部近くに生えている毛が太い割には短い。マットプレイの時にたわしかと思ったのが頷けた。腕を見ると長い産毛がびっしりと生えていた。
 多毛の割には陰毛の生えている面積が小さいように思ったので、刈り込んだのかと尋ねた。
 ベッドのすぐ横に大きな窓があり、昼間なので照明がいらないくらいに光が入っているから、線香で処理したと説明する毛先が充分観察できた。
 へその形や毛の始末のようなくだけた会話をして、落ち着いてきたので、それからは秋の秘所をしっかり弄った。秋の一番感じるやり方が何か探ろうとする余裕が出てきた。
 私は手淫ばかりしていて、年期が入って巧妙だった。異性の性感帯を揉むに当たっても、先に唾液や自分の先走り汁を用いて滑べりを良くすることが大切なことも、リズムが必要なことも、情緒としつこさがあったほうが良いということもよく判っていた。
 カリ首の先の滴を掬うのを秋に悟られないように気を配り、そーっと先走り汁を指先でぬぐい取るや、クリトリスに狙いをつけてなすりつけ、一心不乱に愛撫した。秋が快感に身をよじらせるのを期待して、中指一本を慎重に振動させた。
「本当に初めて来たの? 嘘でしょう」
 また秋が言うから、嬉しくなった。
 私はクンニリングスがしたくても、風俗の女にそれをする勇気がなかった。その代わり、かなり長い間クリトリスを指で弄った。
 秋が喘いでいたのが、演技だったか本気だったのかは判らなかった。職業で性交をする女は、初対面の男にペッティングされて濡れることはめったにないようだ、とがっかりしながら、女は性器が濡れなくても気持ちがいいことはあるのだろうか?と疑問を浮かべていた。
 その後は、予想外にゴムもつけずにインサートすることになったので喜んだ。
 マットプレイを始めるとき、秋が「ここでする?、それともベッドでする?」と尋ねた。
 私は、えっ!と思い、「ベッドで」と答えた。秋が言ったことが、指で落とすことなのかインサートするということなのか、判らなかった。週刊誌に書いてあったことは信用してなかった。
(女房以外の女と個室で、しかも、ノーサックでするのは初めてだ、万歳!)
 そう思ってインサートしたが、やはり緊張が完全には解けていないのであろうか、勃起の調子が悪かった。だから、しばしの抽送の後の射精感は今一つだった。
 でも、私は、秋が恥毛を苅り込んでいるのとへそが歪なことがおかしく、何となく親しみを感じ、更に、二十四歳の秋が小学生の時の担任教師に似ていたのも影響して、一発で逆上せてしまった。
「とても優しいやり方だから、良かったわよ」
 それほど美人でもなかったのに、その一言で恋の矢が胸に刺さった。どうにもならないのに、悶え狂ってしまって、思い出すのも恥ずかしい行動をしてしまった。まあその頃の私はわかっていない男だった。
 秋は三度会ったら上がってしまった。秋がすぐいなくなったのが良かったと思っている。

 初体験というのは記憶に残るものだ。これは平成5年に書いたが、情景を写真で撮ったように覚えていた。さあこれからという時に貧血を起こしたのには本当に困った。
 読み返すと、マットプレイで合体がなかったのが意外だ。石鹸液がついたままでは交わりにくいということなのだろうか。まあ、合体は1回だけというのが当時の金津園のスタイルだったのかもしれない。

『金津園遊びの実録』  『初会の金津園遊び』  トップページへ戻る
(千戸拾倍 著)
St herb ナノ ブレストクリーム