ソープ遊びを語る1

 私は平成5年から10年にかけてソープ遊びを題材にいくつかの小説を書いた。買春体験談なんて立場上出版が全く考えられないから、平成13年にサイトを立ち上げて小説を世に出した。
 小説の中でソープ論めいた文章をたくさん書いた。これを本作で掲げることにする。
 扱ったのは昭和の末から平成12年までの私の金津園の体験・考察を認めたもので、要するに、
  (1) 金津園の殆どの女がゴムを使わずに対応していた時期(〜平成3年)
  (2) 金津園の多くの女がゴムを使って対応し、
    5万円を超える値段の店(NS対応)が殆どなかった時期(平成4年〜10年)
この約15年の間の知見によるものだ。
 従って、平成20年代にこれを読む場合いろいろと状況が変わって説明がいるだろうし、10年以上の経過で金津園にもいろんな変化がある。だから、必要な場合補注を入れることにする。
金津園の有り難さ
 私はまじめなサラリーマンだし、名古屋育ちでも就職後は仙台と松戸に住んでいたから昭和五十七年まで岐阜の金津園という売春街を全く知らなかった。だから、初めて金津園に行ったときは店の多いことと何ら憚らない広告看板に本当に驚いた。
 金津園とはどんなところなのか。
 金津園は、江戸時代から街の中心部にあった遊郭が明治初期の遊女解放令や、戦時中の集団移転命令、戦後の占領軍による公娼廃止令、客の主力であった軍人の消滅等いくたの危機を乗り越え、昭和二十五年に駅南隣の現在の場所に落ち着いたことに始まる。
 金津園は東海道本線の駅に近いことから客を呼び、日本の復興と共に赤線として栄えた。しかし、それは束の間のことで、昭和三十二年に売春防止法が施行されると、各地の赤線とともにはかなく消えた。
 それでも根強く性欲処理の需要があるからには、金津園は間もなく「特殊浴場」の名で復活した。JRの線路に接して多くの店がたち並び、路地のあちこちに呼び込みの男が立って通行人にしつこく声をかける独特な雰囲気の一画が生まれた。
 遊郭は日本からなくなった筈なのに、木造をビルに建て替えて、多額の稼ぎを求める若い女を集めた。男への奉仕尽くしを心がけた歓楽サービスに客はむらがるように押し寄せた。
 金津園は警察署に厳しく監督され、保健所の衛生指導も受け、時々売春防止法違反で摘発されることがあっても、しぶとく繁栄した。店の営業権は高額で売買されるようになった。
 平成に入って、名古屋の繁華街で若い女が大勢風俗産業に職を求め、五千円から二万円程度の料金で遊べるファッションヘルスの店が手掻き射精から口内射精に路線を変えて、活況を呈すようになると、二万円から六万円の高料金のソープランドはさすがに繁盛にかげりが出るようになった。
 でも、ヘルスの狭い部屋で、語らいも短く、女が「抜く」ことに専心した、いかにも機械的な口内射精をするよりも、ソープランドで若くて性的技巧を身につけた女を抱くほうが情交らしさがある。金津園は所得の多い層を中心に常連の男達を惹きつけた。
 私は極く普通のサラリーマンで、風采も冴えないから、素人の女を誘惑する根気はなかった。しかし、女と遊びたい気持ちがなかなか旺盛で、子供が隣室で夜更かしをするようになって、夫婦の性生活が営みにくくなった頃から金津園の女に通うのを最大の楽しみにした。
 ソープランドの女は若くてそこそこの器量だし、衛生的にもそれほど問題がないようだし、部屋が他の性風俗業よりはずーっと豪華で、雰囲気が良い。そう思ってすっかり気に入った。
 もともと人一倍性的好奇心が強いし、他にこれといった趣味もないので、名古屋から岐阜まで出向く回数はなかなかの頻度だった。性病感染が気になるけれど、それはもう追突事故に遭うようなものだと思った。
 通りに立つ客引きの男にはすっかり顔を覚えられた。行く店を限定していたので、その店の近辺の、入ったことのない店のボーイには諦めて呼び込みの声もかけられなかった。中には愛想のいいボーイがいて、にっこり会釈され、「お客さん、たまにはうちの店にも入ってくださいよ」と懇願されることもあった。
 現在はこの手の呼び込みが禁じられている。だが、一応店の送迎車を利用したほうがよい。
 なお、私はこの頃何故か送迎車を帰路しか利用しなかった。往路で利用しなかったのは、傲慢不遜に思えたからだ。
 補足すれば、自家用車を持っている人は金津園のようなところでも車で行きたがるが、それはやめたほうが良い。
 馴染みの店では、予約の電話をかけると声で判別されるほどの上客になり、必ず特定の女を指名した。私は惚れて女に通うことを主義にして、取っ替え引っ替え相方を変えるような遊び方をしなかった。
 金津園は派手な外装の建物やらネオンの看板が目立ち、それが駅にほぼ隣接していた。
 淫猥な商売が隆盛するのを苦々しく思う道徳屋が多いから、岐阜市近辺で大きな催し物がある度に、駅周辺の浄化運動などという不粋なものが出てきて金津園がつぶされはしないかと、いつも心配した。
 確かに、大がかりなイベントがあったり、暴力団の資金源締め付け対策が強化される度に、通りに立っての客引き行為が自粛されたり、そこらかしこにあるソープランド案内所の看板が外されたりして、街が静まり返ることがあった。
 ソープランドは女が店の中で安心して接客ができ、変質者に首を絞められたり、料金を踏み倒されたりする恐れがない。時間は充分にあって気ぜわしくないし、休憩時間も非番日もきちんと貰える。売春の相場を引き上げたと言ってもいいほど料金が張ることから、客層が一定のレベルになった。だから、他の性風俗稼業よりは客から性病を感染する危険が少ない。
 客から見ても、料金が高いだけにとんでもない面相の女が出てくる心配をしなくていいし、相方とフィーリングさえ合えば、ファッションヘルスなどよりは情のこもった逢瀬が果たせる。
 そのような買売春がなくなって、座布団二枚のちょいの間の買売春や、素股や口内射精の味気ない遊びが人気を得るのが我慢のならない淋しいことだった。
 客が女を殺して遁走したり、女が客を眠らせて金目のものを奪ったり、そんな事件がよく起きる闇の買売春では、心を揺すぶられる逢瀬が果たせるわけがない。
 ソープランドならば買売春の中では品位というものがあって、男の振る舞い方によっては心ときめく出会いが起こりうる。そんなことが所詮買売春である筈がない、商売女の手練手管による錯覚に過ぎない、という意見も聞くが、それはそのような経験がない男が言うことだと思っていた。
 ソープランドは広い個室でそこそこの時間女と男が二人っきりで、文字通り裸になって話し合う。女も商売がしたい。だから、男が傲慢不遜、あるいは陰険陰湿、極度に内気な性格、どうにもならないほどの不潔、そういった誰にも嫌われる人間でないかぎり、気立てのいい女であれば親密になりやすい。
 なのに、愛撫もろくすっぽできず、会話らしい会話もなしに、女に性的な処理をさせて悦んでいる男がとにかく多い。そういう男に女が慣れてしまっていることが何やら虚しかった。
 このことは平成20年代の高級店でも同じだ。中級店は知らないから一応高級店としておく。
 とにかく、客の多回数射精願望に適わない嬢は不人気になる。やる気がない、技がだめ、お話が多い──などと叩かれる。
 私はソープ遊びでひたすら多回数射精願望を求める馬鹿の気持ちがわからない。まあ、それだけ男性性能力を確認したくてならないノータリンの心なんだろうと思う。
 親しくなった女の話を聞くと、やはり学歴は中学だけとか高校中退が多く、その仕事に入る前の性体験は豊富だ。大概は酒を飲み、喫煙をし、話す言葉に語彙が少ない。それでも、ソープランドには気立てのいい女が存外に多い。
 私は、普段職場で接する、愛嬌のない若い女と比べてそのように実感していた。
 金津園に通って30年近くなった今振り返ると次のようになる。
 4大出の嬢は4人、短大出の嬢は6人ほど会っていると思う。
 業界入り前の男性経験人数は3人が一番少なかったという記憶だ。
 ソープ嬢は肉体をさらけ出して男に愛欲の幻想を売るだけに、普通の仕事をしている女と比べれば、やはり特異な存在であることは間違いない。でも、見知らぬ男に体当たりして金を稼ぐソープ嬢の、土性骨のたくましさと包容力に心惹かれた。
 昔の遊郭では女のすべてが生活に困って身売りしたのでもなかろう。でも、「身売り」や「搾取」や「苦界に身をやつす」という言葉で表される通り、遊女という言葉には貧窮と強制と肺病のイメージがつきまとう。
 しかし、格式のある遊郭の高名な遊女は、大名も大店の商人も贔屓にして、現代の芸能界のように若い女が憧れ、当時でも自発的にその世界に飛び込む女がいたようだ。
 ソープ嬢を見る限り、皆自発的に売春をしているようだから、私は女たちの人生観や生活観やセックス観にとても興味を抱いた。いろいろ尋ねたくてしょうがないけれど、焦って質問して、相方が気分を害することのないように気を使った。
 自発的に売春するようになったと言っても、その原因はやはり借金が圧倒的に多い。
 その借金が40万円クラスもあれば、1千万円、2千万円というのもあった。20代でそんな見事な負債が作れたというのが不思議でならない。不幸せな人はとことん不幸せだ。
金津園の基本知識
 私はうるさ型の人間で美貌好きだから、熱を上げたソープ嬢は人気のある女が多かった。
 売れっ子は大概は性格美人で、優しくて愛想が良く、淫らを隠さない。初会の客をエレベーターに迎え入れた時点でしっかり好印象を与えることを考えているから、にこやかな笑顔で話しかける。売れっ子は既にこの段階で指名の少ない女と違っていた。
 私の金津園遊興の経験からすれば、上客になっていない店に予約もせずに行っても、雑誌に美人顔の写真を出している人気の高い女をあてがわれることはまずない。
 店は指名のない女に客をつけたいから、店の男に人気の女は誰かと尋ねても「皆、いい子を揃えております」と答えるだけだ。
 人気があって、好みのタイプの女と対面するには、やはりそれなりの投資が必要になる。店に三、四回入っただけで、女の容姿、性格、仕事ぶり、本指名の多寡などの有用な情報をつかむことはなかなか難しい。
 女の性格や仕事ぶりのような肝心なことは店の男もよく知らない。店の男は客になって女に会っているわけではないから、セックス好きかどうか、愛撫が上手いかどうか、性感が豊かなのかにぶいのか、こんなことを把握していない。
 そのような情報は親しくなった女から聞き出すのがよい。
 ここで「店の男もよく知らない」というのは待合室で客と相方選びについて折衝する男のことだ。
 店長ぐらいになると上のことはそれなりに知っている。
 売れっ子の名前を知りたくて、初会の相方に君より売れているのは誰か?と尋ねる男もいるけれど、それは愚かな男のすることだ。一旦縁あって遊ぶからには、眼の前の相方が最高の女性だと振る舞うべきだろう。そういう態度でおれば結構いろんなことが聞き出せる。そう私は思っていた。
 今金津園ではこの当時と違って店のサイトで指名の多い嬢を知らしめるやり方をしているところが多い。ルーブルは上がり部屋の写真の順位で売れ行きを明らかにしている。
 全く知らせないのは例えば艶グループの店が該当する。
 私は嬢の成績をストレートに公表するやり方は大嫌いだ。例えば、店に一度も来ていない人にこれがわかるというのはやめてほしい。
 なお、美貌と若さだけで人気がたっぷりある嬢を除けば、人気嬢と遊ぶのが間違いない。美貌か若さのどちらかで多少疑問符が出るような人気嬢と遊んではっきり不満足だったら
 (1) ご本人の遊び方が相当下手だった。
 (2) ご本人の器量が低いが故に、あまりにも相方の美貌度か若さにこだわりすぎだ。
のどちらかだと言える。いずれにしても遊び人のレベルが低い。
 出勤した女の不満を招かないためにも、フリーで入った客には、その日指名のついていない女の中から出勤した順に当てることが多い。
 その日指名のついていない女の中から、前月の成績の良い順にフリーの客につける店もある。
 でも、その日指名予約の入っている嬢は飛ばされるケースが多い。
 要するに、フリーで店に行くと新人に誘導されることが多く、上玉にありつく可能性が少し低くなる。このことは当時も平成20年以降も同じだ。
 店の男は、フリーで来た客にもっともらしく女についての希望を訊くけれど、相手をさせる女は大体絞っている。
 店の方にも都合があるから、客はあれこれ好みを申し立ててもしょうがない。
 女は固定客が沢山つくようになると、フリーの客をなかなか当てて貰えなくなる。私はこういった不平をベテラン嬢からよく聞いたが、仕方がないだろうと思った。
 また、固定客が大勢ついている売れっ子は、フリーの客を本人が制限していることがある。知らない客は応対に疲れるから避けたいと考える。
 だから、馴染みのない店で売れっ子に対面するのはなかなか難しい。
 これは店が客に女の写真を見せて客に選ばせるようなことをしていない時期の話だ。
 現在は女の写真を見せることが多い。ただ、初めての店に行った場合次になるのが普通だと思う。
 客につけたい女を店が決めていて、写真を1枚か2枚しか見せず、相方はこの中から選んでくれと言う。
 店は、馴染みのない客については、客の希望にかなうようにすることよりも、店の都合でもって女に客をつかせることのほうが大切なのだ。
 従って、店サイトの情報で判断し、P指名の予約をするのが望ましい。博打で選ぶのだ。
 店に決められるのではなく自分で選択した相方なら、とんでもない女が出てきても打撃が少ない。
 嬢を指名することなく来店した客にどの女をつける(誘導的に推奨する)かを決めるスタッフは1人だ。店にスタッフが何人出ていようが1人がこれをする。他にいるとしたら責任者(店長)だ。
 ということは、女のあてがいには一定の意思が働くということなのだ。その意思に対抗するには、客が主体的に予約するという行為が必要だ。
 入ったことのない店のサイトでA子に興味が湧いたとしよう。その時A子が空いていたとして、予約せずに店に入って「この中から選んでください」と呈示された写真に(人気嬢の)A子の写真がある可能性は存外少ない。「A子は出ていないの?」と聞いて困った顔をされてようやく出てくるかもしれない程度だ。

 フリーは本来「ふり」で、初会という意味の遊廓の言葉の「一見」と類義と考えて良い。要するに馴染みでないことをいう。
 フリーの客を一回こっきりの遊びにさせないのが魅力のある女だ。ソープにやってくる男の好みは見事に特定の女に集中するから、人気のあるなしで指名数にかなりの差が出る。安くはない料金だから、客に二度三度と来させることはなかなか難しい。
 次々に初対面の客が入るヘルスと比べればソープランドは客層が狭いので、一度会った男に「裏を返させる」魅力があることが大切になる。
 新人が本数を稼げるかどうかは、一度ついたフリーの客を何割裏を返させるかで決まる。
 店の管理者は新人の入店後三ヶ月ぐらいで、その女が今後も伸びるのか、現状がリミットであるかが判断できる。ついた客の「返し」の善し悪しでそれがわかる。三ヶ月経ってもひと月の本指名が十本や十五本程度なら、それだけの女だ。
 これは当時の有力店(標準入浴時間が100分か90分)での話だ。今の有力店(標準入浴時間が120分以上のNS店)では本指名が10本あれば『良い仕事をしている女』と言えるかもしれない。
 ソープ嬢の七割ぐらいはさほど本指名を取れず、そういう女は総じて客に対する態度が芳しくなくて、店をよく替わっている、と私は思っていた。
 店をよく替わっている女で人気の高いのもいる。その手の嬢には個性的なのが多い。
 なお、嬢の一人前について私が考える基準は次の通り。
(1) 標準入浴時間が120分以上の店───本指名25本。
(2) 標準入浴時間が120分未満の店───本指名35本。
 なかなかいないが、いたら『すごい女』であることは間違いない。ところが、こういう女と遊んでもネットに酷評を書く男が時々いる。おそらく相方から負の扱いをされたんだろうが、本当にだめな男だと思う。
 指名を取ると、店が女に指名報奨金を払うシステムにしているところが多い。指名は、裏を返した指名と、写真などで女の名前を知って指名したのと、二種類あり、後者はP指名と呼んで、本指名と区別する。
 電話で予約を入れると、「前に、この子に入ったことがありますか?」と店の男が尋ねることがある。冷やかしかどうかを探るとともに、P指名か本指名かを確認している。
 そういう店は、売れっ子に特定の部屋を専用で使わせる部屋持ちの判定を本指名の数でしたり、指名報奨金に差をつけたりしている。
 控え室の女へのスタンバイのコールは、「××さん、準備して下さい」か、「××さん、ご指名です」と呼ぶか、この二種だ。皆に、フリーの客がついたのか指名なのかわかるようにして、特定の女にフリーの客を優先して当てていないことを知らしめるとともに、指名の取れない女に反省を促している。
 今は個室待機の店が多いからこの2つの使い分けをしていないかもしれない。嬢は伝票を見れば、フリー、P指名、本指名のいずれなのかがわかる。
 ※ これがわからないと客への対応に情報が欠けるし、稼ぎの単価もわからない。
 沢山P指名があっても本指名が少ない女は、容姿が美しいこと以外には特長が乏しい。裏を返す客がいないということは、わくわくして入浴してもむなしい想いをして帰る客が多いのだろう。
 私は嬢のアルバムが見えるようになった昭和の末期から現在まで、P指名がたくさんあって本指名が少ない嬢を徹底的に敬遠していた。
 そういう女は遊んだ時の失望感が大変大きい。美貌だけが取り柄でエロさなし、穴を貸すだけではねえ。
 月収百万二百万に憧れて多くの女がソープに来る。その中で、本指名を沢山取って、皆が羨む稼ぎをするソープ嬢は、よほど根性を据えて男の相手をしていると思って良い。
 初対面の客がつけば、一度きりの遊びなのか、気に入ったら裏を返しそうなのかを探る。後者と判定すると、いやな奴、むかつく奴でない限り、笑顔を作って男の気をそそる努力をする。
 男が自分の誘導にその気になっているとわかるとにんまりし、こいつは多分また来ると計算する。それで、読み通りにまたその男がやってくれば、女のプライドがくすぐられ、仕事の達成感がある。
 予約が空き時間もないぐらいに入り、稼ぐお金の多さに浮き浮きすることもある。でも、時には横柄な客が続いて、身をまかせる度に虚しくなり、そんな絶望感を抑えて、客の顔を見れば笑顔を振りまく。
 何よりも躯が頑強でなければ勤まらない。一日に何人もの男からペニスという異物を受け入れるのはなかなか大変だ。
 指名の差がはっきりわかるだけに女達はつらい。指名が少ないと、フロントから出番のコールがかからず、控え室でごろごろしているだけになる。器量のいい女をうらやむだけで、器量が良くなくても客を取っている女がどんな努力をしているかを考えずに、店への不満と稼ぐ女への中傷の言葉にひたる。
 売れない女は、フリーの客がその日一本でもつけばまだましで、名古屋辺りから岐阜まで通って零本のお茶挽きだと情けなくなる。
 金津園が景気の良い頃は高級店ではお茶挽きした女に二万円程度の手当を出すこともあったが、不景気の時はどうだったろうか。
 金津園はソープ店が七十軒ばかりあって、入浴時間は大衆店が四〇〜六〇分、中級店が七〇〜八〇分、高級店が九〇〜一二〇分と分かれており、一番料金の高い店で六万円クラスという時期が長かった。
 吉原や福原と違って、金津園では、平成五年ぐらいまでは六万円という高料金の店が一、二軒しかなかったけれど、平成七年にはとうとう十万円の店も現れた。
 三万円以下の大衆店だと女の器量も落ちるし、時間が短いから遊びが何かあわただしい。九〇分以上の店は三万五千円を超す料金になり、一二〇分以上の店だと料金は六万円を超える。
 四万円の店でも六万円の店でも女の魅力とサービスはそんなに違いがないのに、遊び時間がちょっと増えるだけだから、私はそれほど六万円の店で遊びたいとは思わなかった。
 平成24年の金津園では、120分or110分で5万円弱の店で“高級店サービス”(=即尺即ベッド+ゴムなし)をする店が増えた。
 例えば、ティファニー、MGM、コットンクラブ、館など。
 私は金津園の低料金(3万円未満)の店で遊ぶなら、名古屋ソープのほうが良いと思う。
 なお、平成17年以降私は6万円を超える店で遊ぶことが大変増えた。
 一番数の多い九〇〜一〇〇分の店の場合、ソープ嬢は一日フルに客がつけば、六〜七本になる。料金四万円前後のうち二万円強が女の一本当たりの取り分になり、所得税は気休め程度のものだった。
 超人気ソープ嬢であれば、千万円単位の貯金ができるのだから羨ましい。月二百万円ぐらい稼ぐから、旅行とか服飾・美容にかなりお金を使う。
 お金を貯める気のない女はホストに貢いだりする。いつも客に奉仕して鬱積しているから、ホストにかしずかれて心地良いサービスを受けてみたくなる。
 そんなことは馬鹿馬鹿しいと思う女は仲間と飲みに行く。何せ仕事が終われば夜中の一時二時だから、そんな時刻に岐阜市の繁華街でソープ嬢にレミーやヘネシーを飲ませる店では、普通のサラリーマンの二ヶ月分ぐらいの小遣いに当たる料金を取られている。
 女は仲間同士で、店の流行り具合、手取りの多寡、勤務条件などの情報交換をする。いい条件・楽な環境と思えば、すぐに移ってしまう女が少なからずいる。働く店を替えてばかりいるソープ嬢には気立ての良くない女が多い。
 非高級店から高級店に移るのは、粗雑な客層に嫌気がさした場合と、一日にこなす客の数が女の躯にとってつらい場合などによくある。
 非高級店の売れっ子は一日に最大八〜十本もつく。一本当たり平均一回半ぐらいセックスするとして、多いときは一日十数回の性交をこなさなければならない。男が寝そべったままで女が腰を使う交合が多くて、腰がたまらないし、乱暴な奴や爪の真っ黒なのも多くなるから、そんな客が続くと悲しくなる。
 私が高級店で会った女には、最初にソープランドで働いた時は、店による手取りや客層の違いをよく知らずにたまたま非高級店に入ったけれども、結局高級店に移ったというのが多かった。逆に高級店から非高級店への移動は年齢や容姿が合わない場合が多い。
 容姿が実に立派なのに、それでも稼ぎの効率の悪い非高級店で働く女は、高級店はマットプレイを丹念にせねばならないだろうから難しい仕事だと思い込んで敬遠したり、自分は話下手だから高級店が合わないと考えていたり、お爺さんの、どす黒く垂れ下がったしわしわの金的を見ただけで身の毛がよだつから、若い客が多い非高級店の方がいい、などと思っているようだった。
 繁華街のバー、スナックの女は、客の会話が途切れると、座を持たせようなどと努力は全くせず、ひたすら水割りを作ったり、やたらとカラオケを勧めたりして、全くプロのかけらもない女もいる。煙草の火をつけることと、トイレを済ました客にお絞りを渡すことと、グラスの中身だけにしか気を使っていない。
 その点ソープ嬢は個室で客と一対一の裸の勝負を百分も続けなければならない。座が持たないからといって、嫌な奴だからといって、逃げ出す訳にもいかないので、三ヶ月も働いていれば、かなり会話力がつく。
 二、三回会っただけで熱を上げてしまう純な男も多いから、そういうのを扱う訓練もできる。男がどういう生き物であるかを完全に掌握できるだけに、飲み屋の接客などは十二分に勤まるだろう。
 実際ソープランドでは女を所定の時間独占することができ、身の入った会話も可能だ。しかも、時間の区切りがあるので、だらだらと時を過ごすことがない。だから、セックスもせずに、バー、クラブ同様の遊び方でソープに通う男も結構いる。
 それは勿体ないと私は思うが、その気持ちもわかる。
 ここで高級店というのは当時のことだから40,000円+αの店だ。平成20年代なら高級店は50,000円以上の店だろう。
 ここで述べていることは今でも変える必要がない。
私の金津園での遊び方
 私のソープの遊び方は、女に濃厚なマットプレイをたっぷりさせて楽しみ、それが終わると、素っ裸のままブランデーを飲みながら、裸体の女とじっくり談笑するのが常だった。
 これは即尺即ベッドで楽しむようになる前のパターンだ。
 私は平成10年ぐらいからはそんなにマットプレイを求めなかった。
 私は、若い女同士が楽しく喋り合うようなことには殆ど関心がないから、そのようなことを面白おかしく語って興味を惹くことは不得手だった。
 かといって自分の体験談を一方的に喋ったりはせず、特に、女が興味を持たないようなことは喋らないという気遣いをして、どちらかと言えばセクシャルなテーマかソープ談義一辺倒で終始した。
 ソープ嬢は客に個人的なことをあれこれ詮索されるのを嫌がるから、そのような質問は一切しなかった。私も仕事のことや家庭のことなど個人的なことは殆ど喋らず、馬鹿話や猥談に終始した。
 このことは徹底して首尾一貫していたから、馴染みの女は皆口を揃えて感心した。
 私はいかにも峻厳な顔つきをしているので、下ネタ話や突然の剽軽な表情が女達には意外に思えたようだ。
「マットプレイをたっぷりさせ」というのは、女にそれまでのどの客にしたのよりも長い時間濃厚な愛撫をさせるという意味だ。
 これを書いた50歳前後の頃と還暦を過ぎた頃とではやはり私の振るまいが変わったところがある。
 もっぱら高級店に入るようになったし、「マットプレイをたっぷりさせ」というのも「そのような質問は一切しなかった」というのも変わった。
 前者は、レビトラを使うことによりファックの時間が大幅に増え、後者は、サイトの制作により初会でも取材意識がぐーんと増えたから私の行動が変化した。
 私は、女に唇で金的をマッサージさせながら、ローションでヌラヌラしたカリ首を両手で手揉みされるのが特に好きだった。
 精力絶倫というほどではないので、マットプレイではどれだけ過激にペッティングされても、また、女上位で交合しても射精をしなかった。気をやるのは、ベッドの交合の一回だけにしていた。
 歓談の後のベッドプレイでは、女の股ぐらに口を吸盤のように吸いつけてクンニリングスに没頭した。オーラルセックスを愉しみたい心は並みのものではなかった。
 だから、長年ソープ稼業をしている女でも、私が臆面もなく猥褻な会話をして、見かけによらない巧妙なクンニリングスを熱心に続けるのには眼を瞠った。
 初対面の私を相手にピクンピクンの連続で、ラブジュースを流すほど亢奮することがなかなかないのに、思わず知らず大量に垂らしてしまうから必ず驚いた。それも、愛液が普段と比べればまるで粘り気が強い。その量も多いから、後でその生理反応を感嘆して振り返ることがよくあった。
 私は、そういうことをしていれば、人並みのあまりにも平凡な日常生活からまるでかけ離れた世界に瞬時にして転生できることが楽しかった。
 世間の並の男が決してしない淫奔な性技を繰り出して、若い女と享楽にふけり、それを女房も子供も親戚も職場の仲間もまるで想像すらしていない、と思うと痛快な気分になった。
 山登りの好きな連中が山に入って俗世を忘れるように、まるで別天地で時を過ごし、勤めと家庭の不愉快なことを忘れ去り、普段はしていないエロチックな行為と会話をすることがいかに素晴らしいか。しかも、その楽しみは、登山やヨット趣味やバードウォッチングや化石採集のように多大の時間を費やすこともないし、ひょっとしたら心身の健康にもいいかもしれない。何よりも人間を相手にする趣味というのは、趣味の中では最高だ。
 私は、ソープの、まるで年の離れた若い女と親しくなることについて、そんなふうに思っていた。
 金津園に通いだした当初は専ら中級店に入った。大衆店は部屋が狭くて気分が出ないし、マットプレイの時間も短くなるし、心ゆくまで女を愛撫することもできないと考えて敬遠した。
 ソープ遊びの経験を積むと、中級店上位の九〇分から一〇〇分のクラスの店でブランデーを傾けてのんびり雑談するのが好みになった。料金が四万円前後の店なら肥満型の女はまずいないし、そこで、本指名を三十本以上取る女と遊べば、損をした気分になることはあまりなかった。
 私は馴染みのない店を探求しようと思うと、気に入る女が見つかるまで、ある程度の回数その店に入って、どんな売れっ子がいるのか探った。
 女の接客の物腰から、スタッフの男の態度、トイレの手入れの仕方まで観察して、ボーイやソープ嬢のしつけがきちんとされていないと思うと、一人か二人の女に入っただけでそのような店は失格とした。
 だから、私は、経営がしっかりして、客に実直に応対している店で、通い甲斐のある女を発掘し、そこに通い続けることになった。
 私は、素人の女に面倒な求愛の労力をかけて懇ろになったことがない。でも、女が性的遊戯をすることを職業にして、ベッドに裸で横たわり、私の愛撫でイクことを期待するのであれば、共に歓楽の時を過ごすことに並々ならぬ情熱を注いだ。
 セックスが決して嫌いでないから性風俗の仕事をしているけれども、店では滅多に燃えることがなく、お金を稼がせて貰う客として程良く男をあしらっている、そんな女に、他の客とはちょっと違う面白そうな親父だ、と関心を抱かせ、たとえオーガズム経験が乏しくても、熱烈なオーラルセックスでエクスタシーにふるえさせることに喜びを見いだしていた。
 私は三十代の時でも五十に近づこうという歳になっても、剽軽に振る舞い、容姿を褒めて笑みを呼び、うち解けさせるように気を使った。
 初対面の女に、会うなり個人的なことを尋ねる男が極めて多い。私は、風俗稼業の年数ぐらいは尋ねても、住んでいる町名を聞きたがったり、何故この稼業に入ったのかとか、どれくらい稼ぐのかというようなよけいなことを言ったりはしない。そのような質問は女とうち解けてからするようにしていた。
 私は嬢が営業政策として目の前の客に親近的にみせるということを昔からよく知っているから、この『女とうち解けてから』の判断はそこいらの客よりは雲泥の差で慎重だ。この文章はそういう目で見てほしい。
 普段はそれほど口数が多くなくても、卑猥な軽口をたたいて陽気な助平親父を装い、たとえ私の子供のような年頃の嬢であろうと、くだけた口調で語りかけた。風俗の女に会えば、とても遊び慣れている小父さんだと思わせた。
 女が頻繁に話しかけ、何かと質問をするなら軌道に乗ったも同然だ。当たり障りがなく女が関心を持ちそうなこと、つまり仕事の上手なこなし方、男を相手にして鬱陶しいことなどを話題にしながら躯を洗わせた。
 ユーモアを交えた共感の一体化作戦で、女が何度も笑い声を出して、滑稽な体験を披露したり、不愉快な客について愚痴をこぼしたりすれば、好印象を感じていることは間違いない。
 私は女体を演奏することが無上の楽しみだから、いつも早めに愛撫に取りかかった。
 女がクリトリスの愛撫を許すかどうかが、愉快に遊ぶための最大のポイントだった。
 時々硬い態度の女がいて、愛撫を受け入れようとしないと、乱暴にこすられることを心配しているのか、初対面ではそこまでのサービスをしないという出し惜しみなのか、それとも、客には断じて愛撫をさせたくないという強い意志なのか、女の言葉と表情から探った。そして、女が心を許して完全に身をまかせるように反応を見ながら誘導した。
 女がすっかりうち解けて、狭いベッドで淫らに股を開くと、俄然張り切った。すぐに陰裂に唇を寄せ、恥毛をかき分けてクリトリスを含む。その小さなふくらみに三十分一本勝負の気持ちで心をこめてクンニリングスをした。
 若い女は、これには必ず驚いた。
 クリトリスを指先で手荒に揉むようなことは絶対にしない。膣に指を入れてピストンさせることも、乳房や脇腹や太腿へ多方面に唇を這わすこともあまりしない。もっぱらクリトリスだけを唇と舌で優しく攻め、「おい、気持ちいいか?」とか、「このやり方はどうだ?」などと無益な問いかけをせずに、割れ目が愛液で潤うのを待った。
 初対面の女を快感にふるえさせ、芳醇なよがり汁を際限なく流させられるかどうかが、男の勝負どころだと思っていた。
 愛液が尻の窪みに沿ってしたたり落ちるようになれば、指を膣に入れてみる。
 いつもは客に頑なに拒んでいても、私に「それは、駄目!」と指を外そうとする女は、生理中でない限り絶対にいない。女が欲情の発露で濡れそぼった肉孔を奥まで探ることを許すと、私は中指一本差し込んだまま女の股間からにじって出て、若い女体に寄り添った。
 掌でクリトリスを揉みながら指を膣の中で往復させ、同時にキスを求める。女が唇を合わせるだけのおとなしい応じ方をすると必ず言った。
「こんなに濡れて、もう、ぐしょぐしょだよ。すっごく気持ちいいんだろう?……こんなに気持ちよーくして貰えるなら、べろを出してきちんとキスをしなきゃ」
 女の舌を味わいながら中指の先で愛液をすくってクリトリスを優しく揺さぶる。絶妙の翻弄で女が耐え難いように腰をよじり、火照る性器から快感が響いて表情が乱れるのを、キスをしながら感じとるのが愉しみだった。
 女がそこまで身をまかすと、エクスタシーに到達することを確信する。また女の股の間に顔を突っ込み、恥毛を押さえて絶頂が押し寄せるまでリズミカルにクンニリングスを続けた。
 唇をすぼめてクリトリスを吸い上げ、舌の全面で包むようにして揉みたて、舌先でこね回すように揺さぶり、唇で摘むように揉み、舌で下から跳ね上げるように叩き、さっと吸っては吹き出して、唇で圧迫する。こんなふうに間断なく巧みな愛撫を繰り返す。
 女は乱れに乱れ、喘ぎ声を響かせながら痙攣して気をやる。恰も耐える苦しみから放免されたように濡れそぼって虚脱しているのを見とどけると、次は私が女の熱烈な愛撫で快感にひたることに集中した。
 初会の女が、普段は客とディープキスを決してしなくても、金的を唇で揉んだことがなくても、客のアナルに舌を這わせるなんて絶対にいやだと思っていても、私に気を許している気配があれば、女が積極的にそういうことをするように誘導した。
 女は私が巧みなクンニリングスをすることに驚き、必ず熱意を込めたフェラチオで応えた。絡みが終わると、それまで相手したつまらない客をくさすことが多いから、私は同好の遊び人たちの、女をその気にさせることが下手な遊興にいつもあきれた。
 これを読んでいる人が想像する以上に「それまで相手したつまらない客をくさす」のを聞いた回数が多分多いだろう。
 耐性のない嬢が多いとも言えるが、やはりその感想は正しいと思う。皆エロさが乏しい。エロい客はバギナに指ピストンしたがる。そういうことだ。
 私は奔放に性的交歓を愉しむ様を面に出し、女を淫らな気分に誘い込んだ。
 それで、生真面目そうな顔に似合わない猥褻な語句を並べ立て、豊富な風俗遊びの体験談を露骨な描写で語るから、女は、「お客さんみたいに面白い人、初めて!」とか、「貴方、小悪魔みたい!」とか、「すごいテクニシャンだわ。私、ここまで濡れたの、貴方が初めてよ」などと感嘆した。
 私は、女と大層な歳の差があっても何の隔たりとも感じなかった。女の容貌やスタイルや性格のどれかが気に入らなくても、何か長所に着目した。そこに惹かれるように自分を煽り、女を褒めて嬉しがらせるようにした。風俗の遊びは初対面が勝負だと思っていた。
 そんな遊び方をして、女を気に入れば、また会う。裏を返して、顔を合わせたとたんに女の表情に何かの動きがあると、好印象を植えつけていたことが確認できる。
 二回目以降の対面では、更に親しさを深めるように努める。逢う度に、女が普段着のしゃべり方をするようになり、股を開くときは期待顔をして、クンニリングスをすれば喘ぎ声が深くなり、愛液が流れ出すのが早くなると、私は、互いに肉体を貪り性感を悦び合うことに歳の差が全く支障にならない、この遊びが愉しくてしょうがなかった。
 一過の客扱いではなく、女がまるでプライベートラブのような官能の交歓をしていると思うと、客にも恋人にもさせたことがないような大胆なことをさせたくなる。
 女を愛撫する時は、愛液が流れるようになってから、人差し指の先にぬるぬるの愛液をなすりつけ、それでアナルを揉み、女がいやがらなければ、その指をアナルに差し込むことも必ず試みた。
 客に膣の中へ指三本も入れさせたことがなくても、アナルに指を入れさせたことがなくても、男のアナルに指を差し込んだことがなくても、若い女にそのような淫奔な動作をさせた。
 女にかって経験のないほどよがり汁を流させるから、女は求められるまま日頃客に認めていないことでも気安く応じた。
 風俗遊びをする男は、射精回数の多いことを望み、寝そべってフェラチオを受けているだけで、上手に女を愛撫してオーガズムまで導くことを殆どの男がしていない。だから、私が卑猥な言葉を並べたて、スマートに猥褻な動作をすると、女はすっかりそそのかされ、導かれるまま上気した顔で股間を露わにした。
 ソープ遊びの狙いが専ら多回数射精という客が本当に多い。このことにあきれる。
 私の狙いは『エロの成就』だ。そして、徹底的に親しくなることだ。ただ、連絡手段を得ることと店外デートはそれほど望んではいない。
 相方の女から見て、完璧な、空前絶後的DOエロが実現したとき(10人初会して1人程度の割合だ→☆)、相手の性格を充分見極めた上で(☆の20人のうち5人ぐらいの割合だ)こういうものはねだることにしているから、ほんの数人だけだ。

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(千戸拾倍 著)
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