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ローザ3

 ローザは中学を出ると飲み屋で働き、不良グループに入って、シンナー、マリファナ、覚醒剤に順次手を染めた。暴走族に加わりバイクをぶっ飛ばした。十九の時に不良仲間と縁を絶つため故郷を出て金津園に来て、性的な風俗稼業は金津園が初めてだ。
 最初はロイヤルヴィトンに二年ばかりいて、夏に恵里亜へ移り、秋にはもうNo.1になるという人気だ。
 小柄で体つきも子供っぽいけれど、ソープ情報誌に載せた写真が若さと愛らしさで客を惹きつけた。とにかく愛嬌があって、天真爛漫に話し、陽気に騒ぐから、客は皆リラックスして遊べて、P指名が頻繁に入るだけでなく、本指名で戻る客が多かった。
 僅かな期間で固定客を大勢獲得し、恵里亜ではフリーと指名、全部合わせて月に七十本以上稼いだ。
 私は、ローザが一月一日とか自分の誕生日のような格別の日には店に出たくないという、純な心を見せるところが気に入った。
 ローザがヴィーナスに移ってから頻繁に通うようになり、ローザがとても心安い応対をするから、二まわり以上歳が違うことを全く意識しなかった。ローザも毎度三十分の延長を自腹でサービスしたりして私を歓待した。
 ヴィーナスは固定客が多い店で、女の出入りが激しくなかった。その仲間の女の間でローザは少し浮いた存在になり、控え室にいるのが全く憂鬱だから恵里亜にいた頃を懐かしんだ。
 摘発が続いたことで金津園自体に客の入りが悪くなり、ヴィーナスがもともと恵里亜ほど繁盛してないことと、恵里亜よりも若い客が少ないことから、ローザはひと月の稼ぎが二十本ほど少なくなった。それでも店の売れっ子のルナいろんな初めて前編の『1.即尺即ベッドの初めて』に登場)と玲子にローザが加わり、この三人で指名のトップ争いをした。
 私は以前に玲子とルナに通っていた。その二人に初めて会ったのはローザの初会よりも七年ほど前だ。その頃私は「即尺、即ベッド」という過激なプレイを経験したことがなかった。
 私は、ローザに通う四十代後半の歳の時も、ソープランドやヘルスの遊びを始めた三十代の頃も、射精が一回しかできなかったから、即尺、即ベッドは二回抜くのを前提とするなら困るものがあった。それに、即ベッドはともかくも即尺は非人道的な行為と思っていた。
 一方では、洗っていないペニスを女にいきなりフェラチオさせるのは何か亢奮を誘うから期待があった。
 それで私は四十歳を過ぎた頃、ヴィーナスに、即尺、即ベッドをするソープ嬢がいる噂と、玲子という売れっ子が素晴らしいソープ遊びをさせるとの評判をオレンジハウスのローザ(恵里亜のローザとは別人)から聞き、即尺即ベッドの大胆なサービスを期待して玲子に会った。
 期待に反し、玲子は最初に流し場へ私を案内し、股間へシャンプーをかけて丁寧に洗った。常連客にでも即尺を絶対にしなかった。
 玲子が即尺即ベッドをするのではないかと思っていたからがっかりしたが、玲子にローションの威力を駆使して延々とカリ首を愛撫されて、その巧妙さと女上位の交接の多彩なバリエーションに感嘆した。
 玲子に何度か入浴して、最初は即尺が期待だったことを玲子に言うと、別の日に玲子がルナに入浴することを勧めた。ルナが即尺即ベッドを売り物にしているとは言わなかった。ところが、会うと即尺だったからびっくりした。私は即尺即ベッドが嬉しくて3回ぐらい入浴した。
 そのルナがまだヴィーナスにいたのだ。
 ルナも玲子も凄みのある閨房の技の持ち主で、<金的の揉み舐めとカリ首の揉みこすりを同時にして、何度でも完璧に勃たせてくれる!>という、献身的な愛撫で男を愉しませた。しかし、二人とも気をやる女ではなかった。
 それは、逢う意欲を殺ぐ重大な欠点だ。ルナは私が優しくクンニリングスをしても、「くすぐったいだけなのよ」と言って拒んだし、玲子はクンニリングスを静かに受け入れてはいるが、それだけのことだ。
 だから、「イキイキ女」が大好きな私は、昔通っていたその二人は再会のつまみ食いをしただけで、何とも悩ましい表情をしてよがりながらアクメに到達するローザに専ら通った。
 ヴィーナスは熟女が多く、若い女が少ないから、店の責任者は、若くて売れっ子のローザが恵里亜から飛び込んで来たのが実にありがたかっただろう。現にルナが風邪をひいたりして少し休むと、ローザがその月のNo.1になった。
 ローザが常時No.1にならないのが不思議だが、ヴィーナスは恵里亜より客の年齢が高いのだろう。

 人気者のローザがいかに個性的な女であるかは、恵里亜が警察の手入れを受け、女達が尋問を受けた時の様子をローザから聞いて、つくづくそれを感じた。
 警察がソープ店を検挙すると、大勢の女を留置する訳にもいかないから、取調は手早く進行する。大部屋に机を並べて島を作り、一斉に尋問し、調書作成にかかる。
 ローザは若い頃窃盗容疑で取調を受けたことがあるので、尋問を受けるのは手慣れたものだ。
 大部屋の取調室に入ると、警察官の座る側に寄せて灰皿がいくつか並べてあった。仲間の女は不安げな顔をしているのに、ローザは灰皿をさっと自分のほうに取り寄せてすぐに煙草を吸いだしたので、「そんな態度の女は見たことがないぞ」といきなり怒鳴られた。
 担当官は最初に「貴女は、本籍地は××××で、何年何月何日に甲店に入り、何年何月何日に甲店を辞めて、何年何月何日に乙店に入り、甲店では××、乙店では××という名前で働いているのだね」と仔細に履歴を確認した。
 女が金津園のソープ店に入店すると三枚の届出書を提出する。一枚は店に、一枚は組合に、もう一枚は警察に出す。だから、岐阜の警察はソープ店で働いている女を完全に掌握しており、届出書を手に尋問した。
 次には、客をどれぐらい取っているか、客を入れたときどれだけのお金を貰い、一日働いて、その中からどういう名目でどれだけの額を店に渡すかなどと訊いた。
 入浴料は部屋を百分程度使用する料金としてそれほど法外な料金ではないから、女が受け取るお金が管理売春の立証として大切なのだろう。
 それから店長やマネージャーの名前を質問され、更に、店長から仕事の内容をどのように説明されたか、客とセックスをするように頼まれたか、入店したとき料金について店長からどのように説明され、その説明通り実行されたか、入店の経緯など組織売春の核心となる事柄をいろいろと尋ねられた。
 店に登録されている女で、知っている名を全部挙げるよう求めたりもした。秘密の雇い入れがないか、十八歳未満の女の雇用がないかを探りたいのだ。
 ローザは店のソープ嬢で知っている名前を訊かれて、瞬間、大部屋にいる六、七人の女を横目で確認し、その名前だけを言って、後はとぼけた。
「この店に半年以上いて、お前、本当にそれだけしか知らないのか。考えりゃ、お前の言った名前はこの部屋にいる女だけじゃないか!」
「私、店にどんな子がいるか、興味ないもん。顔を見れば、ああ同じ店の子だなとわかるんだけれども」
 取調官の怒声にひるまず、ローザは言い返した。
 店長の名を訊かれ、「いつも店長と呼んでいるだけだから、名前なんて知らないわ」と答え、店長の写真を突きつけられて、「この男の名は進藤なんだけど、これが店長なんだろ?」と言われると、「あら、店長の名前は進藤さんというの。そうなのー。この写真よりも、店長はもっといい男だったわ。でも、そう言われるとこの人なのかな」と、いい加減な答え方をした。
 警察のほうは、調書の作成が思うように捗らない。
 隣で別の女を調べていた男が見るに見かねて、「俺が替わる! お前、真面目に答えろよ」と怒鳴って、軽くファイルで頭をぶつと、ローザが啖呵を切る。
「何するのよ。ぶったりなんかしてえ、ひどいわねえ。あんた、人権問題よ。人権問題。一緒に署長のところへ行こうよ!」
 立場を考えず眼をつり上げて鋭い声で叫んでも、何しろ顔が可愛いから、係官は真剣に怒ることができない。
 女が店に払うお金は「おはよう代」と「落とし」があり、おはよう代はその日一日店を使う許可料のようなもので、客を何人取ろうが僅か二、三千円程度なのだが、落としのほうは問題で、飲み物、タオル、ボイラーなどの費用負担の名目で、客一本当たり何千円という計算で徴収される。
 これが、搾取ではないか、暴力団の資金源でないかなどと探られるから、店はこれについてはあまり触れられたくない。
 ローザは落としについて尋ねられても、払ったお金の徴収理由も、それが店で何に充てられるかも、一切知らないととぼけ、店の終了時に店長から言われた清算金を何も疑問にも思わずそういうものだと思って、毎日払っていたと答えた。
 客との性交渉についても、店からそうするように頼まれたことは一度もなく、高いお金を貰うのだからそれぐらいのことはするものだ、と業界に入る前から思っていた、と当たり障りなく説明した。
 すっかり怯えて、知っていることを洗いざらい話してしまう女は、警察にとっては調書が作成しやすいから、何度も警察に呼び出される。警察に対して全く反抗的で従順でない女も、懲罰的な意味で同様だ。反抗的ではないと見せかけ、なおかつ、上手にとぼける女は、取調官から「もう、いいや」と言われて、一回で済むことになる。
 ローザはのらりくらりと答弁をし続けて、管理売春の証拠となる答え方を全くしないから、警察もローザに対する尋問を一回で止めた。内容のある証言をしていないから、後で検察庁や裁判所に出頭する必要もなかった。
 ローザがソープで検挙されたのは初めての体験なのに、動揺もせずに、風俗で生き抜くためにはそれぐらいの仁義と節操は守らねばと考えて、まるで物事を深く考えていない蓮っ葉女のふりをして、取調官をあきれさせ、何の言質も取られないように努めたという話がとても面白かった。
 ローザが金津園で最初に出たロイヤルヴィトンの時の想い出話もなかなか愉快だ。
 私はソープ業界のことには興味があったから、ローザに新人講習のことを尋ねた。
 ロイヤルヴィトンでは、店長が堅気からこの稼業に回って、業界のことをあまり知っておらず、オーナー社長が実務に結構口を出して、店長にさほど権限がなかった。それで、講習も店長に任せず社長が自ら行い、初物食いを楽しんでいた。
 ローザがその店でデビューすることになって、社長から講習を受けることになった。
 で、もともとソープについての知識があったから、ベテラン姐さんや店長やマネージャーではなくて社長が自ら講習を行い、しかも、その社長が椅子洗いのときからマットプレイの指導までやたらと尺八を要求するので、変だなと思った。
 社長が上にのっかって来て、とうとう入れられてしまったとき、クレームをつけた。
「あのー、講習でそこまでしていいんですか? そういうことになっているんでしょうか?」
 そしたら、社長は嵌めていたものを外した。
 その想い出話をローザが仲間にしたら、それを聞いていた入りたての女が話に割り込んだ。
「私は社長に最後までされてしまったわ。中で出されちゃった。あの助平親父に!」
「そりゃ貴女、講習でそんなことするなんてひどい! 私、社長に掛け合って、料金、貰って来てあげる」
 古参の姐さんが声を荒げて叫んだ。
 相手が社長だから、それ以上ことを荒立てたくないと本人が頼んだので、交渉には到らなかった。
 想い出話がもう一つ。ローザがロイヤルヴィトンにいたとき、宿直の番が回った新米のボーイが、誰もいないことを幸いに、店の女の子のファイルを盗み見したことがあった。
 それで、惚れていたローザの本名だとか個人的なことを知り、よその店のボーイがいる前で、金津園の通りから店の中に入ろうとするローザに、馴れ馴れしく本名で呼びかけた。
 本名なんかは簡単にばれる筈がないから、男が勝手に保管庫を鍵で開けて、店のファイルを無断で見て非公開のことを知ったとわかると、ローザはそれを店長に訴え、即座に首にして貰った。
 その後、男は別の店のボーイをしていて、通勤途上のローザにしばしばお調子者の馴れ馴れしい話しかけをしていたが、そのうちに、その業界から足を洗うことになって、嬉しそうな顔で宣言した。
「これからは、お客としてあんたに会いに行くからな。この商売しているとお前に入れないけれど、俺、普通のサラリーマンになるのだから、もう会いに行ってもいいだろう? 普通のサラリーマンだぞ」
「あんたが良くたって、私が駄目よ。あんたなんか絶対に入れさせない!」
 ローザは言い返した。
 ソープ嬢は正当な理由があれば、エレベーターに迎え入れて客を案内する段階でも、不具合な客を断り、別の相方に変更させることができる。特に、売れっ子は強い。店に虫の好かない女やボーイがいれば、店長に願い出て首を切らせてしまう。
 それにしてもローザのお喋りはその表情も含めて面白いと私は感心した。
 ロイヤルヴィトンの時のローザの想い出話がまだある。
 仲間の女にある日六人の客がつき、六人目はフリーで入って、ラストの案内時間の客だった。その中年の男はきちっとした身なりをしていて愛想も良く、その嬢は気疲れすることなく接客していた。
 女は、一日にそんなに多くの客を取ることがあまりないので、躯が大層疲れていた。
 マットプレイをすると、男は『そんなに頑張らなくてもいいよ』と優しい言葉をかけて、女が、この人、いい人だなぁ、と思っていると、「最後なんだから、お風呂でゆっくりと疲れを取りなさいよ」などと勧められ、盛んにいたわりの言葉をかけてくれる。
「僕は、のぼせてしまうから」
 そう言って男が風呂から出たので、女も立とうとすると、「気にせずにゆっくりしていなさいよ」と止められた。
(今日はたっぷりと儲けたけど、さすがに疲れたなぁ。今日一日で、××万円稼いだぞ)と思いながら、男に勧められるまま、しばらく浴槽に沈んで休んでいた。
 ベッドも済んで、その客も送り出し、機嫌良く後片づけをしてフロントに行き、清算を済ませようとバッグを覗くと、先ほどの男から貰ったお金しかなく、他の五人分の十万円以上のお金が影も形もない。
(あいつ、私が風呂に入っているとき、何だか動作が妙だった。やられた!)と思ったが、後の祭り。
「女の子には好感を持たれ、自分の料金は素直に払って、他の人の払ったお金をハンドバッグから黙ってかすめるなんて、本当、油断も隙もない!」
 ローザがあきれ顔で言った。
 躯を張って生きている女には実に気の毒な話で、ソープ嬢はハンドバックの中に万円札を束にして入れているから、出前を運んで控え室に来る男や控え室にいる仲間にも、決して注意をおろそかにしてはならないのだ。

 ある日、私は大衆週刊誌にローザの紹介記事が載っているのを見つけた。それは次の文面だ。
 細身の美人が多くて知られていた金津園のヴィーナスに出掛けてみた。ローザちゃん(21)というロリフェイスを指名する。丹念なマット洗い中、お尻にタッチしたり、背中を撫でたり。しかし、彼女の反応はイマイチ。そこで、くすぐってみたら、「キャハハッ」と笑ってくれて打ちとけた。
「私って、全身が感じるの」。手のひらにピッタリのバストを揉んでいるうち乳首がツンツンとなり、アソコを見たくなって覆いかぶさってみた。手も足も細く、征服欲をソソる。勃起したクリちゃんを舌でピチャピチャと刺激した後、グチョグチョになったアソコに舌を差し入れる。
 その後、のけぞる彼女の顔を見ながらドッビューン。入浴料は1万5000円。高級店である。
 短い記事だが、一つ一つ検討するとなかなか馬鹿馬鹿しい。
 まず「細身の美人が多くて知られていた」が金津園にかかるのか、ヴィーナスにかかるのかよくわからない。ヴィーナスにかかるとしたら、それはかなり誇大な宣伝だ。
 ローザの歳が二十一は、一つさばを読んでいる。ロリフェイスというのは全くその通りだ。私は長年金津園に通っていて、ロリータ風の女の子の常連になったのはローザが初めてだった。
「丹念なマット洗い中、お尻にタッチしたり、背中を撫でたり。しかし、彼女の反応はイマイチ」
 当たり前だ。その程度の愛撫で、惚れてもいないのに女の肉体が反応する筈がない。
 それに、一生懸命マットプレイをして男を昂揚させようとしているのに、男がぺちゃくちゃ喋ったり、女の躯のあちらこちらをまさぐったりしたら、女は誰だって「いい加減にしてよ!」と言いたくなるだけで、「気持ち良いわ。もっとしてー。あはーん!」と宣うことはなかろう。
「くすぐってみたら、『キャハハッ』と笑ってくれて」というのは、ローザならばありそうなことだ。私が冗談を言って、ローザが『キャハハッ』と表情を崩すと、タイムマシンで二十代に返った気分になった。
「手のひらにピッタリのバスト」も事実その通りだ。
 ここまで読むと、この記事を書いた男はローザに入浴もせずに想像で書いたのではないとわかる。でも、「バストを揉んでいるうち乳首がツンツンとなり」はあり得ない。
「クリちゃんを舌でピチャピチャと刺激した後、グチョグチョになったアソコに」、ピチャピチャと刺激した程度で、ローザのアソコがグチョグチョになる筈がない。私のように、ローザが好感を持っていて、しかも、女芯攻めが大層上手なら話は別だが。
「のけぞる彼女の顔を」、童顔のローザが熱烈に愛撫されてよがる表情は何とも悩ましくて気をそそると思うけれど、ローザは絶頂を迎えたときでも、背中はベッドにつけて、のけぞったりはしない。
 読者の興味をそそるための誇張は致し方ないが、金津園でもトップクラスの売れっ子の、なかなか個性的なローザにせっかく入ったのだから、もう少し心に飛び込む接し方をすると、もっと愉快な取材記事が書けたのではなかろうか、それにしても、通俗的が典型的な書きぶりだ。

 恵里亜が閉まってからヴィーナスに移った女はローザの他にミナコがいた。恵里亜ではミーナの名だったが、ローザはミナコと全く反りが合わなかった。二人が語らって移ったわけではない。ローザはヴィーナスに来るとミナコがいるのでがっかりした。恵里亜ではミーナを嫌った仲間が多かった。
 ソープ店の控え室は売れっ子や年増姉さんを中心に話の輪ができるものだが、ヴィーナスでは、ルナや玲子を店の古株の女とミナコが取り巻いて、ローザはその輪に入ることができなかった。
 恵里亜では皆と陽気に喋っていたのに、ヴィーナスの控え室では昼寝をするか推理小説を読んでいるよりしょうがなかった。
 四つばかり年上のミナコに皮肉と陰口ばかり言われ、しかも、控え室で黙り込んでいなければならないのは、活発で口から先に生まれたようなローザには地獄の苦しみだった。
 店のスタッフと雑談すれば、フリーの客を回して貰うためにおべっかを使って愛嬌を振りまいていると嫌みを言われた。
 また、同僚の女は殆どが尺八でもゴムをつけるので、生の尺八をしてマットプレイも丹念にするローザは「あんた、やり過ぎよ。そんなにしっかりとされたら他の子が迷惑だわ」と非難された。
 ルナも玲子も人柄は良い。しかし、他人のことには干渉しないのが風俗の世界では礼儀だし、たとえローザが悩んでいると思っても、三十を越えた人間が二十をちょっと過ぎただけの人間に、助けを求められない限り手を差し伸べることはない。
 そんな訳で、ローザはヴィーナスにいるのがほとほと嫌になった。店の男達は売れっ子のローザを大切に扱うので、何とか我慢しようと思うけれど、大切にされるとそれがやっかみを呼び、また苦労が生まれる。
 恵里亜の時よりも控え室にいることが多いから、無言で過ごし、寝てばかりいる客待ちの時間が地獄に思えてならなかった。
 もともと陽性のローザのことだから、店の仲間と上手くいっていないことを毎度私にこぼしても、それは暗いものの言い方ではなかった。でも、心はかなりダメージを受けているように見えた。
 ローザは私に逢うたびに恵里亜の想い出話をした。
 恵里亜が閉まって八ヶ月も過ぎた秋になると、営業を再開する噂も流れた。
 ローザはヴィーナスに話し相手がいないのでいやになった。恵里亜が内装の業者を入れ、開店の準備を始めたと聞くと、店長から復帰の打診がかかるのを心待ちした。しかし、声がかからないのでやきもきし、私に愚痴った。
 恵里亜の時のようには勤めに気合いが入らず、躯の調子が悪くなって店を休むことも多くなった。憂鬱な気分で働きながら、ローザは私が現れるのが数少ない楽しみだった。
 ローザは、私ほどマットのやり甲斐を感じる男はいないし、話をしていれば楽しくて時間を忘れる、クンニリングスできっちりとイカせてくれるのは私だけだ、とよく言った。
 マットプレイで、私の分身に充血度合いが足りないとき、ローザが私の尻の穴に指を差し込むか、私がローザの尻の穴に指を差し入れるか、ローザが私に接吻をすれば、いつもたちまちそれは漲ったから、ローザはその度に面白がった。
 小柄な躯の割にはっきりと突き出たピンクのクリトリスを吸うのが、私には特上の娯楽だった。顔が子供っぽいだけに、到達に到るまでのローザの喘ぎが何ともアンバランスで悩ましかった。
 初会の頃は痩せ気味だったけれど、ヴィーナスのローザは躯に少し女らしく脂肪がついた。ベッドの端で両脚をMの字型にたたませて、私が床に立って抽送すると、ローザは実に具合の良さそうな顔をした。
 私も、ローザとのセックスの回数が多くても、毎度新鮮な気持ちで完全に亢奮して、早々と降参するようなこともなく、めくるめく射精感を得ることができた。
 ローザは、私の射精する時の声が大きいから、いかにも気持ちがいいように見えると愉快そうに語った。

 十二月の末に、久方振りにローザに会った。
「久し振りねえ。私、心待ちにしていたのよ。とっても間が空いたので、××さん、一体どうしたのかしら、今までこんなに来なかったことがなかったのにー、と思っていたの。私、××さんがひょっとして病気しているんじゃないか、交通事故にでも遭ったのじゃないか、と本当に心配していたのよ」
「久し振りで、ごめんな。どう、元気に稼いでいたかい?」
「うん、頑張っているわ。ねえねえ、夏美さん、金津園に戻っているわよ。知っている?」
「うん、夏美は、重役室でこの間会ったよ」
「えーっ、なぁーんだ、もう会っているのか。私、××さんを驚かせてやろうと思っていたのに。つまんないなぁ。私、このことを××さんに教えて嬉しそうな顔をされるのを、ずーっと楽しみにしていたのよ」
 私は恵里亜が営業を再開したので十二月に早速店に行き、吉原から復帰した由美に既に会っていた。由美から夏美が重役室にいることを聞いて、夏美にも会っていた。
 吉原からの復帰を待ち望んでいた二人に再会できて、天にも昇るような嬉しさだった。
 その気持ちをローザに隠しておこうとは思わなかった。隠しておいても、ローザが由美や夏美に会えばすべてわかるはずだった。
 ローザは微妙な笑みを浮かべてすねた。
「まあ、由美さんが吉原から帰ったの。由美さんも夏美さんも戻ってきて、それで××さん、私のところに来てくれなかったのね。わかったわ」
「いやいや、その二人がいない間、君が僕をたっぷりと浮き浮きさせてくれたのだから、この感謝の気持ちは忘れないよ。おろそかにはしない」
「本当? 嬉しい!」ローザが飛び跳ねて喜んだ。
 その笑顔を見て、私は由美と夏美が金津園に戻ったのが嬉しくても、三人の女に通うのが経済的につらいから困り果てていた。
 二人とも裸になると、ローザがぽつりと言った。
「恵里亜は由美さんには、戻ってくれないかと声をかけたのかしら?」
 ローザは恵里亜が声をかけてこないのが不満だった。ローザはヴィーナスでの勤労意欲を全く失って、恵里亜に戻りたい様子だった。
 私は次にローザに逢って驚いた。
「ねえねえ、私、来月から恵里亜よ」ローザが満面の笑みで大声を上げた。
「えっ、来月から恵里亜だって。そうかー。ヴィーナスから出てしまうのか。そりゃー、店は困るなぁ。随分引き止めを受けたろう?」
「うん。でも、止められたって、私、恵里亜に替わると決めたんだもん」
「君は、二十四のうちにソープから上がると言っていたじゃないか。それならば、恵里亜に二年もいないんだろう? 無理に移らなくてもいいんじゃないの?」
「だって、ここはいやだもん」
「ここはいつまで?」
「この店は今週末までにするの。その後は月末まで休むわ。来月の頭から切りよく恵里亜、皆知らない筈よ。聞いたら、びっくりするでしょうねえ。うふっふっ」
「恵里亜が開店してもすぐに移らなかったからなぁ。しかし、君が抜けてはヴィーナスも痛いだろうなぁ。でも、君がここに来たのが拾いものだもんな。恵里亜から声がかかったのかい?」
「ううん、私、自分で頼みに行ったの」
「そうかぁ。君のような金津園でもトップクラスの売れっ子がプライドも捨てて、誘われもせずに自分から頼みに行くなんて、よっぽどここが我慢できなくなったんだなぁ。しばらくは収入が減るぞ。恵里亜は再開したばかりで、まだ客が戻っていないから」
「かまわないー。ねえ、私、ここの店長に呼ばれて二時間も説得を受けていたのよ」
「いろいろ理由を訊かれたのだろうね。二時間も店長の相手をさせられたら、困ったろう?」
「私、なるべく黙っていたわ。店長に、私みたいなタイプの女は他にいないから、是非いて欲しい、と引きとめられたわよ。店の女の子達に注意して、私の気の済むようにしてやる、とも言っていたけれど、そんなことをされたらますます居づらくなる、と言ってやったの」
 ローザは眼が切れ上がって、化粧がうまく仕上がっているとなかなかの美人だ。でも、ヴィーナスではいつも憂鬱になっていて、愚痴が多く、恵里亜にいた頃と比べれば今一つ容貌が冴えなかった。
 その日は、表情が輝いて化粧ののりもよく、私はローザの若さがまぶしかった。

 翌月、私は、恵里亜に移ったローザに早めに逢った。
 エレベーターを降りたとたん、ローザは私の手を取って、楽しそうにスキップしながら廊下の突き当たりの部屋まで案内した。二十代の女が小学生のような無邪気な動作をするから、私は胸が締めつけられるような快感を感じた。
「嬉しい! 店を替わったら、××さん、すぐに来てくれてぇ」
「どうだい、こちらは?」
「皆、私と歳がそんなに離れていない子が多いから、控え室でお喋りがしやすいわ。もう、私、喋ってばかりいるの。楽しいわよぉ」
「ははぁ、そりゃあ良かった。で、由美さんとはどう?」
「私、前の恵里亜であの人とはあんまり喋っていなかったの。でも、会えば仲良く雑談しているわ。『私、皆が吉原に行っている間、××さんを独占していたのよ!』って」
「はっはぁ」
 二人は反発し合うタイプのように思えたから、結構なことだ。
「ねえねえ、この間由美さんが私に愚痴っていたわよ。『ローザちゃん、ちょっと聞いてよ。××さん、もう一ヶ月も私のところに来てくれないのよぉ!』って」
「今日は、僕は由美に会おうと思ったのだけれど、出てないからしょうがないよ。彼女が休みだったから君に入ったんだよ」
「会いたい女の人が多くて大変ねえ」
「うん、大変だ。でもみんないい子ばっかりだからなぁ。……ねえ、店のスタッフはどんな感じ?」
「やっぱりここはいいわ。私、前にロイヤルヴィトンからここに移ったときに、店の男の人の私への気の配り方が違うと思ったもん。皆が、『どう元気?』とか『何か困ったことはない?』とか言ってくれるし、女の子の控え室も時々覗きに来て、皆が仲良くやっているか、仲間外れの子がいないか、ちゃんとチェックしているのよ。ヴィーナスは全くそんなことはなくて、女の子のことは放ったらかしだったわ」
「ふーん、感心だねえ」
 繁盛する店は経営姿勢が違うというのはソープ店でも同じだなと思って、ローザの話を聞いていた。

 更に翌月ローザに逢って、私は驚いた。
「嬉しい! 今日、××さんが来てくれるなんて思ってなかったわ。多分、早くても今週の末ぐらいに来てくれるんじゃないかなって思っていたのよ。ねえ、××さん、ビッグニュースよ」
「ビッグニュースって、何だい?」
「私、いきなり部屋持ちになったのよ。びっくりでしょう?」
「ええっ、本当? やったぜ!」
「先月、四十本になってしまったの。こちらに出た最初の月からいきなりよ。うふふっ」
「驚いたなあ。やっぱり君はすごいよ。いい気分だねえ」
「部屋持ちは四人になったの。本指名四十本か、本指名とP指名とを併せて六十本が基準なんだけれど、本指が四十になっていたのは、私だけよ」
「後の三人は、若くて顔が綺麗なだけなんだろう? 君は偉いよ、本指をしっかり取るし、それが、こっちへ来て、いきなりのことだし。畜生、稼ぎを落とすかと思っていたのに」
「この部屋、廊下の突き当たりだから、××さん、どんだけ気持ち良さそうに大きな声を出してもいいわよ」
「それはお前だって同じだ。部屋持ちというのは嬉しい話だけれど、腹が立つなあ、お前がそんなにいろんな男に抱かれるのは。いくらお前を気持ちよくさせられない男ばかりでも。大体ローザの長所というのは、この可愛い顔で、マン汁をダラダラ流してよがりまくり、それが結構女くさい香りがして、しかもエクスタシーがなかなか深いということなのに、それを知っている男が俺しかいないだから情けないぜ。セックスは何をすべきかがわかっていない男が、ローザのような極上の女を四十も指名するなんて許せない」
「ふふっ。でも、先月はご祝儀相場で、今月は四十に届かないかもよ。月に一回来てくれるお客さんで、先月は二回来てくれた人が多かったもん。今は、私と同年以下の女の子が八人もいるから、私、ほんとP指が取れなくなったわ。部屋持ちの残り三人はとてもP指が多いのよ」
「へー、君と同じかそれ以下の歳の女が八人だって? 驚いたねえ。一昨年だったら君が一番若かったのに。でも、若くて綺麗でなんぼP指が取れたって、客が返って来なきゃ、意味がないよ。君はお客を楽しくさせるからねえ。……新しい店長はびっくりしたろう?」
「それが、店長、部屋持ちの発表のとき、他の子ばかり褒めているのよ。私、店を移っていきなりなのに。私の名前も出してよぉ!って思っていたわ」
「その店長、まだわかっていないな。P指込みの六十よりも、本指だけで四十のほうを評価しなきゃー。でも、あの店長は、この仕事は素人かもしれない。愛想も悪いし」
 ローザがいきなり本指名を四十本取って、新しい店長が驚いたのではないかという話から、ローザの再入店の時の想い出話になった。
「私、ここに戻ったとき、前の店長が新しい店長に言ったのよ。『ローザのことは心配しなくていいよ。こいつは放っといてもちゃんと沢山指名を取るから』って」
「そりゃそうだろう。誰が見たってローザはその通りだ。でも、君の本当の素晴らしさは僕だけが知っている。何度でも言うけれど、何しろ、子供っぽい躯でスコーンとイクからねえ。股をおっぴろげておまんφをベトベトにして」
「ふふっ」
「よし、今日は部屋持ち昇格特別サービスで、即尺をするんだぞ。しばらく、ローザに即尺して貰っていないからー。ちゃんと、先に指で汚れを取っておいてやるからな」
「うん、やっちゃうぞー。うふっ、もう、お汁が出ている」
 私がローザに「由美も夏美もローザも、あそこをしゃぶると、皆味が違うよ」と言ったことがあった。
 すると、ローザは、暗闇の中で私を含めて何人かの男を、カリ首以外は躯のどこにもさわらずに尺八したとすると、私の棹だけは絶対に判別できる、と冷やかした。
「××さんのおちんちんは、ちょっと尺八するとすぐにぬるーっと先走り汁が出てきて、そのちん汁の量がとっても多いから、××さんのおちんちんだとすぐにわかるわよねえ」
 恵里亜が手入れを受ける前に、控え室でそんなことを皆で喋っていた、とローザが言った。
 確かに私は先走り汁がとても多くて、棹の先がすぐにぬるぬるになり糸を引いて垂れてくる!と女に珍しがられた。

 ローザは憂鬱なヴィーナスから古巣に戻り、喜々として働いたけれど、営業停止前にいた顔なじみの仲間が由美の他は僅かしかいなかった。
 由美とローザは恵里亜で再会した当初は所属する班が違っていた。二人は出勤日が丁度裏表の関係になって、顔を合わすことがなかなかなかった。
 二人は私という共通の常連客がいて、私がしばしば相手のことを話題にして、よがり方やイク時の仕草と表情まで披露するのを聞いていた。
 だから、ローザは由美と歳が二つ離れていても何か近しいような縁(えにし)を感じるのに、店で話し合う機会がないから、そのことを残念がった。
 ただ、どちらかが公出をすると顔を合わせることになり、そんな時は「話題は驚くほど××さんのことばかりよ」と、ローザも由美も私に報告した。
「いつも『でも、××さんって、ほんと、いい人ねえ』と頷き合って会話が一段落するからおもしろいわ」
 とローザが笑みを浮かべた。
 由美は、ローザが私のことばかり話題にしていたと報告し、ローザは、由美が私とのやりとりを楽しそうに話していたと嫉妬めかした言いようをするから、私は愉快だった。
 由美がローザのことを言った。
「ねえ、ローザちゃんが、貴方のこと、本気で心配していたわよ。『ねえねえ、由美さん。由美さんと夏美さんが金津園に戻って来たから、もう××さんは私のところに来てくれなくなるのじゃないかしら』って、私に大きな声で言うのよ」
 恵里亜が手入れを受ける前、ローザと由美と夏美の三人の中で最も年齢が開いているローザには、私は関心度が一番低かった。照れくさくて、恋慕の気持ちには少し遠かった。それがローザはわかっていてそんな心配をした。
 しかし、私は恵里亜の閉店の後ヴィーナスで毎度ローザと熱い抱擁を交わしたから、ローザが一番存在感のある女になっていた。
 もともと由美や夏美にはローザ以上に熱を上げていただけに、二人が、いくら金津園で働くことの不具合を感じたにせよ、私という大切な客を放って金津園を脱出したことに不満があった。
 その不満が理不尽なことも、ローザが金津園に残ったのは私のためだけではないとわかっていても、白ける気持ちが湧いた。
 由美と夏美が吉原に行ってしまってローザに専ら通うようになり、その結果、ローザとの心の接触が急に深まっていた。
 ローザも私を仕事の悩みの相談相手として頼り、仕事の愚痴も店の裏話も個人的なこともよく披露した。それだけでなく性的結びつきが心から親密なものになり、私に抱かれると、無心に性愛を愉しむようになった。
 即尺とか、膣内に射精した後の肉棒の吸いしゃぶりとか、遊び時間の延長とか、他の客には全くしないことを私にはした。
 その気持ちに応えたいと思うから、ローザを二番手に置く気はなかった。ローザと語り合っていると私は何故か軽口がよく出てきた。日々の煩わしいことを忘れて逢瀬を愉しむことができた。
 私は三人の女に律儀なほど順番に入浴していた。そして、ローザが引退すると決めた二十五歳が近づくのを恐れていた。

 恵里亜が営業を再開して二年後、ローザは以前に私に意志表示していた通り、ソープ稼業から引退する準備を始めた。
 ヘアースタイルをショートカットのおとなしいものにして、雑誌に写真を出すのを止めた。客の数を減らし、生活を質素にした。
 月の本数は最盛期より三十本ぐらい落として、総本数が四十本前後になった。特に写真指名の客の数が激減したから、雑誌に写真を載せる効果をつくづく再認識して、店の仲間で、美人顔を雑誌に載せても本指名が少ない女達を嗤った。
 ローザは収入が落ちても、相変わらず二つの銀行の外商員に自宅まで集金に来させて貯蓄に励んでいた。
 私は引退について話題にするのを避けていた。はっきり宣言されるのを恐れながら、何か引退の兆候を認めると気落ちしていた。
 ローザに逢うと、毎度陽気に語り合い、ベッドでは張り切ってクンニリングスをした。
 しかし、ローザが「××さん、イキそう!」と叫んで陶酔の顔で落ちるたびに、私は愉しみの終焉が脳裏にちらつき、とたんに元気がなくなって、ローザにフェラチオさせないとペニスが挿入できないことがあった。
 そんな時、ローザは眠りから覚めたような顔をして起き上がり、ペニスを口に含んだ。
 強く吸い込み、そのまま強引に首を前後に振った。私がオーケーのサインを出すと、「うふふっ」と含み笑いをし、手の甲で唇のまわりの唾液を拭って仰向けになった。
 以前は、私がローザのアナルに指を入れたがるとしぶしぶ受け入れたが、何故か、いつの間にかそれを許さなくなった。
 軟便とか便秘を理由にローザが拒むことが続き、そのことは不思議だったが、そんなことで歓心を買うよりは女のたしなみを重んじたのかな、と私は解した。
 生活も質素にして引退する準備をしているとローザから明確に聞いた時、私はローザが簡単に高収入を手放すはずがないと思いたかったが、ローザが人生のやり直しをしたい意志は強かった。
 ローザはソープから上がった後、故郷の京都府に帰らず、しばらく岐阜市で暮らし、美容師の勉強をすると言った。
 私はローザとプライベートなつきあいを続けることを妄想した。そう期待したくなるほど、互いに心に垣根がなかった。
 しかし、ローザはいくら心安く付き合った私でもそんなことを認めはしなかった。常連客の何人かが援助交際を申し出たが、ローザは皆断った。
 私はローザに、とにかくこれからは慎ましい暮らしをするようにとか、どんなに惚れた男ができても貯金の額は言うなとか、水商売のアルバイトだけは絶対にしないようにとか、しかつめらしくいろいろとアドバイスめいたことを言った。
 私はローザを知るまでに梓と由美に通っていた。ローザは、梓が私の古馴染みで、惚れ込んで五年以上通っていることを知っていた。
 ローザに三年以上、月二回のペースで密度濃く通い、逢瀬の回数を数えると、あれほど通いつめた梓との回数よりも多くなっているから、私は感慨深かった。
 そのことをローザに教えるとローザが嬌声をあげた。
「すごい、私、梓さんを超えたのね」
 大輪の牡丹の花が開花したようなローザの華やいだ笑顔を見ると、かえってそれが打撃で、寂しくて、ローザの前で萎れていた。
「大勢のお客さんが常連で通ってくれたけれど、私、後の人のことは忘れても、××さんのことだけは絶対に忘れないわ」
 ローザがしんみりと言った。
 ローザには三年以上も毎度しっぽりと抱擁を愉しませて貰った。逢えなくなるのは何としても惜しいけれど、堅気になるのだからしょうがない。そう私は諦めた。
 私は常連で通った女が業界から上がってがっかりしたことは何度もあったけれども、ローザがいなくなった時には、それまでにない深い寂寥感に襲われた。
 最後に由美とローザで初めて二輪車遊びをしたことが素晴らしい想い出になった。初めての二輪車入浴の通り)
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(千戸拾倍 著)