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スケベエッセイ 21
全く安全そうなサイトでも詐欺に誘導するものが現れる件
次は2024年3月4日の日記の記事からだ。
3/1 久しぶりにシステム警告(詐欺警告)に遭遇した。
2024-02x64ベースシステム用 Windows10 Version22H2 の累積更新プログラム(KB5034843)が来て、普段使わない旧PCのWindows10を更新し、そのまま将棋連盟 棋士別成績一覧の中の『最近1週間の対戦結果』をEdgeで見ていた。
すると、その画面に普段見ない 次のページへ→というボタンが出ていた。次のページって何だ?と思いつつ結局クリックしてしまった。それが詐欺警告だった。
そのボタンは確か青色や金色が使われていた。色使いがとても地味なサイトだから変だとは思った。だから、全画面に広がる警告を見たとたん失敗に気付いた。
タスクマネージャーを起動してEdgeを停止した。普段はWindows11のPCから chromeで見ているのに、つまらないことをして失敗した。Edgeは詐欺警告が入りやすいらしい。なお、私は詐欺警告画面が3回目だ。
それにしても意外なサイトに仕掛けられていた。どういう仕組みで仕掛けられたのだろうか。まさかこのサイトの制作者が仕込んだのではないだろう。
それにしても、ブラウザの全画面にはどうしてタスクバーを残さない仕組みを許したのかねえ。(動画を全画面表示にするとそうなる!)タスクマネージャーが出しにくいよ。
ツベの動画に腹が立つ
悪質なユーチューバーの尻穴に唐辛子のエキスを100ccぶち込んでやりたい。理由は次だ。
(1) 扱う主題の出来事の年月日情報のうち何かを省き、なかなかそれを明らかにしない。
☆大きな事件だけれと皆が知らないようなことを扱って──『年』をなかなか明示しない。
年を知って読者の関心がなくなるのを防ぐ。
☆例えば、ウロ戦争を扱って──『月日』をなかなか明示しない。
月日を知ってその古さに読者の関心がなくなるのを防ぐ。
(2) 同じことを何度も繰り返す。
例えば、ヒマワリは植物の1つであるという主張の作品だとしよう。
冒頭で、ヒマワリは植物の1つであると訴える。次に本題に入ると、また、ヒマワリはナント植物の1つなんですよと言う。そして、説明、詳論に入ると、また、ヒマワリは植物の1つであると訴える。
まとめたい動画の長さがあって、それに合わせるために同じことを何度も繰り返すのかねえ。
良性記は1つの作品が35k-byte程度を目途にしているが、35KBにするためにかさ上げしたことはないよ。
(3) とんでもないことが起きたけれどとてもうまく対処できたという作品に共通する難点がある。
いかにとんでもないことが起きたかということを長々とあらゆる角度から繰り返し主張する。
読者はうまく対処できた経緯を早く知りたいのに、もしくは、何故そんなことが起きたのかを早く知りたいのになかなか明示しない。それこそ全尺の7割が過ぎてから肝心なことにかかるのだ。
とんでもないことが起きて、それがいかにとんでもないことかを長々と説明するだけで、とんでもなかった内容自体をなかなか明示しないことだってある。ひどいよ。
(4) 音声→文字、文字→音声(右側がAIによるものか)
これに間違いが多すぎる。何故過ちを直さないか。
1日(いちにち、ついたち)
行 (い<く>、おこな<う>)
表を明らかに(おもて)と言うべきを(ひょう)
兆を明らかに(ちょう)と言うべきを(きざし)
額を明らかに(ひたい)と言うべきを(がく) etc
以上に対し更なる大きな問題は、YouTubeには『ウソ』または極端な誇張がとても多いということだ。
読者がそれを指摘し、それが当該動画に表示されるような仕組みがつくれないものかねえ。
2025/11/22 AM10時頃 中国経済への直撃弾!高市首相、中国との電子部品契約停止!4,200工場が倒産し、78万人が失業!──というタイトルのツベを見た。(
Artes em Lacos チャンネル登録者数 36.9万人)
数秒動かしてから(変だ)と思って中国との電子部品契約停止でググった。
Google AIの返しは次の通り。
現在、日本企業が中国との電子部品契約を一律に停止しているという事実は確認されていません。しかし、米中対立の影響などにより、個別の企業レベルでの取引見直しや、特定の半導体に関する規制の影響が出ています。
2025/11/22 AM11時頃 【衝撃リーク】受信料廃止に怯えたNHK、内部で“停波覚悟”の決断…本当の危機が明らかに!**──というタイトルのツベを見た。(
XYZm1k3XYZ チャンネル登録者数 1570万人)
ざっと観たが、NHKが受信料廃止に怯えた状況証拠も、その内部で“停波覚悟”の決断がちらついたという話も出てこない。冗談じゃないよ。この問題に関心がある人なら知っているようなことを並べただけだ。
秋篠宮家の出来事、プーチン失脚、習近平失脚、トランプ失脚、日本左翼人の失態、こういった関連の動画には『ウソ』または極端な誇張がとにかく多い。
2025/11/22 PM18時に観た Eternal Radiance JAPAN チャンネル登録者数 3.77万人の秋篠宮家への攻撃はちょっと問題だよ(かなり頻繁だ)。どうしてこんなものがこれほどまでにチャンネル登録を稼げるのだろうか。
新幹線の想い出
次は2024年10月11日の日記の記事からだ。
10月1日は新幹線60周年だった。
1964年のその日東海道新幹線が開業し、私は1965年の早春に早稲田大学の入学試験のため名古屋から東京に夜行列車で行き、帰りに新幹線を利用したと思う。思い出深い。新幹線にとっても乗りたかったのに、この乗車については全く覚えていない。
早大は全然真剣に考えていなかったが、名大の滑り止めに受験し、落ちたのがお笑いだった。まあ、得意科目が歴史、数学、物理、化学、相対的に不得意な科目が英語と国語では、早稲田の政経が滑り止めにならないとはわかっていたが、東京が観たかった。浅草六区に行き、ストリップを観たのが試験の前日だ。
今当時を振り返ると気付くことがある。東海高校から早大を受験する人数は多いのに(同じクラスの実績値から考えて、同学年では進学者が40人規模か)、私は誰が早大の受験仲間なのか全く知らなかった。誰かと連れだって受験するなんてことは考えもしなかったようだ。受験が目的か浅草ロック座と不忍池を見ることが目的かわからないような男が連れを望むわけがない。
だから、悪しき行為に負い目を感じながら田園調布の宿に向かったし、翌日は全く土地不案内の中探り探りで試験会場に行った。要するに、あれは東京見物だ。もともと早大に合格しても入学することは家の貧乏さから考えられなかった。60年も前の年度(昭和39年度)が懐かしい。
帰路は新幹線に乗ったはずだが全く記憶がない。もう日が落ちて景色が見えないし、東京見物の振り返りに心をとられていたのだろう。この東京行きについては──しょうもないことで親に金を遣わせてしまったな──と思っていたに違いない。
その後名大生の5年間で新幹線に乗ったのは有馬温泉・神戸行き(家族旅行)と神戸行き(就職面接)という西行きで、東行きはないと思う。西行きの新幹線は富士山が見えないこともあって乗車の光景が全く記憶にない。
就職しての1970年の赴任でも東海道新幹線を使わなかった。夜行で東京駅に出て、上野駅から仙台駅まで4時間かけて行った。
だから、新幹線に乗って車窓から東海道新幹線の沿線の光景を楽しんだのはその年の師走の帰省の乗車が最初だろう。富士山の景色に痺れた。
私の息子は大学受験のために新幹線を利用したことがあるが、2025年11月時点の状況では私の4人の孫のうち大学受験のために新幹線を利用しそうなのは一人もいない。
ただこの4人は10代前半にTDL、USJの行楽などで新幹線に乗ったことがある。
共稼ぎ家庭と専業主婦の家庭
次は2025年03月17日の日記の記事からだ。
私の親族や知人などの家庭を見ると、傾向として次を感じる。
子供が高学歴になったり、難易度の高い大学に入ったり、学校行事にしっかり取り組んだりするのと、そうではなく、登校拒否に至ったり、所謂素行が芳しくなくなったりするのとでは、共稼ぎ家庭と専業主婦の家庭とでどちらが多いか、この問題については専業主婦の家庭のほうがはっきり優位性が認められると感じている。
藤井聡太竜王名人の育ちを見よ。彼の母が専業主婦でなかったなら、彼は子供の時に瀬戸から関西奨励会に通うのは難しかった。母の付き添い支援があったから彼は将棋で大成することができた。
女性の経済的自立とか、女性の地位強化の立場から女性の職業従事を応援する気分が大変強いが、子育ての面から考えると、専業主婦か自営業従事の主婦であることが絶対に望ましい。
子供は幼児や小学生、中学生の時、家庭では母や祖父母に一挙一動を見守られてあれこれ言われる状態が一番結構なのだ。放置は往々にしてゆがみとひずみと独りよがりと努力放棄と我意貫徹と野放図を生む。
私は専業主婦を推奨する意見を頑迷固陋とか時代遅れとか男性優位主義と唾棄する考えに断固反対だ。
専業主婦の場合、夫の稼ぎは半分は妻の稼ぎだと見なすような法制度があってよいと思う。夫が毎月生活費を妻に渡し、メインの稼ぎの全貌を妻には知らしめないというような体制は否定されるべきだ。
なお、私の親族の家庭は殆どが専業主婦だ。それで、四等親以内の者の入った大学の内訳は──京大2、名大3、北大1、岐阜大1、同志社1、立命館1──となっていて、母親はすべて専業主婦だ。
私は所謂大企業に勤めていたが、同僚のホワイトカラーの社員の嫁さんは専業主婦が多かったと思う。
東証一部の企業やそれと同等の給与が得られる会社で働けば基本的には奥さんが働かなくても生活できるはずだ。現に私の世代や少し年下の世代では専業主婦が多かったと思う。
しかし、今はそうではないのかも。皆贅沢な暮らしをしたがって共働きをするが、間違っている。旦那が40代になるまでは貧乏な暮らしに甘んじればよい。40代を過ぎれば年収は結構上がるものだ。もし年収が打ち止め的であるなら、そこで奥さんも稼げばよい。
いいか。子供に一番必要なのは母親との常時の対話と視線だ。これがなければ、子供はほぼ確実に歪む。
働いて生活を豊かにしたいとか教育費を稼ぎたいというのは間違っている。塾なんて行かなくても、やれる子はやる。やれる子にするのは、母親の常時の対話と視線だ。
私は、子供が小学校のクラスで5番以内にするのは母親の力・導きによると信じている。幼児の時に絵本を読み聞かせる日常からすべては始まっている。専業主婦が望ましい。
旦那が立派な高学歴→嫁が専業主婦で趣味を磨く→子供が立派な高学歴→嫁が専業主婦で趣味を磨く→子供が立派な高学歴→……こういう社会構図ができるのではないか。要するに、一流大学に入った人間の親は一流大学出身者ということだ。
これを打破するには、旦那が立派な高学歴ではなくて所得が冴えないものであっても、嫁さんは共稼ぎに走らずに耐久生活に努め、専業主婦を貫いて子供との対話を豊かにすることだ。
現役時代の想い出
次は2025年07月24日の日記の記事からだ。
私は就職した企業での出世において敗残者だと思うが、それでも自負することがある。
(A) 勤めた会社で改革者であり続けたこと。
(B) 仕事ぶりで部下を瞠目させたこと。
(A) は書いているので、(B) について書こう。このところツベで教育・指導関係の作品を見て触発されたからだ。
職歴の最後は、A社、B社、C社と出向し、A社(副部長兼経理課長)、B社(管理部長)、C社<途中転籍>(取締役管理部長)という肩書きだった。
この3社で共通点が次だ。
(1) 前任者が部下に対して“上意下達型の専行タイプ”であった。
(2) 私は部下に意見を言わせるやり方で、とても感動された。
(3) 私が改革的で瞠目された。
(4) 私の文章指導が厳しくて些かめげられた。
私は、会社の動き、部の動きのような大きな問題でも部下に投げかけ意見を聞いた。前任者にはなかったことで皆瞠目した。
何かの判断をする時、私の考えが定まっていてもそれを言わず、部下の考えを聞いた。それが私の考えと違っていた時は巧妙にそれを是正させ、部下の結論を聞いてそれを採用するポーズをとるまでした。
部下は「部長は俺たちの意見を聞いてくれる」とすっかり感激した。
A社ではこんなことがあった。
事業部門の若い女子社員が私の決めた経理事項の取扱いに大層不満で私のところに怒りをぶつけに来た。
私が門前払いなどせず全て意見を聞き取り、その後理路整然と諄々と諭すように時間をかけて取扱変更の理由を説明したので、私の部下や同室の他部門の社員まで仰天した。
「よく最後まで聞いてましたねえ」──そう感嘆するほど相手はけんか腰だった。
「女子社員相手によくああまで丁寧に説明しましたねえ」──感嘆しきりだった。
B社ではこんなことがあった。
B社は本社に絶対的な権限があり、出先スタッフは単なる実務遂行機関だった。よって、当時使われ出したPCを勝手に調達することはできなかったし、全社的にPCを使う風土になってもいなかった。
私がノートPCを3台ライン営業に用意してやると部下の課長はそんなことを勝手にやってよいのかと心配したが、私はかまわず導入した。
その後本社の取締役部長が私のところに来て「PCを入れたようだが、どういうことか」と詰問した。
私は「たかが20万円程度のもので目くじら立てなさいでください。ライン部門の実務の向上にとても役に立つのですから」と問答し、その後私の机の上のノートPCを指さし「これは?」と問うたので「個人所有です」と答えた。
C社ではこんなことがあった。
次の仕事は完全に部下に任せた。
個々の伝票での交際費判定──前任は社長やライン各部長の使途確認のため自らやった
経理システムの導入、親会社との交渉
(注)、ビル貸し主との交渉等──できるだけ部下に任せる
経理システムの導入や法人税税務のような私の得意なことでも完全に部下に委ねた。
親会社から派遣された幹部は、親会社に自分の存在を意識させるべく親会社との交渉は部下に任せない傾向がある。
私は社員が親会社社員にできるだけ対等な意識を保てるよう、また、社員を親会社社員に認識させるべく、社員と親会社社員の対話があるよう心がけた。
私は、賃金制度改革、退職金制度改革、社規の改訂、管理システムの改善、資本金増額等に注力した。
前任のZ氏とはラップ期間が半年ほどあった。
Z氏とは昔の東映映画の吉良上野介と浅野内匠頭の間のようないびり倒しがあって、まともな事務引継ぎもなかった。(だから、私は社内のことを社長と部下からいろいろ聞き出すことになった)
私が会社事務のことで調べ物をしていると「何をスパイしているんじゃ」と罵られたりもした。
Z氏は後任人事が思うようにならなかったから、憤懣やるかたなく私に当たったようだった。
部下の課長が「××さんはよく我慢しましたねぇ」と感嘆していたし、社長も「××さん、しばらくの辛抱だ」と声をかけたから何かと噂を耳にしていたのだろう。
暗闇の手探りの中私が最初にやったのが部門別損益計算だった。
Z氏は「各部門が似たような形態の販売会社の部門別管理は売上管理だけで事足りる」という考えだったし、部門別人件費が明確に示されることが不快だったと思う。
(出向者の給与レベルが想像されかねない)
部下に 部門別損益計算の作業を求めようならZ氏が激怒することは間違いないし、部下も渋々の作業になるだろうから、私はEXCELによって自分で作成した。
部門別損益計算の土壌がないから、必要な情報を部下から取り出すのに苦労したのが思い出される。
谷崎潤一郎の『鍵』
私は2008年に無職になったが、その数年前からスカパーの野球セットを利用し、その後これを基本パックに拡大(サーバーの引っ越しをしていた2012年10月に契約)して映画を愉しむようになった。
スカパーを契約して、ここで観て嬉しかった映画
英国王のスピーチ
ディパーティド
阿部一族
真田太平記
基本パックは2017年3月に解約した。映画が好きな人がスカパーを利用しても、大体4年も観ればもう観るものが乏しくなると思う。そんな意見をネットで見たことがある。同感だ。
その後、2020年8月に 囲碁・将棋チャンネル(藤井の王将戦等が目的)と時代劇専門チャンネル(『剣客商売』で観てないものがあった)の2つを契約した。
2020年11月にケーブルテレビ(スターキャット)を契約した。視聴対象にスカパーが必須だったから2つのチャンネルは解約した。
スカパーはもう無用と思ったが、つけないと割引が適用されないので一旦スカパーを多チャンネルで契約して、(解約規制が解けた)2021年6月にチャンネルを映画関係に絞って料金を減らした。
無用と考えた理由
(1) テレビ受像器でABEMAやYouTubeが視聴できるようになったから、将棋はこれで充分だ。
(2) 横溝正史や池波正太郎が原作の映画やドラマを見尽くした。
(3) 洋画の観たいものを見尽くした。
(4) 邦画洋画を問わずスカパーに新規放映のものを待つ気はなかった。
(5) ダメドラのおかげでプロ野球中継に視聴意欲をなくした。
2022年4月に難聴が一段と進んでから、映画館に行くのもかなり減った。字幕が必須だからだ。
スカパーの映画は字幕があるからそれなりに視聴したけれども、2024年あたりになるとここで映画や昔のテレビ放映番組を観ることは殆どなくなった。
2025年秋 たまたま眺めたスカパーの番組表に『鍵』<4Kデジタル修復版>が出ていた。ハッとして録画予約をした。1959年市川崑監督、出演:中村鴈治郎、京マチ子(当時35歳)、叶順子、仲代達矢(当時26歳)という内容だ。
この映画のことは知っていたが、仲代達矢が出たとは知らなくて驚いた。(そして、録画を再生した翌日氏の訃報を聞いたからまた驚いた)。
視聴すると原作とはかなり違っているようで私は違和感を感じたけれど、とにかく京マチ子(1924年生、159cm)の魅力に痺れた。この映画は彼女が35歳のものだ。なお、『羅生門』は26歳での出演。そして、私の母と学年が同じだ。
すると、京マチ子さんは今の15〜20歳近辺の人からはひいお祖母ちゃん。彼女の姿や演技はどう映るのだろうか。
谷崎潤一郎の『鍵』は私にはとても想い出のある小説だ。
棟方志功の挿絵など装幀がされた、目を惹く中央公論社出版の本は1956年12月に出された。私はこの本が人によっては悪書扱いされることを知っていた。
父がこの本を密かに隠しているのを見つけたのは私が中学生か高校生の時だ。隠してあった場所は押し入れのちょっと誰も覗きそうもないところだった。
私はこの本を時々ちらっと眺めて、カタカナばかりの読みにくい日記文に【奇っ怪さ】、女体の版画ふうの絵に【猥褻】を感じて、父の秘密を知った気分で元に戻していた。読んではいけない本だと認識した。
大正生まれで高等小学校しか出てなくて、丁稚奉公から近衛兵という経歴の父が谷崎潤一郎の本を買うのはかなり珍しいことだと思う。
昔読んだ本、そして我が青春時代 1 にある通り、1960年(中学2年)から谷崎潤一郎の本は沢山読んだ。
谷崎潤一郎の本で最初に読んだのが『谷崎潤一郎名作集』だ。ググると、あかね書房 谷崎潤一郎名作集
(少年少女日本文学選集 ; 13 1960.2 出版 のようだ。母を恋する記・小さな王国 がメインになっている。
その後『少将滋幹の母』を読んでノックアウトされた。おまるに入れたウンコの話が出てくるから、私の女糞に対する興味の起源はこれだった。
氏の著作に熱中しても、結局『鍵』を読んだのは1963年(高校2年)と遅くなった。父の性への意識を覗いたことが後ろめたかったからだ。それに、老人の性欲の話なんてどうでも良いと思っていた。
しかし、一体どれほど悪徳の本なのかと探りたくなってとうとう手を出した。
私が父の秘蔵行為を見つけたのが1963年より前であったのは、既に『鍵』を知っていたから間違いない。
しかし、1960年より前に見つけて、これに触発されて中学2年で早くも谷崎潤一郎の本を漁りだしたのか、氏の本をいくつか読んでいたから父の秘蔵本を見てハッと驚いたのか、どちらなのかは思い出せない。
私が『鍵』を読んで思ったことは
早く大人になりたいと思いました。熟女のおまんφってどんなだろうと考えていました。
昔読んだ本、そして我が青春時代 2
ここに書物名として『鍵・武州公秘話』と掲げたが、これでググってもぴったりの本が現れない。全集で調べてもこの組み合わせで出てこない。不思議だ。
高校2年生の私には実にわからない話だったと思う。
母は私が子どもの頃から壮年になるまでの間に、父が近衛兵だったことを3回は言った記憶だ。語る顔は誇らしげなところがあった。一方、母は、新婚の夜父がブルブル震えていたことを嗤うように洩らした。上位者の顔に見えた。「それまであそこを見たこともないの」と言いたげだった。
女は行為をする時股を開いているだけでよい。そして、処女でも童貞の男を観察する余裕がある。女は恐ろしいと思ったが、こういうことがあって、私は童貞でもことに及んで怯んではならないと心得て、マムコの写真を探求し、セックスの本を読みあさった。
母が父とどういう思いでセックスをしていたか探る手がかりはない。ただ、私が中学生になっても夫婦の交わりがあったことは間違いない。一方、私は息子が中学に入った頃にはもう夫婦の交わりはなかったと思う。金津園で励んでいた。
スカパーを契約していたからこそ埋没していた昔のことを繰り出せた、と感慨に沈んだ。
映画では原作の──夫婦が互いに相手の日記をこっそり読んであれこれ考える──シーンが出てこないから本当に変だ。
京マチ子が演ずる妻にはこれから婚約する娘がいる。ならば、40代半ば以上の年齢の役の筈だ。その妻が風呂で失神すると、全裸姿や、股を広げて仰向けの姿をカメラに収めようとする老人の心は今の私にはとてもよく理解できる。足下に蛍光灯スタンドを置いて撮影する心が麗しい。
女は裸を写真に撮られることが望ましい。本当に心からそう思う。女性は旦那に協力して欲しい。
大人タイムズを見ると協力する女性は結構いるようだ。
映画で妻は全裸になっているのに、京マチ子の乳房も生肌での腰のくびれも映してくれない。とても残念だ。昔はお堅いね。
映画で見る京マチ子さんの凄艶なこと。その肌は実に美しい。意識をなくして浴槽の縁にもたれるシーンが2回出るが、男としてなんともそそられる。蛍光灯スタンドの光を当てれば、内股の肌はどんな具合なんだろうか、この内股の間の茂みはどのように漆黒で、どんな範囲に茂っているのだろうか。もう堪らない。
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僕ハ今年五十六歳(彼女ハ四十五ニナッタハズダ)ダカラマダソンナニ衰エル年デハナイノダガ、ドウイウワケカ僕ハアノ┐ニハ疲レヤスクナッテイル。正直ニ云ッテ、現在ノ僕ハ週ニ一回クライ、―――ムシロ十日ニ一回クライガ適当ナノダ。(中略)彼女ニ十分ノ義務ヲ果タシ得ナイノハ申シワケガナイ(中略)彼女ガ多クノ女性ノ中デモ極メテ稀まれニシカナイ器具ノ所有者デアル┐ヲ知ッテイル(私の56歳<2003年>は 金津園が44回で 8日に1回のペースだが、手淫を含めば3日に1回のペースかな) |
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一昨夜は年の始めの行事をした。(中略)私はまた例により物足りなかった。そしてその後の感じがたまらなく不快であった。 |
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実際ハ木村ヲ愛シテイルヨウニ思エテナラナイ。 |
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私は夫のあの執拗な、あの変態的な愛撫の仕方にはホトホト当惑するけれども(後略) |
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僕ハ今後我々夫婦ノ性生活ヲ満足ニ続ケテ行クタメニハ、木村トイウ刺戟剤ノ存在ガ缺クベカラザルモノデアル┐ヲ知ルニ至ッタ。 |
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だんだん私のブランデーの量が殖えて行くのを木村さんは心配している。 |
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今夜突然妻ガ人事不省ニナッタ。(中略)僕ハ裸体ニナッテ浴槽ニハイリ、妻ヲ抱エテ浴室ノ板ノ間ニ臥カシタ。(中略)僕ト木村ハ二人デ郁子ニ寝間着ヲ着セテ寝室ヘ運ンダ。 |
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昨夜飲み過ぎて苦しくなり便所に行ったことまでは記憶にある。それから風呂場へ行って倒れたことも微かに思い出すことができる。 |
| 1/29 |
何カラ何マデ彼女ガ身ニ纏ッテイルモノヲ悉ク剥ギ取リ、素ッ裸ニシテ仰向カセ、螢光燈トフローアスタンドノ白日ノ下ニ横タエタ。ソシテ地図ヲ調ベルヨウニ詳細ニ彼女ヲ調べ始メタ。(中略)情事ニ必要ノナイトコロハ絶対ニ見セテクレナカッタ。僕ハタダ手デ触ッテミテソノ形状ヲ想像シ、相当素晴ラシイ肉体ノ持主デアロウト考エテイタノデアッテ、ソレユエニコソ白光ノ下ニ曝シテ見タイトイウ念願ヲ抱イタワケデアッタガ、サテソノ結果ハ僕ノ期待ヲ裏切ラナカッタノミナラズ、ムシロハルカニソレ以上デアッタ。僕ハ結婚後始メテ、自分ノ妻ノ全裸体ヲ、ソノ全身像ノ姿ニオイテ見タノデアル。ナカンズクソノ下半身ヲホントウニ残ル隈ナク見ル┐ヲ得タノデアル。(マムコを見つめるのは本当に素晴らしきこと)(中略) 僕ハ彼女ヲ俯向キニサセ、臀ノ孔マデ覗イテ見タガ、臀肉ガ左右ニ盛リ上ッテイル中間ノ凹ミノトコロノ白サトイッタラナカッタ。(中略)僕ハ午前三時頃カラ約一時間以上モ妻ノ裸形ヲ見守リツツ尽キル┐ノナイ感興ニ浸ッテイタ。(中略)ソノ他アラユル様々ナ┐ヲ、彼女ノ常套語ヲ真似レバ、ココニ書キ記スノモマコトニ恥シイヨウナイロイロナ┐ヲシテミタ。一度僕ハ、彼女ガイカナル反応ヲ示スカト思ッテアノ性慾点ヲ接吻シテヤッタガ、誤ッテ眼鏡ヲ彼女ノ腹ノ上ニ落シタ。(その後夫は睡眠剤を口うつしで飲ませてから性交を頑張った) |
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いったい一昨日の夜はどうしてあんなに酔ったのかしら。(中略)あれはたしかに夢に違いないけれども、あんなに鮮かな、事実らしい夢というものがあるだろうか。私は最初、突然自分が肉体的な鋭い痛苦と悦楽との頂天に達していることに心づき、夫にしては珍しく力強い充実感を感じさせると不思議に思っていたのだったが、間もなく私の上にいるのは夫ではなくて木村さんであることが分った。それでは私を介抱するために木村さんはここに泊っていたのだろうか。夫はどこへ行ったのだろうか。私はこんな道ならぬことをしてよいのだろうか。………しかし、私にそんなことを考える餘裕を許さないほどその快感は素晴らしいものだった。夫は今までにただの一度もこれほどの快感を与えてくれたことはなかった。夫婦生活を始めてから二十何年間、夫は何とつまらない、およそこれとは似ても似つかない、生ぬるい、煮えきらない、後味の悪いものを私に味あわせていたことだろう。今にして思えばあんなものは真の性交ではなかったのだ。これがほんとのものだったのだ。木村さんが私にこれを教えてくれたのだ。………私はそう思う一方、それがほんとうは一部分夢であることも分っていた。私を抱擁している男は木村さんのように見えるけれども、それは夢の中でそう感じているので、実はこの男は夫なのだということ、―――夫に抱かれながら、それを木村さんと感じているのだということ、―――それも私には分っていた。多分夫は、一昨日私を風呂場からここへ運び込んで寝かしつけておいてから、私が意識を失っているのをよいことにして私の体をいろいろと弄んだに違いない。私は彼があまり猛烈に腋の下を吸いつづけるので、ハッとして或る一瞬間意識を回復した時があった。―――彼がその動作に熱中し過ぎて掛けていた眼鏡を落したのが、私の脇腹の上に落ちてヒヤリとしたので、とたんに私は眼を覚ましたのだった。―――私は体じゅうの衣類を全部キレイに剥はぎ取られ、一絲も纏わぬ姿にされて仰向けに臥かされ、フローアスタンドと、枕元の螢光燈のスタンドとが青白い圏を描いている中に曝されていた。 |
| 3/07 |
が、今日はページ面に何か猥褻な写真らしいものが何枚も貼ってあるのに気がついた。私は慌てて眼を閉じ、いつもより一層急いでページを伏せた。一体あれは何だったのだろう。あんな写真をどこから持って来、何の目的で貼ったのだろう。………私に見せるのが目的なのではあるまいか。あの写真に写されている人物は誰なのだろう。突然私に、或るはなはだ厭わしい想像が浮かんだ。この間じゅう、夜中私は夢の中で、時々室内がにわかにパッと明るくなったような感じを抱いたことが一二度あった。当時私は、誰かがフラッシュを用いて私を撮影しつつあるような幻影を見ているのだと思っていた。その「誰か」は、夫であるような気もしたし、木村さんであるような気もしたこともあった。しかし今考えると、あれは夢や幻影ではなかったのかも知れない。事実は夫が―――まさか木村さんであるはずはない、―――私を写していたのかも知れない。そういえばいつぞや、「お前はお前自身の体がどんなに立派で美しいかということを知らずにいる。一度写真に撮って見せてやりたいね」と云っていたことがあったのを思い出す。そうだ、きっとあの写真は私を撮ったものなのだ。 |
| 4/17 |
私と木村氏とはありとあらゆる秘戯の限りを尽して遊んだ。私は木村氏がこうしてほしいと云うことは何でもした。何でも彼の注文通りに身を捻ねじ曲まげた。夫が相手ではとても考えつかないような破天荒はてんこうな姿勢、奇抜な位置に体を持って行って、アクロバットのような真似まねもした。(いったい私は、いつの間にこんなに自由自在に四肢を扱う技術に練達したのであろうか、自分でも呆れるほかはないが、これも皆木村氏が仕込んでくれたのである)(中略)今日も私は、昼間木村と演じた痴戯の一つ一つを、そのままもう一度夫を相手に演じてみせ、彼と木村とがどういう点でどういう風に違うかを味わい分けることに興味を感じていたのであったが、―――そして昼間の相手と比べて、この男の技の拙劣なのに憐愍をさえ催していたのであったが、どういうわけか、そうしているうちに結局私は昼間の場合と同じように興奮してしまった。そして木村を抱き締めたと同じ力でこの男を強く抱き締め、この男の頸に一生懸命しがみ着いた。(ここらが淫婦の淫婦たる所以であると、この男は云うのであろう)私はおよそ何回ぐらい、彼を抱き締め抱き締めしたかは覚えていない、が、私が何分間かの持続の後に一つの行為を成し遂げたとたんに、夫の体がにわかにぐらぐらと弛緩し出して、私の体の上へ崩れ落ちて来た。私はすぐに異常なことが起ったのを悟った。「あなた」と私は呼んでみたが、彼はロレツの廻らない無意味な声を出すのみで、生ぬるい液体がたらたらと私の頬を濡らした。彼が口を開けて涎を滴らしているのであった。 |
映画には映画の良さがあったが、やっぱり原作は凄まじいものがあるね。原作の妻を京マチ子にして想像すれば勃ち狂うよ。
それにしても、本作は20代30代の人間にはきつすぎるな。
20代30代の人妻が本作を読めば何を想うだろうか。
(千戸拾倍 著)