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由美2

 平成五年の晩秋から六年の早春にかけて、警察が金津園の店の摘発を続けたのは異常な出来事だった。
 岐阜は昔から保守勢力が圧倒的に強く、風俗営業の取締が元来ゆるやかな土地柄だ。未成年者の売春とか覚醒剤の使用とかの容疑で当局が店を手入れすることは時々あったが、売春防止法違反で何ヶ月にも亙ってソープ店が次々に営業停止に追い込まれることはそれまでにはなかった。
 金津園の通りは客引きの男も立たず、人通りも少なくなり、いかにも寒々とした冬の光景になった。
 一昨年、平成四年の五月から金津園の店はエイズ対策でソープ嬢にコンドームを使用させるようになり、それによって客がかなり減った。その傷も癒えぬまま、検挙の旋風が吹き荒れたのが更に大きな打撃になった。女達は次々に吉原や雄琴のソープランドとか名古屋のヘルスの店に去っていった。
 金津園に居残った女も、営業停止になった店の女が特定の店に大挙して移ったりして、その店の、元からいたソープ嬢にしてみれば、フリーの客が回りにくくなるし、新参の女が閉鎖的なグループを作るから控え室の雰囲気が悪くなるし、穏やかでないことにもなった。
 由美がいなくなった頃、金津園は警察の検挙が収まった。警察の見回りは続いたが、それは暴力団のソープ店への、特に、組合の役員を出している店への報復というか嫌がらせを警戒しているとのことだった。
 東海三県を中心に出回っている風俗情報誌は金津嬢の写真を満載していたが、その頃の写真はファッションヘルスの女ばかりになった。金津園の客はかなり減少した。
 自主休業の後、半年ぐらい経ってから、雑誌への広告が警察から許されるようになった。雑誌に載せる写真が水着姿やセミヌード姿であったり、ソープ紹介店を使ったり、道端で客の呼び込みを行ったりしたら、その店は直ちに警察が手入れするという条件付きの規制緩和だという噂を私は聞いた。
 撮影が久し振りのことなので、女達は嬉々として頭髪のセットをして、フラッシュを浴びたことだった。
 私は金津園に残ったローザにせっせと通った。由美と夏美に会えなくなると、愉快で限りなくエロチックな逢瀬を思い返してはため息をついた。
 由美とローザと夏美は皆風俗嬢じみたところが全くなく、なかなか個性的で、三人それぞれの魅力に惹かれてのめり込んだ。由美も夏美も私を特別な客として扱い、馴れ親しんだ応対をし、朗らかに四方山話をして、毎度ベッドで燃えて乱れたことは、色恋と無縁の青春を過ごした私にはとても嬉しいことだった。
 熱烈な愛撫に、皆全く一度の例外もなく深いオーガズムに上りつめ、濡れそぼった。そんな肉体の昂揚を私以外の男には滅多に見せることがなかった。
 私は女に店外デートを求めたり、電話番号を尋ねるような、ちょっと気安くすると誰でも口にしたがる、女にしてみれば鬱陶しい要求をすることがなかった。
 それで、私が陽気に卑猥なことを言い、女達の生活に何かと関心を寄せ、共感しているから、女のほうも毎度気分良く逢瀬を愉しむことができ、私の予約が入るのを待ち望んだ。
 ソープ遊びは、所詮虚しい高額料金の快楽だとは思っても、私には時々嬉しいことがあった。だからこそ由美や夏美が吉原へ行ってしまったのがとても寂しかった。

 恵里亜が閉まって八ヶ月も過ぎた秋になると、営業を再開する噂が流れた。
 私は、恵里亜が開店しても、由美と夏美が戻るのか心配でならなかった。その二人は濃尾平野のど真ん中で育ち、親兄弟も友人もそこにいるから、吉原は一時疎開の筈だ。金津園は警察の検挙騒ぎも収まった。いくら吉原で稼ぎまくっているにしても、気持ちは岐阜に戻りたいに違いない。
 そう期待するけれど、両人が金津園に復帰しても恵里亜に戻らず別の店に入店し、ローザに連絡するようなこともないなら、私が居所を知ることは難しい。由美も夏美も親に内緒の仕事で、雑誌に顔を載せないからだ。
 由美と夏美が金津園に戻るならば恵里亜に出るに違いないと私は期待し、開店して一ヶ月過ぎるのを待って恵里亜に電話した。
 以前の嬢が誰か戻っているかと尋ねると、一人も戻っていないという返事だった。
(ソープの入店志願者は少ないのだから、いくら何でも女の全員が新顔ということはないだろう。警察に取調を受けた女が同じ店で働いているのを、電話口で安直に教えることを憚っているのかもしれない)
 私は馴染みの女との逢瀬が復活することをひたすら願ったから、電話で否定の返事を聞いても淡い期待を失わず、状況調査の気持ちで予約もせずに店に入った。
 顔見知りのボーイが呼び込みをしていたので尋ねると、以前の女は誰も戻っていないということだった。やっぱりそうかと落胆して、二階のフロントまで足取りも重く階段を上がった。
 私はまるで性的意欲が乏しかったけれど、二枚の写真を出されて適当に相方の女を選んだ。
 その日私は落胆しているからまるで愉しめなかった。ところが、遊びが済んで「上がり部屋」に案内されて、私は驚喜した。壁に並んだ女の写真の中に懐かしい由美の顔があった。
(何だ、畜生。あのボーイは嘘をついたぞ!)
 むっとしても、由美を見つけた嬉しさのほうが勝っていた。
 梓の勧めで初めて由美に会ったのは、ソープ嬢になって間もない三年半前で、その時由美はあまりに無愛想で、表情に張りがなかった。愛撫も下手くそだから意欲が湧かなかった。私は、梓が何故由美に会うように勧めたのか訝しかった。
 それから一年半ばかり経った去年の二月に、梓が相変わらず由美にもう一度入浴してみるようにしつこく言うので、再び由美に会った。
 その時由美は客の指名が取れないことを歎き、どういうふうに振る舞ったらよいのか判らない、首になりそうだ、と悩みをうち明けた。初会の時のように無表情ではなく、眼を潤ませて訴え、私が接客の仕方のアドバイスをすると熱心に聞いているから、私はすっかり由美の虜になってしまった。
 その二度目の入浴をきっかけにして、私は毎月由美に通うようになった。
 それまで常連で半年以上通った女は八人いるが、由美ほど逢う密度が濃かった女はいない。クンニリングスによがる、どうにも気持ちよくてたまらないという顔が何とも魅力だった。
 だから、恵里亜が警察に摘発されて由美が行方不明になると、私の落胆は大きかった。
 店から出るとき、由美のことをとぼけていたボーイに由美の出番の日を尋ねると、最前は私の質問に否定の答をしたのをばつが悪いという顔も見せずに、「由美は次の土曜日から出ます」と答えた。
 私はその土曜日に逢いたいと思った。
 数日後店に電話して新顔のスタッフに由美の予約を告げると、「えーっと」の言葉でしばらく後が続かなかった。話が変わったのかと心配して、明後日の土曜から出ると聞いたことを伝えると、ようやく「はい」と返事が返った。
 当日が来て、私はわくわくして店の受付を済ませた。
 由美は恵里亜が閉まった後ルネッサンスに移った。その時はほっとした。しかし、由美はルネッサンスに二ヶ月出ただけで、どこの店でも警察の手入れの危険があった金津園を見限り、吉原へ行った。私は大いにがっかりした。
 ルネッサンス以来九ヶ月ぶりに逢う由美が、私を見てどんな顔をするのか楽しみだった。
 由美がエレベーターにスタンバイするときにフロントが渡す伝票に客の名前がプリントされるから、由美は私の指名と判る。エレベーターで私を迎えると、貴方は、来るのが当然!という済ました顔だった。
 私は、何や、片思いじゃないか、と気落ちしたけれど、部屋に入り、私の脱いだ服を受け取ったところで由美は眼を潤ませた。
 由美が私の前で目を潤ませたり落涙したりするのは、それが五度目だった。
 初会から随分間をおいて二度目の対面をすると、由美は精一杯努力しているのになかなか指名が取れないことを嘆き、眼を潤ませた。
 二度目に涙を見せたのは、無軌道な生活をしていた昔を振り返って想い出話をした時、三度目は、梓や私のアドバイスを受けて由美が接客の仕方を工夫し、頑張った甲斐があって、恵里亜の部屋持ちになったことを報告した時、四度目は、警察の手入れの後ルネッサンスで再会し、そこで初の指名を喜んだ時だった。
 私は、由美が吉原に脱出する前に、ルネッサンスで私の訪問を待って、金津園から去ることを告げもせずにいなくなったことに腹を立てていた。
 だから、金津園に戻った由美が、すぐに現れた私を見て眼を潤ませるぐらいに反応しなければ許せない、と逢う前には思っていた。
 由美は、再会するや否や涙を見せて、それを気取られないように顔を背けてタオルを床に敷くなどの支度をした。私は胸に迫るものがあった。
「ようやく戻ってくれたんだねえ。待っていたんだよ」
「私、ルネッサンスで××さんが来てくれたのが初めての指名だったのよ。あのときは本当に嬉しかったのに、恵里亜に戻って、今日から仕事を始めて、それで初めてのお客さんが××さん!……本当に嬉しいわ。どこでも初めての指名よ。私、さっきお店に来たら指名が入っていると言われて、今日から出るのにいきなり指名ってどういうこと?とびっくりして、××さんの名前を聞いて、いつもの××さんだったらいいのになぁ、でも、私が今日からこの店に出ることを知っている筈がないし、違う××さんかもしれないと思っていたの。どうして、今日来てくれたの。どうして、いつもいつも私に初めての指名のお客さんで来てくれるの。嬉しいわぁ!」
「馬鹿野郎。こんな上客を振りきって、吉原なんかへ行きよって、ひどいじゃないか」
「だって、ルネッサンスでは全然お客さん、入ってくれなかったんだもん。ねえ、私のこと、店に訊いたの?」
「ううん、店の奴らは電話では何も教えてくれないよ。誰も戻っていないし戻る予定もない、と冷たい回答だ。ひょっとしてとぼけているのじゃないかと思って、この前ここに探りに来たら、以前の女は誰も戻ってないと言うんだぜ。ところが、入浴が済んで上がり部屋に入ったら、お前の写真が出ているじゃないか。それも、去年いた女の写真が君以外にも二、三人あったよ。店の連中は君が戻ることを僕のような常連の客に何故教えないのかなぁ。次の土曜日から出るというので、よかった!と思ってすぐに予約したんだよ。……だけど、あの写真は昔の写真じゃないか」
「写真は今度撮り直すわ。私ね、こちらへ遊びに来て、前の店長の進藤さんに会って、そしたら進藤さん、本当に言いにくそうな、申し訳なさそうな、言いようもない情けない顔をして私に言うの。『お前、この前は警察沙汰でつらい想いをさせて、俺はお前のために何もしてやれなくて、それでお前は吉原に行ってしっかり稼いで、東京の暮らしにも慣れてきたところなのに、こんなことは本当に頼みにくいけれど、恵里亜が開店するに当たって女の子の数が足りないんだ。だけど、お前に頼むのは厚かましいことなんだろうなぁ。もし、ここに来て貰っても、本数を保証してやるなどと、大きなことは到底言えないんだ。昔なら、金津園の他のどの店よりも客をつけてやると言えたのに。開店してしばらくの間は本数を稼がせてやることはできないだろうし、由美は吉原で頑張ってせっかくお客を掴んだところなのに、来て貰いたいと言うのは本当に厚かましいよなぁ。俺は、吉原に行った子だけでなく、金津園に残って働いている子にも声をかけたいのだけれど、皆、それぞれの店の勤めも長くなって、指名を取っている筈だから、本当に頼みにくいよ。こちらに来ても、稼ぎは半分になるだろうから』って」
「ふーん、今までの客が全部戻るとは限らないからなぁ」
「流行っていた恵里亜の店長だった時は、進藤さん、とても羽振りが良くていつも貫禄があったのに、可哀相なくらい情けない顔をして私に話すのよ。私一応向こうで稼いでいたから、そのときは生返事をしたけれど、その次にこちらに遊びに来たら、××さん、上がり部屋に私の昔の写真が貼ってあるじゃない。驚いて『何よ、これっ! 私、ここに来ると決めた訳じゃないのよぉ』と進藤さんに言ったんだけど、『来て貰えるんだろう?』だってぇ。そのとき、進藤さんが勝手に今日から出だと決めたのよ」
「じゃあ、この前、君が店に出る日を僕が教えられた時、本当に出るのかどうかはあやふやだったのかぁ」
 由美は前日に東京から戻り、店に来たのはその日の午後二時で、私が予約の電話を入れたのは一時前だから、店は、間違いなく由美が出てくるのかどうか判らなかったのだ。
 それで、私は予約をした時に電話口でためらいの気配があったことを思い出して納得した。
「店に来たら、いきなり指名が入っていると聞いて、ええっ!と思ったわ。嬉しいわぁ」
「ここが開店しても君は様子を見てすぐに戻っては来ないだろうと思って、しばらく待っていたから、丁度良いタイミングだった。逢えて良かったぜ、本当に。……ローザちゃんがね、ヴィーナスに出ているだろ。彼女、店の女の子と上手くいっていなくて、恵里亜から誘いがかかってくれないかなぁと思っているものだから、『進藤さんが声をかけてくれない!』と嘆いていたけれど、進藤さんは遠慮していたんだね」
「そうよ。でも私、吉原はもう潮時だったかもしれない。全く身動きができないほど躯を壊して、みんなが心配したこともあったし。恵里亜から吉原に行った仲間は皆でマンションを借りて住んでいたの。出る店が違っても、仲良く一緒だったの。私達、この店が休んでいる間もときどき様子を覗きに来ていたのよ、差し入れを持って。男の人がずーっと店番をしていたの。一週間に一度は全部の窓を開けて空気を入れ換えて、掃除も人を雇い三日おきぐらいにきちんとしていたのよ。そうしないと、いっぺんに部屋が傷んでしまうんだってえ」
「ふーん、差し入れをするなんて、女の子と店との関係が、恵里亜は立派だよ。ほんとに」
「私、今日初めてこの部屋でお仕事の準備をして、何だかとっても懐かしかったわ。タオルをまとめて運んで、部屋の棚にしまったのは本当に久し振りなの。それで、お部屋のセットをしようとしても、何だか手順がすんなりとできずにまごついたわ。吉原のお店では、私がいたのは六万円の店だから、部屋のセットも全てボーイさんがしてくれて、私達はお客さんを部屋に連れてくるだけで良かったの。楽だったわ」
「ふーん、やっぱり六万円の店にいたのかぁ。それなら、コンドームは使わなかったのだろう?」
「うん」
「東京は、金津園よりはエイズの危険度が高いよ。危ないことをしていたんだね」
「だってぇ……」
 私は、由美が吉原で梓と一緒の店で働いているのだろうと想像していたけれど、そうではなかった。友達同士の女が揃って入店するのを店が嫌うからだ。
 由美は仲間の話を聞いて選んだ店へ行って驚いた。出てきた店長が由美を見て「ああっ!」と叫んで人差し指を由美の顔に向けた。
 びっくりして男の顔を見ると、以前に恵里亜で客になった男だった。
 フリーで入り、話がはずんでダブルに切り換えられ、それでセックスはしなかったのが印象に残って、顔を憶えていた。会話もスマートで、マットプレイを褒められたこともあって好感を抱いたけれど、まさか同業者とは思っていなかった。
 由美はそれを思い出して「あーっ!」と叫び、人差し指を差し出した。
 由美は、「君なら間違いがない」と、講習もなしで快く採用された。何という奇遇かと思い、吉原で働く不安が吹き飛んだ。
 既に恵里亜から吉原に出てきた六人の女が、共同でマンションの十六畳ほどの広さの一室を借りて暮らしていた。梓も夏美もいて、そこに由美は加わった。働く店はバラバラでも、慣れぬ東京で仲間と一緒というのは心強かった。
 いつも七人のうち二人ぐらいは岐阜市近辺に帰っていたから、窮屈で鬱陶しいということがないし、皆で馬鹿騒ぎもして結構愉快に過ごしていた。
 久し振りに見た由美の裸体は随分痩せていた。腰骨が浮き出て、顔もやつれ、年相応か少し老けた感じに見えた。
 怪訝に思って尋ねると、このところ体調が悪く、アンネでもないのに出血することがあると言う。由美は躯の調子が悪くても店に出る生真面目さがあるので、それがかなりの累積疲労を溜めたようだ。
 いかにも面変わりして痩せ細った姿を見ると、私は些か性欲が阻害されるけれど、ベッドではそんなことはお構いなしに懐かしいクリトリスを優しく愛撫した。
 相変わらず小突起は顕著に突き出て鋭敏だった。ラブジュースは懐かしい香りがして、たまらない気持ちになった。
 以前と同様に、由美が脂肪の乏しい躯を少し痙攣させるようにして到達した。それ以上愛撫を受けるのを身をよじって拒む、その悩ましい姿を確認してから、私ははち切れんばかりのペニスを押し込んで荒々しく腰をスラストした。
 由美は、私がとても知りたかった夏美のことを当然知っていた。夏美は既に吉原から戻って重役室に入ったそうだ。居所とミサキという源氏名が判って、由美だけでなく夏美まで逢うことができるから、小躍りしたい気分だった。

 私は、恵里亜の閉鎖直前と同様に、由美、ローザ、夏美の三人に毎月通うことになった。
 そして、平成七年二月にはローザが恵里亜に戻った。ローザは前の店長に復帰を頼んだのだ。再開直後の恵里亜はとても女の数が少なかったけれど、売れっ子のローザが戻ると、女が揃った感じになった。
 実質の店長は元の店長の進藤だった。いかにもホストクラブの人気ホストの風貌で、事実その出身だ。彼が店長のとき、客に笑顔を振りまいて挨拶するようなことはしないし、第一店に殆どいなかった。
 だが、恵里亜の女の揃え方は他の店よりも段違いに上手かった。コンドーム着用や定期検診についての店の指導も実に堅実だし、女にルーズな出勤はさせないし、客に対するスタッフや女の態度もしっかりしていたので、進藤という男は凄腕のようだと思った。
 その進藤は執行猶予期間中で、三年間は表立ってソープランドの店長になれない筈だ。それでも、女を集めるのは進藤が自ら担当した。
 ローザ以外に部屋持ちの女が三人いて、いずれも恵里亜が再開した後の入店で、皆若くてなかなかの美人だ。一体どうやってそんな女を集めるのだろうと私は思った。要するに進藤は女の心を掴むのが上手いのだろう。私は、由美が進藤からバレンタインのプレゼントのお返しにパンティを貰った、といかにも嬉しそうに話すので、おやっと思ったことがあった。
 由美とローザは、恵里亜で再会した当初所属する班が違っていた。二人の出勤日が丁度裏表の関係になって、顔を合わすことがなかなかなかった。
 私が共通の常連客で、私からしばしば相手の話を聞いているので、何か縁のようなものを感じるのに、二人は店で話し合う機会がないから、そのことを残念がった。
 ただ、どちらかが公出をすると由美とローザは顔を合わせることになるし、夏美と由美、夏美とローザにしても、互いに岐阜市のそれほど遠くないところに住んでいて、どこかの店や婦人科医院などで、偶然に出会ったりした。
 そんな時には、「話題は驚くほど××さんのことばかりよ」と皆が私に報告した。
「いつも『でも××さんって、ほんと、いい人ねえ』と頷きあって会話が一段落するから、おもしろいわ」
 とローザが笑みを浮かべた。
 由美がこんなことを言った。
「××さんには本当に感謝しているの。もともと私は写真ではお客を呼べなかったし、戻ってきても、この店には私より若い子が大勢いて、もう私は本指名が四十本には到底届きそうにないのに、××さんのお蔭で一昨年一度だけでも恵里亜の部屋持ちの夢を見さして貰ったわ。あのときは本当に嬉しかったのよ。梓さんが××さんのことを、『口はとっても悪いけど、ほんと、いい人よ』と言っていて、私もお喋りしていて、この人、何というむちゃくちゃこきおろす人だと思っていたけど、決して悪い気分にさせる訳でもないもんね。子供みたいに可愛いところもあるし、本当に面白い人!」
 店によっては女が全員個室待機としているところもあった。そういう店では女同士の親しいつきあいも生まれないし、仲間の仕事ぶりもどれぐらい指名をとっているかということもさっぱり判らない。
 恵里亜のように、客についていない時には部屋持ちの女であろうと必ず控え室にいるように決めているところもあった。店長が女の個人主義より、互助と親睦の心を尊重し、指名のコールが滅多にかからぬ女が、指名で埋まって控え室に戻らない女との人気の差を知って発憤することを狙った。
 控え室がうまくいれば女達は連帯感があるかのように仲が良い。恵里亜も手入れを受ける前はそんな雰囲気だった。
 私は控え室の中を覗いたことはないが、由美やローザの話では、終始談笑に花を咲かせていたようだ。
 嫌な客や珍妙な客についたり変形ペニスに出会ったりした時には報告会に興じる。女同士で秘所の下のほうに毛が生え過ぎていないか、ラビアが異常な形ではないかと比べ合う。広がり過ぎた恥毛を互いに処理し合い、陰部にコンドームの擦過傷や発疹が出ると見て貰ったりするし、また、一緒にサウナやカラオケの店に行って疲れを癒したり発散したりする。
 客から裏ビデオを貰うと、それを仲間と一緒に鑑賞したりした。
 ローザはアナルとバギナへの同時挿入を見て、二本のペニスが抜かれたら、嵌められていたときの形のままアナルとヴァギナの両方に深くて大きな穴が空いたのでとっても驚いた、と私に報告したことがあった。
 美少女が素っ頓狂な声を張り上げ、瞳を開いて語るのが、妙に猥褻感を発散した。
 由美はシーメールの作品を見て仰天した。
 シーメールは女の顔と体型でありながらペニスがあって、要するに男女兼備の人間が出てきた。
 割れ目がしっかりと女の形をしていたので、ペニスは絶対に作り物だと思って、何とか化けの皮を剥いでやろうと映像を止めて観察した。でも、接合部らしきものがなく、何となく、ちゃんと中に血液が充満して自然に起立するように思え、最後に精液が飛び出して、こりゃ本物だ!と納得した、と目を丸くして感想を語った。
 そんな話を女同士でしているのだ。
 金津園のソープ店に対して警察が大層厳しく摘発をし、多くの店が営業停止となって、残った全ての店が十日間の自主閉店に追い込まれた時、娯楽週刊誌がそれを記事にした。
 そこには、警察の取締強化であぶれた女がよそのソープ街や名古屋のファッションヘルスで働いても、店長に大変に評判が悪い、とこきおろされていた。金津園の女は、皆ヒモがいて「半グレ」が多い、仕事は手抜きで態度も悪い、とぼろ糞に書いてあった。
 落ち目のところを叩くのはマスコミの常でも、「皆、ヒモがいる」というのは、いかにもオーバーな話だと私は思った。
 確かに、稼ぎが飛び抜けていて、出勤日数も目一杯とっている美人のソープ嬢は、ヒモがついているという噂を聞くことがあった。
 でも、私は親しく通いつめた女達にそのような気配を感じたことはなかった。第一、女が店に入店志願でやって来て、乗って来た車を男が運転して、面談が終わった頃にその男がまた迎えに来たりすると、後々まで面白おかしく話題にされてしまう。
 金津園の高級店は、明らかにヒモがいると判っている女は採らなかったのではないか。ヒモにお金をむしられていると、結構仲間の間で噂をされるものだ。ソープ嬢は金津園に千人もいても、特殊な稼業なだけに結構世間が狭い。そう私は想像していた。
 仕事ぶりが良くないという話にしても、私の長年の経験では、吉原や雄琴、福原の女達に奉仕精神と技術が劣ることはなかろうと思った。
 金津園の女は平均年齢が他と比べて若いから、性の技も少しおとなしいぐらいのことではないか、むしろ東京や大阪からわざわざやって来る客が、金津園の女は平均的に若いし、サービスが良いと感心したという話を女からよく聞いた。
 私は、金津園の女の場合「半グレ」などは少ない筈だと思っていた。もっとも、何が半グレなのか定義は難しい。二十歳を過ぎても突っ張っているのはかなり愚かな人間だ。
 私が名古屋のファッションヘルスで会った女のうち、金津園の経験者が六人ほどいて、その女達は皆確かに半グレというか心がすさんでいる様子だった。二十歳を過ぎてもちんぴらだから、ソープの仕事は勤まらなかったのではないかと判断した。
 高級店ならば態度の悪い女は簡単に首になった。一年に一回程度、とんでもない贅沢をする気持ちでやって来る客ならともかくも、商店の店主、弁護士、銀行員、医者、高級サラリーマンなどの常連客を全く掴むことのできない女は価値が乏しい。
 風俗の仕事をする女は、世間の常識からは、皆、ちんぴらかはみ出し者なのだろう。現に私はソープ嬢の彼氏や亭主が刑務所に服役中だという噂話をよく耳にした。それでも、まともな心の女は大勢いると思っていた。
 ソープ嬢の仕事を親が知っているというのは殆ど聞いたことがないけれど、姉や妹には教えてあるというのはよくあった。親が知っている場合は、母親もかってそのような風俗関係の仕事をしていたことが多かった。家族に内緒でその稼業をしていても、心優しい女は沢山いた。
 私は梓や由美やローザと逢っていて、心安い会話の中に自分が若い時には間近に見たことのない、不良少女の気配を見つけると、未知なるものを発見した歓びめいたものを感じた。
 ローザが恵里亜に戻ってしばらくして、由美に逢う意欲を殺がれたことがあった。吉原から復帰して久し振りに会うと、腰骨が浮き出るぐらいに痩せこけていた。顔に精気がなく、あまりにも不健康そう見えた。
 私が心配すると、由美は、「私、躯のことを考えて、これからはぼちぼちと働くわ。もう、公出もなるべく断る。進藤さんにも、『そうか、お前はぼちぼちとやっていけばいい』と言われたわ」と返した。
 その後しばらくして由美に異常出血があって、ピルを飲んでいるせいなのかと疑い、その使用を止めた時期があった。
 私はサックが嫌いだから、由美と逢うと、純生で抽送してから由美の腹の上へ射精するか、ローションを使った激烈な手淫で空中発射して済ませていた。
 由美が私に「私、今日は熱があるの」と訴えることがよくあった。熱が出ても店長から冷たく出勤を指示されたり、「間を空けて客をつけて欲しい」と頼んでおいても連続して客を取らされたりすることがあるので、店のやり方について不満を洩らした。
 夏美に由美がピルを中止している話をすると、「ピルぐらいで出血するなんて考えられないわ」と言った。
 夏美の話では、由美が吉原で躯の具合を悪くした時、店長や仲間が、店に出るのをしばらく止めるように忠告した。でも、由美は、「私、休むわけにはいかないわよ」と言って働き続けた。
 それで、吉原で一緒に住んでいた夏美も、由美がどうしてそんなに頑張るのかと不思議だった。
「お医者さんから入院検査を勧められているの」
 由美がそう呟いた。
 二十歳の頃妊娠して堕胎可能期限の限度の頃に中絶したことがあり、それが由美の躯に悪影響を与えていた。
 由美が働き過ぎだという夏美の指摘を聞いて、由美に医者の指示に従うようにと勧めると、由美は即座に厳しい口調で返した。
「私、今そんなことをするわけにはいかない」
 わけにはいかないという言葉が私には引っかかった。
 由美は前に恵里亜にいた時、梓とともによく公出をして、仲間が感心するほど頑張っていた。店が警察の手入れを受けると、過度の性交で痛んだ躯を治すのに丁度よいと考え、失業を休暇として楽しむ女も大勢いたのに、すぐにルネッサンスに入った。
 ルネッサンスに入店してから間もなくして、金津園の全てのソープ店が警察の厳しい取締に閉口して十日間の自主閉店をした。その時、由美はその僅かな期間でも働く意欲を失わず、即座にたった一人で知人もいない雄琴に行った。
 岐阜市の近くで育ち、岐阜から名古屋にかけての土地しか知らないのに、度胸よく見知らぬ土地で働こうとした。それだけでなく、自主閉店が終わって雄琴からルネッサンスに戻っても、客の入りが悪いからと見限ると、直ちに吉原に行ってしまった。
 由美の稼ぐ意欲があまりに旺盛だから、ヒモでもいるのかと疑いたくなった。しかし、それまでの態度、話ぶりから、そんなものがついているとは思えなかった。
「わけにはいかないって、一体どんなことなんだい? 貯金もそこそこはあるだろうに、十日間の全店閉店の時にはすぐに雄琴に飛んで行ったし、ルネッサンスに戻っても、ちょっと客が来ないとさっと吉原に行ったし、その吉原では、躯の具合が悪くても、皆が心配するほど頑張って働いていたそうじゃないか?」
 と、間髪を入れず前々から訊きたかったことを尋ねると、由美は返事に窮した顔をした。
 それほどまでに頑張らなければならないという貯金の量である筈がない。由美が野放図に贅沢をする女にも見えなかった。ある程度指名が取れればソープ嬢は一流銀行の高級管理職程度の収入があるのに、由美がそこまでするのは、はっきりしたお金の使途があるからに違いない。その使途は、男がいることしか考えられない。
 私は由美に何かしらやけっぱちな雰囲気があり、心が荒んでいるように思った。そのことを話題にしても、由美は悩み事のようなものをうち明けることなく、言葉を濁した。
 だから、由美に何か隠し事があって、それはつき合っている男に関係のあることだろう、と私は思った。
 その腹立たしい推理を夏美に話した。
「可能性はあるわねえ。女同士でも判らないことはあるわ」
 夏美がぼそっと言った。
 もし由美に金を貢ぐような男がいるなら、吉原のような遠いところへは行きにくい筈だと思うから、夏美から由美に男がいることを否定されるのを期待したのに、肯定じみた答で気落ちした。由美に会いたい気持ちが萎えた。
 でも、由美に現在進行形で男がいるのかどうか知りたくて、また由美を予約した。
 由美を敬遠する気持ちが生じていたのに、いざ会って、訪れを歓ぶ由美の顔を見ると、やはり何も尋ねることができなかった。そんなことを追求して由美と逢う楽しみを放棄したくはないから、楽しく会話することに没頭していた。
 復帰して五ヶ月も経つと、由美は躯の調子が戻り、気分も晴れてきたように見えた。
 由美は、美人のような美人ではないような妙な顔つきで、私は笑顔の由美が好きだった。十九の時に父親に耳朶へ穴をあけて貰って、そこにいつも小さな光るものをつけていた。
 熟女になって眼が少し切れた感じになり、顔を斜めにして微笑むと、ぞくぞくとするほど妖しい雰囲気に見えた。
 ベッドで腰を使っていたら、由美が顔を背けて、手で鼻の穴を隠したから愉快だった。
 前々回逢った時、抽送の最中に由美が躯も頭も少し反らし、顎と鼻の穴だけが眼に飛び込んで来て、その鼻の穴がいかにも気持ち良さそうに開いていた。
 射精の後そのことを指摘したら、由美は大層恥ずかしがった。で、前回逢った時には、私が腰を送っている間由美は徹底的に顔を真横に向けていた。次の対面のその日、仰臥して抽送を受け入れる由美は、顔を少し斜にしたまま右手で鼻先を覆った。
 冗談に過剰に反応するのが意外でもあり、愉快でもあり、また、そこまで乙女心を傷つけてしまったのかと悔やんだ。そのことについては何も触れずに知らぬ顔をするのが良かろう、と私は考えていた。

 由美に決まったプライベートセックスの相手がいると想像した。そう思いたくはないが、由美が必死になって稼いでいることや夏美の話から、嫌な結論を下した。
 由美に逢った時、男がいることは判っているという顔をしてそのことを話題にすると、以前同じ様な持ちかけをした時にはとぼけられたのだが、今度は、付き合っている彼氏がいることを仄めかした。
 それはとても面白くない応答で、由美が顔をほころばせて軽い返し方をしたから、粘っこい悋気を起こしているのをからかっていることを内心期待した。
 私は、そんなことが判ったところで楽しくなるわけではないし、私の追求に対してどうして徹底的にしらを切らないのかとも思った。
 由美が憂鬱そうにしているときは、男と仲違いしたのではないかと思ったりした。由美は不倫のような危ない恋をしていて、仲間が止めるように忠告しても耳を貸さない狂おしい恋の可能性があると私は踏んでいた。
 ずーっと年上の人が好きだ、若い男は好みでない、とよく言っていたから、由美と歳がかなり離れている親父に違いない。しっかり稼いでいるのに貯金はさほど貯めていないようだから、男に金品を渡していることも考えられる。
 そう想像して私は苛立つことがあった。
 私は由美との長い付き合いで、気持ちの昂ぶりが萎え、逢う頻度が少し落ちた「谷」が三度あった。
 一度目は熱中して通った最初の頃で、親しい付き合いをしているのに、どこかにもう一歩入り込めない境界を感じて一旦少し熱意が冷めた。私は、それが私のほうに原因があるのではなくて、由美の心に何かがあるように思っていた。
 由美に飽き足らぬものを感じたならば、私は梓にも同様にもの足りぬものを感じながらも、やはり梓が大好きだったから、気持ちが梓のほうに戻ればよいものを同じ店の女に手当たり次第に入った。
 二度目の「谷」は、由美が恵里亜に復帰して半年経った頃で、三度目はそれから更に半年経った頃のことだった。
 その頃由美は仕事にも生活にも鬱屈していて、時折どこか暗い感じがしたから、私は意欲をそがれるような気分になることもあった。
 由美ほど集中的に通いつめた女がそれまでいなかった。それなのに、由美は金津園に絶望すると私に何も告げずに雄琴に行き、挙げ句の果て吉原に去ったから、由美が恵里亜に戻って、再び足繁く逢うようになっても、私は心の奥底に根強い不信感を抱いていた。
 由美には、ローザや夏美以上に深い思い入れがあり、親密な保護者のような気持ちがあるから、腹立たしくなるのは已むを得なかった。
 更に、それだけでなく由美に「男」の存在を意識して、拒絶反応のような気分を引きずっていた。
 私が由美に惚れているのに、その由美が完全に心を奪われている男がいる、それも私と似たような年の中年男のようだと思うと、そんな気持ちはナンセンスだ!と言い聞かせても、どうしても一種の嫉妬で恋いこがれる心が萎えてしまう。
 逢いたいと思って店に予約しても、逢ってしまうとどこかに腹立ちめいたものが澱んで、性的意欲が湧かなくなることがあった。抱擁の度に勃起力が充分でないことが続いて、私は由美にはそれが体調のせいのように言い繕ったが、深層心理に何があるのかは判っていた。
 でも、由美の愛らしい笑顔と激しい燃え方は、私には何とも魅力で、それを思い浮かべると、恵里亜に予約の電話を入れていた。
 とにかく妬けるし、やるせない。でも、昔よりも由美の悦楽の持続が長く、到達するときのよがり声も時には鼓膜を打つように派手で、それを聞く度に痺れた。
 抽送しながらディープキッスをして、何とも悩ましいまでに由美の温かい舌の感触が楽しめると、私は、深層心理の冷えで起立するのが遅いペニスに、表層心理の熱い昂揚が何故伝わらないのかと苛立った。
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(千戸拾倍 著)