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由美1

 恵里亜は平成元年から五年頃金津園でよく流行っていた店の一つだった。その恵里亜の由美は私が最も数多く入浴した女で、その入浴数の多さは初めての二輪車入浴の冒頭に記した通りだ。
 平成三年に初めて会った時には、打ち解けにくい小娘の印象で全くそそられなかったが、一年半経った平成五年の二月に、予約してあったマスターズの夏木ルイに恒例のドタキャンを喰らって、常日頃恵里亜の梓が由美にもう一度入浴をするようによく言っていたので、二度目の入浴をした。
 そこで私は由美がすっかり気に入った。そのときの私の昂揚ぶりは初めての月4回入浴に記した通りだ。それから私は由美に通いまくった。
 とにかくたくさん通ったから、幾多の愉快な想い出があり、それは初めての二輪車入浴の他にも、2度目の二輪車スペシャル二輪車4度目の二輪車など数多く登場している。私がソープやセックスについて書いたエッセイには由美から得た着想がとても多い。
 私は梓や夏木ルイに通い詰めた経験から小説を書こうと思ったが、由美との出会いがなかったなら、小説を世に出すためにウェブサイト(良性記)を拵えることはなかったと思う。
 私は平成五年の二月に何と四回も由美に入浴した。性格の純なところに打たれたし、私に打ち解けた様子と鋭敏な快感反応が楽しかった。由美がその四回の入浴の二回目にスキンなしを認めたのが、ゴムを着けると萎えやすい私には何よりもありがたかった。
 平成三年の初会はNSだったが、翌年の春から金津園の店はゴム着用を決め、平成五年において恵里亜で生嵌めができるとは全く思ってなかった。それに、由美は明らかに店のルールを曲げて私にだけ特別にNSを許したのだ。
 とにかく私はこの由美にのぼせ、六月も四回入浴した。由美に人気が上がるように性技を指導し、由美が耐えるように喘ぐのを探りながら、ひたすらオーラルセックスに没頭した。由美の見事な性的反応を紹介者の梓に報告するのが愉しかった。

 七月、私は月の初めに由美に入浴した。
 部屋に入るなり、由美は先月の指名数がとうとう店の基準に達し、部屋持ちに昇格したことをにこにこして報告した。六月は私が由美に四回入浴したのも奏効した。
 去年より格段に指名数を伸ばしたから、店長が由美への扱いを前より随分と良くして、健康を気遣う言葉をかけもし、フリーの客を優先してつけてくれたのがとても嬉しい、と言うまでは笑顔だった。しかし、平成四年の十二月には店長にこんな調子では首にするぞと脅されて、そうなる前に店を辞めようかとすっかり落ち込んでいたことを話しだすと涙目になった。
「何もかも××さんのお蔭だわ。今は本当に仕事が楽しいわ」
「そりゃー、梓さんと僕に感謝しなきゃいけないよ。本当に良かったじゃない」
「昨日、店長から部屋持ちの話を聞いて、今日すぐに××さんの予約が入って、××さんに部屋持ちになったことを報告できるなんて、私、とっても嬉しいわ」
 私も嬉しかったが、部屋が持ち部屋らしく飾られているかと眺めても、普段と変わりがない。
「何も置いてないなぁ。これからいろいろと物を置いて部屋を飾らなきゃならないね」
「だって、私、まだ部屋持ちになったばっかりだし、梓さんがね『ちょっと由美ちゃん、部屋持ちになったからといって、すぐ荷物をいっぱい持ち込んじゃ駄目よ。どうせあんた、一ヶ月だけいい想いをして、すぐに部屋持ちを外れて、また引っ越すんだから。荷物が沢山あるとそのとき格好が悪いから』と言うのよ」
 私は鋭敏な由美がベッドの前戯であっという間に気をやってしまってはつまらないと思った。
「今日はイクのを我慢するんだよ」
 クンニリングスを始める前にそう頼んで、由美が気をやりそうになると「イッちゃ、駄目!」と声をかけた。厳しく攻め続けながら、すぐに気をやらせないように努めた。
 頃良い時点で唇と舌の動きにラストスパートをかけると、由美は上体を微妙に震わせ、ベッドから十センチぐらい尻を浮かせて叫びながら達した。素晴らしい眺めだ。
 弓なりにした細い腰が力つきたようにシーツに下りると、充血の余韻がクリトリスの根元に残り、除毛した割れ目がぱっくり開いて、大陰唇の下のほうから会陰まで濡れそぼっているのが眼に映る。
 私が躯を合わせようとすると、由美はけだるそうに膝を引きつけた。ペニスを嵌め込んだ瞬間、由美の唇が開いて丸くなり、すぐに閉じた。
 ぐしょ濡れだから、奥まで突き入れたペニスの全体に湿った肉壁が絡みつき、気色が悪いような愉しいような妙な肌触りだ。互いの肌が当たる音を確かめながら、温い肉孔を勢いよくかき回すと、躯の奥にビンビンと快感が走る。由美の顔を見ながら腰を送るのが愉しい。
 膣内に激しく精液を飛ばして、絶妙の射精感で腰の運動が終了した。
「貴方が我慢しろと言うもんだから一生懸命こらえていたんだけど、もうほんと私、二回イッたときよりもこれはうーんと疲れたわ。躯ががたがたよ。もう駄目、どうしよう。だけど私のおまんφ、××さんだとどうしていつもこんなにヌルヌルになるのかしら?」
(誰でも皆そうなるんだよ。シーツに染みを作らない女は女ではない)
 と、私は梓や夏木ルイのずぶ濡れの割れ目を思い出し、心の中で呟いた。
 梓が、四つ歳下の由美に特別に眼をかけていた。
 私は梓に会い、由美のことを話題にした。
「由美ちゃんが部屋持ちになるほど人気が出て良かったね」
「そうよ、私、随分いろいろと教えてやったんだから。部屋持ちになったのは私のお蔭よ」
「違うよ。俺が由美にしっかりとマットのやり方、おちんちんのさわり方、客との応対の仕方なんかを指導してやったからだよ」
「そう、由美ちゃんは××ちゃんと私の二人の合作だわ。そういうことにしておこう」
 私は由美の喜びようが嬉しくて由美に逢わずにはいられなかった。由美と二十三歳の年齢の差があるから『惚れ込んだ』訳でもなかろうに、とにかく由美には人間の魅力に惹かれて逢いたくなるのだ。そう自分の心理を分析した。一種の保護者のような気分でもあった。それも惚れたということなのだろうか。
 性交渉だけをとらえれば、由美は顎の関節が弱いことからフェラチオが長くできないし、性格的にはよがるのを抑える傾向にあるし、今一歩の感はあるが、器量は良いし、由美には軽薄さがなかった。
 私は梓の気持ちが気になったが、由美とならいつも百点満点の心地良い交合を楽しめた。それはある意味では梓の時以上だった。経済的にはつらいが、梓にも逢いたいし、バギナの中に放てる由美にも逢いたい贅沢な欲求を抑えることができなかった。

 由美は愛撫を受ける時、身悶えするようなことはなく、耳に響くほどのよがり声もあげないけれど、到達する時の普段とは違う高音の叫び声がとても艶めかしかった。それと、アクメに達した後くすぐったくなって逃げていく腰に、私は何とも名状し難い感動を覚えた。脂肪の薄い、若い肉体が上りつめてシーツの上で身をよじると、明瞭な乱れに毎度脳天から亢奮した。
 よくよく観察すれば、極めて剥きやすい大きなクリトリスだ。普段は包皮の中にしっかりと隠れても、とても刺激しやすい。
 私が粘着的にそこを攻めると、「貴方の愛撫の仕方は何と言うか舌全体で覆うような感じで、私が感じるのに一番良いやり方なの。それで、舐め方にもいろいろ変化をつけてくれるし…」と由美が感想を語った。
 梓のように活発に喋らないから、私は逢うと、はてさて何を喋ろうかと悩むこともあり、二人の共通の知り合い、つまり恵里亜の女、特に、由美が感謝してやまない梓についての話が多くなったが、時には由美のソープに入る前の昔話や由美についた客の話になった。
 由美の常連客に珍妙な男がいて、その体験を由美が本当に愉快そうに説明するから、私が大笑いをしたことがあった。
「ベッドであそこを舐められて、私が気持ち良くなって『イッちゃう!』と言ったら、その人、『由美ちゃん、気持ち良いのー。あっあっ、僕も、僕もイクーぅ!』と喘いでいるの。まさか本当にイッちゃったとは思わないから、嵌めさせようとして、見たら濡れて縮んでいるの。えっ、どうしたの?と思ったら、シーツにピュッピュッしているのよ。『君があんまり気持ち良さそうな顔をして、素敵な声で『イッちゃう!』と叫ぶから、その気持ち良さそうな顔を見て声を聞いて、僕も亢奮して同時にイッちゃった。良かったねえ、一緒にイケて』って、嬉しそうな顔をして言うの。ほんと、私、そこをさわってもいないの。その人も別に自分でこすっていた訳じゃないのよ。それで、私のイク声を聞いて、気持ち良さそうにしている顔を見ただけで感極まって勝手に空中に発射しているの。そんな早漏の人、見たこともないわ。面白いでしょ。先に出してしまったのを恥ずかしがらずに、同時にイケたのを喜んでいるのがおかしいでしょう。私、笑いをこらえるのがつらかったわよ」
 私は由美に童貞の客について感想を尋ねたことがあった。
 私が質問した殆どのソープ嬢が、童貞の客は嬉しくないと言った。童貞の男が来て、嬉しくてルンルン気分になったと語った女は一人二人しかいなかった。
 童貞の客のよけいな緊張をほぐすのに苦労するし、彼等が性の技が上手いことはないからつまらない。第一、リズミカルに腰を動かすことができない。それに、緊張し過ぎて満足な形にできないことや射精できないことがよくある。これが一番困る。
 誰だって初体験の女は一生忘れないのに、完全な終着を迎えられずにみじめな想いをさせれば、ソープ嬢は男を気の毒だと思うから、そんなことを考えるとかえって普段のように仕事をすることができない。
 童貞でなくてもソープで上手に遊ぶことは結構難しい。客が上手に遊ぶときに女も上手く仕事ができる。
「あのー、僕、初めてだからよろしくお願いします」
「初めてって、ソープが初めてということ?」
「あのー、何もかも初めてなんです」
「何もかも初めてって、もしかして貴方、童貞君?」
「はい」
「ええっ、そんなに若くはなさそうだけど、本当に貴方、童貞君なの?」
「はい。あのー、セックスの仕方、教えて下さい」
「一応指名になっているけど、どうして私に入ったの?」
「僕の連れが『彼はまだ女を知らないから、ベテランの女の子を当てて下さい』と頼んで、選んで貰って、二人で来たんです」
「ええっ、私が童貞君向きのベテランさんなの、嫌だぁ」
 という会話から始まって、風呂場で躯を洗おうとして驚いた、と由美が語った。
 童貞君が椅子に腰掛けるや、その股間から猛烈な悪臭が鼻を直撃して、一瞬どうしようかと思った。
「私、すぐに石鹸の原液をわっせとかけて一生懸命に洗ったわ。原液をそのままぶっかけたなんて初めてよ。その子、童貞君のくせにあそこはちゃんと剥けていて、それでいてむちゃくちゃにおうの。すごい臭いだったわ。指で皮を根元のほうへぐっと伸ばして、『ここをいつもちゃんと綺麗にしていなくちゃ駄目よ。こういうふうに指でごしごしと洗って、滓をちゃんと取るの。こんなのじゃあ、女の人に嫌われるわよ』と教えてやったわ。ほんと、大量の滓だったわよ。もう、とにかく徹底的に洗ったの。それで、マットでおちんちんをこすってやったら、何とも言えない気持ち良さそうな顔しちゃって、すぐに『おねえさん、出ちゃいそう!』と訴えるから、私がすぐに上に乗って嵌めて出さしてやったの。童貞君なら、エイズも心配しなくていいでしょ。……
 その童貞君、歳を訊いたら私と同じ歳なのよ。それなのに、そいつにおねえさんと言われて、その歳まで童貞で私に頼る感じだったから、嫌になっちゃったわー。それで面白いのよ。生意気なのよ。ベッドを始めようとしたらいきなり私に『女の人の悦ばせ方を教えて下さい』って頼むのよ。だから、『あんた、童貞君のくせに、何を生意気なことを言っているの。まだ全然早いわよ。初めてのときは腰の使い方も判らないものよ。まず、ちゃんと自分で上手に腰を動かせるようになってからそういうことを考えなさい!』と言ってやったわ」
「リズミカルに腰を使うのは、知らないと結構難しいからなぁ。僕も、初めての時は何だかぎこちなかったよ」
「その童貞君、やっぱりね、『どうやって腰を動かすの?』って訊くの。『前、後、前、後よ』って教えてやったわ。腰を振る度に『ぜんごぜんご』と声をかけてやったのよ、うふふ。それで、ちゃんと中で出せて、最後に躯を洗おうとしたら、それが面白いの。その人、よたよたっとよろめきながら洗い場に来るの。もうめろめろの格好して。どうしたんか訊いたら『脚を吊っちゃって、腰も調子がおかしい』だって。私、笑っちゃったわ。『一回だけではセックスの仕方は判らないから、もう一度私のところに来なさい』と言ってやったの。
 後で私、フロントの男に文句を言ったの。『私が童貞君向きのベテランだなんて、一体どういうことよ。そんなのは他の人にしてよ。童貞君は相手をするのが難しいから、心の準備が欲しいわ。だから、童貞君と判っているなら、ちゃんと先に私に教えてよ』って。折角セックスってどんなだろうとわくわく期待して来て、イカせられなかったら可哀相じゃないの。ねえ」
 大きな眼を見開いて、薄めの唇を歪ませて同意を求めるその顔は妖しく映えた。
 由美から聞いた言葉で、私にインパクトを与えたものが三つあった。一つは「童貞君」で、もう一つは「手まんこ」で、最後は「あそこを吊る、左手で吊る」の「吊る」だった。
「童貞君」には小馬鹿にしたような、可哀相というようなニュアンスがある。それは、由美の、童貞君の体験談と調和して、コミカルなアイロニーとシンパシーの気持ちが伝わった。
「手まんこ」という過激な言葉には驚いた。女の自慰を言うのだが、「あんた、手まんこでもして、イクことを勉強しなさい」などと恵里亜の控え室で梓たちが喋っているのかと思うと、これもなかなか良い。
 由美は高校生の頃はよく手まんこをした。狭いアパートに一家四人で住んでいて、当然自分の部屋などはないから、トイレに入って二本指を動かしていた。
「吊る」は、梓が割れ目を開いて仲間に見せているのを由美が描写したときに初めて聞いた使い方だった。
「梓さんが股を開いて、手であそこを吊ってクリちゃんを剥き出して……」の簡潔な動作表現に私は意表を衝かれた。
 包皮を後退させて女芯を露出するには、確かに、手で陰阜の辺りの皮膚を上に引っ張ると良い。それを、仲間同士で「吊る」と表現していることに感動した。確かにその光景は「吊る」だった。それまでは引っ張り上げるとか剥くとかの言葉しか考えられなかった。
 実際、私が舌と唇でクリトリスを愛撫している間、由美はいつも両手で春毛を押さえながら陰核茎部を吊った。吊るだけで小突起が露出する、めくりやすい包皮なのだ。
 由美は私の指導もあってかマットでは立派な愛技をしたけれど、ベッドではいつも静かに男に身をまかせているようだった。本数を稼ぎたいのにその態度は意外なので、それを確認すると次の答を返した。
「私、ベッドではあまり技は出さないの。冷たいぐらいよ、勃たないほうが悪いというような顔をして。だから、私が上になってするのは、ベッドでは殆どしないわ。そんなの、疲れるもん。私が下になるのばかりよ。私に上になって貰いたそうにしていても、知らん顔して寝ているのよ」
 マットとベッドとで、由美が態度を変えているのが面白かった。

 由美は私の予約が入っているのを知ると、エレベーターで待ち受ける前に床にバスタオルを敷き、テーブルに私が常用している煙草のバージニアスリムを置き、ブランデーも氷もグラスも用意して準備万端で迎えるようになった。
 私がいつも床にバスタオルを敷いて素っ裸で座り、ベッドの側面に背もたれして、あぐら座りしてブランデーをロックで飲むから、由美は先回りしたのだ。それまでの馴染みの女にそこまでの心遣いはなかったから私は喜んだ。
 恵里亜の部屋はなかなか落ち着いた感じだ。部屋は殺風景なくらいだが、客から貰ったぬいぐるみを目一杯並べてあるような持ち部屋よりはすっきりした部屋のほうが好きだ。洗面台とベッドと小さな洋服入れだけが目立つ部屋で、由美と並んでベッドの脇に固まるように座り込み、グラスを手にして語り合うのが愉しかった。
 由美の昔話も聞いた。まだ二十三のその頃が由美の青春時代の後期とすれば、青春時代の前期の過ごし方を聞くと、私とのあまりの違いに驚いた。由美がやりたいことを自由にやっていた青春時代のほうが、私の青春より充実していたのではないかと思った。
 私は若い頃不良願望があった。由美の物語を聞いていると、その歳になってもその気持ちの残滓が胸の奥にあるような気がした。
 高校生のときから二十一歳でソープに入るまで、その間、うどん屋で働いたり、会社に勤めたり、博覧会か何かのコンパニオンをしていた由美の経歴とその間の性体験の話が実に興味深かった。アルバイト先の店の責任者ともすぐに肉体関係を持ったりして、由美は手当たり次第にセックスし、闇夜にさまよっていたようだと私は感じた。
 初老の男とも付き合ったりして、二人で飲み明かした時、由美から誘って一夜を共にして、男がお金を受け取れと言うので、それを貰ったこともあった。
 恋に溺れて彷徨する話を小説では何度も眼にしたが、現実の体験話を本人から、しかも、若い女から聞くと、あまりにも私の若い頃とは程遠い世界の物語なだけに、衝撃すら受けて唖然とする気分になった。
 私は興味深いその物語のお返しにできる青春時代の性遍歴の話がまるでなかった。
「セックスの下手な男は嫌。私、セックスの下手な男とは絶対に結婚したくない」
 由美が語調強く言ったのが印象的だった。
 そんな由美が私の前で何度も涙を見せたのが何ともいじらしく思われた。長年通った梓よりも由美に逢っているほうが心が和むような気がした。
 平成四年金津園の店がエイズ予防策をとるようになったとき、私は、以前から長く通っている梓にサックの装着を求められてがっかりした。だから、由美が一度は装着させたのに、その次の逢瀬でゴムなしを許したのは、驚くとともに感激した。
 私は梓に逢えば互いに近い年齢のようにふざけ合って、毎度愉快な一時を過ごすことができた。でも、由美には梓以上に惹かれた。由美は梓より若いのに落ち着いた感じがして、もの静かな会話と立ち居振る舞いに乙女らしいところがあり、逢瀬の度に何か純なところが見えて、私は青年時代に還っているような気持ちになった。
 由美は、仲間に梓の子分扱いされて冷やかされるので腹が立つ、と私に言った。
「私、梓さんがこの仕事をやめるときは、絶対一緒にやめるわ」と呟いたりもした。
(じゃあ、やめた後、どうするの?)と私は訊きたかったが、口には出さなかった。
 そんな由美の言葉を聞くと、梓の子分だと言われても仕方がないと私は思った。良いも悪いも、由美は梓の影響を受けているように思えた。

 私は恵里亜にもう三年ばかり入っているが、梓以外の女で気をそそられたのはマイソープ道入門1に登場)と由美とミユキゴム着で初めての通いに登場)だけで、私は若い由美と古馴染みの梓に毎月通っておれば、それで充分愉しめた。
 それなのに、由美が思いもかけない親密な応対をして、更に、ミユキと淫奔極まりない抱擁ができたことで、すっかり有頂天になって、ますます遊びに意欲を燃やした。
 由美もミユキも心を揺さぶる応対をした。それがとても嬉しい。ミユキが店を辞めたから、他にも私にそんな態度をしてくれる女がいるだろうか。その拡大した欲望が、他の女はどうだろうかと私は意欲をかき立てた。
 また、梓や由美がどれだけ親愛の態度を示しても、所詮は店の客の立場だから、うち解け方には一定の限界があり、恋人や愛人のようにはならない不満があった。すると、どこかで味気ない気分になって、そんなことなら他の女とも遊んでみようと思ってしまう。
 それで、私はローザと夏美の二人が気に入った。
 ローザは二十一歳で由美より二つ若く、小柄な美少女だった。陽気に喋りまくり、ベッドでは意外な快感反応を出すから、私はローザに大いに惹かれた。
 夏美は歳をはっきり言わないけれど二十九歳ぐらいで、平凡な容姿をしていて、もともと接客態度があまりよくなかった。それが、私の愛撫で見事にオーガズムに浸ると、すっかり態度を変えて精一杯サービスをして甘い雰囲気を出すから、私は愉しくてならなかった。
 ローザと夏美は由美と同様に純生性交を許した。普段は必ずゴムを使うけれど、濃密なクンニリングスで思いがけない快感を得て、感謝の気持ちで特別なサービスしてくれたのだろうと私は想像した。
 その気持ちが嬉しくて、梓と由美に加えて、ローザと夏美にも通うようになった。
 ローザも夏美も私が店の上客であることを知っていたから、打算の気持ちもあっただろう。でも、二人とも私に好感を抱いたことを明瞭に言動で示したから、私は気持ちが引き寄せられた。
 結局平成五年の末頃は恵里亜で四人の女にせっせと通っていた。

 年が変わって平成六年の一月の下旬に驚く事が起きた。
 ある日恵里亜に電話を入れると、「ボイラーが故障したので今日は休みです」と告げられた。確かにボイラーの調子が悪くて湯の出が良くなかったこともあるので、復旧の見込みを尋ねたら、「いつ直るか判りません」とぶっきらぼうに返ってきた。
 私はそれを聞くと背筋を戦慄が走った。
 ボイラーの故障はソープ店が営業停止を喰らったときの常套句で、昔、贔屓の女がいた店でそれを聞いたことがあった。恐る恐る「ひょっとして手入れでもあったの?」と訊くと、「ボイラーが……」と戻るだけだった。
(これは、すぐに金津園まで行かなければ!)と焦った。
 九割九分九厘は手入れだと察し、私は受話器を戻してから、道端にむき出しに置かれた公衆電話の前で、真冬の冷たい風が砂埃を巻き上げるのを茫然と見ていた。
 その頃金津園では警察の方針変更でソープ店が手入れを受けることが多くなった。しかし、私の出入りしてない店ばかりで別の世界のことのように思っていたので全く驚天動地の出来事だった。
 恵里亜は未成年者の使用とか覚醒剤とかやくざの出入りなどの警察が手入れをしたくなるような問題はない、と信用していたから、手入れの理由が気になった。
 あわてて金津園まで出向いて調べると、やはり恵里亜は手入れを受けていた。私は通っていた四人のことが心配でたまらなかった。とにかく、四人の行方が完全に判らなくなるから困った。
 雑誌に写真を出していたのはローザだけだった。由美と夏美と梓の三人は雑誌に顔出ししないから、金津園の別の店に出たとしても私には容易にわかりそうもなかった。
 私はソープでもヘルスでも対面した女には必ずと言っていいほどラブジュースを流させた。びしょびしょに濡らした女に他の男でここまで濡れたことがあるかと訊くと、皆、店でもプライベートのセックスでも経験していない、と答えた。
 ソープ嬢を二年も三年もしている、世間からみればいわゆる「すれた女」が客と抱擁して本気になることがそんなにあるわけではない。由美もローザも夏美も私以外の男に抱かれて燃焼し尽くしたことは極めて少ない。
 その三人は私に、男達は皆愛撫が下手くそで、ソープの常連客でも女の気分を昂めるのはクリトリス愛撫だと判ってなくて、クリトリスを愛撫するのがいいことだと理解している男でも、女の一番微妙なところを痛いくらいに手荒に揉む馬鹿が多い、と口を揃えて訴えた。
 そして、媚びるように私の愛撫の上手いことを褒めた。
 由美もローザも夏美も私が来るのを楽しみにして、見事に湿潤性高感度娘に変身したことを振り返ると、私はたまらない気持ちだった。数多くの男とセックスをしていつも適当にあしらっても、私の前では普通の女の子風に振る舞い、純な心を見せるから、私は青年のように心を昂ぶらせて逢う日を待ち焦がれた。
 客商売をしている女を完全にオーガズムの状態にさせることは数え切れないほど経験しても、その三人ほど私が会話も情交も愉しんだ女はいなかった。
 ソープ遊びを始める前、私は女達に、荒んだ、投げやりで退廃的な雰囲気が漂うのを想像していた。知っていたことは、敗戦直後のパンパンや売春防止法成立前の赤線の女達がテレビや映画で描写される類型的な姿だけで、どう見てもそれは正道から外れた怠惰と不正義の世界だった。
 くわえタバコのシミーズ姿で花札に興じる、或いは、腰巻き姿のまま咳き込んでいる、そんなあばずれ女の画像が娼婦のイメージとして刷り込まれていた。
 しかし、金津園に通うようになると、そこは屈辱と悲哀にまみれた世界ではなく、あっけらかんとセックスを享楽し、高額所得を恣に愉しんでいる女の園だった。
 女達の心のどこかに、何時ソープから上がって結婚相手を捜したらいいか、と未来を憂える気持ちがあっても、見知らぬ男とセックスをするのはやっぱり嫌なことだと思っても、日々の稼ぎの大小に一喜一憂し、美容と装飾品への費消でささやかな悦びにひたる女がやはり多い。
 そんな女の中で、由美、ローザ、夏美の三人は、ホストクラブに出入りするようなこともなく、存外に地味な生活をして、ズベ公とはほど遠い女だった。
 そしてその三人は、私のペニスがペッティングに対して強靱な耐久力を示し、よがり方が明瞭だから、そのことに驚き「愛撫するのが大変楽しい」と悦んだ。
 その三人に逢えなくなるのは、どうにも寂しかった。他の男にインサートされればいつもマグロになって目を瞑り、心はどこか別のところに行っていても、私とは自然の応対で、本能にまかせて快感を愉しみ、好意を抱いて見つめもした。何をしても三人の面影が浮かび、逢瀬のシーンを思い出して溜め息をついた。
 私は由美のことを偲んでいた。
 恵里亜の閉鎖の一年前の二月から由美にはぞっこんになって通った。毎月何度も奔放にエクスタシーに泳がせ、あんなに心安くつきあっていたのに、逢えなくなってしまった。もう気持ちがどうにも沈み込んでしまう。
「おひげが!」
 由美のその言葉を、私は夢中になってクンニリングスをしている最中に二度聞いた。
 地声は決して高くはないのに、甘えたような、柔らかくて響きのいい声が耳に残っている。私は毎朝髭を剃っていても、剃り方が甘いと、夕刻には目立って伸びていることがあった。
 由美が「ひげが痛いわ!」とも、「ひげを当てないで!」とも言わず、「おひげが!」の一声の、その末尾の「が」は、真綿でくるまれて沈んでいくような、とても可憐なイントネーションで、その声が懐かしくてたまらなかった。
 由美がマットプレイで、カリ首をこすりながら金的を口の中で転がし、同時に上目遣いで私の顔を凝視するその眼が、表情が脳裏から消えることはないだろう、と私は感傷に溺れた。
 私は気合いを入れて、恵里亜と同格以上の店を精力的に回った。
 店の数が七十軒と多いので、探すのは容易なことではなかった。第一、お金がかかる。電話で尋ねても、店の男から親切な答を得ることは難しい。皆、秘密の職業なのだから。
 以前に、迎賓閣から行方がわからなくなった梓を必死に探した時には、どこかの店の男に、「おたくさんが、そんなに夢中に真剣に探すのであれば、その子は金津園の中でもよほどいい女なんでしょうなぁ。私も入ってみたいですねえ」と冷やかされたり、「貴方は探偵さんですか?」と、真顔で尋ねられたりして、何とも気恥ずかしい想いをしたことがあった。
 私は、由美達が入浴時間が八十分以下の店に入ることはないと思い、範囲を絞って次々に店をあたった。探索していると、金津園が警察の踏み込みで壊滅的打撃を受けていることがよく判った。客が激減し、恵里亜などの手入れを受けた店だけでなく挙げられていない店でも、売れっ子は全て吉原か福原に移ったという噂も聞いた。
 閉めた店はもう三、四割に達していた。青いリンゴは全く意表を衝かれ、午後七時過ぎに警察に入られたと聞くと、夜だからと言って安全ではないし、私は三人を探すのをしばらく止めるべきかと迷った。
 六つの店を探して恵里亜の女の消息を全く聞くことができなかった。私は絶望を確認しただけだった。
 女房子供がいるのに、いい年をして由美とローザと夏美の三人の女にうつつを抜かすような異常なことをするなという天の導きか、それとも悦びは長く続くものではないという悪魔の悪戯なのか、一体どっちだ、私はそう歎いた。

 待ち望んだソープランド情報誌の三月号が書店に並んだ。ローザがヴィーナスに出ていた。
 私は喜び勇んでローザに会い、安堵した。そして、期待通りローザから由美が出ている店の名を聞くことができた。それはルネッサンスで、恵里亜よりも料金が少しだけ高かった。
 早速由美に予約を入れた。由美が元気でやっているか気がかりだった。
 私の顔を見ると由美も喜んだ。
「来てくれたのね。嬉しいわぁ」
 ほころんだ顔が少しやつれていた。
「久し振りだね。やっと見つけたぜ。苦労した」
「ここに出ていること、どうしてわかったの。恵里亜で聞いたの?」
「いやいや、恵里亜は何も教えてくれなかったよ。ひどいぜ。雑誌の写真を見て、ヴィーナスにローザがいることが判って、ローザに会ってきたんだ。それで、君がここにいると聞いた。ほっとしたよ。今まで随分いろんな店を探したんだぜ」
 再会を喜び合った後、店の検挙の時からの近況を尋ねた。
 由美の話では、恵里亜の手入れは由美が休みの日で、たまたま夏美が客を取っているときに入った。存外と警察は穏やかなやり方で、部屋の中の二人に連絡もせず、密事が終わるまでじっと廊下で待っていた。
 接客が終わって、夏美がフロントに「お客さま、お上がりです」と電話で連絡すると、いつもは「はい、ご苦労さまでした」と丁寧に返事が返るのに、自棄に簡単な応答だから怪訝に思った。それで、客を廊下に出そうとしてドアーを開けると、「はい、そのままで」と見知らぬ男に止められ、夏美は驚いた。
 そのように夏美から話を聞いた、と由美が語った。
 出勤していなかった由美は翌日に警察へ出頭して四時間ほどそこにいた。
「それから後はぶらぶらしている訳にもいかず、かといって、どの店も危険なように思えて不安でしょうがなかったわ。恵里亜の女の子は、皆パニック状態だったのよ。梓さんは吉原に行ってしまったしねえ」
 梓が由美に吉原へ行くよう熱心に誘った。由美は大層迷ったけれど、金津園に残ることに決め、知り合いの紹介でルネッサンスに来たのだった。
 由美がルネッサンスに出ると、平均して一日一本か二本しか客がつかない寂しい状態だった。
 筋向かいの青いリンゴに警察が入った日などは、店の前の通りに警察の車がずらりと並んで、予約した客も驚いて帰ってしまい、午後七時以降は、ルネッサンスには一人も来客がなかったので、今後にすっかり悲観的になった。
 その日も店自体に客が少なく、私に会うまでは、(これは、お茶挽きになるのかな)と思っていた。
「何で君は、こんな料金が高くて、目立つ女がいない店に来たんだよ。ルネッサンスはロイヤルヴィトンの頃から料金だけ高くて、客の入りがそんなに良くないから、もう少し安い店に替わったほうがいいよ」
「手入れを受けることがなさそうな店を選ぶことで、もう頭が一杯で、私、お店の料金のことなんか全く気にもかけなかったわ。私ね、面接を受けて話が決まって、店を出ようとしたら店長に呼び止められて、『あんた、お金の話をしていないけれど、手取りが幾らか知っているの?』と言われて、やっとそのことを考えたぐらいだもの」
 由美の動揺がよく判った。
 由美の苦労話を聞いた後、私は、ローザの写真が雑誌に載るまで悲嘆に明け暮れたことや、由美を探すために僅かな期間で六つの店に入った話をした。
 由美は私にそれほど慰めの言葉をかけず、私がソープの仕事をやめるわけがないじゃないの、そんなに心配しなくてもよかったのに、貴方がどれだけ驚いても私たち事件の当事者の困惑には及ばないでしょ、という雰囲気だった。
「本当に、××さんは恵里亜の女の子が行っていない店ばかりを探していたのね。お気の毒」
 由美がにっこりして言うから、私は、二ヶ月間の驚愕と絶望の気持ちを言葉で表せるほど会話のセンスがないことをつくづく悟った。それに、由美だけを追いかけていたのではない負い目がちらついた。
 由美は恵里亜のフォローが不親切だと不満を言った。店が女に再就職先をきちんと斡旋してないし、私のような常連客が女の再就職先を店に尋ねても、何も教えていないからだ。丁寧に教える店もあるのに。
「店長は手入れの後すっかりおろおろして情けなかったわ。ほんと、あの店長、おろおろしているだけで何もできないのよ。おろおろしたいのは私たちよー。ここが決まった時は、私、本当にほっとした。でも、この店のお客さんって、四十代、五十代の人が多くて、恵里亜と比べれば楽だわ。あっちは若いの、多かったもの。二回三回としたがるのが多くて疲れた。こちらの店にへ来て、今までの人、セックスは一回だけでいいという人ばっかりだったわ。私のマットで喜んでくれる人も多かったし。そのマットを教えてくれた××さんって、一生忘れられない人になるわ」
 ベッドプレイを始めると、由美の昂揚がなかなかのものだった。両手で膝の裏を抱えたままM字開脚を続け、生々しく肉色の割れ目が開いて、栓の締まりの悪い蛇口のように、ぽたぽたと愛液を垂らした。
 由美がこれだけ派手に濡れるのは記憶にないから、心底再会を歓んでいることは間違いない。客枯れで、性欲も昂ぶっていたに違いない。
 そう思って私は亢奮し、膣口に口をつけて潤沢な本気汁をじゅるじゅると吸った。
「あらっ、飲んじゃっている! と、びっくりしたわ。××さん、あんなことしたの、初めてよ」
「でも、まずかったぜ」
 愛液を吸い取っても、抱擁が終わってから、由美が予め念のためシーツに敷いたバスタオルを取ると、シーツの染みが大きかった。
 タオルが敷いてあるのをその時に気付き、由美がそんなことをしたのは初めてのような気がした。それで、ローザと再会した時も尻の当たるところにタオルが敷いてあったのを思い出した。
「このタオルは僕用の対策かな。ローザのときもタオルがあったよ。そうか、二人ともしっかり対策したんだ」
 私は、由美もローザも使っている部屋が自分専用ではないから、ベッドを汚さないように気を使ったのだろうと想像して愉快になった。

 私は由美と遊んだ後しばらくして、ローザに逢おうと思ってヴィーナスに電話を入れた。
 すると、「金津園は、全店十七日までは休みとなっています」という答だった。十日間も休むと聞いて、そんな馬鹿な!と驚いた。念のため由美がいるルネッサンスに確かめても、同じ答だった。
(金津園はどうなっちゃったのだろう。警察に対する一種のストライキかな。今度こそ由美もローザも夏美も、皆、吉原に疎開するのではなかろうか。金津園自体が浮き足立っている。女は誰だって二度も警察の取り調べを受けるのは真っ平だろうに)
 大変不安になった。
 全店閉店となって数日後、中日スポーツ紙にセンセーショナルな記事が載った。十日間の休業は暴力団との付き合いを断ち切るための、特殊浴場防犯組合の自主的な行動ということだった。ただの組合ではなくて「防犯」とついているところが面白いとは思ったが、金津園から悲鳴のような異常事態宣言が出たように受け取れた。
 しかも、エロ雑文と性風俗の記事を載せない「中日スポーツ」のような新聞が大きく扱ったのだから、出来事の異常性が察せられ、沈痛な気持ちになった。
 結局千人に近い女がしばらく金津園で稼ぐことができない状況になり、周辺の飲食店や関連業者もさっぱり売上が稼げなくなった。
 金津園には、書店、喫茶店、花屋などの商売をしながら、客の予算を聞き、適当なソープ店に予約手続をするソープ紹介店が何軒かある。店はその紹介店の使用も止め、更に、ソープ情報誌への広告も見合わせ、二階より上のネオンサインを点灯しないと申し合わせた話も流れていた。
 手入れの危険を感じて自主的に店を閉めて、それでも売春防止法で摘発された店も出た。そんな強引なことはそれまでなかったから、金津園は前代未聞の騒ぎになった。町内会による陳情も行われた。
 他県で女を集め、強制的に金津園に連れて来て働かせる暴力団関係の組織が摘発されたというから、今時そんなことがあるのか?と私は怪訝だった。
 その月の十八日が来るのが、実に待ち遠しかった。
 ようやく解禁日が来て、すぐにローザの出勤を確かめた。その日店に出ていると聞いて、ほっとしてローザを予約した。
 由美も出勤日を確認しておこうと思ってルネッサンスに電話すると、その日は出ていないが、翌々日には出るということだ。私は一安心してローザに入浴した。
 その翌々日、続いて由美に逢った。
 金津園が全店自主閉店をして、由美はさぞかし動揺しているだろう、と私は案じた。
 由美に前回入浴した時、由美が久し振りに逢えたのを嬉しがり、ベッドでいつも以上に濡れそぼっても、何となく心がどこか他に向いているように私は思った。それは、ヴィーナスに移ったローザに久し振りに逢った時にローザの饒舌の中にちらっと感じた他人行儀のようなものと同じだった。
 由美もローザも久し振りにアクメに至ったけれども、その悦びは一種の自棄のようなものが漂っていた。
 由美に入りだした頃、私はぞっこんの惚れ込みを見せた。それは由美が私を冷やかすほどの熱中ぶりだった。
 それなのに、同じ店のミユキやローザや夏美にも通うようになったので、由美は心が醒めたのか、それとも、警察の取り調べを受けたことや、ソープの仕事をどう続けていくのかを、由美が気に病んでいたので、そのせいで醒めた雰囲気に見えたのか、一体どちらなのだろうと思った。
 前者だったらやむを得ないけれど、それでは癪だ。ルネッサンスの営業再開後に由美の最初の客になって私の誠意を見せて、反応を見ようと考えた。
 日曜日ではあったが、由美の予約を入れた。私は昔から、土、日、祭日、盆と正月にソープ店に入ったことは殆どなかった。
「ゆっくり遊びたいなら平日に来るのが一番いいわよ。忙しいときは、皆、本気で相手しないから」と、昔誰かに教えられてからは、専ら平日に通っていた。馴染みの女と寛いだ逢瀬を過ごしたかったし、フル稼働でない時に丹念に愛撫してしっぽり濡れさせ、エクスタシーに浸らせるのが趣味だった。
「××さん、日曜日なんかには金津園に絶対に来ないと言っていたから、伝票の名前を見ても、別の人かと思っていたのよ。びっくりしたわ」
「営業再開の十八日に電話をしたら、君が今日から店に出ると言うので、日曜日だったけどすぐに来たよ。日曜日なんかに来たことがなかったから、僕がいかに焦ったかよく判るだろう」
「私がこの店に出ていると判ったら、すぐに指名してくれて、金津園が全て休んでいた後、久し振りに出てきたら、またすぐに会いに来てくれて、嬉しいわ」
「今日は、僕は二本目かい?」
「ううん。初めてよ」
「何だ。今日は処女か!」
「そうなの。……私ね、金津園が休業になってから雄琴に行っていたの。しばらくは雄琴で働くつもりだったのよ」
「何! 雄琴だってぇ。僕という客がいながら、君は金津園を抜けるつもりだったのか!」
 私は思いっ切り由美の尻を平手打ちした。
「痛い! 夏美さんだって金津園は危ないから吉原に行ってしまったのよ、梓さんと同じ店に。十日間も、私、ぶらぶらできないじゃない。今回の休業は、私達、十日間では済まないかもしれないと思っていたわよ。私、吉原は嫌だったから、雄琴をちょっと見学しようかなと思ったの」
「たった一人で行ったんかい?」
「うん」
「おまえ、勇気あるなぁ。知らない土地へ」
「私、店長に『十日間もぶらぶらできないので、雄琴に行くことにしましたから、退店届を受け取って下さい』と頼んだら、受け取って貰えなかったの。ここの店長、本当にいい人だわ。それでしばらく雄琴で働いて、十八日にここへ電話をしたら、店長に戻って来いよ、と言われて、それで今日から出ることにしたの。そしたら、貴方がすぐに来てくれて嬉しいわ」
「ふーん。しかし、君は恵里亜のときと比べると、一オクターブ美人になったなあ。ヘアースタイルもいいし、眼も綺麗だし、ここの制服もよく似合うぜ。ほんと、美人だ。こんなこと、僕に言われたことなかったろう? 今日の君は、実に素敵だぜ」
「嫌だぁ、そんなこと、××さんが言うと、こしょぐったい」
 夏美が吉原に疎開したと聞いて、私はがっかりした。夏美は、金津園にいることがよほど不安だったと想像した。夏美には店の閉鎖の直前に逢ったきりだった。
 由美が、きっと纏まった蓄えもあるだろうに、僅か十日間の休業すらも我慢できずに雄琴まで稼ぎに行ったことに驚いた。
 その雄琴探検物語を私は愉快に聞いた。
 由美は、梓に吉原に来るように誘われたが、いろいろと迷った末に、とにかく三ヶ月ぐらいは雄琴で働いてみようと思い、免許を取ったばかりの運転で雄琴に行った。
 たまたま特殊浴場組合の看板が眼につき、そこに入ると組合の小母さんが親切な人で、由美はソープ店を紹介して貰うことにした。いろいろと仲介してくれて、間もなく三店ばかり店長らしいのが現れて、勧誘の説明を受けた。
 皆、うまいことを言っていたが、取り敢えずそのうちの一つに決めた。
 入浴料が五千円で、中の料金が二万円で、入浴時間が七十分の大衆店でも、手取りが二万円近くあるような説明を受け、これは良い条件だなと思ったら、まるで騙しだった。
 客がサービス券を持っていたら、その五千円は無料になり、代わりに二万円の中から何がしかの料金を女が店に払うシステムで、そんなことは説明にはなかった。更に、来る客の殆どがサービス券を持参しているから、由美は冗談じゃないぞと思った。
 もっとインチキなのは、タオルの使用料と称して四千円ばかりを、部屋の使用料として八千円を毎日払って、一本当たりの実質の手取りは一万円しかなくて、最初に組合の事務所で聞いた話と全く違っていた。
 しかも、七十分の店でも、忙しいからということで六十分ぐらいで回転させて、一日に十人も客をつけられたから、躯がくたくたになった。
 入浴時間が短いことと部屋が狭くてマットも小さいせいで、得意のマットプレイが充分にできないから、由美は張り合いがなかった。
「もう、小さなマットが壁にくっついちゃっているから、ぽんと足で壁を蹴って、男の人の躯の上をすーっと滑るやつが全然できないの。ちょっと動くと、水道の蛇口にぶつかるのよ。嫌になっちゃうわ」
 それでも、由美が私に教えられたカリ首の揉みこすりをすると、皆『こんなサービスをして貰ったのは初めてだよ』と言って感激した。
 第一、雄琴の大衆店のソープ嬢は三十、四十の歳の小母さんが多くて、二十四歳の由美を見たとたんに、客は皆その若さに感激し、由美はすぐに有名になってしまった。
 誰かが入ると、その友達がすぐにやってくる連鎖もあって驚いた。
「貴女はおなかが出ていないんだねえ。おなかが突き出ていない女に初めて会ったよ」と感心する男が一人二人ではないので、とてもおかしかった。
 雄琴は店の数が四十軒程度で、七十店もある金津園と比べれば規模が小さかった。七十分以下の店が多くて高級店が少ない。料金を下げてファッションヘルスに替わってしまったものもあった。
 街からちょっと外れると田畑になって、お客も、野良仕事の帰りに来たような様子の、ジャンパーとかのラフな姿ばかりで、スーツ姿のようなきちんとした身形のは殆ど来なかった。
 ソープ嬢のほうも、朝、みどりの小母さんをしてから来るのとか、子供を学校に迎えに行ってから来るのとか、生活感の漂うのばかりだ。
 金津園と比べれば雄琴は想像していた以上に田舎で、辺りに何もない。女は皆月二万円の家賃の寮に入って、お金を使うところがないから、まるで軟禁されたみたいだけれども、お金は貯められる。客は野暮ったいのが多いけど、皆、純朴でいい。金津園ほど女が揃っていなくて、大阪方面から、雄琴を飛ばして金津園まで来る客が多いのも充分頷ける。
 こんなことを、由美は私に早口で説明した。
 私が仕込んだ由美の愛撫の技とその若さと器量なら、確かに七十分の店では勿体ない。
 由美は二日もそこにいたら、ひたすら客のピストン運動を受けるのが苦痛になり、もう、金津園が懐かしくてたまらなくなった。ある程度長期間疎開するつもりだったけれど、気が変わり、店の騙しと搾取について組合の小母さんに訴えてから、ルネッサンスに電話した。
 由美に逢ったその日、私は金津園に来て、どの店の前にも、暴力団との関係を絶つという宣言の、大きな立て看板が設置してあることに驚いた。
 由美も、十日ぶりに古巣に戻って、その白い看板に驚き、異様な雰囲気を感じたと言った。
 住み慣れたところを飛び出して、常連客も切り捨て、雄琴や吉原に行く由美と夏美の動揺も、まだ二十一歳の若さなのに金津園に居座るローザの逞しさも、全てが私にはよく伝わった。
 その日、由美との情交は私の期待通り濃厚に進行した。
 ベッドで、私は由美にはいつもすぐにクリトリスを舐めていたけれども、珍しく、乳房や脇腹、脚の付け根などの丹念な刺激から始めた。
 由美はくすぐったがり屋で、私はその手の愛撫をいつもはしていなかった。
 でも、その日は妙に気持ちが昂まっていた。たまには教科書通りのオーラルセックスがしたくなった。しばらく若い肌に唇を這わせ、由美がこそばゆいのを必死に我慢している気配を愉しんでから、クリトリスに唇を寄せた。
 じらされた後だからか、躯がエクスタシーを待ち望んでいたからか、由美は下半身のふるえが頻繁だ。悲鳴のようによがり声を響かせ、気をやるのも早かった。
 背を反らすようにして上りつめ、眼もうつろで、深々と達した様子なので、私は合体するのに少し間を置くことにして濡れた陰裂を眺めた。
 由美の大陰唇の下のほうが広く濡れている。私はクリトリスばかり攻めているので、他のところが唾液で濡れるはずがない。愛液が、膣口以外のところからも汗のように滲み出てくるとしか考えられないので、一体どこから出るのか、と不思議に思った。
 由美の眼に締まりがなくなっていたのが治まって、私はもう良かろうとインサートした。由美はすらーっとした太腿を立てて、私の腰の動きを迎え、満ち足りたような笑みを浮かべた。
 私は由美の誘いに乗って、珍しく後背位を楽しんだ。私が、自分が上になってする対面の体位が好きで、由美も体位を言い出したことが全くないから、その体位しかしたことがなかった。正上位から体勢を変えるときの由美の表情が何とも艶めかしいように思えた。
 嵌め込んだ瞬間、「あはーん」と言う声が聞こえたのと、由美と初めてのバックの体位の、目新しい眺めに私は亢奮した。
 膝立ちのまま嵌め込んで腰を前後させると、由美のふわっと膨らんだ尻からウエストに収束するラインと、すべすべの背の肌が、何とも麗しい眺めだ。背骨の線に沿った真っ直ぐなくぼみや、ウエストの曲線や、アナルの傘状の皺を鑑賞しながら、生身のペニスを濡れた膣道に滑らすのが一段と勃起を呼んだ。
 力みかえったペニスが膣に突入する光景はいつも最高の媚薬になる。きっちりすぼんだアナルが可愛く、下腹が由美の尻を叩くのが心地よかった。
 膣口にカリ首がもぐり込む様を見分しながら、後背位ではどのように腰を構えるのが良いのか検討した。膝立ちのやり方はペニスの角度がどうも具合が悪く、奥の空洞で亀頭が躍っているように思ったからだ。
 膝立ちを止めて、四つん這いの由美の膝よりも向こうのほうに足場を定めて中腰で立ち、胴と腿が直角になるぐらいに腰を落として、由美の臀部が私の腿の下になるほどに腰を被せ、手を由美の腰について、斜め下方に抽送するのが一番良いとわかった。
 その格好でペニスを送り込むと、肉壺が狭く感じられ、こすれ感が増すし、また、下腹は由美の尻と接触しないけれど、その代わり、睾丸が由美の土手に当たって心地よいマッサージだ。
 足元のシーツには、由美が垂らした愛液が円形の染みを残している。粘り気の少ないラブジュースだから大きな円形だ。
 私は脂肪の少ない堅締まりの尻の間に向かって大腰を送った。
 射精の予兆が下腹に渦巻くと、腰から下が分離していくような快感が襲った。ゼイゼイと喘ぐ私の眼に、幾分上体を反らせた背から尻への女らしいカーブと眼下の尻の穴の渋い色合いが鮮明な画像として残った。
 射精を果たしたペニスを始末しながら、由美が目を瞠って言った。
「まぁー、今日は××さん、本当に珍しいわぁー、どうしちゃったのかしら。いつもは、いきなり私のあそこを舐めることから始めるのに、他のところから愛撫するなんて、と思ってびっくりしたわ」
「たまには普通に、おっぱいも脇腹も愛撫したいさ。お前はくすぐったがりすぎるぜ。……しかし、バックスタイルでするのは本当に久し振りだ。滅多にしたことがないよ。本当に尻の穴がよく見えるねえ。実にいやらしい体位だ。女が男にバックで嵌めさせるのは、やっぱり相当親しくなってからにすべきだなぁ」
 私はその日の逢瀬が大変素晴らしいものに思えた。
 そして、その日以後、由美にルネッサンスで会うことはなくなった。
 翌月、予約を入れようと電話をしたら、「由美はもう辞めました!」と、はっとするような強い語調で答が返ってきた。
(やはり、いなくなったか。業界のことには気を使うあいつが、綺麗な辞め方をしなかったのかな?)
 由美は結局ルネッサンスに二ヶ月しかいなかった。多分梓の誘いに乗って吉原に行ったのだろうと想像した。
 由美、ローザ、夏美、梓のうち金津園に残ったのは、ローザだけだった。
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(千戸拾倍 著)