良性記

初めて惚れて通った女

 18歳未満の方は入場をご遠慮下さい。
 昭和58年に金津園に行くようになってから常連客になって通った女は、パールヒルトンのマリアとラム、ボンボンのミカがいたけれど、この3人は言うなれば人物を面白がって通ったのであって、惚れ込んで通い詰めた嬢の最初はニーナだった。
 昭和60年、残業が多くて無味乾燥な原価部門の仕事に鬱屈した38歳の頃、ラ・カルチェという店が、入浴時間が90分で料金が手頃だから、何とはなしにフリーで入った。それがニーナとの初会になった。
 私はアクメが得られない女や愛撫の下手くそな女には常連客にならないが、ニーナは例外だった。
 ニーナは私が熱心に愛撫してもイカないし、ペニスへの愛撫がまるで下手だけれど、その端正な顔と長身のスタイルとコケティッシュな話ぶりに私は惚れ込んだ。惚れるという心のときめきが昭和48年以来で、そのことにうろたえもした。
 とにかく当時はぞっこんだったが、後から思えば欠点が目立って、ソープ遊びで特上の女を何人も知ってから振り返れば、もっと後年の初会ならニーナのような嬢には1回で終わっただろう。
 私はニーナにおよそ4年通った。間に長く行方不明になった時期があるけれど、それだけ通ったのは毎度逢う度に浮き浮きしたということだ。それで、一方通行の恋慕ではいくら何でも4年は続かない。ニーナも私と逢うのを心待ちにしていると感じた。
 ニーナは、吉永小百合のような狸系の美人顔ではなく、岸恵子のような狐系の顔だ。私よりはるかに背が高く、色白で、面長の切れ眼の美人とくれば、私にとっては絵に書いたような理想形で、精神が高揚のあまり勃起の仕方を忘れてしまうぐらいだ。
 口を閉じていれば、男が到底声をかけにくい冷たい感じの貴婦人で、口を開けていれば、気取らずに私の露骨なエッチ話にけらけら笑った。
 初めて会った時、ニーナは私にくっついて座り、親しい雰囲気で話が弾んだのが強く印象に残った。とっつきにくそうな見かけと違って、話の受け答えにのりが良かった。
 私もつられて冗談を言うとけらけら笑って、私より16cmも背が高い大柄の躯をぴったりすり寄せるから、私はもう楽しくて、我を忘れて駄洒落と下ネタ話ばかりしていた。若い頃の私は駄洒落や冗談のネタを仕込むことに努力していた。
 ニーナはなかなかノーブルな顔をしているから、初対面から猥談のオンパレードの客には出会ったことがないようだ。それで、私の剽軽な饒舌に盛んに驚いた。
「どういうけったいな男、貴方のような人は、私、絶対に見たことない。貴方は、絶対、吉本新喜劇か加藤茶だわ。そうよ、そうだわ」
 二度目に会ったときに、ニーナがそう言って私を冷やかした。
「貴方のように第一印象とその次の印象が全然違う人は、会ったことがないわ」と呟いたことも何度かあった。
 ニーナに部屋へ案内されて室内が薄暗いことに驚き、そういう女にはサービスの良くないのが多いから、「こんなに暗くしている子は、他にはいないよ」と貶すと、「だって、絶対に恥ずかしいもん」と怒ったような顔で答えた。
 馴染みになってから、バスタオルを巻いて喋っているニーナに、邪魔な布切れを取ってよとか、裸のまま私の目の前に立って、素晴らしいプロポーションを鑑賞させてよと頼んでも、「絶対に恥ずかしいから、いや!」と言った。
 部屋を明るくしてあそこを見せてと頼んでも、更に、マットに仰向けの私の上で69の形になるように求めても、やっぱり「絶対に恥ずかしいから、いや!」と強い口調で返した。とにかく、ニーナの口からソープ嬢とは思えないほど恥ずかしいという言葉がよく出た。
 艶々とした長い黒髪にいつも綺麗にパーマがかかっていた。私は昔から髪の美しい女が好きだから、ニーナのロングヘアーには悦んだ。
 それで、すっきりした長い首筋、大柄な割に淑やかな肩の線と細いウエスト、存外と幼い形の女性器、これらすべてが気品のある顔と調和していた。乳房は小さくても脚の長さがそれをカバーし、とにかく魅力的な体型だった。
 一度、ニーナを立たせて手で計ったら、七五等身は軽くあった。まるで垂直に近いようなニーナのハイヒールを私が履くと、指2本分は優に余った。
 ニーナは岐阜市に一人住まいし、家族には和食料理の木曽路のウエートレスをしていることにしていた。金津園で働いているのをごまかす苦労話を危急存亡の重大事件のように語った。
 私に、性体験や相手をしたソープ嬢のことを聞きたがった。私が眼一杯卑猥な表現でH話をすると、眼を輝かせて聞き入った。
 自分についた客についても、巨根、短小、包茎、早漏、女装趣味、セックスをしないで会話だけして帰る男、来る度に何かプレゼントをくれる男、裏ビデオを渡して感想を聞く男など様々な客の有様を、こんなはしたないことを絶対に口にしたくないんだけれども、貴方がしつこく尋ねるものだからついつい……という顔をして喋った。
 客に貰った海外版無修正ビデオは、大部分私に譲ってくれた。そういうものを見て女も亢奮するのかと尋ねたら、ニーナは恥ずかしそうに、それを見てオナニーをしたことがあると言った。
 ニーナも私に興味を持ち、それが充分伝わるだけに、私は首ったけになった。セックス以前に端麗な容姿とうち解けた雰囲気と屈託のないお喋りに、その頃の私は充分満足した。
 4、5度と通って、親しくなってからでも、ニーナは裸になるときに部屋をかなり暗くした。そんなのは嫌いだから、明るくして欲しいと求めると、真剣な顔をして抵抗した。
 ニーナはもともと不器用なようで、性の技は決して上手くなく、上手にそれをしようという心も全くないから、結構イライラすることもあった。とにかく恥ずかしさが先に立って、ペニスを手で弄うことは積極的ではなかった。
 ただ、フェラチオだけは存外と積極的で、ニーナのような長身の美女に咥えさせると、私は、何か悪いことをさせているような気がした。
 ニーナが上になる69は、私が常連になっても厳しく拒否し、とにかく尻の穴をさらけだすのを嫌った。私が上になる69は、ニーナが断然背が高いだけに大変やり辛かった。下になったニーナは、いつも左手を尻の下から差し入れ、後ろから指先を尻の谷間に当ててアナルを隠した。
 ストリップのご開帳ショーで、右手の人差し指と中指を逆さVの形にして隠し所を開くとき、左手は尻の後ろから股間に回し、尻の穴を掌で隠しておまんφを鑑賞させる女が時々いるけれども、ニーナの長い指がアナルに蓋をしているのを見ると、それと同じだと思った。
「邪魔だから手を外せよ」と求めると、「絶対にイヤ!」と言うから、最初は、疣痔かと思った。
 痩せているのに、ニーナのクリトリスは舐めにくかった。クンニリングスのときに脚を開くことを嫌がるからだ。「股を拡げると、絶対に気持ち良くなれないわ」と言った。そんな性格の女だった。
 ニーナの両脚の間に入り込んで、正面からクンニリングスをしようとすると、ニーナはやはり、できるだけ股を閉じたがるから唇を使いにくいし、ならばと長い脚をたたませ、屈曲のスタイルにして愛撫しようとすると、「そんな格好をするのは、恥ずかしいから絶対にイヤ!」の、厳しい拒絶を見せた。
 アナルがもろ出しになるから嫌なのだろうと私は判断した。
 大柄な割には短めのスリットだったか。小陰唇はそんなに突き出ていなくて、厚みもそんなになく、色が薄かった。
 当時のソープ嬢は割れ目の左右の毛を始末することが少ないから、ニーナもラビアはまわりの毛を押さえないとよく見えなかった。それで、お豆さんも、包皮が深くて、中身が奥に隠れていた。
 私はニーナに内股で両頬を挟まれ、愛撫しにくいのを我慢しながら、できるだけ舌を突き出してクリトリスを撫でても、しばらくすると「こそぐったい」と叫んで腰が逃げた。もっと優しく舌を這わすと「私、男の人にそうされても、イクことができない」と呟いた。
「じゃあ、自分ですればイケるのかい?」って尋ねると、ニーナは恥ずかしそうに頷いた。
 私はクンニリングスをして女によがり汁を流させないとセックスしたような気がしないので、どうしょうもないなぁ!と困っていた。
 だから、ニーナは気をやることが少なかった。私がオーガズム到来を見たのは、ニーナがよほど求めていて、しっかりその気になったときに3回あっただけで、それも4年の付き合いの間でだ。
 ニーナがアクメに達するのは、「私、今日は、イッてみようかな。私が『さわらないで』と言った後は、××さん、絶対に何もしないでよ!」と、その「絶対に」を強い口調で宣言した時だ。照れ笑いの笑みを浮かべ、部屋の照明を一段と落として、ベッドに寝た。
 初めてニーナがオナニーをしてみると言い出した時、羞恥心の強いニーナのことだから私は驚いた。決して私からオナニーをやってくれないかと持ち出したのではない。
(馴染みになって気を許してくれたのだなぁ)とほくそ笑んだけれど、どうせ途中で「やっぱり駄目だわ」と言うのではないかと思って見ていた。
 しかし、ニーナは存外なことに、すらーっとした両脚をぴったりと閉じて、足首のところで交差させたまま長い中指でクリトリスを摩り続け、それほど時間もかけずに絶頂に至った。
 3回のオナニーショーは、私はただ見ているだけで、ニーナがエクスタシーに浸る行為に参加するのは、ニーナがぴったり脚を閉じてオナニーを始めるまで、前戯としてクリトリスを弄る間だけだ。
 両脚を閉じていないとアクメに到達できないのでは、器用に動く指先と唇を持っていても無用の長物で、参加感がまるで乏しかった。でも、若い長身の女がスマートな指で本気でオナニーに耽る姿は、視覚的にも精神的にも壮烈に猥褻で、本当に助平なシーンだった。
 ストリップ劇場の100%演技のオナニーショーとは全く雲泥の差だ。ストリッパーがインタビューを受け、「私、本気でオナニーをしているのよ」と言っているのがあるけれど、ファンのためにはそう言っておくのがエチケットで、1日に4回のステージの度にオナニーで気をやって、それを十日間続けられるのならとんでもない身体だ。
 オナニーショーは正味2曲程度の音楽の間にする。所要時間はせいぜい8分で、それも、ステージの上でスポットライトを当てられて、途中姿勢を何度も変え、腰を持ち上げてグラインドしたり俯せになったり、見せ方を工夫しながらしているから、アクメまでたどりつけるはずがない。
 男は手淫で30秒以内に射精できるのがいくらでもいるけれど、女は指でクリトリスを刺激して30秒以内にイクことはまずできない。静かに集中してやっても、上りつめるのに10分以上かかることだって多いから、舞台の上で2曲以内にエクスタシーまでたどりつく筈がない。
 それで、暗闇の中で、眼を瞑って秘め事に耽るニーナが、色白の、ただでさえ私よりうんと長い躯を、足先までぴんと伸ばし、左手は静かに掌をお腹の上に乗せて、右手はゆらゆらと包皮の上からクリトリスを揉み、ウェーブのかかった長い黒髪がいつの間にか枕の上に広がっている。
 何故か私はベッドの上でニーナの傍らに両手を膝に当てて端座し、ベッドの端から端まで届くように伸びたニーナの肉体を、何か厳粛な心持ちでじっと見つめながら、秘めやかな喘ぎ声のかすかな変化に耳を傾けていた。
 ニーナは陰阜の下に潜り込んだクリトリスを、上から優しく中指で揉み続けて、その指を膣に入れることは決してしない。いじりやすいように股を開けばいいのにと思っても、脚は閉じたままだ。
 少し躯の揺れが激しくなった頃、呻きながら胸を反らし、足首のところで交差させた両足を突っ張らせたままで達した。
 それまで何分かかったのか私には全く見当がつかない。長かったのか短かったのか、後から振り返っても、まるで酔っぱらっていたかのようにさっぱり思い出せなかった。
 ニーナは上りつめると、私に背を見せての字になって余韻にひたった。
 でも、それは僅かな時間で、すぐに跳ね起きて正座して屈み込み、強い吸引でフェラチオして直ちに隆起させると、「入れて、入れて、××さん、早く入れて!」と大声を上げた。急かしながら、ニーナはバネが戻るように勢いよく仰向けになった。
 そんなとき、私はすぐさまペニスを差し込んで、陰阜がクリトリスに当たるように勢い良く腰を送り、気をやるのも早かった。自分よりずーっと背の高い面長の女と交わるのがとにかく楽しくて、射精への起動をこらえることができなかった。
 だけど、私がペッティングをしてもエクスタシーまで到達しないのに、ニーナが自分ですれば上手くいくことだけが、私は面白くなかった。

 私はペッティングのやり方を知らないニーナに、ペニスを指でもてあそぶやり方を仕込もうとした。
 後込みしたように接触面積も狭く二本指で棹を摘んで、それを前後させる手淫しかできないから、掌の真ん中の柔肌をカリ首にこすりつけるように揉むやり方を教えた。でも、通っていた間、最後までニーナはカリ首の大胆なこねくり回しができなかった。
 しっかり握らせようとしても、恥ずかしい、恥ずかしい、とそればっかり呟いていた。
 フェラチオは亀頭さんをカッポリと口に含んで、唇の締め付け具合と首の振り立てがなかなかのものなのに、千ズリのほうは、羞恥心が飽和状態になって指が縮こまるから不思議な女だった。
 ニーナには最初の流し場での洗浄作業の他では、睾丸を掴むようにさわられた記憶がない。どうもニーナには玉袋の肌触りと色彩がもの凄く不気味なものに思えて、睾丸に触れるのを嫌っていたようだ。でも、アナルを舐めるのはしたことがあるから、この点でも奇妙な女だった。
 ニーナと逢うのは、私はセックスよりもむしろブランデーを飲みながらの会話が楽しみだったとも言えるぐらいだったけれど、ニーナとの情交にも記憶に残るものがあった。
 ある時、ベッドの端からニーナの尻が少し出るぐらいにし、膝を伸ばしたまま両脚を高く上げさせ、私は床に下りて立ち位で挿入した。ニーナの太股の裏側が私の脇腹についた。
 ベッドが高ければ腰を使いやすいその体位は、昔学生時代に見たイタリア映画で、マルチェロ・マストロヤンニが演じた金持ちの男が、脚の長い女中に着衣のまま行っていた。
 黒いハイヒールを履いた足が男の肩の横から突き出て、濃紺のベルベットのスカートが腰まで捲れ、白いむっちりとしたお尻が揺れるのが、残像として残っていた。(注:床上床下男上前位の体位)
 ラ・カルチェ(その後:ロランジュ→更地)のベッドは床が高く、ニーナの脚が長いので、私はふとそれを思い出してやりたくなった。
 大柄なニーナの肉壷は、私にはゆとりがあり過ぎた。だから、その体位は、腰を多角的に、或いは激しく使うことにより、挿入感と摩擦感を高めるのに丁度良かった。
 しかも、二人の躯が離れて暑くならない。突き上げた脚の長さが痺れる魅力で、更に、結合部や、ニーナの姿態と顔が充分鑑賞できる利点がある。ニーナの幅広の尻たぶに下腹部や腿が当たるのが良かった。
 ニーナは、ベッドの端で脚をVの字に跳ね上げる体位が初めて経験する格好でも、すっかり気に入った。ピストン運動でオーガズムに達したことはなくても、そのやり方で突かれると、イク寸前のような、かなり気持ちの良い状態になると言って悦び、それからはよくこの体位を誘った。
「××さん、今日もいつものあれでしてね。激しく、激しくね。絶対によ」
 面長の美人のニーナが小首を傾げてこんなことを囁くと、私はすっかりその気になって、私よりもかなりサイズの大きい足の裏や足の爪の真っ赤なマニキュアを横目で見ながら、懸命に腰を前後に振った。
 亀頭が割れ目から飛び出るぐらいまで引いて、勢いよく恥骨のふくらみを当てる、大腰の抽送を繰り返していた。
 180cmの男が170cmの女を抱いてもどうってことはないだろうが、私にはとっても大女だから、ニーナの立ち姿自体が現実離れしたような荘厳な魅力だし、天井に突き上げているような長い脚を小脇に抱えて、柔らかい尻たぶの間に向かってパコパコと腰の運動をするのは何とも言えないほど爽快だった。
 もう一つ記憶していることは、私が気をやった直後、ニーナが「ねえ、××さん、いいことしてあげようか」と耳元で囁いて始まった。
 射精してすぐ平常形となって肉壷から転げ落ちた私のおちんちんに飛びつき、いきなり強烈なバキュームでエキスの残り汁を吸い出した。縮んだカリ首が猛烈にこそばゆくて、私は思わず腰が飛び上がった。
 逃げる腰を、ニーナは力の限り「横四方固め」で押さえ込み、更に吸い取る。舐めるのでもなくこするのでもなく、手加減もまるでなしに、ただ吸って、文字通り私は絶叫した。
「好かったでしょう。これくらいなら飲み込めるわね。××さん、やっぱり、あれを出した後は、あんなふうにされるときついでしょ。……絶対にそうでしょ?」
 何かにつけて恥ずかしがるニーナがそんな大胆なことをするのは本当に意外だった。
 エロビデオには、顔射の後ペニスを女に吸わせるというシーンが多いけれど、その当時私はエロビデオを一度も見てないから、そういう絶妙の閨房の技があることを全く気づかなかった。もっとも射精したペニスを舐めて尿道口から残り汁を吸い取るような濃厚なフォロー動作は、当時のビデオではかなり少なかった。
 それから、ニーナはこれを時々した。
「絶対に他の人にはこんなことはしないわよ。××さんだけ!」と言った。
 私は「一度、君がおしっこをするところを見せてよ」と頼んだ。
 そういうふざけたこともやってみたそうなのがニーナの顔に出ているのに、ニーナは「恥ずかしいわ」を繰り返した。
「でも、一度してみろよ。俺、見たいんだ」
 そう言ってしつこく迫ると、「恥ずかしいもん」を難度も口に出して、その日、私は長い長い押し問答を楽しんだだけだ。
 その後も何度か、おしっこ見せて!と押し問答を繰り返したけれど、結局、ある日あっさりと実行したから拍子抜けした。
 しかし、ソープ嬢にしては奇妙なぐらいに恥ずかしがり屋のニーナのことだから、部屋は暗いし、股ぐらを覗き込むことも許してくれないので、何も見えないに等しかった。
 ニーナは真っ赤な表紙の手帳に日々の指名数を「フリー」と「本指名」と色を変えてきちんとメモして、逢うと必ず、その月のその日までの累計本数を私に報告した。本指名の獲得数が少ないときには盛んにぼやき、多いときには喜色満面の笑みを浮かべてはしゃいだ。
 私は手帳の数字を見てニーナの喜怒哀楽につきあい、一人一人の客の振る舞い方やニーナの感想を聞いたりした。ペニスの形状や性交の有様、下手くそな求愛の会話なんかも、面白おかしく語って、気品のある顔立ちの美人がそんなことを喋るのは本当に愉快だった。
 肩を寄せて喋っていると、ニーナは私より座高があるから、よく生温かい息がふわっと漂い、決して臭くないけど人間の匂いを感じて、私は鼻腔をふくらませていた。
 ただ、ニーナは仕事や人間関係についての愚痴が多いのが玉に瑕だった。かなりくどかった。
 手帳の中に男の名前と電話番号が3つ載って、何かと尋ねたら、岐阜市に住んでいる常連の客のものだと説明した。
 店の外でその男達と会い、食事をつきあったりしているので、私が羨ましがると、「貴方は奥さんがいるから、私に電話番号を教えることは絶対にできないでしょ。この人たちは、皆、独身なのよ」と返し、その3人がいかにしょうもない奴であるかを私に語り始めた。
 ぼろ糞に言うから面白かった。

 こんなに魅力的なニーナが、ラ・カルチェから不意に姿を消した。
 割とつまらないことに拘る性格で、控え室で顔を合わす女にどうにも不愉快なのがいたようで、イヤだイヤだ絶対にイヤだ!といつも愚痴を言っていたから、店を替える可能性は考えられたけれども、ニーナは私という客を大切にしていた筈なので、何も話さずに突然ラ・カルチェから消えたのが大変腹立たしかった。
 私は随分長い間ニーナに通っていたけれど、その間に、店で人気が何番手にいるのか見当がつけられるようなことを決して言わなかった。他の客のことは何でも教えるぐらいお喋りで、愚痴を言い放題で本名も打ち明けるほど心安くしていたのに、このことだけは私に推量させなかった。
 私はニーナが店のベストスリーには入っていないと思ったけれど、勿論そんなことはどうでもよく、逢う度に嬉しそうにしている面長の顔に惚れ込んでいた。
 ニーナは、私と逢うと、「貴方のような変な男の人、見たことがない。絶対に変よ」と言うのを口癖にしていた。しかし、ニーナも相当エキセントリックな女だった。
 背がかなり高いから、服は何を着てもよく似合うし、色物のブラジャーとパンティのセミヌードの姿も凄く煽情的だった。
 ヘアースタイルと眼のメイクがいつも決まっていて、大きな足のその爪にも、常にマニキュアをして、そのニーナの本名の名字が奇しくも私と同じだった。
 そんなことを振り返ると、ニーナに逢えなくなったことが寂しかった。ニーナのような美人が、猥談好きで、下着もカラーの派手なものを身につけて、その癖、あんな恥ずかしがり屋さんには会ったことがないと想いながら、絶対に行方を探そうと心に決めた。
 ラ・カルチェの女の何人かに入浴してニーナの行方を尋ねたが、誰も知らなかった。ソープの仕事から上がったと店の男が説明していたけれども、対人関係の愚痴をさんざん聞いていたから、私は、ニーナが上手に店を替えたのだろうと想像した。
 ニーナは写真を出していないので、ソープ情報誌は探索に全然役に立たなかった。家族にばれるのを警戒していたし、写真では顔が随分きつく見える、とよく愚痴った。
 そのきつい顔がディープキスを受け入れて眼前に迫るのが、私は何ともワクワクするひと時だった。
 私は沢山の店を探したが、毎度失望することになった。必死に探した当時の狂いぶりを10年以上経ってから振り返ると、ニーナは確かに魅力のある容姿だけれども、セックスプレイが慎み深すぎて、それほど亢奮を誘うものではないから、どちらかと言えば淫奔な女が好きな私の性癖を考えれば、ニーナに執着したのが不思議だった。
 それで、昭和63年のある日金津園の奥まったところにある迎賓閣に初めて入った。その後長く熱中して通うことになるアズサに初会をした遊びが終わって、私は上がり部屋と呼ばれる小部屋に入り、アイスコーヒーを飲みながら、店の女の写真集を眺めた。ニーナの写真が、もしかしてありはしないか確かめたかった。
 それで、アルバムをめくっていて、十数枚のキャビネ版の写真がもうすぐ終わりというところで、私は突然ソファーから転げ落ちた。何とニーナのきつい顔がそこにあった。名前はシャネルになっていた。
 翌週、私は迎賓閣に予約を取り、シャネルと再会した。1年以上経っていた。
 会うと、シャネルも飛び上がらんばかりに歓んだ。
「私、ほんと、××さんには絶対に連絡したかったのよ。でも、最後に××さんに会ってから、すぐ、話が決まったんだもの。××さんが最後に私に入ってくれたの、確か、あの月の15日だったでしょ。私、よく憶えているでしょ。私が迎賓閣に替わったのがカルチェにばれるのは絶対に困るから、カルチェの子達にも絶対に秘密にしていたし。……××さんが私のところへ来てくれて嬉しいわ!」
 そういうふうに大声で喋るニーナの私の目を刺すような顔つきが嬉しかった。
 私はそれからシャネルにせっせと通った。でも、次第にシャネルに通うペースが落ちてきた。気をやることもなく、尺八以外の愛撫は、頼んでもろくにしないシャネルが、性的な遊びの相手として嫌になりかけていた。アズサのほうに気持ちが傾いた。
 やたら恥ずかしがって割れ目をまじまじと観察されるのを嫌うから、私は光のあるところでニーナの性器をまともに拝んだことがなかった。気品に満ちた大人の顔の割には性格が子供っぽいシャネルに以前のような意欲を感じなくなってしまった。
 そんな時、決定的な出来事が起きた。
 シャネルがどういうわけか自宅の電話番号を教えた。私の意欲が薄らいだことに気づいてカンフル注射をしたのだろう。それを聞いて、私は天にも昇るように嬉しかった。夜、仕事休みのシャネルと電話口で喋り合うのが楽しかった。
 しかし、何ヶ月か後にシャネルが、電話番号を教えた客が私の他に2人いると語った時、私の心は瞬時に冷えた。
 その頃、シャネルはいつものようにくどくどと店の仲間について不満を洩らした。以前はそんなことも愛嬌と聞いていたけれど、仲間と協調できずにほんのちょっとしたことで、「ほんとに、あいつは腹が立つ。絶対に生意気だ!」と、会う度に何かを愚痴る性格も疎ましく思うようになった。
 シャネルが迎賓閣を辞めることになって、次に出る店の名前を告げ、「絶対に来てよね」ととろけるような媚態を振りまいた。店の様子を見たくて1度は行ったけれど、その後私はもうシャネルに会おうとはしなかった。
 仕事で、海外へ出張した時、遠いところから、妻にも電話せず、わくわくしながらシャネルに電話をかけたことを楽しい想い出にしたままで退くことにした。
 本当に、何か喋るとその中に「絶対に」が何度も入る女だった。
 正味3年以上通ったニーナは私のソープ遊びで次の『初めて』が該当した。
(1) 惚れて長く通った嬢の初めて
(2) 170cm以上の女と性交した初めて
(3) 170cm以上の女に通いつめた初めて
(4) 通う嬢と連絡方法を取りつけた初めて
(5) 床上床下男上前位の体位の初めて
(6) 後舐めをされた初めて
(7) 放尿ショーをさせた初めて
(8) ソープでSTD感染(毛ジラミ)の初めて
(9) 行方不明になったのを真剣に追い求めた嬢の初めて
 ニーナはクンニリングスをくすぐったがって、私の女遊びで必須のクンニリングスがやれなかった。だから、私がクリトリスを舐められなくても通い続けた唯一の風俗嬢になった。いろいろと想い出深くて、平成元年に通いを止めてからもニーナのことをよく振り返った。
 私は平成5年には小説をかなりまとめ上げて、多分平成6年だと思うが、ヴィーナスの玲子(初会が昭和63年で、驚嘆のマットプレイなどに登場する嬢)に作品を読ませた。その中にはニーナも登場していた。
 次に玲子に会うと大変意外な話を聞いた。玲子が迎賓閣のシャネル(=ニーナ)を知っていて、シャネルが平成3年頃はヴィーナスに出たと言うから驚いた。(迎賓閣→ニューランタン→ヴィーナス、と回ったようだ)
 更に、その頃思いがけなくもニーナを名古屋駅で見かけた。
 ニーナは大層背の高い初老の男性と腕を組んで駅の構内を歩いていた。あまり胸が突き出ていない長身のドレッシーな装いを懐かしく感じた。連れの男は父親かもしれないが、パトロンだろう。二人で、お昼のレストランのどれに入ろうか品定めをしている様子だった。
 ニーナは30歳を越えたばかりの、女として一番脂がのった頃で、気品のある顔立ちに控え目のアイメイクが相変わらず決まっていて、とても美しさが増していた。
 私は声をかけずに、昔と変わらぬ豊かな黒髪にふわふわしたパーマの、背の高い後姿を、見えなくなるまで茫然と眺めていた。金津園に出かける途中にニーナに出会い、本当に驚いた。
金津園遊びの実録  初会の金津園遊び  ソープ嬢を愛しむ  トップページ
(千戸拾倍 著)