私のエッセイ自撰集1

 体験小説を書き出したわけ
 ソープやヘルスの女に私が書いたものを読んでもらって、感想を聞くというのが、小説を書いた大きな動機でした。
 その結果、私は性的行為の相方に、本人の淫らな官能の有り様を描写したものを読ませるという、破天荒な悪趣味というか、かなり高度な交友形態を愉しむようになりました。
 これまで多くの好色本、エロ雑文を読んできましたが、私のようなことをしたという記事を見たことがないです。もう、格段にユニークな愉しみ方だと自負しております。で、私にこういう趣味がある以上は、漫画しか読めないような軽い女では、私の相手は務まりません。
 小説を読んでいただければおわかりになると思いますが、単にスッケベなだけでなく、心の交流・心の漸次近接の過程と心の襞もしっかり書いているからこそ、彼女達に受け入れられます。ただ単に受け入れられるだけでなく、大変喜んでいただいています。
 小説を書いた直接の動機は、平成5年に夏木ルイが店を休んでばかりいて、なかなか逢えなかった頃に、私の悲しい気持ちをルイに訴えたかったことと、梓がディープキスやゴムなしファックをしないからとても面白くなくて、私の切ない想いを梓に訴えたかったこと、これを文章にしたかったからでした。
 それで、私は、当時まだ大変値段が高かった一太郎を、勇気をふるって購入しました。
 本人に見せるつもりで、ペニスから先走りを垂らしながら書いたのですが、嘘の賛美や虚飾は入れるつもりは全くありませんでした。
 マスターズのルイと恵里亜の梓がそれを読んで、私の想いを知って、文面に心に引っかかることがあろうと、そんなことは意に介せず、その時の私の正直な想いを文章にしました。
 その文章を二人に見せると、もともと心安く私に応対していたのが、更に近しい感じになりました。
 梓は私の、その時まで10年間の入浴件数がとても多いことと、ソープ遊びの昔の逢瀬をしっかりと憶えている記憶の良さにしきりに驚いていました。
 梓 2に次の文章が載っています。平成4年5月、梓がゴムの着用を求めた日のことです。
 途中で梓が「可哀相だから中に入れたげる!」と言って微笑むことを期待したけれど、それはなかった。私は梓と随分性交渉をしていても、手淫で気をやったのは初めてだった。
 ベッドプレイが終わった後、私は僅かばかりのいたずらをした。私が湯に浸かって、ペニスについたローションを洗っていると、梓も入ってきた。ざぁーっと湯が溢れ出たその時、尿意を感じたからそのまま実行した。
 梓がタオルを湯にひたし、気持ち良さそうに顔を拭うのを見て、私は溜飲を下げた。
 水圧の中で排尿するのは多少は力が必要なのだと感心しながら、梓は湯の中に何が入っているのか知ったなら絶叫するに違いないから、おかしくてしょうがなかった。
 溜飲を下げたのところを指で指し示して梓が尋ねました。
「××ちゃん、これ、何と読むの?」
「りゅういん、だよ。りゅういんをさげる、と言うだろう?」
「えーっ、どういう意味なの?」
「うーんと、ざまあみろ、という感じかな」
「へーぇ、そういうことなの。でも、貴方ってトイレがいらないからいいわねえ。どこでもトイレだもん」
「いつも、風呂の中で小便をしているわけではないぜ」
「私、あのときは、もう貴方が来なくなるだろうと思っていたわ」 
 ルイに渡して、暫くして逢ったら、ルイが言いました。
「××さん、あれは私を妬かせるために書いたの? 私にくれたとき、『これはラブレターだよ』と言ったので、それらしいことが書いてあるかと思って読んだけど、全然ラブレターじゃないじゃないのぉ。私、少し頭に来て読んだのよ」
 と切り出し、自分以外の女に対しての想いが熱烈であることを指摘したのです。
「ほんとに梓さんという人のことでも仁科良さんのことでも、もう私が妬けるように妬けるように書いてあるんだもの。もう、悔しいー!と思ったりしてぇ。私のところなんかよりも、うーんと心が籠ってたわよ。私、お店の人に頼んで昔の娘の写真を出して貰って、千秋さんの写真を見せて貰ったのよ。だけど、千秋さんは、別に顔は悪くないじゃない。写真はとっても可愛かったわよ。それほどのおデブさんでもなかったし。どうしてあんな風に書いたの?」
(注:仁科良はいろんな初めて(2)の『教え癖発揮の初めて』に、千秋はいろんな初めて(1)の『デブでも通った嬢の初めて』にて紹介)
「顔が悪いなら、僕は二度三度と行かないよ。女の太めはとにかく嫌いだから、ちょっと太くてももの凄く太いように思えるのさ」
「ねえ、××さん、あれは全部ノンフィクションなの、それともフィクションも入っているの?」
「自分のことが書いてあるところを読んで、フィクションだと思えるかい? 千秋ちゃんのように、容姿だけは多少誇張しているところもあるけど、徹頭徹尾、全部ノンフィクションだよ」
「でも、どうしてそんな昔のことが細かいところまで書けるの。日記をつけているのでしょう?」
(注:昔のこととは、ソープ道入門に記載した、初期の入浴体験<慶子、マリア、ラム、桃、衣、ニーナ>と、初めての金津園に書いたソープ初体験<秋>の文章などを指す)
「いや、僕は日記を書いたことは一度もないよ。僕はセンチな人間だから、日記を書くようなセンチなことはしたくない。でもねえ、あれを書き出すと不思議なくらいに昔のことを思い出しちゃうんだ。パソコンの画面を見ながら、金津園の店の一室での出来事を一生懸命に思い出そうとすると、それまで全く忘れていたことがふっと頭の中に出てきてしまう。記憶って不思議なものだね。五年も六年も思い出したことなんかないことが、ぼんやりと浮かんで来る」
「へー、私、絶対に××さんは日記をつけていると思ったわ。記憶力が良いのねえ。でも、恵里亜の女の子には随分感情が入ってたわよねえ。もう、本当にー、妬けるんだからー。それとね、どうして玲子さんのところへ行くのを止めたの?」(注:玲子は驚嘆のマットプレイローザに登場)
「理由はちゃんと書いてあるじゃない。あの通りだよ。惚れさせてくれなかったんだよ」
「ふーん、でもあの人、凄いのねえ。私、あれを読みながら、一生懸命にいろいろとテクニックを考えていたのよ。今度××さんに会ったらこういう風に攻めて上げようって。××さん、私がお店に出ていない間、どうせ恵里亜の女の子に一杯入っていたのでしょ。でも、××さんって温かいなぁ。ソープの娘が普通の娘と同じだとか、乱暴なお客を、そういうのは良くないと書いているところなんか。本当にねえ」
 ソープ嬢に注ぐ私の優しい眼差しに感動したという趣旨の言葉がルイの口から出ると、私もしみじみとした気持ちになりました。
 それがルイにマスターズで逢った最後の日になりました。
 ルイや梓以降に親しくなった女にも小説を見せました。
 ローザが平成六年に射精後の私のペニスを吸う大胆な性戯をしたのはローザ 2の終わりのほうに登場)ソープ道入門6の最後に登場するニーナの行為を読んで、これをやってやろうと思ったからでしょう。
 ニーナが「ねえ、××さん、いいことしてあげようか」と耳元で囁いて、射精直後のペニスを咥えて強く吸い込んでくれたのは昭和61年のことで、このとき私は驚きました。そんな過激で親密な性戯は全く知りませんでした。
 その頃のエロビデオに、射精直後のペニスを咥えるような行為はあまりなかったと思います。
 その後、金津園で同様の行為をされたことがなかったのですが、平成4年になってエロビデオをよく見るようになると、射精後のフェラチオによるフォローがよく出てきて、ニーナが「いいことしてあげようか」と言った時のいたずらっぽい顔を思い起こしました。
 射精直後にペニスを吸われたのは、平成6年にローザで経験して、それ以降はまたしばらくそんな性戯をされたことがなかったです。で、平成10年以後、驚嘆の即々生セックスの舞台の艶グループの店に入るようになると、どの女もその過激なサービスをするので大変驚きました。
 夏美が吉原に行っている間に性技の腕を上げたのは、玲子のやり方を研究したからでしょう。テクニシャンの梓も玲子の動きを真似しました。
 ソープで働いている女性が玲子の動作を読めば、とても参考になると思います。
 それにしても、ソープ遊びについて書き始めると、当時からは10年前の、秋とのトルコ風呂の初体験や銀座の出の慶子との語らいの情景や、その時の自分が動揺し感動した気持が彷彿と浮かぶから、秋や慶子の想い出が鮮明に残っていたことには驚くばかりでした。
 ルイとの初会にしても既に昔のことになっていたのに、ルイの一挙一動の細かなことまで思い出すことができるので驚きました。
 ルイが最初の会話でどんなことを言ったか、どういう仕草で風呂に入ったのか、大体のことが浮かんできました。
 梓についても、はるか昔の初会の時抽送しながら何を考えたのか、裏を返した時梓がバスタオルを躯に巻かなかったこと、そんなことが思い出されたので私はニヤニヤしていました。
 それまでの間に逢瀬を何度も振り返ってにやけるようなことでもしていれば、10年前の会話や初会のルイの何気ない動作まで思い出せるのは当たり前です。
 しかし、現実の体験の後、殆ど振り返ったことのない情景が、その時にはそんなに意識していなかった些細なことが、重い鉄の扉を開けて隠されていた物を強引に取り出したような出現の仕方をするのですから、深層潜在記憶の不思議さを体感しました。
 閉店になった恵里亜のソープ嬢の探索をヴィーナスの玲子に頼んだとき、彼女にも原稿を渡しました。
 玲子なら、自分のことが書いてある箇所を読んでも腹を立てることは多分ないのではないかと思ったし、何年も楽しませて貰った私の感謝の気持ちの表現でもありました。
 更にまた、玲子がそれを読んで、気を入れて私の尋ね人を探してくれるのではないかという下心もありました。
「玲子さんを知ってから、僕が馴染みになった女の子には、全てに貴女の技を教えたんだよ。そういったことが、これにはしっかり書き込まれているんだぜ」
 そう言って玲子に手渡して、「ここの登場人物の女の子にこれを読ませたら、見事に漢字が読めないので参ったよ」とぼやきました。
 すると玲子は、「本当に漢字が読めない娘が多いわねえ。この間も、仲間とおでんを食べに行ったら『あじみそ豆腐下さい』と注文するので、一体何かと思ったら味噌豆腐なのよ。味の字も含めてみそと呼ぶのよと教えて、笑い出すのをこらえるのに苦労したわ」と笑っていました。
「それは面白いなぁ。絶対、僕の小説にその話は入れなければ。……この小説にはなるべく振り仮名をつけているから、女の子に『ルビができるだけ入れてあるよ』と言うと、ルビの意味が判る女が、まず、いないんだからぁ!」などとお喋りしました。
 恵里亜のローザに会ったときは、彼女があまりに子供っぽいから小説に登場させるつもりはありませんでした。
 ところが私の書き物を読ませると大層面白がって、とうとう「私のことも書いてよ。ねえ、ねえ、書いてよ」と盛んにねだるので登場させることにしました。
 しかし、その後ローザがヴィーナスに行ったのには、私は困りました。ローザも玲子も、小説によって互いに相手のことが筒抜けになります。
 隠していてもそのうち気がつくでしょうから、ローザには、読んだ書き物の中の「玲子」が、新しく入った店のその玲子だと教えてやりました。仮名では誰であるかはなかなか判りません。
 ローザがヴィーナスにやって来たときは、玲子はその書き物を読んだ後でした。だから、恵里亜から来て、関西弁でにこやかに喋る小柄なローザを見て、すぐ(ははーん)と思ったそうです。
「私ね、『××さんは、玲子さんの技術が金津園に残るように、玲子さんの素晴らしいテクニックを皆に教えているの。私も、ちゃんと××さんに教えて貰ったのよ』と言ってやったわ」
 ローザ 2で、ローザがヴィーナスのマネージャーに言った言葉は、私の小説を読んだからこそ出てきたものです。
 ソープ遊びを語る3の『金津園のこといろいろ』で、長距離トラックの運転手をしている亭主の公認で金津園に来ている女の、亭主ののろけ話が登場します。その女(テレサ)が毎日ちゃんと新聞を読んでいるようなので、たまたま手持ちの原稿を貸してやり、それは後で返して貰いました。
 別の日にその原稿に紙切れがはさんであることに気がつき、達筆の鉛筆書きがしてあったので、見ると、「お色気……眼の使い方  首の傾け方  動作をゆっくり」と書いてありました。
 これは、私がルイにお色気について説明したときの言葉だからにやりとしました。
 ヘルス猥褻日記では、ヘルスの女に私の小説を読ませたことが書いてあります。
 ソープ嬢やヘルス嬢に書き物を渡すと、彼女達には意味が分からない言葉がたくさん登場します。国語辞典を引きながら一生懸命読んだ、と報告されると、とても愉しいものです。
 知るということ
 知識をつけたり思考を練ったりすることが軽んじられることがよくあります。
 曰く、「頭でっかち」、「机上の空論」、「有言不実行」、「単なる学者の発想」、「知識先行型」、「理屈だけで実行力ゼロ」等々です。
 先鋭的な集団の場合、とにかく行動を重んじ、「知っていることは当たり前」という前提から、知っているかどうかの確認をろくにせず、知ろうとする努力まで小馬鹿にする傾向があります。
 特に、それゆけ、やれゆけの突撃営業を信奉すると、研修でも座講を軽んじ、グループ討議のみを重んじて、仲間同士が覇気を高めあうことが重要だとするようになります。(注:座講〜学校の授業形式で、一方的に説明を聞くこと)
 私は、基本的に知識を押さえることがすべての始まりだと思っています。何かの業務を担当する人間が、それに必要な知識と考えられるものを体系的に学ぼうとしないときには、もうその人は極めて値うちの乏しい存在だと認識します。
 知識というのは、100知っていても活用するのは1か2程度です。その不効率さがわかるから、そこまで学習しなくても!と皆が思うのですが、それではダメです。
 物事がよくわかっておれば、何かことが起きたときに、直ちに事象を理解し、対応の仕方が思い浮かぶということにつながります。
 知るということは、何も本など引っ張り出して見なくても、頭の中の記憶だけで答がわかる段階が最善です。このレベルまで至れば、真に‘知っている’という状態です。企業で働く人が、自分の担当分野でこの状態に至るためにはかなりの勉強が必要です。
‘知っている’ことの次善のレベルとしては、わからない問題に出会ったとき、どの本のどのあたりを見たら答が得られるかがわかっていて、しかも、その本はどこに行ったら見ることができるのかも知っていて、容易に答を探し出せるという状態です。
 大学教育のよいところは、ここできちんと学べば、大抵の問題に対してこの「次善のレベル」の域にまでの知識力をつけてくれるということです。
 しかし、学校を離れれば、漫画と2ちゃんねる…の生活では、この程度の知識と根気も失せていくようです。だから、すぐに人に頼って、「××について教えてぇ」の投稿となるのです。
 なお、知ることの必要性にも限度があり、あきらかにやったほうがいいこともあります。知ることは控えて先ず行動せよということです。例えば、どのソープ嬢と遊ぼうかなんていう問題は、意見収集もいい加減にせいと思います。
(たとえば金津園で遊ぶ場合でしたら、ここには全くぼったくりの店がないことがわかり、店ごとの入浴時間や利用料金の情報と、ソープ情報誌が一冊手に入れば、もう必要十分でしょう。なぜBBSにあれこれと質問を入れたがるのか、その心が理解できません。興味を持ったら『速攻』に『突撃』でしょう)
 いずれにしても、知っているということは、即答できることです。
 私は民間会社での勤務しか経験ありませんが、営業屋、技術屋、人事屋、経理屋、それぞれの部門で働いている人が、自分の関係する領域についてきちんと専門知識を持っておられることがわかると、頼もしく思います。
 問いただし的会話の進行
 会話をしていて、こちらが妙にたじたじとすることがあります。
 後で、どうしてそう感じていたのかと考えると、相手が質問を中心に発声し、こちらがそれに答える受け身の形で対応していたからです。
 ここで質問というのは、質問された方が「我が意を得たり」とばかりに得々と答えるものばかりではなくて、答につまるものを繰り出し続けます。そして、相手に喋らせれば喋らせるほど、追求的に質問事項がわき出てきます。
 私のようにまじめな性格ですと、すぐに相手の言葉通りに反応してしまいます。相手が質問をぶっつけてくると、その答を出すことにもっぱら神経を使ってしまいます。
 会話がこういう形で進むようになったとき、自分はバカな応対をしていないだろうかと気づかねばなりません。
 会話をしていて質問の形で突き進むというのは、立証責任を相手に渡す進行で、心理的に有利な展開となります。
 会話というのは、立証責任を相手に与えるように進めておれば、相手の譲歩が大変得やすくなります。相手に精神的圧迫を与えるからです。そして、相手のミスを引き出しやすくなります。
 警察の取調室を想像してください。
 余談ですが、企業において出世する人間は、質問型会話を展開するタイプが多いです。出世する人間は、普段からえらそうに見えます。そして、物事をよく考えているように見えます。本人も周りの人間も錯覚します。
 気の強い人は、会話していて、相手の人間に大変心理的圧迫を与えますが、それはどうしてかというと、過激な断定をいとも簡単にすることと、質問的に会話を進めるからです。
 狡猾な人間は、自分が悪くても、こういうふうに会話を展開して、結局相手にあやまらせるということができます。まじめな人間は、こういう作戦に引っかからないように気をつけなければなりません。
 とにかく質問を相手にぶつけるのは有用です。
 惚れあっていた男女に別れ話が出てきたら、捨てられるほうは、自分が相手に必要な人間であることや、相手が自分に必要な人間であることや、相手がいなければ死ぬより他はないことを力説するよりは、その相手がなぜ自分がいやになったのかを質問するほうがいいです。
 そして、どうしてそう思うのか、その判断は最善なのか、今まで自分が相手にどういう害を与えたのか、別れたらどういうメリットがあるのか、と次から次へと質問をしましょう。
 相手から屈辱的な言葉の返事が出てきても意に介せず、更に、質問的誘導をします。お前は粗チンだ、包茎だと罵られても決して腹を立ててはいけません。自分のほうは切れずに冷静に会話して、立証責任をずーっと相手に与えておれば、いずれ相手は根を上げます。自分が、いかに相手にとって必要であるかを言い立てるよりましでしょう。
 とにかく、相手からの質問と自分の答弁という形で会話が進んでいるなと感じたら、自分の方から相手に質問するようにしなければなりません。
 立証責任を心理的に相手に渡しておく、これが大切です。

 男と女が、惚れ合いたいことを前提にする会話は違います。常に立証責任を自分で持つことが必要です。自分の愛がいかに大きいかを積極的に訴えねばなりません。
 闇の掲示板の問答がいやらしいのは、勝手に自分で答を出して、立証責任を相手に渡すという話の進め方をするからです。交通事故対策のような会話ばかりです。
 ところで、きたない上役というのは、常に部下に対して質問的に会話を続け、2ちゃんねるの問答のように、バカーンと答を相手にぶつけますねえ。
 ソープ嬢は、客が「生でやらせろ」とか「店外デートをしてくれ」とか「携帯の番号を教えてくれ」と言ったとき、もし断りたいのなら、そういうことがいやな理由を言ってはなりません。
 いやな理由を言えば、その判断が正しくないことを相手は力説し、「なぜそんなふうに考えるのか」と質問してきます。どう答えても、何か追求の言葉を考え出し、説得しようとします。
 これを避けるためには、言葉をなるべく出さないことです。「いやだからいや」「そういうことはしません」「私はいやです」こういうこと以外は言ってはなりません。
 何か言えば、必ず反撃と質問を受け、翻意を求められます。相手を説得しようとするのが間違いです。ダメ、ダメ、ダメ、とにかくダメ、何と言われてもダメ、借金の断り、保証人の断り、離縁拒絶への抵抗、皆同じです。
 言葉を尽くしてわからせようとすればするほど、相手は頭に血が上ってきます。別れ話でも借金の断りでも、相手の頭に血を上らさせてなりません。下手をすれば殺されます。
 とにかく拒絶は言葉を少なく、そして、肯定は大げさに、これがむつかしい会話の鉄則です。
 店外デートや携帯の番号の求めに、「いやだからいや」「そういうことはしません」「私はいやです」の返事だけにとどめておけば、男も頭に来る度合いが小さくなり、拒絶してからばったり来なくなることが発生しにくくなるのではないかと思います。
 釣り銭の渡し方
 どうにも腹が立つことがあります。
 750円の本を買い、1万円札を出して 9,250円のおつりが差し出されました。別の日には820円の昼食代を支払に5千円札を出して、4,180円のおつりが差し出されました。
 レジの女性の差し出す両腕の下には釣り銭を入れるための丸い皿がちゃんとありますが、その皿を使ってくれません。
 きっと、おつりを皿に入れて渡すのは失礼で、手渡しするのが丁寧な動作だと思っているのでしよう。
 私のほうは、左手に持っていた財布を左の腋の下に挾んで、差し出されたおつりを両手で受け取り、おつりの計算が合っているのか確かめてから、お札の上に置かれた硬貨を滑り落とさないように気を配りながら、釣り銭全部が左の掌の中央にきちんと鎮座するようにした上で、右手でズボンから小銭入れを取り出します。
 で、この小銭入れを左の手のひらのお札の上に置いて、右手だけでチャックをあけ、お札の上の小銭を取り上げ、慎重にかつ器用に小銭を小袋に入れて、これをポケットにしまい、それから、腋の下に挾んだ財布を取り出し、お札をしまいます。
 横に控えている待ち人を意識しながらこういうことをやっていて、ふと小皿があることに気がつくと、レジの女をぶん殴り、スカートをめくって、おまんφにCROSSのボールペン3本を突っ込みたくなります。
 どの店でも『釣り銭返し皿』を使ってくれません。皿に入れてくれれば、皿から札だけを取り上げ、財布にしまい、皿に残った百円玉などは、革の財布を胸のポケットにしまった後に小銭入れに片づけられます。
 お金を出し入れしている最中のかっぱらいの危険も減るし、小銭を床に落とす危険もなくなります。
 どうしてこんな簡単なことが、レジの女にはわからないのでしょうか。私が行く店というのはこんなのばかりなんです。思いやりというか気配りのできない女ばかり。CROSSのボールペンがふやけてしまいます。
 考えてみれば、女が持っている財布はそこに小銭入れがついています。男の場合は、折りたたみの財布にはお札と各種のカードだけを収納し、コインは小銭入れにしまいます。
 レジの女はそういうことを考えていません。
 多毛、ないしは、小陰唇のでかい女が、ペニスを受け入れるとき、股を開くだけでなく、指を使って膣口を露出するか、何もせずに股を開くだけかの気配りの違いがあります。
 おつりはお皿に置いて渡して貰いたいものです。
 給料袋の話
 就職して最初にもらった、昭和45年4月の給料袋から、現在まですべて給料袋が残してあります。33年間働いても給料袋の体積はしれています。
 紙切れを残した理由は、一口に言えば単なる感傷・郷愁のたぐいです。毎年の源泉徴収票も残してあるから、生涯所得を計算しようと思えばできます。
 私は新入社員さんにいつも言います。
 自分の労働に価値があると信ずるならば、また、自分の労働に誇りを感ずるならば、給料袋は保存しなさいと。そして、最初の冬のボーナスは、そこまで育ててくれたお礼の気持ちを込めて、全部親にあげなさいと。(夏のボーナスは寸志です。スーツや革靴を買えばなくなってしまいます)
 なお、生涯の給料袋を残していると言った人に私はこれまで二人会っています。(給料袋を保存しているかと聞き回っているわけではないから、実際はもっといるのかもしれません)
 ついでに書きますが、私は就職してから現在まで30数年間、毎年元旦には親に10万円前後のお小遣いを渡していました。
 結婚して、妻は最初から専業主婦でしたし、住まいはしばらく社宅適用が受けられなかったから家賃の負担がきつくて、家計のやりくりがとても苦しかったです。
 だから、親にお金を渡すことについて、妻は最初不満そうな顔をしましたが、それでも冬のボーナスの中から所定の額を別扱いにしました。
 さて、サラリーマンの場合、給料袋は妻に渡すべきでしょう。給料は、妻が管理する銀行預金口座に入金させるべきです。夫が家計費のコントロールまでしていたらたまらんです。
 本当にまれにいますが、サラリーマンで生活費を月に20万円とか30万円とかの単位で妻にポンと渡す人がいます。全収入の額を妻にわからせないということは、初めから女遊びを公言するようなもので、伴侶に対してこんなひどい扱いはないですよねえ。
 私は結婚して10年間は妻に給料袋を渡していました。そして渡さなくなった時、妻は「どうして?」と尋ねました。
「給料袋に書いてある金額がそのままあそこの銀行預金口座に入っているのだから、いいだろう」
 私がそう答えると、妻は追求しませんでした。私は給料明細を保存していたので、妻に渡して、後でそれを探すことになるのを嫌ったのでした。
 120ヶ月間給料袋を妻に渡してきた信用の効果で、妻が「給料袋は?」と言わなくなったから、それに気がついた時作戦を開始しました。
 翌年の4月に、自分の資格がアップして月給が大幅に上がる時、そして、冬にボーナスがグーンと上がる時、私は会社に手続きして、第二振込口座の方へ支給額の一部をまわしました。
 給料袋には銀行振込の内訳が記載されますが、紙切れを見せなければ、妻にはわかりません。そのまわす金額はその後も増やしていきました。こうでもしないと、所帯持ちは女遊びのお金が作れません。
 第二振込口座というのは、どの会社でも設けていると思います。家計費を出すための口座(A)と、たとえば金融公庫のローンを受けている場合に引き落としに使っている口座(B)とは別にしていることが多いでしょう。
 Aは家の近くで、Bが会社の近くという具合になります。
 それに、たとえば、通勤費補助の金額というのは、Aの口座に入ると亭主としては多少やっかいです。6ヶ月分の通勤費補助の支給額がまとめて振り込まれるような場合は、Bの口座に入金した方が悶着が起こりません。
 一旦妻の管理する口座に入金した金額は、当然の支給額でも、妻の了解のもとに渡される形になるわけですから、冗談じゃない。
 なお、毎月のローンの返済のために、給料天引きで会社からBの預金口座に振り込んでいる、と私は妻に説明しましたが、6月と12月のボーナス対応の一括返済額は賞与から引去ができず、自分で資金をBの預金口座に振り込まなければならない、とも妻に説明しました。
 後段は全くの嘘です。ボーナス時の返済額も賞与からBの預金口座に振り込んでいます。
 従って、(月々Bに振り込まれる額−Bから引き落とされるローンの返済額)+(ボーナス時にBに振り込まれる額)が私の遊興資金の主力です。
 というわけで、第二振込口座が設けられているならば、これを利用して旦那は遊び用の資金を工面しようという悪知恵です。
 新婚の時から、給料明細を奥さんに見せなければならないならば、所定の袋は破棄して、自分でEXCELなんかを利用して給与明細表を作るぐらいの努力が必要です。完全犯罪をしなければ奥さんを悲しませるだけでしょう。そこまでやれないときは、奥さんに隠れてソープ遊びをしないこと。
 何というあくどいことをと思う人もいるかもしれないけれど、車にはガソリンが要ります。私にはソープ遊びが生きていくために必要でした。
 なお、世の中には、私のはるか上を行くとんでもない人もいます。奥さんに「うちの会社はとっても経営苦境で、退職金が出ないことになった」と説明し、退職金を全く奥さんに秘匿した人がいます。
 八桁の高額の資金を隠しておいて、好きなようにゴルフや海外旅行をするのです。いろんな人がいます。
 塾をどう捉えるか
 私が、塾をどう捉えるているかについては、ここまで雑感の全部に眼を通した人なら見当がつくのではないでしょうか。
 私は、塾のCMがテレビに流れることにも、親が子供を良い塾に入れたいと考えることにも、大変苦々しく思っています。塾をプラス思考で捉える必要はまったくないという考えを以下に書きます。
 但し、私は塾について考えることを一生のうちほんの瞬間だけ行った程度のことですから、格段意義深い論でないことは保証します。
 学習というのは
(1) 独りでじっくり取りかかり、自分の意思による時間割で取りかかるのが一番身につく。
(2) わかるまで考えるという習慣をつけることが望ましい。
(3) 自分で試行錯誤するのが一番の王道だ。
(4) 学習の基本は問題集に自分で当たること。これは独りでもできる。
と考えます。
 しかし、独学にも欠点があり、それは
(1) 好きなことだけ取りかかり、嫌いなことは遠ざけがちである。
(2) 勉強がイヤになった時、強いてやることをしなくなる。
(3) 誤って理解したことのミスを発見しにくい。
(4) 受験そのものについて良き情報が得られにくくなる。
(5) わからないことの解決が難しい。
(6) 試験に合格するテクニックが相対的につきにくい。
と、こんなものでしょう。
 塾に通うことの意義は、上とは裏腹のものを考えれば済みます。
 一方、塾のデメリットは
(1) お金がかかる。
(2) 所定の拘束時間が発生する。
(3) 塾に行っているだけで勉強している気分になる。
(4) 存外集中できない。
(5) 指導を受けないと取りかかれないという体質になる。
と、こんなところです。このうち(5) が恐ろしいのです。
 とにかく一番身につくのは独学によるものです。私は次のように考えます。
(1) 自立・克己・邁進・思考・熟考・反芻、この力がつくのは独りでやることである。
(2) 強制・監視・督励・いやが上にもそうならざるを得ない環境を必要とする習性をつけさせるな。
(3) 仲間のいないことを不安がるような人間にするな。
(4) 以上に対応できないような子供なら塾に入れるのはしかたがないけれど、
  できるだけ短期間でここから離れることができるように親は指導と助言をすべきだ。
 従って、私の息子が大学受験で浪人した時は、すんなり塾に通わせることにしました。甥が塾に入るかどうかで妹(母親)が相談してきた時は「塾なんて入れなくても良いのではないの」と言いました。
 甥は、高校の学年席次では絶対に京大に合格する成績を修めていたのに、いわゆる試験度胸が弱くて落ちてしまったのです。
余談:
 試験度胸って大切ですよ。これは回答要領の良し悪しも伴いますけれどね。
 とにかく試験度胸というのは意外に合否に影響します。度胸のないのは、本当に駄目になってしまうのですね。
 これは、入試だけではありません。就職試験でも、就職してからの昇格試験でも、とにかく大きく関わります。ネットのBBSで大きな口を叩いている人間ほどこういうのは駄目なんじゃないでしょうか。
 就職や昇格の面接をしていると、こういうのがよく読み取れます。
 とにかく、塾や専門学校の宣伝に惑わされないことです。
 たとえば、弁護士や税理士や公認会計士になりたい時に、専門学校に通わねばならないと思う必要はありません。本を読んで、問題集を解いておればよいのです。
 説明を聞かないとわからない!──冗談じゃありません。説明は本に書いてあります。
 当該受験に関する世の中の動きがわからない!──冗談じゃありません。受験者用の月刊雑誌を読んでいれば充分です。
 自分の力量のレベルがわからない!──冗談じゃありません。受験者用の月刊雑誌の問題に応募しておればわかります。
 私はこのように思っているから、近頃の塾や専門学校の隆盛化現象には腹が立ってなりません。
 大体、大変失礼な言い方ですが、チンボにゴムを被せずに言わせていただけば、こういうものの教師というのは、学校の教師と同じで、営利を目的とした実業の実社会で張り合って生きるのが怖くて、内心逃避の形で入り込む人が多いのではなかろうかと思います。
 独学一番。好きな時にオナニーができます。
 自分史
 2006年6月27日の中日スポーツ紙の朝刊に次のエッセイが載っていました。『ひとりごと』というタイトルです。
 商社を定年退職した大学時代の友人Aから、自費出版した自分史が送られてきた。
 出版社の知人によると、出版不況の昨今、費用全額本人持ちの自分史はオイシイ商売なんだとか。それはともかく、Aは学生のころ新聞記者志望だった。「やっと文章を書く夢を実現したか」と読んでいるうちに、だんだんシラケてきた。
 主人公(本人)がとにかくスーパーヒーローなのだ。正義漢で有能で心優しく、まるで桃太郎侍が商社マンに変身したよう。なのにあまり出世に恵まれなかったのは「上司にゴマをすらず、手柄は同僚や部下に譲ってきたからだ」という。
 自分史というより、これはまるで“自慢史”。
 私も商社に身を置いたが、現実はきれいごとではない。しょせんサラリーマン社会は「怨嗟(えんさ)と裏切りの世界」というのが実感だ。
 Aによると、数百万円かけて1000部刷り、本屋で売れたのは数冊。ま、夢をかなえて、これだけ自分がいい気分になれるのなら、安い出費かもしれない。(年金おじさん、70歳)

 おもしろいですねえ。短い文章だけれどとてもオカシイ。サラリーマン社会が怨嗟と裏切りの世界ということ以外は大変共感します。
 自分史を書いて自費出版をしたい人がなかなか多いようですね。気持ちはわかるけれど、そんなものを読みたい人がどれだけいることやら。定年を迎える歳になっても自己中の人がたくさんいるようです。
 自分史を出版した人というのは、ソープに通う男が通い女に慕情を訴えるのと同じレベルの自分本位の行為です。違いは第三者の他人にあんまり迷惑にならないことぐらい。
 平凡で当たり前の人生を送ってきた人でも自分史を書きたがる、このセンチメンタリズムを嗤ってやろうと思うなら、googleで『自分史』でもって検索し、これで出てきたサイトを眺めることをお勧めします。まあ、出てくるわ出てくるわ。
 書き方指南とか、出版アドバイスとか、まあ見れば噴き出します。如何にご本人に喜怒哀楽が満ちていた人生であろうが、所詮何の変哲もない人生を文章にして、どうして家族でも友人でもない人間に見せたいと思うのでしょうか。
 超一流の人の、大変興味深くて、他人に参考になり、しかも、読むにたえるものなら良いですよ。例えば、大岡昇平や畑正憲クラス。
 でも、そんな人が書くのではありません。ならば、出版して、有料で頒布となるとちょっとね。無料サイトぐらいにしておきなさいよ──というのが私のアドバイスです。
 サイトなら短い文章の寄せ集めにして、人の興味をつなげられる。カラフルにして、写真も載せられる。経費ゼロ。無料で人に楽しんでもらえる。釣りが好きな人は釣りでサイトを作って、そのなかに『自分史』もちりばめればいい。
 私も当然『自分史』を意識して、この良性記を制作しています。登山、旅、闘病、女あさり、読書記録、全部自分史です。しかも、──絶対読ませる!──という迫力があります。
 検索の表示件数をデフォルトの10件のままにしている人が大変目立ちます。(検索で私のサイトにやってくるアクセスのログを見ればそのことがわかります)
 しかし、これはもっと数を多くしたほうが良い。私はgoogleもyahoo!も100件を表示するように設定しています。
 100件表示でもって『自分史』のgoogle検索を実行すると、愚人?のセンチメンタリズムがひしひしと伝わります。

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